シン・宣伝部へ。「マーケティング組織」への変革の潮流
2024/07/23
今、さまざまな業種でDXが進み、従来よりも多くの顧客接点(コンタクトポイント)でサービスを提供することが増えています。
こうした時代に企業が陥りがちなのが、事業部の“サイロ化”です。
顧客接点ごとにマーケティング活動がバラバラにならず、会社全体として活動を統合・最適化するにはどうしたらいいのでしょうか?
本稿では、これまで多くの企業の組織改編を支援してきた電通コンサルティングの魚住高志が、主に「宣伝部の改変」によるマーケティング機能の統合についてお話しします。
※本稿での「宣伝部」とは、広告・プロモーションの部門や、広報・IR部門など、パブリックリレーションズを行う部署全般を指しています。
<目次>
▼顧客接点が増えるほど、事業部の“サイロ化”が進む
▼宣伝部組織改変、4つのパターン
▼シン・宣伝部への変革支援、3つのステップ
▼顧客接点の統合は、小さく始めて大きく育てる!
顧客接点が増えるほど、事業部の“サイロ化”が進む
今、企業内、特に大企業内における宣伝部の改変が加速しています。
その背景として、デジタルでの顧客接点の多様化に伴い、企業内で
「顧客接点を保有する部署・組織」
が乱立していることが挙げられます。
事業自体も、従来主流だった「売り切り」型の事業と、DX時代に増えてきた「コト売り」型の事業が企業内に併存するケースが増えています。
それら事業部ごとに、顧客接点とそのマネジメントをする組織が存在するため、事業や顧客データの“サイロ化”が起きてしまっているのです。
自動車メーカーを例に挙げましょう。
今や、自動車メーカーの提供する価値は、「車を製造・販売する」「車検の入庫を誘致する」だけではありません。
ネットにつながったコネクテッドカーが当たり前になり、顧客の運転中も、さまざまな顧客接点を通じてデジタルサービスを提供している状況にあります。
しかし、多くの自動車メーカーでは、各サービスがそれぞれ別々の部署・組織で運用されています。
つまり、顧客は一人であるにもかかわらず、その顧客に提供するさまざまなサービスを統合的にマネジメントする組織が、自動車メーカー内に存在しないのです。
さて、これまで企業内において、顧客(未顧客の生活者も含む)と向き合う上でもっとも重要な機能を果たしていたのは、「宣伝部」だったのではないでしょうか。
しかし今、企業の経営者からは以下のような声をいただくことが多くなってきました。
- 「提供サービスが多様化する中で、全事業部で共有するKPI(戦略)の策定が必要だ」
- 「事業部ごとに進めているDXを顧客データ基点で統合し、シナジーを生みたい」
- 「その中で、宣伝部の機能はこのままでよいのだろうか」
つまり、
「多くのビジネスが、多様なサービス&多様な顧客接点にシフトしている」
「それぞれの顧客接点ごとに乱立する事業部が、バラバラにデータを持っている」
というデジタル時代(コト売り時代)の課題を、「宣伝部の組織改変」によって解決するというトランスフォーメーションが、多くの企業で必要になっているのです。
宣伝部組織改変、4つのパターン
近年の宣伝部組織改変は、主に以下の4パターンに分けられます。
パターン1:宣伝部とカスタマーサポート組織の統合
多くの企業では、宣伝部とカスタマーサポート組織は別組織なのではないでしょうか。管掌役員も分かれていたりするため、組織目標が違うことが多いわけです。
ある通販企業では、「短期的な新規顧客獲得」をKPIとした宣伝部の活動において、顧客の期待をあおり過ぎたため、カスタマーサポートに引き継がれた後、非常に短期間のうちに解約が相次ぐ事態に陥ってしまいました。膨らみ過ぎた顧客の期待に応えることができなかったのです。
そこで、この企業では、「宣伝部は顧客が成約した後も1年間は、宣伝部およびその管掌役員の責任の元、契約を維持する」ことをKPIに添えました。
つまり、宣伝部にカスタマーサポート機能の一部を統合したのです。すると、自然と解約率が低下する結果となっていきました。期待と満足のギャップが解消されたのです。
また、ある電機メーカーでは、宣伝部とカスタマーサポート組織を統合し、「新規顧客の開拓」を目的としたブランドマネジメントから、統合後は「ファン育成とライフタイムバリューマーケティングの実践組織へ改革」を主テーマとしたブランドマネジメントに取り組んで成果をあげています。
パターン2:顧客接点統合マネジメント
顧客接点が乱立し、いよいよ統合マネジメントが必要となったパターンです。
ある電機メーカーでは、デジタル会員、EC、店頭接点のOneID化を行うに当たり、本部機能としてCCXO(Chief Customer Experience Officer)を設置。乱立していた運営組織と社員を集結し、それぞれの組織ごとに予算をもつのではなく、ブランドマネジメントの予算として意思決定ラインも統合しました。
また、ある衛星放送事業者も、コールセンターでの解約率の上昇に伴い、組織改変を行いました。この会社では、顧客に解約意思を持たれる前にデータで察知し、コンテンツを用いて働きかける「アウトバウンド機能」を保有するデジタルマーケティング組織が別に存在していました。この組織にコールセンターを統合し、「コンタクトセンター」へと改変を行ったのです。
パターン3:マーケティング機能を外部化
パターン1や2のように、自社内に宣伝部を改変した新組織を設置する企業もある一方で、DXを機にマーケティング機能を外部化する企業も増えています。
例えば、広告会社グループとの合弁会社を立ち上げることで人材やナレッジを獲得し、外部から宣伝部機能を含めたマーケティング活動を支援するといったケースがあります。
