なぜか元気な会社のヒミツseason2No.21
アパレル業界の風雲児が引き寄せる未来とは?
2022/07/08
「オリジナリティー」を持つ"元気な会社"のヒミツを、電通「カンパニーデザイン」チームが探りにゆく本連載。第21回は、アパレル業界に新風を吹き込む「KAPOK JAPAN」に、事業で社会を変えていく極意を学んでいきます。
インタビューを前に、「KAPOK JAPAN」の深井喜翔社長の記事やnote、Twitter に至るまで片っ端から目を通していった。スタートアップ企業の社長としての才覚や実績にも、もちろん感心させられたが、最も気になったのは「なんだろう?この人のもとへ不思議と人が集まってくる感じは……」ということだった。思い違いではない。創業直後に実施したクラウドファンディングでは目標を大幅に上回る支援が集まった。また現在、「KAPOK JAPAN」にはさまざまな職業や専門性を持つ人が副業人材として集まり、事業を支えている。
「自分はいわゆる『ワンマン社長』タイプではないですからね」、と深井社長は屈託のない笑顔で話す。謙遜しているのではなく、仲間がいてこその、仲間と苦楽を共有できるからこその会社だ、ということだ。PC画面に映る深井社長は、終始、笑顔だった。時折、口をついて出る関西弁も、とてもチャーミングだ。あれも聞こう、これも聞こう、と用意した取材メモを横目に、なによりそのチャーミングさに迫ってみたい、という思いに駆られた。深井社長が目をつけたカポック(KAPOK)という植物由来原料のアパレル素材、そしてカポックの名を冠したブランドの最大の魅力が、そこにあるような気がしたからだ 。
文責:薬師寺肇(電通BXCC)
「二刀流」に、勝機あり
深井喜翔社長は、老舗アパレルメーカー・双葉商事の創業者を曽祖父にもつサラブレッドだ。「KAPOK JAPAN」というスタートアップ企業を立ち上げた後も、家業に携わる「二刀流」の人でもある。だが、インタビューが進むにつれ、深井社長が実践する「二刀流」というものが、宮本武蔵やあの大リーガーとは別物であることが分かってきた。そのことは、おいおい本稿で解き明かしていくとして、まずは、カポック(KAPOK)という東南アジアを中心に自生する木の実からとれる綿をつかった新素材に対して「これはイケる!」と思った経緯について尋ねてみた。「最初は、オモシロイなあ、くらいの印象だったのですが、実際にモノ(シート綿)があがってきたとき、一発でこれはイケると直感しました」
これはイケる!となるまで、普通はあれこれ試行錯誤を繰り返すものだが、カポックに関しては最初からその精度が高かったのだという。「精度というものを、モノ+事業の可能性+社会性の三つで僕は測るようにしています。最初の二つは、経営者として当たり前のことですよね?そこに社会性が加わってこそ、これはイケるぞ!ということになるんです。カポックにはそれがあった」
社会性のひとつの例として深井社長が教えてくれたのは「ストレッチ素材」で作られたナース服。「ナース服というものは、基本的に伸びる素材では作らないんです。どうしてかというと、専門の洗濯業者に引き取ってもらうから。ストレッチ素材は、ガッシャガッシャと洗う洗濯機にかけると縮んでしまいがち。でも、看護師の仕事って、時にはナース服のまま仮眠をとらなければならなかったりする。やわらかく肌触りのいいナース服で寝られたらどんなにいいだろう?そんな声を聞いて、挑戦してみました。これも一つの『社会性』だと思います」
モノ、事業の可能性、社会性。この三つは、モノづくりをする上で、普遍的なものだと思うんです、と深井社長。「大量生産・大量消費の時代は、モノと事業のことだけ考えていればよかったが、いまの時代、社会性に目を向けないような古くさい経営ではダメだ。といった声を聞きますよね?違うんですよ。たとえば祖父が会社を立ち上げた時代は、とにかく服が不足していた。メーカーとしてなんとかその課題を解決することはできないものか、と奮闘する。その結果、大量生産が可能になる。これって立派な社会性ですよね?よく言われる『社会のことも考えず、安かろう悪かろう、なモノを作って、自分の会社だけがもうかればいい』なんてことでは、当時でもなかったんです。これは、祖父の背中をずっと見てきた僕だから言えることかもしれませんが」
いまも現役で活躍する初代・双葉商事社長(89)の話になると、深井社長の言葉に熱がこもる。いずれは4代目という決意と自信が垣間見えた。インタビュー前に想像していた「二刀流」とは、明らかにニュアンスがちがう。そんな深井社長を魅了した「カポック」とは、いったいどのようなものなのだろうか?
