茨城県北のPR動画が“青春”を描いて総計27万PV突破した件
〜自治体発ウェブドラマ「県北高校フシギ部の事件ノート」ができるまで~
2022/03/07
魅力度ランキングで何かと苦労している茨城県。その県北地域の知る人ぞ知る魅力に光を当て、自治体の皆様、制作チームとともに磨き上げたオリジナルウェブドラマが前後編計27万PVを突破(2022年1月現在)。
前編21分、後編27分というPR動画としては長尺にあたる本作品が「県北へ行ってみたい」「続編希望」等ありがたいお言葉を頂戴するまでの試行錯誤の日々について綴ります。
賞味期限の長いコンテンツを目指して
自治体のPR動画は今や戦国時代というより飽和状態といった印象です。有名人を起用したり逆境を逆手に取ったり、キレッキレのキャッチがキャンペーン全体を引っ張ったりとハイレベルなものがある一方、瞬間風速的に話題になってそれで終了してしまう、というものも多いように思います。
今回、茨城県庁の県北振興局からいただいたお題は「県北地域の魅力発信を強化するコンテンツの提案」という比較的緩やかなもので、普通のPR動画を提案しても何ら問題はありませんでした。
しかしいつ終わるとも分からないコロナ禍を考えたとき、一瞬だけ話題になって終わり、では肝心のコロナ明けに何も残らないかもしれません(もちろん話題になるだけでも御の字ですが)。
生まれ故郷でもある茨城県のために、広告業界の人間としてできることとは?県北を舞台に、観た人が「聖地巡礼」したくなるような青春ドラマを提案しよう、と決めるまでにさして時間はかかりませんでした。
最近で言うと新海誠監督作品、昔で言うと大林宣彦監督の尾道三部作(筆者は正にその世代で、実際に「転校生」の階段を見に行った信者)のように若い世代に響く良質のドラマを作れば、末長く愛してもらえるうえ、「聖地巡礼」の道が開けるはず、という個人的な思い入れと思い込みもありました。
幸いなことに、山深く緑豊かな県北地域は天狗や竜神などの魅力的な伝説がそこかしこにあり、しかも日本最強級のパワースポット御岩(おいわ)神社があります。しかし、遠野や高千穂にも似たポテンシャルを感じる「ロマンあふれる伝説と民話の地」であるにも拘らず、それが全くと言っていいくらい知られていない残念な状態でした。
そうだ、「県北地域に息づく伝説や民話を探究する女子高生たちの部活動」をドラマにしよう。1人は伝説マニアで、もう1人は食いしん坊。そうすれば県北の6つの市町の伝説と民話も、地元のおいしい食べ物も、全て自然に取り上げられる!「県北高校フシギ部」は、こうして走り出しました。
聖地巡礼したくなるドラマに必要なのは、淡い恋?
河童が棲むというエメラルドグリーンに光る不動滝。猿を神様の使いと崇める花園神社と獅子の不思議な舞。日本三名瀑の一つで天狗の住処があるとされる袋田の滝。200年前の書簡が時空をつなぐ青蓮寺(しょうれんじ)。188柱の神々をお祀りする御岩神社。参拝すると目が良くなるという石仏がある百観音自然公園。
ロケーション自体に魅力があることが一番大切ですが、今回のドラマでは物語そのものの「甘酸っぱさ」も意識しました。思いがすれ違ったり、会えそうで会えなかったり、やっと会えたのに離れ離れになったり。見ているこちらが「頑張れ!」と応援したくなるくらいじれったい、青い春ならではの淡い恋。「甘酸っぱさ」は青春ドラマの最高の調味料です。そしてそんなドラマほど、いつまでも心に残り、その舞台は特別なものになります。主人公には初めての、とびきり切ない恋を経験してもらおう。尾道三部作チルドレンとしては当然の帰結でした。
ありのままの良さを引き出すための工夫
高校生の青春ドラマであると同時に、彼らを包む県北の山深く豊かな緑をありのままに記録したかったというのもあり、脚本・監督は、ドラマとドキュメンタリー両方できる、テレビ番組制作会社「テレビマンユニオン」の石井永二氏にお願いしました。
何度かお仕事をしていて優秀な方なのは分かっていたし、今回新しい試みで先が読めない部分も多いため、その都度会話しやすい人の方がいいだろうという判断でした。その流れで制作は監督が所属するテレビマンユニオンに引き受けていただき、本気でドラマを作る体制が出来上がりました。
先が読めない、という意味では撮影が「人間の力ではどうにもならない」梅雨と台風の時期にぶつかり、現場で何度も「晴れ待ち」を余儀なくされました。それも含めて「ありのまま」が記録されましたが、たっぷり水を含んだ県北の緑は生き生きと光り輝き、フレッシュなキャストたちのキラキラと相まって、青春時代特有の、永遠のような一瞬を閉じ込めることができました。
“PRとドラマ”両立の秘訣はキャッチボールにあり
県庁および6市町の皆様の要望と、ドラマとして描きたい世界をどう化学反応させるか。双方の思いがすれ違わないよう、関係者間のキャッチボールを頻繁にする、というある意味当たり前のことを丁寧に実践しました。
ドラマの中で扱う伝説・民話、フシギ部が休憩時間に食べるおやつについては、6市町の皆様から候補を複数出していただき、その中から選ぶというスタイルを取りました。ネタが全て出揃ったところで、各地域の伝説をドラマのどこに位置づけるか、どのおやつをどこで食べるか、その選択にドラマとして無理がないか、面白くできそうかを石井監督と一緒に検証しながらプロットを練り上げ、関係者に共有しました。
ここで改めて要望や気になった点を刈り取り、その後ロケハン数回を経て監督に脚本を仕上げていただき、関係各所の最終確認を取りました。
こちら側の思いとして、ドラマの重要な伏線を担う「伊福部岳の雷神」伝説だけはどうしても入れたいこと、クライマックスシーンは御岩神社にしたいこと、この2点を早々にご了承いただけたことがその後の作業をかなりスムーズにしたと思っています。
大切なのは「つなぐ力」と「ダメ元」精神
今回、県庁および6市町の皆様、石井監督をはじめとする制作チームとともに1つのドラマを作り上げるという、貴重な経験ができました。筆者自身が茨城出身であること、広告会社の人間であることが最大限に活かされたと思います。
コロナ禍ということでオンラインの打ち合わせも多く、表情や気持ちを読みにくい面もありましたが、その分、いつも以上にメールや電話を駆使し、きめ細かい情報共有を心がけました(関係者の皆様にはうるさい人間に感じられたかも)。
そもそもこのドラマの企画自体やや癖が強いため「ダメ元」で提案したものだったのですが、今回は「ダメ元」で打診してご快諾いただいたことが多々ありました。
「第2話 猿に助けられた武将たち」で披露された獅子の舞「花園のささら」もそうですし、エンディング曲「Step into you」は県北出身のシンガーソングライターのnikiie(ニキー)氏に直接交渉して実現しました。
こちらの熱い思いを臆することなくお伝えすることの大切さを感じると同時に、それを受け入れてくださる懐の深い方々とのご縁に恵まれたことは間違いありません。
以上が「県北高校フシギ部の事件ノート」の舞台裏です。何かひとつでもPR動画作りの参考になれば幸いです。どこかの会議室で「フシギ部みたいなのが作りたいんだよね」といった会話が交わされることを妄想しつつ、今後もPR動画の可能性を模索できればと思っています。