loading...

なぜか元気な会社のヒミツseason2No.22

サツマイモと、正義

2022/07/29

「オリジナリティ」を持つ“元気な会社”のヒミツを、電通「カンパニーデザイン」チームが探りにゆく本連載。第22回は、宮崎県の南端・串間市にある東京ドーム×10ほどの農地でサツマイモを育てる「くしまアオイファーム」のチャレンジを紹介します。


「農業」あるいは「農家」というワードに、皆さんはどんなイメージをお持ちだろうか?日本の原風景?素朴で温かみがある?土の匂い、太陽の恵み?けれど、天候に左右され、若い労働者が育たないキツい職場?いろいろなワードが頭に浮かぶ。でも、サツマイモの葉っぱがどんな色で、どんな形をしているか、サツマイモの旬は?のようなことを問われると言葉につまってしまう。

取材に先立って、いろいろな資料に目を通した。正直なことを言うと、本当に知らないことばかり。焼き芋にハマっていると自負しながら、サツマイモそのものにはこれまでちっとも目を向けてこなかった自分が、恥ずかしくなった。

池田誠会長は「強い農業」というワードを一貫して掲げている。いわゆる「強い経営」とか「強いビジネス」といったことは、よく耳にする。そのためにはIT化を進め、旧態依然とした経営体質を根本から変える必要がある、といった話だ。取材前は、そうした「強さ」と、「九州の、のどかな地域でのサツマイモ農業」が結びつかなかった。不勉強を承知の上で、池田会長に尋ねてみた。「強い農業」ってなんですか?「サツマイモの強み」って、なんなのでしょうか?と。「聞くは一時の恥」という言葉に励まされながら。

文責:萩原有美(電通九州)

株式会社くしまアオイファーム:2013年12月法人設立。宮崎県串間市に本社を置き、サツマイモの生産・加工・販売を自社で一貫して手掛ける農業法人。「強い農業はこえていく。」を経営理念に時代や世代、世界を越え、関わる全ての人が肥えていく(豊かになり、幸せになる)、世界一のサツマイモ企業を目指している。
株式会社くしまアオイファーム:2013年12月法人設立。宮崎県串間市に本社を置き、サツマイモの生産・加工・販売を自社で一貫して手掛ける農業法人。「強い農業はこえていく。」を経営理念に時代や世代、世界を越え、関わる全ての人が肥えていく(豊かになり、幸せになる)、世界一のサツマイモ企業を目指している。

農家の意地を、みせてやる

「僕らは、農家なんですよ。先祖代々のね。そのことに誇りを持っています」と、池田会長は話し始める。農業改革とか、IT企業が農業のありかたを一新する、みたいなことはよくメディアでも取り上げられる。文脈としては「ほったらかしになっている畑をよみがえらせ、産地直送の物流改革を実現することで、未来は開ける」というものだ。「もちろん、そうした取り組みは大事ですよ。でも、僕らは農家なんです。日々、畑の状態を見守り、収穫したサツマイモを、わが子のように大切に扱う。そうした気持ちに応えてくださる生産者の方が、徐々にではあるものの増えていってる。なによりそれが、うれしいんです」

池田会長の話は、止まらない。「僕らのビジネスで収益をあげるのは、簡単なこと。要するに、農家をたたいて生産単価を抑えて、それを高く売ればいい。でもそれでは、誰もが疲弊してやせ細っていきますよね?都会で暮らす皆さんも、そんな質の悪いサツマイモ、食べたくないでしょう?これはまあ、農家の意地、みたいなものです」

笑顔で話す池田会長の様子に、用意していた質問が一気に吹き飛んだ。

池田誠氏:株式会社くしまアオイファーム代表取締役会長兼CEO。高校卒業後、地元を離れて働いていたが、23歳の時に父の病気のために家業を継がざるを得なくなる。嫌いな農業を、生活のために仕方なく続けていた。宮崎県串間市は小規模な市で一次産業が中心、若者は都市部へ流出していくという典型的な過疎地域。そんな現状を変えようともしない地元への不満を抱きながら、40歳を迎えたある日、「父が52歳で亡くなったのだから、自分はあと10年ほどしか生きられないかもしれない。それなのに嫌々農業を続けていて良いのか?」と考えた。そこで、自分の力で日本の農業全体を変えることを決意し、サツマイモのグローバル展開を掲げて2013年に法人化した。
池田誠氏:株式会社くしまアオイファーム代表取締役会長兼CEO。高校卒業後、地元を離れて働いていたが、23歳の時に父の病気のために家業を継がざるを得なくなる。嫌いな農業を、生活のために仕方なく続けていた。宮崎県串間市は小規模な市で一次産業が中心、若者は都市部へ流出していくという典型的な過疎地域。そんな現状を変えようともしない地元への不満を抱きながら、40歳を迎えたある日、「父が52歳で亡くなったのだから、自分はあと10年ほどしか生きられないかもしれない。それなのに嫌々農業を続けていて良いのか?」と考えた。そこで、自分の力で日本の農業全体を変えることを決意し、サツマイモのグローバル展開を掲げて2013年に法人化した。

