コロナ禍で一層存在意義を高める企業ミュージアム
2022/05/12
企業ミュージアムは、「ミュージアム」というアカデミックな領域と「企業」というビジネス領域の両方にまたがるバッファーゾーンにある。そして運営を担う企業の広報、ブランディング、宣伝、人事などと多様に連携する組織である。本連載では、企業が手掛けるさまざまなミュージアムをPRのプロフェッショナルが紹介し、その役割や機能、可能性について議論したい。プロローグとなる#01では、大正大学・高柳直弥氏に電通PRコンサルティング取締役社長・牧口征弘氏がインタビューした。
企業ミュージアムが目指すものは、「採算性」ではない
牧口:企業ミュージアムという、高柳先生の研究テーマそのものが、とてもユニークだと思います。まずは、そうした研究に至ったきっかけを伺えますか?
高柳:大学在学中に、博物館学芸員の資格を取ろうと思ったことがきっかけです。企業ミュージアムというものは、それ単体で採算がとれるものではない、というのが当時の常識でした。でも、そこには訪れた人の心を揺さぶる、何かしらの価値がある。当時の経営学で、それを説明することはできませんでした。だからこそ、研究してみようと。誰も解明していないものを研究してみるのって、面白いじゃないですか?
「ガイド」の大切さ
高柳:企業ミュージアムの二大テーマは、その企業のルーツと、その企業が属する産業そのものの魅力を紹介することです。良くできた博物館には、とにかく隙がないんです。大人向け、子ども向け、あらゆる趣向が巡らされています。ガイドによるアテンドの仕組みにも圧倒されます。
牧口:ルーツと産業、そして人、ですよね。
高柳:その企業が、何を大事にしているのか、ということが企業ミュージアムには詰まっています。「稼ぎましょう」「もうけましょう」も、もちろん企業としては大切なことですが、例えば魔法瓶の会社であれば、温かいものは温かく、冷たいものは冷たく、という「お客さまのために、熱を管理すること」への情熱がすさまじい。その情熱を、アテンドしてくださるガイドの方に説明してもらうだけで、胸にぐっとくるものがあります。
外だけじゃない。内への発信も大事
高柳:ただ単に、その企業が生み出してきた商品を紹介することだけが、ミュージアムの価値ではありません。その商品や製品が世の中に出たことで、社会がどう変わったのか、ということを実感してもらえることが大事なんだと思います。
それは、外向けということだけでなく、インターナルへ向けても同様です。特に製造業の方々は、直接お客さまと接する機会が少ないですが、企業ミュージアムは、そんなお客さまと直接触れ合える場ですから。作り手の方のテンションは、もちろんアガります。コロナ禍でも閉館せずにミュージアムが続いているのは、そうした理由も大きいのでしょう。経営者と従業員の心をつなぐ。従業員同士の心をつなぐ。作り手の先にいるお客さまとの触れ合いを生む。そうしたコミュニケーションに、企業ミュージアムは貢献しているのではないでしょうか。
牧口:自分たちが勤める会社が、こんな思いで商品やサービスを社会に対して提供してきたんだ、ということを目に見える形で実感できる、共有できるということは、大切ですものね。
高柳:企業ミュージアムの中には創業の地で営業するものもあります。本社が東京にあっても、創業の地を大切にしたいという気持ちが表れているのだと思います。若者がいったん東京に出ても、比較的多くがUターンしてくる自治体には企業があり、若者が企業ミュージアムなどを通してその企業のことをよく知っていたということがあります。そういった意味でも企業ミュージアムは貢献していると思います。
博物館は、黒歴史もまた、積極的に開示すべきである
高柳:企業にとっては、反省すべき歴史というものが、多かれ少なかれあると思うんです。大事故を起こしてしまった、とか。異物を混入させてしまった、とか。そうしたいわば「黒歴史」を、正々堂々と公開しているところも、企業ミュージアムの魅力の一つだと思うんです。
例えば広告で、わざわざ自社の黒歴史を公開する企業はあまりありません。でも、あのときこうしていたら、あのときなぜこれができなかったのだろう、という思いもまた、企業理念や企業活動の深いところに流れているものだと思います。広告というものが、〈広く、浅く〉というものだとすると、企業ミュージアムに代表されるPRは〈狭く、深く〉だと思うんです。ああ、このネジ一本に、このカップ一つに、そこまでの思いが込められていたんだ、ということを実感できたとき、真のファンが生まれます。
「エンタメ」とは、どういうことなのか
牧口:京都の太秦にある映画村なんかも、一種のミュージアムですよね?
高柳:おっしゃる通りだと思います。企業ミュージアムの定義はあいまいで、その数は人によってさまざまな数え方がされていますが、企業であるとか、業界そのものを、どれだけ学ぶことが楽しいもの、楽しみながら学べるもの、エンタメに昇華できるか、ということが博物館のキモの部分ではないか、と。そうした取り組みが、いつしか文化となっていく。
牧口:この先、こんな企業ミュージアムに出会ってみたい、というような願望はありますか? あるいは、こんなミュージアムをつくってみたい、といったようなことは?
高柳:自身の人生の中での企業やその商品との思い出が記録されている、そんなミュージアムがあったらいいな、と思います。何十年か先にそのミュージアムに足を運んだら、確かに、昔、自身がその企業の商品を使っていた形跡やその企業のミュージアムを訪れた形跡が残っている、みたいな。
【編集後記】
対談の最後に、編集部から高柳氏へ質問する時間がもらえた。さて、何を聞こうか、と逡巡(しゅんじゅん)したのだが、こんな質問をぶつけてみた。「僕ら広告会社の人間は、テレビCMでいえば15秒・30秒の世界、新聞広告や雑誌広告などでは一瞬でめくられてしまうという環境で勝負をしています。それでいうと、企業博物館というメディアは『尺(時間)なき場』だと思うんです。気に入った場所であれば、朝から夕方まで一日中、楽しむことができる。そんな観点から、お話を伺えませんか?」と。
少し間があって、高柳氏からこんな答えが返ってきた。「尺の話もそうですが、リアルな『場』であるということが、企業博物館の魅力だと思いますね。それは、『誰と行くのか?』ということにもつながってくる。恋人と行くのか、友達なのか、親子なのか。そこで盛り上がれば、何時間でも過ごしていられる。そのためには、ハードとしての広さとか完成度といったものに加えて、例えばアテンドしてくれる施設職員の方々の気遣いとか柔軟性といったソフトの面が大事だと、僕は思います」
高柳氏の指摘は有名なレジャーランドや、高級ホテルや旅館、町の居酒屋に至るまで、あらゆるサービス産業の神髄といえるものだ。ただ単に、おしゃれな施設をつくって、きれいな陳列ケースにものを並べておけばいい、といった単純なものではない。博物館というメディアそのものの奥深さとその可能性に、いまさらながら目からウロコな対談だった。