なぜか元気な会社のヒミツseason2No.20
DON! DON! いこう!
2022/06/30
「オリジナリティ」を持つ“元気な会社”のヒミツを、電通「カンパニーデザイン」チームが探りにゆく本連載。第20回は、60年以上つづく自動車学校、その業態を一変させたミナミホールディングスのチャレンジに、企業変革のヒントを探ります。
自動車学校といわれて、皆さんはどんなイメージを持つだろうか。小中高大のようないわゆる「学校」というよりは、「技能教習所」という感じ。あるいは、夏休みの朝に行かされたラジオ体操みたいな感じ、ではないだろうか。なにかを「学びにいく」、だれかと「交流を深める」ではなく、ただ単にスタンプを集めに通っていた、というような。
時代を考えると、なかなか深刻な業界だ。若者のクルマ離れは進む。その若者の数そのものも減っている。クルマも、なかなか売れない。加えて、このコロナ禍だ。免許を取って、親しい人を誘ってドライブに行けたらどんなに楽しいだろう 、という気持ちにもなりづらい。近い将来AIによる自動運転が本格化したら、免許を取る必要すらなくなるかもしれない。
そうした中、創業60年以上の自動車学校を、30歳で先代から引き継ぎ、世間をあっといわせる仕掛けを次々と繰り出している人物が福岡にいるという。これは興味深い。
冒頭、「夏休みに行かされたラジオ体操」に例えたが、ポイントはラジオ体操ではなく「行かされた」というところにある。免許を取るために、仕方なく、嫌々ながら通う自動車学校。そこにメスを入れた破天荒ともいえる江上喜朗社長に、さまざまな質問を投げかけてみた。
文責:國生誠(電通九州)
学校とは、なんだ?
インタビューの冒頭、筆者の率直な「自動車学校」観を、江上社長にぶつけてみた。すると、こんな答えが返ってきた。「おっしゃる通りです。11年前、30歳で父から会社を継いだ時は、まさにそんな感じでした。教える側も、教えられる側も、なんか暗いんですよね。ものすごく単純な話なんですが、とにかく明るく楽しい学校にできないものか?というのが、改革の原点だと思います」
自動車学校は現在、全国で1200校ほど。しかしその数は、年々、減り続けている。南福岡自動車学校は、九州ではNO.1。とはいえ、なにも手を打たなければ、売り上げが下がっていくことは目に見えていた。「そもそも学校とは、なんだ?ということをまず考えました。なによりまず、技術や知識を教わる場所ですよね?学生時代のことを思い出していただきたいのですが、なにかを体得しようとした時、そこに楽しさを感じたら、頭や体にすっと入ってきませんでしたか?つまり、学校や教育とエンタメというものは、とても親和性が高いんです」
もうひとつ大事なところは、指導員と生徒、あるいは生徒同士のコミュニケーションだ、と江上社長は言う。「これまた学生時代を思い出してください。印象に残っている先生の授業は、楽しかったでしょう。同級生や部活仲間との触れ合いが楽しくて、毎日、学校へ通っていた。なのに、自動車学校はどうしてこんなに暗いんだ?この暗さを、なんとか払拭したい、というのが正直な思いでした」
ジリ貧からの脱却は、容易ではない
自動車学校業界でもっとも深刻なのは、指導員不足なのだと江上社長は言う。「少子高齢化で生徒数が減少傾向、みたいなことは報道でもよく取り上げられますが、本当に深刻なのは指導員の数がみるみる減っている、ということなんです。入校志望の方が来られても、対応できる指導員の数が間に合わないのでお断りするといったようなことが起きている。これは、弊社だけではなく、全国的にです」
ジリ貧からの脱却は、容易なものではない、と言う江上社長。ならば、こんなキャンペーンをされてみては?こんなイベントを開催しましょう!といった提案を、ついついわれわれ広告会社はしてしまう。「大事なことは、打ち上げ花火的なことよりもまずは自社組織の改革ですね。なにより指導員に、この会社、好きだな。日々、働いていて楽しいな。いつまでも働いていたいな。と思ってもらわないことには、どれだけ生徒の募集をかけたところで意味がないですから。でも、社長としてなにをすればいいのだろう?本当に、悩みました。悩んで、悩んで、それこそ髪の毛が抜ける落ちるほど悩みました(笑)」
まずは社長が「変身!」してみせろ
そこで、「かめライダー」の登場となるわけですね?と、話を向けた。「そうなんです。冒頭でお話しした自動車学校の暗いイメージ、のそのそとしか動かない感じが、なんか亀に似てるなあ、というのが僕の自動車学校に対するイメージでした。ならば、社長自らが『かめライダー』に変身!してやろうか、と。古参の役員や社員からは、大不評。いよいよ社長がおかしくなってしまった、みたいな。身内や親戚からも批判される。社員の半数近くが辞めていく。全身タイツのコスプレをして、毎日あちこちの講演の場でしゃべり倒して、いったいオレはなにをやってるんだ?体力的にもメンタル的にも、一番ツラい時期でした」