ゆっくり、急げ!
植物由来の原料であるカポックの最大の売りの一つが「サステナビリティ」に貢献できることだ。深井社長は、こう言う。「利他的であるだけでは、人(お客さま)は動かないんです。どれだけ自然環境にやさしいんです、と訴えたところで共感してはもらえない。人は当然、利己的なところもありますから。ならば、そんなお客さまの心に届くモノを作ってやろう、と(笑)」
深井社長によれば、エコでサステナビリティにも寄与する製品が作れないものか、という思いは、小学生の頃にすでに芽生えていたという。大手繊維素材メーカーに就職したのもそうした動機から。以来、仕事を通じて見識を高めていった。25歳の時、家業である双葉商事へ入社。仕事にまい進していたあるとき、カポックの存在に気付く。「すぐさま、大学の同級生を誘って、2人でインドネシアへ飛びました。2019年の7月のことです。それから3カ月後には、『KAPOK KNOT(カポック ノット)』というブランドを立ち上げていました」
ちゅうちょすることなく現地に飛んだことが良かったのだと思う、と深井社長は当時を振り返って言う。「現地での体験と家族からの後押し、そして、多くの友人たち。よし、これはイケるぞ!という気持ちになりました。もちろん、そこからは大変でしたが。クラウドファンディングで資金を調達して、原料をおさえて、輸入ルートをおさえて……みたいなことですから」
10歳のころからじっくり温めていた構想を、やるとなったらわずか3カ月でカタチにしてしまう。この「じっくり」と「すばやく」のテンポ感(メリハリ)が、なんともダイナミックだ。これもまた「二刀流」の資質と言えるのかもしれない。
お客さまを振り向かせる極意は、モノの魅力を伝える順番
「KAPOK KNOT」がブランドの核に据える「サステナビリティ」。とはいえ、深井社長の言葉を借りれば「利他的なだけでは動かない」お客さまに対して、具体的にどうやってモノを売っていくのか。そのあたりを伺ってみた。
「一言でいうなら、伝えるべき魅力の順番を決める、ということです。一に、機能。二に、デザイン。三に、サステナビリティの順。製品そのものが気に入って買ってみたら、そこにサステナビリティがついてきた、という感じ。これなら、ストレスはないでしょう?むしろ、ああ、自分のモノを見る目は正しかったんだ、とうれしくなる。これが逆の順番だと、ああ、そういうのは結構です、ということになってしまうんです」
境界線をボカしていく
お客さまを含め、さまざまなステークホルダーからの共感を得るためには、もうひとつ、大事なことがあるのだ、と深井社長は言う。「サステナビリティ肯定派と否定派、という二つの集団がいるとします。売る側も買う側も、どうしてもその間に『分断の壁』をつくってしまう。でもそれでは、大きなムーブメントにはならないと思います」
「Blur the line(ブラー・ザ・ライン)」という、耳慣れない言葉を深井社長に教わった。Blurは「ボカす」という意味。直訳すると、境界線をボカせ、ということになる。多くの人の感覚としては「白黒はっきりさせる」ことが潔いことで、曖昧な言葉でのらりくらり受け答えをしている人は嫌われがちだ。「そうではないんです。ゼロイチでどちらか一方ではなく、その中間の、どっちつかずの状態もよしとする。たとえば、サステナブルを重視する日と、そうでない日があっても全く問題ない。そうした中で、人や社会が少しずつ変わっていく。僕の務めはそのための環境や仕組みを提供することだと思っています」
