為末大の「緩急自在」No.24
アスリートブレーンズ為末大の「緩急自在」vol.24
2022/08/03
為末大さんに「いま、気になっていること」について、フリーに語っていただく連載インタビューコラム。唯一、設定したテーマは「自律とは何か、寛容さとは何か」。謎の「聞き手」からのムチャ振りに為末さんが、あれこれ「気になること」を語ってくれます。さてさて。今回は、どんな話が飛び出すことやら……。乞う、ご期待。
──連載も、24回目となりました。今回も、よろしくお願いいたします。
為末:よろしくお願いいたします。
──記念すべき、って、なんの記念なのか分かりませんが、24回からの新テーマは「アスリートが見ている世界」というものです。例によって、少々ながめに前振りをさせていただきますね。きっかけは、バラエティ番組などでよく見る「バンジージャンプ」のCCDカメラなんです。
為末:ああ。あのヘルメットのおでこのあたりからビヨーンと棒が伸びていて、その先に小さなカメラがくっついている……。
──そう。あれです。あのカメラが将来もっと小さくなって、豆粒くらいの大きさになったとして、たとえばそれを陸上選手の額にぽちっとくっつけて実際の競技に臨んでもらったとしたら、まさに今、世界の頂点を狙おうとする場面を、選手と同じ目線で体感できるのではないか、と。
為末:いつもながら、おかしなことを考えますねえ(笑)。
──為末さんの額に、超小型のCCDカメラをぽちっ。すると、ものすごいスピードで、次々とハードルのバーが迫ってくる様子を、視聴者もいっしょに体験できる、というわけです。そんな妄想をしていたところ、ふと「見る」ってなんだろう?ということが無性に気になりだしました。視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚……人間には情報をキャッチするさまざまな感覚が備わっています。でも、あらためて考えてみると「見ザル、聞かザル、言わザル」も「読み、書き、ソロバン」も、いずれも最初に来るのは「見る」です。
為末:たしかに、そうですね。
──つくづく「見る」って、大事なんだなあ、と。ところでアスリートは、為末さんは、どんな世界を見ているんだろう?見ていたんだろう?ということで本日、リモート画面にお越しいただいた、というわけです。僕の映像、見えてますか?
為末:見えてます(笑)。
──そこで今日は、人は「何を」「どこから」「何を思って」「どう見る」べきなのか、ということについて、順番にはこだわらずにいろいろと教えていただきたい、と思っている次第です。アスリートの立場でも、経営者の立場でも、たとえば一人の親として、でも、なんでも結構です。とはいえ、さあ、存分にお話しください、どうぞ!と丸投げされてもお困りでしょうから、まずはアスリートのお立場から、「見る」ということについて、どのようにお考えですか?
為末:まず、「見る」という行為には二種類ある、と思うんです。一つは、「物理的に見る」ということ。視点を置く、といってもいいのかもしれません。もう一つは、意識を置くということ。「夢を見る」「未来を見通す」などの「見る」です。イメージに近いのかもしれない。見えないものを見る、というか。
──インタビューの後半で、もったいぶってお伺いしようと思っていたことを、こうも簡単に解説されちゃうと、困っちゃうなあ。いえ、独り言です(笑)。
為末:「視点」というのは、要するに「黒目の動き」なんです。目がくるくると動く、というのは、目そのものが動いているわけじゃないですよね?黒目がくるくると動いているんです。たとえば柔道だと、初心者ほど黒目が動き回る。相手の手、足、視線、帯など、とにかく、くるくるくるくると黒目を動かす。これはつまり「視点が定まっていない」状態なわけです。対して上級者になればなるほど、黒目はほとんど動かない。言ってみれば「ぼんやり」とすべてを見ているわけです。
──分かる気がします。
為末:もう一つの「イメージで見る」については、僕のようなアスリートの立場でいうと「力の集約点」のことだと思っています。
──力の集約点?
為末:たとえば、5メートル先のハードルを飛ぼうとするとき、意識(イメージ)をそのハードルの手前、つまり片足でジャンプする地点に向けていてはダメなんです。あっと思ったときにはもう、自身の体はそのハードルの上にあるわけですから。で、休む間もなく、次のハードルが迫ってくる。ですから、もちろん目の前のハードルにある程度の「視点」は置くものの、「意識(イメージ)の目」では、たとえば30m先とかを、ぼんやりと見ている。
──なるほど。またしても「ぼんやり」ですか。
為末:「視点の目」同様、「意識(イメージ)の目」も、手前を見れば見るほど、いわゆる視野狭窄(しやきょうさく)になる。分かりやすくいうと、周りの風景などが目に入って来なくなるんです。
──見るともなしに、すべてを見ている。まるで、宮本武蔵みたいですね。
為末:隙がない、というのはそういうことなんでしょうね。ピントを合わせちゃうと、ピンチがやって来る。さっき挙げた柔道の場合、黒目の動きひとつで、次に自分がどう動こうとしているのか、どんな技をかけようとしているのか相手に悟られてしまうものらしいです。
──なので、「ぼんやり」。アスリートは、世界を「ぼんやり」と見ている。なんだか今回のテーマの結論は、もう出てしまったようですね。
為末:それでは私は、この辺で(笑)。
──いや、いやいやいや。もう少しお付き合いくださいよー。続きは、#25で。
(聞き手:ウェブ電通報編集部)
アスリートブレーンズ プロデュースチーム 日比より
今回のテーマは「アスリートの目線」でした。「力の集約点」「ぼんやり」「視点の目と意識の目」などなど。アスリートとしての体験を、俯瞰(ふかん)的に客観的に捉え、言語化されていることが分かります。最大のパフォーマンスを発揮するための技術を磨き、積みあげてきた経験を、「言語化」する力の高さが、「目線という問い」を聞くだけでも、非常によく分かると思います。
私たちビジネスパーソンも、同じように最大のパフォーマンスを発揮するための技術を磨き、自らの取り組みを俯瞰的に客観的に捉え、言語化し、再現性高くしていくこと、その先に「型」を見つける、その必要性を感じさせてくれます。人から「ブランド」に置き換えてみると、ブランドがもつ価値を、最大にパフォーマンスとして発揮するために、どうしていくべきか?その際も、俯瞰的・客観的に捉え、言語化するとすれば……私たちのような外部の目線は、少し役立つかもしれません。
アスリートブレーンズプロデュースチーム 電通/日比昭道(3CRP)・荒堀源太(ラテ局)
為末大さんを中心に展開している「アスリートブレーンズ」。
アスリートが培ったナレッジで、世の中(企業・社会)の課題解決につなげるチームの詳細については、こちら。