その一方で、「かめライダー」による広報活動は、入社希望の若い社員を増やすきっかけにもなったのだと江上社長は言う。「面白そうな会社だな、というきっかけには確実になったと思います。もちろん、その受け皿として、実際に面白い会社でなければなりませんが。でも、希望を持って入社してくれた人は、とにかく積極的なんです。時には社長である私自身が、彼らから励まされ、勇気をもらえることだってあります」
ワクワクが人を呼び、人を動かす
「ゼロリセット」できたことが良かった、と江上社長は振り返る。「『かめライダー』は、広告塔とのような存在なのですが、その受け皿として、教官の担任制を導入する、卒業生と就職希望企業とのマッチングを行う、他の教習所へのノウハウ提供、カンボジアやウガンダでの開校、AIやこれからのモビリティへの投資など、さまざまなことを仕掛けています」
なかでも「DON!DON!ドライブ」の教材動画は、マスコミなどでも取り上げられ、全国の自動車学校の120校ほどに採用されているという。「一言でいうと、エンタメの力というものを、僕は信じているんです。ワクワクしないものに、人は興味を向けませんから」
DON!DON!ドライブPVは、こちら。
前職時代に「お前は、どうしたいんだ?」と当時の上司から言われた言葉が今でも心に残っている、と江上社長は言う。「自分の意見を持ち、それを実行するということを習慣化できたことが良かったと思います。周りも上司も、答えなんか用意してくれませんから。新時代へ向けて、たとえばAI関連の法改正に、僕一人で挑んでいくことはできないだろうか?なんてこと考えるだけでもワクワクしています」
社風とは、「数」が決めるもの
「かめライダー」の登場にあきれた社員が次々と離脱する中、15人の新入社員が入社した2015年春の朝礼の光景が今でも忘れられない、と江上社長は言う。「前日までとは、がらりと雰囲気が変わったんですよ。みんなの目がイキイキとしてるというか。その時思ったんです。社風というものは『数』が決めるものなんだ、と」
思いに共感してくれる人の数が増えれば、ある時会社の空気は一変する。例えば、2:6:2みたいなことが人事の分野ではよくいわれる。2割が優秀、6割が普通、2割がダメ社員といった理屈だ。「ダメ社員は切る。さて、6割の普通の社員をどう教育するか、ということで上司と部下による1 on 1ミーティングなどがこのところはやっていますが、あれ、あまり意味がないな、と僕は思っているんです。形式的なコミュニケーションよりも、自由闊達(かったつ)な社風をみんなでつくっていこうよ!DON!DON!いこうぜ!ということのほうがはるかに大事。そこに共感してもらえれば、普通やダメと評価されていた8割の社員の心も動くし、あっと驚くような仕事も生まれるはずだから」
南福岡自動車学校のHPは、こちら。
「オリジナリティ」を持つ“元気な会社”のヒミツを、電通「カンパニーデザイン」チームが探りにゆく連載のシーズン2。第20回は、60年以上つづく自動車学校、その業態を一変させたミナミホールディングスのチャレンジをご紹介しました。
season1の連載は、こちら。
「カンパニーデザイン」プロジェクトサイトは、こちら。
【編集後記】
インタビューで一貫して江上社長が話されていたことは「エンタメの力を信じたい」ということだった。実際、ご自身も「かめライダー」となり、率先してエンタメを実践してこられた。ここで、編集者の意地悪心が湧いてくる。最後の最後に、こんな質問をしてみた。「エンタメの力を信じるお気持ちはよく分かりました。お伺いしたいのは、エンタメの力を、周囲にどうやって信じさせたのでしょうか?ということです」と。
広告の世界でも、クリエイティブは大事なものといわれる。でも、その価値を「定量的」に示すことはとても難しい。江上社長の答えは、とてもシンプルだった。「定量的といえるかどうかは分かりませんが、社長としての覚悟を示したということでしょうか。会社をつぶしてもいいや、くらいの覚悟を示すと、どういうわけだかサポートしてくれる人が増えていく」
賛同者の数。これは、エンタメやクリエイティブを「定量的」に測る上での立派な指標なのだ、と気づかされた。なんとなく好印象を受けたという人が、何パーセントいましたといった話ではない。人を説得する上でモノをいうのは、具体的な「数」なのだ。