池田会長のコメントには、数字が列挙される。人口1万6千人ほどの宮崎の田舎で、東京ドーム10個分の農地で、20億円近くの売り上げがあり、その20%から30%は海外へ輸出している。スーパーなどの棚にサツマイモが、一年を通して当たり前のように並ぶようになったのは、ここ5、6年のこと、などなど。

サツマイモの需要に、生産は追いついていない

数字の話で、もっとも印象的だったのが「(国内の)サツマイモの需要に、生産が追いついていない」という指摘だった。「国の試算では、年間に必要なサツマイモは80万トン。でも、生産されているサツマイモは63万トンに過ぎないんです」。万トン、などと言われてしまうと、いまいち実感がわかない。そんな私の表情を読み取ってか、池田会長はこんな話をしてくれた。「たとえば、みなさんがよく目にする加工品や飲食店で使用されているサツマイモの一部は、中国産やベトナム産なんです」

サツマイモなんて、種芋を植えておけば勝手に育つもの、みたいなイメージではないですか?と池田会長に問われた。「そうではないんです。サツマイモは手作業が欠かせずIoTも導入しにくい、非常に手がかかる野菜。だから新規就農者も増えないし、サツマイモ農家は減っているんです。この話ひとつでも、ああ、なんとかしなければ、と思いませんか?」

すぐにでもスーパーに出かけていって、サツマイモを買いたくなった。そのスーパーに一年中当たり前のようにサツマイモが並んでいること自体が、くしまアオイファームのチャレンジなのだという、先ほどの話が思い出された。

自社栽培面積47ha(東京ドーム約10 個分)、契約農家数は182軒、年間取扱量は8250トンに及ぶ。(2022年7月現在)
自社栽培面積47ヘクタール(東京ドーム約10個分)、契約農家数は182軒、年間取扱量は8250トンに及ぶ。(2022年7月現在)

サツマイモは「ダサい」もの?

サツマイモの魅力について池田会長に尋ねてみた。もちろん、答えはとめどない。「とにかく、味つけが不要な野菜なんです。塩すら、要らない。焼く、蒸かす、だけでいい。それなのに栄養価も高い。牛乳とサツマイモがあれば、人間が生きていく上での栄養は十分にとれる、とさえ言われています。根菜なので、風水害にも強い。痩せた土地でも栽培できる上に、長期保存ができる。僕からしたら、もう完璧な野菜なんです」

という話の後に、池田会長の口から意外な言葉が出た。「でも、正直な話、さつまいもってちょっと前までダサいものだったんです。女性が手に取るには、ちょっと恥ずかしいみたいな」

飾らない人だなあ、と思った。広告に関わる人間としては、ネガな要素をできるだけ排除して、いいことばかりを言おうとしてしまう。「でも、そのダサいところも含めて、サツマイモの魅力だとは思いませんか?サツマイモの甘さには、罪悪感がないんですよ。女性の方は特にそうだと思うのですが、甘いケーキとかお好きですよね?でも、そこには罪悪感がある。ついつい誘惑に負けてケーキを食べてしまった、というような。サツマイモには、それがないんです。しかも、腸内環境にもいい。こんな素晴らしい野菜を、なんだか恥ずかしい気持ちで口にしてるって、もったいないことだと思いませんか?」

葵はるか:さつまいもの品種「紅はるか」をくしまアオイファームこだわりの栽培、貯蔵技術で独自にブランディングを行った品種で、社名の葵を冠するに恥じないさつまいも。ねっとり濃厚な甘みが強く、蜜が入ったように柔らかい舌触りが特徴で「既に完成された和菓子のようなおいしさ」だと池田会長は胸を張る。
葵はるか:さつまいもの品種「紅はるか」をくしまアオイファームこだわりの栽培、貯蔵技術で独自にブランディングを行った品種で、社名の葵を冠するに恥じないさつまいも。ねっとり濃厚な甘みが強く、蜜が入ったように柔らかい舌触りが特徴で「既に完成された和菓子のようなおいしさ」だと池田会長は胸を張る。

農業にも、農家にも、サツマイモにも、ネガティブなイメージが存在している。それについては、一切否定しない。その上で、そんなサツマイモの魅力を、一人でも多くの人に届けたい。と、池田会長は言う。「こいつ、いいヤツなのよ。その良さを、分かってよ、という感じでしょうか。そのために僕は広告塔の役目でもなんでも、率先してやってやろうと思っているんです」。池田会長が掲げる「強い農業」の「強さ」の真意が、徐々に見えてきた。

