イノベーションを持続的に生みだす組織の条件とは?
2024/10/09
イノベーション・新規事業の創出は、企業が競争優位性を持ち続ける上で必須の活動です。しかし、繰り返し取り組もうとするものの、なかなか成果が出ずに行き詰まってしまうことはありませんか?
こうしたケースをよく分析してみると、実は個々の事業アイデア自体というよりも、「新規事業を生み出せる組織的な土壌が整っていない」ことが根本の問題であることが多くあります。
イノベーション・新規事業を持続的に生みだすために、自社に足りていない要素を特定し、部門横断的に組織を変革していくにはどうすれば良いのでしょうか。
本稿はイノベーション・新規事業の推進、これを支える組織変革に問題意識を持つ皆さまに、実践的な気付きを得ていただけるよう、具体的な事例と方法論について解説していきます。
※本稿では便宜的に「新規事業」を、具体的な新規事業アイデアを生み出し、事業計画に落とし込んで事業化していく活動と定義します。また、「イノベーション」をもう少し広義に、新規事業を含め企業価値向上に資する活動全般を指すこととします。文脈的に両方について語りたい場合には、「イノベーション・新規事業」と併記しています。
<目次>
▼新規事業がうまれにくい根本要因は「組織構造」にある!?
▼イノベーション創出に必要な組織の構成要素、5領域
▼イノベーション組織への変革アプローチは「定義の共有」から始まる
▼イノベーション組織への変革パターン2例
▼本稿のまとめ
新規事業がうまれにくい根本要因は「組織構造」にある!?
企業内で新規事業に取り組もうとすると、さまざまな観点で問題が生じ、思うように推進できないことがあります。例えば、以下のような問題です。
- アイデア自体はたくさん出るが、事業化にたどり着く前に立ち消えてしまう
- 新規事業の意義が社内に浸透しておらず、既存事業からの協力が得られない
- 新規事業に参画することでキャリアの王道から外れる感覚があり、社員の手が挙がらない
興味深いことに、これらの現象は業界・業態によらず、ある程度成熟した企業に共通してみられます。この事実は、新規事業が成功しない理由の多くは「組織構造」にあり、必ずしもアイデア自体の問題ではないことを示しています。
新規事業を創出する方法論自体は、さまざまな切り口で優良なヒントが語られており、優秀な人材が集結する大企業であれば、再現性高く実装できるはずです。しかし、その方法論を仮に表面的には導入しても、実体として機能しないのであれば、それはより根深い「組織の特性」が実践を妨げているのだと考えられます。
●企業内での意思決定プロセスに問題があるケース
例えば企業内での意思決定プロセスを想像してみましょう。意思決定の権限や会議体のデザインは会社によりさまざまです。しかし、究極的に言えることは、大企業という組織においては大半の人間は「会社員」として意思決定をせざるを得ない、つまり「説明責任を果たしやすい判断」や、「他社事例や前例にのっとった判断」になりやすいということです。
結果として、言葉の上では「失敗を歓迎する」と言いつつも、成果が不確実な新規事業への投資判断が円滑に進まなかったり、成果が見えない場合に過度に責任を追及したりしてしまう。つまり、新規事業を生む上では不利な意思決定プロセスに、図らずもなってしまうのです。
●企業内での人事制度・運営に問題があるケース
もう一つの例として、企業における人材マネジメント、特に評価や昇格決定の場面を想像してみましょう。組織内での人間の行動というものは、自社ではどういう人間が昇進していくのか、つまり「人事制度が現実にはどう運用されているのか」を敏感に察知して、その暗黙のルールに順応していきます(もしくは、順応しない人材は流出していきます)。
「売り上げ規模やマネジメントする組織規模が大きい」ことが社内的に“偉い”とされるような、いわば「既存事業の成長」を念頭に置いた人事運営が無意識のうちになされているケースはよく見受けられます。この慣行が当面は維持されると感じ取ると、自社でキャリアを築こうとしている優秀な人材ほど、新規事業を敬遠し、手を挙げてくれないということになります。
こうした根深い組織特性は、企業の長い歴史の中で無意識に培われてきたものであり、目に見えづらい一方で、重要な場面で必ず顔を出します。
社内でビジネスコンテストを開催する、新規事業部署を立ち上げるという目に見える施策を導入しても、それを運営するのは人間ですから、推進するうちに既存の組織特性に絡めとられていき、気付くと失速してしまいます。