この背景には、優秀なマーケティング人材の獲得競争が激しく、自社内での育成コストもかかるという事情もあります。
また、企業のステークホルダーが多様化する中で、自社のパーパス(存在価値)を定義するためにも、さまざまな「外部の視点」を活用することは重要な取り組みと言えるでしょう。
パターン4:事業部内にマーケティング組織を新設
事業の収益責任を負う事業組織内に、マーケティング組織を新設するケースです。
多くの企業では、宣伝部は「横断機能組織」として、本部やコーポレート系組織内に設置していることが多いのではないでしょうか。この場合、さまざまな事業部に対して集約されたナレッジを効率的に提供できるメリットがあります。
しかし一方で、事業ごとの市場理解や顧客理解、ならびに事業PLのコストに対する意識も薄くなりがちな面もあります(もちろん、そうではない企業も多いと思いますが)。
ある大手不動産企業の事業部でも同様な課題意識があり、各事業部内に市場理解や顧客理解に基づいたマーケティング戦略立案機能を持った組織を新設し、コーポレート組織内の宣伝部が実務機能を果たす、バリューチェーン構造改革を行いました。
シン・宣伝部への変革支援、3つのステップ
こうした潮流の中で、電通グループ各社、特に電通コンサルティングではどのような変革の支援を行っているかを紹介します。
企業のマーケティングや宣伝組織を管掌する経営層からのご相談が中心ですが、多くの場合は以下のようなプロジェクト提案を行っています。
ここでは汎用的な記載になっていますが、実際は企業特有の課題を解決するシナリオを組み込んだ、オリジナルのプロセスとなります。
電通コンサルティングをお選びいただく理由としては、「実務まで見越した机上の空論ではない、生きた組織設計の支援を期待できる」といった評価をいただいています。
プロジェクトとしては主に以下の3ステップを踏みます。
ステップ1:顧客像の明確化とありたき体験設計
宣伝部の変革支援の取り組みでは、基本的に「複数組織を統合した新組織」を立ち上げることになります。
そのため、複数組織の社員が一堂に会したタスクフォース形式で取り組むことになりますが、各組織でイメージしている顧客像が微妙に違うケースが多いのです。違う組織であるため、顧客調査等をおのおのが行っていた故の現象と言えます。
まずは、「顧客像」と、提供すべき価値、そのための顧客体験の理解を統一し、基本方針の整理を行うことが初手となります。極めて重要な作業です。
ステップ2:ありたき体験を実現する業務と組織の設計
マーケティング組織における「業務設計」という取り組みは、めずらしく思われるかもしれません。
筆者はマーケティング活動というものを、顧客に正しく価値を提供するための「組織内伝言ゲーム(バリューチェーン)」と考えています。
ステップ1で定義した顧客像に対して、ありたき体験を複数の顧客接点で正しく届けるため、バリューチェーン業務と組織を設計する必要があります。
ステップ3:シームレスな部門間連携を促す仕組みづくり
バリューチェーン業務を設計し運用をするにあたり、全社を俯瞰(ふかん)した成果指標を設計します。
新組織への変革を行うことでどのような成果を求めるべきなのか、その成果指標はどのように取得し、業務にフィードバックするのか、具体的な会議体まで設計して、持続可能なものにしていきます。
この組織改編の取り組みは、最終的には自走していただくことを前提としています。私たちのような外部支援者が伴走し続けることが前提であっては、持続可能な組織とは言えません。
そのためには、議論されてきた内容を落とし込んだ「プレーブック」を作成します。どの組織や担当者が見ても、全社バリューチェーンの中で自分たちが何の役割を担っているのか、それを具体的にどのように実現するのかが分かるように、具体的なアクションレベルで記載していきます。
また、上の図には記載していませんが、マーケティング人材の採用や育成の方法論についても、プレーブックに組み込むケースも多いです。
顧客接点の統合は、小さく始めて大きく育てる!
組織を大きく変える労力は大変なものです。数々の経営者と議論をしてきましたが、全ての企業でこのような組織改編を実行できるわけではありません。
「理想は分かる。ただ成果が分からない中で全社では動けない」という意見も多く、その意見自体はとても真っ当だと思います。
そこで私たちが提唱する方法が、「顧客接点統合マネジメントプロトタイピング」です。
これは、簡単に言えば「小さく始めて、小さな成果を得て、大きな営みに育てていく」というアプローチです。
これまでの支援例では、
- 新組織立ち上げを行う前に、複数の顧客接点に関わる組織の担当者がバーチャル組織内に集まる
- 実際の顧客の一部に向けて、擬似的な「顧客接点を統合した環境」をつくる
- 実際に統合的な働きかけを行い、顧客の満足度向上の実績を得る
というやり方を実践してきました。
ある金融会社においては、この方法で顧客のNPS(ネットプロモータースコア)や次回継続意向が非常に上昇したため、これらの取り組みを全国支店に広げるべく、準備をしています。
最後になりますが、昨今、電通コンサルティングでは流通企業による「リテールメディア事業」の立ち上げ支援が急増しています。
リテールメディア事業を、
「顧客接点の統合による価値向上を目指すメディア事業と、その組織化」
ととらえると、本記事でご説明してきた支援プロセスが必然的に生かされることになります。
こうした動きからも、マーケティング=宣伝部の活動と狭義にとらえることなく、マーケティングを「経営ゴト」として、全社一丸の営みとなる改革を行う機運が今高まっていると言えるのではないでしょうか。
電通コンサルティング
https://www.dentsuconsulting.com/