コソコソしない。クヨクヨしない

そのためには「コソコソしない」ことが大事なのだ、と池田会長は言う。「サツマイモのような恥ずかしいイメージの野菜を売って暮らしています。これまで畑に捨てていたような小さな芋ですら拾い集めて売っています。みたいな卑屈な精神では、だれもハッピーにはなれませんよね?生産者もそうですし、生活者もそうです。もちろん、その間にいる私たちも。僕は、サツマイモを愛している。その思いはだれにも負けませんし、サツマイモの魅力を語れ、と言われればいくらでも語ります」

池田会長のそうした思いは、他の生産者にも確実に伝わっている。社員にしてもそうだ。農業とはまるで縁のない「畑ちがい」の経歴をもつ人たちが、サツマイモの魅力にほだされて、どういうわけだか宮崎のサツマイモ畑に立っている。「ある意味で、僕は反逆者なんですよ。サツマイモなんかを育てて、どうするつもりなんだ?みたいなことを言われると、なにくそー!と、奮い立ってしまうんです(笑)」

くしまアオイファームは社員数約100名、農業法人ながら平均年齢は34歳。海外を拠点に働いていた元商社マンや、元消防士、県内外問わずさまざまな経歴を持った人材が集まっている。
くしまアオイファームは社員数約100名、農業法人ながら平均年齢は34歳。海外を拠点に働いていた元商社マンや、元消防士、県内外問わずさまざまな経歴を持った人材が集まっている。

サツマイモの生産に限らず、大学との共同研究講座を設立しサツマイモに関する研究に力を注ぐなど、さまざまな枠にはまらない展開を行っているくしまアオイファームの経営方針について、池田会長はシンプルに話してくれた。「おもしろいか、おもしろくないか。かっこいいか、かっこ悪いか。それだけですね。ちょっと気取った言い方になってしまいますが、その決断は農業とか地域のためになっているか。そこに正義はあるのか?ということです」

くしまアオイファームの公式キャラクター「あおいちゃん」。
くしまアオイファームの公式キャラクター「あおいちゃん」。

強さは、弱さと向き合うことから生まれる

「反逆者」「強い農業」といった刺激的なフレーズが並ぶ池田会長だが、どうしても尋ねてみたいことがあった。「その強いお気持ちは、弱さと向き合う姿勢から生まれるのではありませんか?」と。

「そうかもしれません。僕自身、若い頃は挫折ばかりの弱い人間でした。家業であった農家も、社会的には弱い立場です。地方ならではの、しがらみもある。でも、あるとき、気づいたんです。青臭いことを言う農家がいたって、いいじゃないか。作物づくりには、そこそこの経験がある。でも、超一流ではない。僕よりおいしいサツマイモをつくれる人は、ごまんといる。経営者としては、それこそ半人前もいいところです。でも、学生時代の部活で、万年補欠のキャプテンとか、いましたよね?あんな感じの経営者がいたっていいじゃないか。そんな感じで、なんとかやってきました」

でも、と池田会長はつづける。「夢はそれなりに、大きいんですよ。この宮崎のド田舎から、世界一のサツマイモ企業が生まれたとしたら、おもしろいし、かっこよくないですか?」。正義の味方、正義のヒーローという言葉が、脳裏に浮かんだ。

くしまアオイファーム社名ロゴ

くしまアオイファームのHPは、こちら


「なぜか元気な会社」シリーズロゴ

「オリジナリティ」を持つ“元気な会社”のヒミツを、電通「カンパニーデザイン」チームが探りにゆく連載のシーズン2。第22回は、宮崎県の南端・串間市にある東京ドーム×10ほどの農地でサツマイモを育てる「くしまアオイファーム」のチャレンジを紹介しました。

season1の連載は、こちら
「カンパニーデザイン」プロジェクトサイトは、こちら


【編集後記】

インタビューおわりに、いつものようにスットンキョーな質問を池田会長に投げかけてみた。「サツマイモって、正直、重たくないですか?重量が、ということです。たとえば、石油とか水とかも、重たいですよね?あれだけ重たいものが、安定して供給されているというのは、なんというか、奇跡のようなことだと思うんです」と。

池田会長の答えは、予想外なものだった。「重たいもそうなのですが、サツマイモって、とにかく形がふぞろいなんです。これがまあ、厄介でして。スーパーに並ぶ野菜をイメージしてください。トマトでもきゅうりでも大根でも、そこそこ形がそろっていますよね?サツマイモは、そうはいかないんです。大きなものもあれば、小さなものもある。ひんまがったものだってある。それを、商品として安定供給するなんてことは、とにかく面倒くさい。そして、ご指摘のように、まあ重たい。だから、誰もやらない。誰もやらないのなら、僕がやってやろうじゃないの。そんな感じでしょうか?」

重たくて、そのうえ、形がふぞろい。青果として輸出するには、カビ対策などとてつもない労力がかかる。それでも、サツマイモに人生を賭けた。池田会長のその思いを、泥臭いと捉えるか、すがすがしいと捉えるかは、読者の判断に委ねたい。

tw