とはいえ、だから企業内での新規事業は困難だというのが本稿の主張ではありません。新規事業チームの高いコミットメントは前提としつつも、こうした自社組織の「癖」に自覚的になり、チームの動きを妨げない、むしろ加速させる制度・仕組みづくりを同時に進めることで、新規事業の打率を上げていくことは十分に可能です。
そのためにはまず、変革すべき組織の構成要素を明らかにすることが必要です。以下で見ていきたいと思います。
イノベーション創出に必要な組織の構成要素、5領域
電通コンサルティングと電通では、これまで新規事業の立ち上げや組織・人材変革に継続的に取り組んできています。
その経験に基づき、イノベーションを継続的に創出する企業が備えるべき要素を、5領域・18項目に集約しています。
構成要素自体は一見すると目新しさはありませんが、飛び道具ではないだけに、正面から変革し切るには根気と労力がいります。
変革のポイントは、“一気通貫”です。各要素それぞれについては、企業内でミッションを与えられた部署が、職務分掌を全うすべく日々取り組んでいますが、イノベーション・新規事業という共通の目的に向けて、部署間の整合をとって活動できているケースは非常にまれです。
逆に言うと、構成要素のうち「自社のイノベーション創出を妨げている要因」がどこにあるかを特定し、関係者間で認識をすり合わせた上で、管掌部署を巻き込んだ変革を実行できれば、ブレークスルーを起こせる可能性は一気に高まります。
例えば「2. イノベーションプロセス」「3. イノベーション機能・組織体制」には、アイデア創出の方法論や、事業化に向けた仮説検証プロセス、投資判断のゲート管理等が含まれます。これらは、経営企画、R&D、新規事業室等の部署が検討・構築していることが多いです。
しかし、これらのプロセスにのっとっていざ変革を実行しようとすると、
- 全社の投資判断への考え方が財務と折り合わず、実行性が出ない
- 仮説検証を高速で回す必要があるが、営業チャネルや技術的な検証・プロトタイプ作成の協力がスピーディに得られない
といった事象が発生します。
また、「4. 人材戦略・人事制度」はどうでしょうか。人事制度の方法論は、日々進化しているものの、根幹の部分は研究しつくされていると言ってよいと思います。
筆者自身も前職のコンサルティングファーム時代に、企業の人事部門の皆さまと繰り返し制度設計を行ってきました。そんな自分が、自戒の念も込めて言えることは、まだまだ事業戦略と人事戦略が分断しているケースは多いということです。
新規事業チームと常に行動を共にして検討し、必要な人事制度や諸施策を整備できている人事は、相当意識が高いと言えます。
ここまでで、イノベーション創出に必要な組織の構成要素と、これらを部門間で整合をとりながら一気通貫で推進する重要性をお伝えしました。
次のセクションで、イノベーション創出のためには、具体的にどこからどう進めるとよいかをご説明します。
イノベーション組織への変革アプローチは「定義の共有」から始まる
組織変革の現場に立ち会ってきた経験上、変革が進まない大きな理由は、「問題意識の解像度が粗いこと」だと考えています。
イノベーションを創出できる組織へ変革する
という命題に反対する人は、恐らく一人もいないと思います。しかし、それが何を意味するのかの「解釈」が人それぞれのため、各論反対が起こり、活動が進まない要因になります。
つまり、その裏返しで、
組織の「何を」「どこまで」変革するのかの物差しを定義して、関係者で共有し、解像度を上げること
が、変革の駆動装置になります。
電通コンサルティングおよび電通では、先ほどの組織の構成要素(5領域・18項目)がどれだけ成熟しているかを、それぞれ5段階の文章で書き分けて、自社の状態を関係者間で定量的に目線合わせできるようにしています。
18項目それぞれについて、目指したい状態と現状を5段階で定義していくことで、「イノベーションが生まれにくい」という解像度の粗かった問題意識が、以下のように変わっていきます。
例)新規事業部署が立ち上がり、活動を開始しているが、新規事業の意義や規模感、時間軸が不明瞭のためスピード感が出ずに迷走している。本来は全社戦略の中で新規事業の位置づけが明確に語られ、新規事業部署のミッションとして具体的に落とし込まれるべき。
(リーダーシップ/イノベーション戦略の問題)
例)新規事業の戦略は整理されているが、そもそも自社としてのイノベーター人材の要件が定義されておらず、なんとなく既存事業で評判の良い人材をアサインしているが、どうもうまく機能していない。本来は適性を見極めて戦略的に配置すべき。
