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SNS時代のニュースの価値を探る。『メディアリテラシー 吟味思考を育む』刊行連載No.2

フェイクニュースの時代に必要な“吟味思考”とは?

2022/04/15

 

現時点での「メディアリテラシー」の決定版といえる書籍「メディアリテラシー 吟味思考(クリティカルシンキング)を育む」の発売を記念した本連載。

今回は編者であるスマートニュース メディア研究所の山脇岳志所長に、本のタイトルに込めた思い、「メディアリテラシー」と「吟味思考」についてお話しいただきました。

<目次>
メディアを批判するほど支持率が上がる?アメリカで見たトランプ現象の衝撃
リアルとフェイクは明確に区別できない。「グレーゾーン」を認識することもメディアリテラシー
「クリティカルシンキング」を「吟味思考」と訳した理由

『メディアリテラシー 吟味思考(クリティカルシンキング)を育む』(時事通信社)
『メディアリテラシー 吟味思考(クリティカルシンキング)を育む』時事通信社、396ページ、2750円(税込)、ISBN:9784788717978


メディアを批判するほど支持率が上がる?アメリカで見たトランプ現象の衝撃

メディアリテラシー 吟味思考(クリティカルシンキング)を育む」の出版を契機とした連載、電通メディアイノベーションラボ 主任研究員の天野彬さんから、バトンをいただきました。まず、なぜこの本を編集しようと思ったのか、そこからお話ししたいと思います。

本の出版は、出版社側から執筆者に依頼するケースと、執筆者が出版社に提案した企画が採用されるケースに分かれます。商業出版においては、前者が後者よりはるかに多いと思いますが、この本は後者です。私の方から、出版社に持ち込み、幸運にも採用されたのでした。

本書の編集・執筆の動機をさかのぼれば、前職の朝日新聞時代、2016年にトランプ氏が当選したアメリカ大統領選を現地で取材したことです。

私は、2回、アメリカで暮らしたことがあります。

最初は、2000年から2003年まで、ワシントン特派員として、経済を中心に担当しました。ちょうど同時多発テロや、イラク戦争が起きたころです。

2度目は、2013年から2017年、今度はアメリカ総局長として、同じワシントンに赴任しました。

2003年から2013年、日本にいた10年間は、ほとんどアメリカに出張に行く機会もありませんでした。それだけに、2度目に赴任して現地で暮らすと、アメリカの変容ぶり、とくに保守とリベラル、社会的な分断の広がりに衝撃を受けました。

2015年にトランプ氏が共和党の大統領候補となると、トランプ氏は主要メディアそのものを「フェイクニュース」だと断定するようになりました。共和党支持者の間のマスメディアへの信頼度は、民主党支持者に比べてもともと低かったのですが、さらに急低下しました。トランプ氏がマスメディアを批判すればするほど、トランプ氏の支持率は上がる構造になったのです。 

こうした実体験もあり、アメリカ在任時から、アメリカの教育には関心を持っていました。分断と教育との関係はどうなっているのか、メディアリテラシー教育の現状や、ジャーナリストたちのメディアリテラシーへのかかわりについても、少しは調べました。

しかし、忙しさにとりまぎれ、そうしたテーマを十分深めることができませんでした。日本に帰国してからメディアリテラシーに関連する文献を読んだり、アメリカに出張したりして、記事やシンクタンクの論考の形でまとめていきました。

突き当たったのは、どこまでがフェイクニュースなのか、事実と虚偽とは明確に区別できるものなのか、などの根本的な問いでした。認知心理学、社会心理学や行動経済学の文献も読むようになりました。


リアルとフェイクは明確に区別できない。「グレーゾーン」を認識することもメディアリテラシー

2019年に、著名な歴史学者で、「ホモ・デウス」などの著作で知られるユヴァル・ノア・ハラリ氏に、イスラエルでインタビューしました。

ハラリ氏は、その著書で

人間は、虚構の物語を創作してそれを信じる能力のおかげで世界を征服した。したがって、私たちは虚構と現実を見分けるのが大の苦手だ。

と書いています。実際に会って話を聞いても、宗教とフェイクニュースは、本質的には区別できないという見方でした。

いったい、ハラリ氏の言葉をどのように考えるべきなのでしょうか。

フェイクニュースの拡散を引き起こしている発信者やプラットフォーム事業者のあり方については、たびたび議論が繰り広げられています。しかし、そもそも虚偽と事実の区別すら難しいのであれば、根本的なフェイクニュース対策は難しいともいえます。