深井社長によれば、「商品コストではなく、プロジェクトへの参加コストをいかに下げられるかを考えること」がポイントだという。肯定派と否定派の間にある壁をとっぱらって、代わりに二者択一ではない「グラデーションの広場」をつくってあげる。それが「二刀流」の深井社長が志向する社会へのアプローチなのだ。
最も重要な経営判断とは、「時間軸」を決めること
「そして、ここが経営者として最も重要なことなのですが……」と、深井社長は続ける。「なにより大事なことは、社内外に対して『時間軸』を設定することだと僕は思っています。『75年構想』と名付けられたこの時間軸を見定めるために、あるときこんな表を作ってみました。横軸には、双葉商事創業からの150年を刻む。縦軸には機能、デザイン、事業計画、見込み収益などの項目を並べる。そこに今後、想定される事をプロットしていく。そうすることで、ビジョンやパーパスなどの精度や解像度があがりますし、僕を支えてくれる社員や社会からの後押しもきっと得られるはずだ、と信じています」
深井社長ご自身は、その表の真ん中、つまり「今」に立っている。「僕がやらんでもいいものは、やらない。ひとりの経営者として、75年後までの折々で、時代やお客さまが求める花を咲かせる。そのために今やるべきことは何だろう?そんなことばかり、考えています」
老舗家業を継ぐ者だからこその、未来への迷いなきコミットと、スタートアップ企業ならではの社会変革への勢い。複数の相対するものを、しなやかに融和させ、社会を変える価値観をつくり出す。深井社長のもとにさまざまな人が集まりつづける理由が、垣間見られた気がした。
KAPOK KNOTのホームページは、こちら。
(2022AW先行予約は、7/7(木)から順次開始!上記URLより情報をご入手いただけます)
「オリジナリティー」を持つ“元気な会社”のヒミツを、電通「カンパニーデザイン」チームが探りにゆく連載のシーズン2。第21回は、アパレル業界に新風を吹き込む「KAPOK JAPAN」に見るスタートアップ企業の志と極意を紹介しました。
season1の連載は、こちら。
「カンパニーデザイン」プロジェクトサイトは、こちら。
【編集後記】
取材の最後に、「ぜいたく」について、こんな質問を深井社長に投げかけてみた。「お伺いしたいのは、いわゆるぜいたく品ではなく『ぜいたくな時間』というものです。例えば僕が最もぜいたくだな、と思うのは『お金のことを忘れていられるとき』。四六時中、おカネのことばかり考えて、たとえそれで何億円という札束を手に入れたとしても、おカネのために人生を捧げているようで、ぜいたくとは言えませんよね?」
少し考えて、深井社長からこんな答えが返ってきた。「二つあって、一つは『足るを知る』を実感できたとき。一日ハードに働いて、友人とサウナへ行って、風呂上がりに赤ちょうちんで焼き鳥をさかなに一杯やる。ああ、これ以上のぜいたくはない、と思うんです。もう一つは、社長になったことで、子どもの頃からずっと憧れの存在である祖父とビジネスのことで対等に話ができるようになった、ということでしょうか」
このダジャレだけは絶対に書くまい、と心に決めていたのだが、「深い(=深井)」話だ。深井社長が経営哲学を語る際、しばしば「時間」という概念が出てくる。いまこの瞬間が大事だ、というときには迷いなく決断し、実行する。その一方で、75年先にある遠い未来について、毎日、思いをはせる。経営者としてリスペクトすることはもちろん、なんとぜいたくな時間の使い方なのだろう、と思った。