(人材戦略・人事制度の問題)
このように、問題の所在を特定し、漠然とした問題意識から手触り感のある活動へと落とし込むことが重要です。
やってしまいがちなのが、こうしたそもそものイノベーション・新規事業に取り組む意義や、その実現に必要な組織の目指す姿の状態の「定義」が曖昧なままに、目に見える「何かやっている感」を出す施策を打つことです。例えば、ビジネスコンテストの開催や、外部講師を活用したイノベーション講座の開設などです。
もちろん、何もやらないよりは断然よい効果はありますが、こうした啓発・リテラシー向上レベルの施策の積み上げでは、抜本的な変革を起こすことは難しく、単発の施策としていつしか尻すぼみになるケースが多いです。
新規事業プロジェクトの事務局がまずやるべきことは、時間はかかっても上述したような目標設定や言語化を丁寧に行い、関連部署を役員レベルで巻き込んでいく、いわば“地ならし”の活動だと考えます。
イノベーション組織への変革パターン2例
最後に、上記のような課題感が整理されてきたケースを紹介し、変革を推進できる感触を持っていただければと思います。
●例1:リーダーシップ/イノベーション戦略が問題のケース
意外と多いのが、イノベーション・新規事業の号令をかけた経営層自身の解像度が高くない、または実務レイヤーと十分にすり合わせができていないケースです。経営者によっては、あえて実務レイヤーで解釈し具体化する余地を残して、ハイレベルな方針のみ示すこともあります。
新規事業部署が立ち上がり、「実行すべし」というミッションが付与されるものの、それ以上の具体的な方針が指示されない状況です。
こういうケースで組織診断を行うと、「リーダーシップ/イノベーション戦略」のスコアが、役員層の診断結果は悪くないが、事務局メンバーの診断結果が低いという如実な結果として表れてきます。
経営層としてはハイレベルな方針は明確に打ち出していると考え、むしろ物事が進まないことにフラストレーションを抱えているかもしれません。一方で実務レイヤーとしては、会社としての具体的な方針がないままでは、予算化や合意形成が進められずに、身動きが取れないと感じているかもしれません。
この場合、役員クラスの自己変革を迫ったり、トップダウンでの具体的な方針を期待したりするのは、必ずしも得策ではありません。
実務能力が高い部課長クラスで新規事業の戦略を具体的に組み立てた上で、自社のミッション・ビジョン・バリューの言葉を参照して整合をとることで、役員クラスの承認を取り付けて具体的な活動を積み上げていくのが、実行力のある進め方といえます。
●例2:人材戦略・人事制度が問題のケース
新規事業を生み出しやすいよう、人事制度まで一気通貫で整合させている会社は多くなく、スコアが低くなりがちな領域です。
初手は、まず自社におけるイノベーター人材の人材像を定義することからです。ここで注意したいのが、一般論で人材像を定義しないことです。
イノベーター人材の要件などは、少し検索すればたくさん要素がヒットしますが、あまり意味はありません。自社が既存事業の周辺領域で新規事業を起こすのか、それとも全くの飛び地に挑戦するかといった要素によっても、必要な行動は変わってくるからです。
また、事業領域だけでなく、価値観やリーダーシップのスタイルによっても、うまく機能するチームの要件は会社ごとに異なります。
まずはどのような事業をどのようなダイナミクスで起こしていくのかを明確化した上で、新規事業の戦略を十分に理解しながら人材像を定義することです。そして、そういう人材をどのように獲得する/育成するのか、プラスの化学反応が生まれるチームをどのように組成するのか、そのためにはどのような報酬体系や人材配置のプラクティスが必要か、一貫性を持って設計していく必要があります。
本稿のまとめ
- イノベーション・新規事業の創出が進まないのは、組織面の問題が大きい
- イノベーション・新規事業を持続的に創出するために、組織が備えるべき要素がある(5領域・18項目)
- これらの要素を実装しようとすると、必然的に部門横断的な活動が必要となる
- 分かりやすい施策に飛びつくことなく、イノベーション・新規事業の意義と、その実現に必要な目指す姿を丁寧に定義するのが実は近道
言うはやすしですが、こうした組織変革の必要性を直視して、しぶとく取り組み続けることが、ブレークスルーを起こすために避けては通れない重要な姿勢だと考えます。
イノベーション・新規事業の活動に少しでも気付きがあれば幸いです。
電通コンサルティング
https://www.dentsuconsulting.com/