私は、メディアやプラットフォーム事業者の対策も重要ではあるが、同じぐらい、いやそれ以上に、情報の受け手、市民の側の「メディアリテラシー」を身につけていくことが重要ではないか、と考えるようになりました。また、SNS時代においては、市民は「発信者」でもあります。

市民が「メディアリテラシー」を身につけることが大事、と書きましたが、それは「フェイクニュースを見抜く」のが目的ではありません。

むしろ逆に、簡単にフェイクとリアルを決めつけるのではなく、

  • 世の中が複雑であること
  • 正解がみつからない問いは多いということ
  • 自分の能力や判断を適度に疑う必要があること
  • 虚偽と事実の間には大きな「グレーゾーン」「あいまいな情報」があること
  • 同じ事実でも、光の当て方で、全く見え方が違うこと

そういった基本的な理解から始める必要があると思うようになりました。そうした「グレーゾーン」を認識することも、メディアリテラシーの重要な要素だと思います。

また、「人間の癖」というものについても、早くから意識しておくことも大事です。たとえば、学校教育の中で、

親しい人から送られてきた情報は、それが虚偽であっても、信じてしまいがちだ。

という人間一般の傾向を教えておけば、生徒たちは、虚偽情報を自らSNSなどで拡散する前に、「ちょっと待てよ」と立ち止まることもできます。

そもそも「メディアリテラシー」には、さまざまな定義があり、論者によってさまざまな使い方をされています。

情報の真偽を見極めるという意味で使っている人もいますし、ICT機器の使い方が意識されているケースもあります。要するに、定義が混乱しているのです。

そこで、「一冊を読めば、メディアリテラシーの理論から実践まで、かなりの程度わかる」ような入門書を作りたいと考えました。これまで分断されてきた、アカデミア、ジャーナリズム、そして教育現場をつなぎたいという思いもありました。

本書の想定する読者層は、学校の先生など教育関係者がメインです。さらに、子どものSNSとの接触に不安をもつ保護者、ジャーナリストやメディア関係者、研究者や学生、一般のビジネスパーソンにも関心を持っていただけるのではないかと思っています。


「クリティカルシンキング」を「吟味思考」と訳した理由

最後に、書籍のサブタイトルである「吟味思考」について記します。

今回、サブタイトルに含めたいと思ったのが、「クリティカルシンキング」という言葉です。メディアリテラシーの定義が混乱しているのは前述の通りですが、メディアリテラシーにとって「クリティカルシンキング」が核になるというのは、海外では一般的な認識です。

私は日本の学校教育の場に、もっとクリティカルシンキングを取り入れてほしいと考えているため、サブタイトルに含めたかったのです。

ただ、難しいのは訳語です。これまで日本で、「クリティカルシンキング」は、「批判的思考」と訳されてきました。しかし、この言葉における英語の「クリティカル」と、日本語の「批判的」には、相当のニュアンスの開きがあります。

日本語で「批判」というと、相手の言うことを否定したり、非難したりすることも含むニュアンスになってしまいます。

英和辞典で「critical」をひきますと、確かに「批判的な」という訳語はあります。ただ、critical thinkingという言葉でのcriticalは、批評するにあたって多様な視点を持つという含意があると考えられます。アメリカ人の友人たちに聞いても、ネガティブな意味は乏しく、constructive(建設的)な意味に使われていると言います。

そもそも、critical の語源は、ギリシャ語のkritikosが語源であるといわれます。kritikosは、「見分ける・判断する」といった意味です。「クリティカルシンキングの養成」を大学教育の柱の一つにしている国際基督教大学(ICU)の生駒夏美教授は、「自ら考えた結果、否定するだけでなく肯定することもクリティカルシンキング」だと言います。

この「肯定することもクリティカルシンキング」という点は、「批判的思考」という日本語からは、想起しにくいのではないでしょうか。

本書の執筆者の一人でもある楠見孝・京大教授は、クリティカルシンキングをこう定義しています。

  1. 自分の思考過程を意識的に吟味する内省的(リフレクティブ)で熟慮的な思考
  2. 証拠に基づく論理的で偏りのない思考
  3. よりよい思考を行うために、目標や文脈に応じて実行される目標思考的な思考

悩んだ末、クリティカルシンキングについて「批判的思考」という定訳を使わず、「吟味思考」と訳しました。

こう考えるに至った経緯については、下記リンクの記事で詳しく記しました。もし関心をもってくださった方は、ご高覧ください。

https://globe.asahi.com/article/14544227

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