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ELSI対応なくして、データビジネスなし!?No.2

生活者・データビジネス従事者のELSI課題意識を読み解く

2022/08/22

ELSIとは、新しい技術を研究開発し、社会実装する際に生じる技術的課題を超えた課題のこと。倫理的(Ethical)、法的(Legal)、社会的(Social)という各観点からの諸課題(Issues)の頭文字を取って「ELSI(エルシー)」と呼ばれ、データビジネスをはじめとする新しいビジネス領域に企業が取り組む上で避けて通ることのできない課題として、国内外から注目を集めています。

2019年より、電通は発足直前の大阪大学社会技術共創研究センター(ELSIセンター)と産学共創プロジェクトをスタート。企業や業界団体のデータビジネス領域におけるガイドライン整備などをサポートするほか、2021年には国内初(※)となる「データビジネスにおけるELSI意識調査」を実施しました。

本記事では、大阪大学ELSIセンター長を務めるリスク学の専門家・岸本充生氏、同センター特任助教の倫理学者・長門裕介氏、同センター招へい教員を務める電通ソリューション・デザイン局の朱喜哲氏が、調査結果を読み解きながら、日本のELSI対応における課題とチャンスを語り合いました。

※電通、大阪大学ELSIセンター調べ
 
●前回記事
ELSI対応なくして、データビジネスなし?!話題のELSIとは

 
ELSI

データビジネスが加速する中で、ELSI対応への企業ニーズが急増

朱:ここ数年で「ELSI」という言葉の知名度は日本でも急速に高まり、今やビジネスに必要不可欠な要素として浸透しつつあります。ELSIが注目されている背景については、2020年に実施した岸本先生との対談でも詳しく紹介しましたが、そこからリアル空間とデジタル空間の一体化はさらに加速し、ビジネスにおけるデータ利活用が進んでいく中で、ELSI対応への企業ニーズはますます増えてきていると感じます。

岸本:おっしゃるとおり、ELSIの知名度は以前に増して高まっていますし、初めて聞いたという方にも説明すると、その重要性をすぐに理解していただけるという手応えを感じています。

朱:そうですね。私たちの共同プロジェクトでも企業からの相談を受ける機会が増えており、実際に位置情報業界団体LBMA Japanの共通ガイドライン策定サポート、リクルートのプライバシーセンター開設サポート、Osaka Metro Groupにおける企業理念と照らしたデータ倫理策定サポートやELSI人材育成研修の設計などの取り組みを行ってきました。長門先生はこれらのプロジェクトを振り返ってみていかがですか?

長門:企業の方々はすでに倫理的・法的・社会的課題に対する意識を強く持っているものの、それを自分の業務とどのように結び付けて、他の部署との連携も含めて組織としてどう対応すべきかに悩んでいるケースが多いと感じました。そこに、われわれがELSIという新たな枠組みを提供することで、組織の中で議論が活発になる土壌が生まれたこと自体が一つの成果だと思います。また、企業の方々が、自社の企業理念や社訓に立ち返り、自分たちのアイデンティティや存在意義を改めて理解することが、ELSI対応の推進力になり得ると実感できたことも大きな収穫でした。

朱:データビジネスという新しい領域に取り組むタイミングだからこそ、今一度創業の理念を見直すことで、自分たちにとって納得感のある言葉で倫理指針を作っていけるというのは私たちにとっても大きな気づきでしたよね。

利用規約・プライバシーポリシーの確認率は3割。同意モデルの形骸化が課題

朱:近年のデータビジネスにおけるELSIの潮流を簡単に紹介すると、北米を中心にE(Ethical)対応の産業化が進んでいます。例えば、メガプラットフォーマーと呼ばれる企業の一部などでは、自分たちがルールメーカーであることを明確に位置付けた上で、データ倫理を自分たちの競争力の一つとして打ち出そうとしています。

プライバシー専門家による非営利団体IAPP(国際プライバシー専門家協会)が2022年に開催したサミットでは、これからのデータビジネスは「信頼」の実現が最上位目的であり、L(Legal)対応は当然の義務として、差別化戦略の要素として「プライバシーおよび倫理・社会的責任」が重要であると述べられていました。北米ではデータ倫理・プライバシーテック市場が2029年までに258.2億ドル(約3兆円、2022年比11倍)に到達するという予測もあります。

こうした諸外国の動向と比較すると、日本はどうしても海外の動きに追従している側面はあるのですが、日々企業の方々と接している私たちの肌感覚としては先述したようにELSIへの関心は非常に高まっていると感じています。

そこで、一般生活者(以下、生活者)やデータビジネス従事者のELSIへの理解度や興味関心の度合いを把握すべく、2021年末に実施したのが「データビジネスにおけるELSI意識調査」です。

ここからは、調査結果から得られたファインディングスをもとに、日本のELSI対応における現状や課題、今後の可能性などを読み解いていきたいと思います。

ELSI

朱:最初に紹介したいのが、ELSIという言葉の認知度です。生活者では全体の約20%、データビジネス従事者では約43%という結果が出ました。この20%という割合は、「エシカル消費」や「ESG投資」といったキーワードと同程度の認知度になります。まずはこの数値について、率直な感想を教えてください。

岸本:思ったよりも高い数値だと思いました。生活者がESG投資などのいわゆる流行ワードと同等にELSIを認知していることも興味深いですし、データビジネス従事者に関しては4割ですからね。やはり、データビジネス領域はプライバシー侵害や情報漏えいといった問題も議論されているので、そこに関わる人たちはELSIに触れる機会が多いのかもしれません。

長門:私もELSI自体の認知度が高いことは心強いと思う一方で、その言葉をどのように捉え、どのように理解されているのかも知りたいと思いました。例えば、すでに定着している「コンプライアンス」といった言葉との関係をどう理解しているかがポイントになります。

朱:そうですね、言葉の理解に関しては興味深い結果が出ましたので、後ほど詳しく触れたいと思います。続いて、利用規約・プライバシーポリシーの確認率を紹介します。実情として、生活者の約65%が「確認していない」状態で、約6%の方はそもそも何のことか知らないという結果になりました。

ELSI

岸本:確かに自分自身を振り返ってみても、仕事でこの領域に深く携わっているにもかかわらず、確認せずに同意してしまうことが多いので、逆に3割以上の人が確認していることに正直驚きました。

長門:私も気になった時に確認する程度なので、確認している人が3割以上という結果は意外でした。ただ、確認していると言っても一字一句を読んでいる人は少ないと思うので、どういう観点で確認しているのか、どういった単語に注目しているのかを深く知りたいと思いました。

朱:「必ず確認している」層が10%を切るというのは、各国の先行調査でも同じ傾向になっています。そのため、特に欧米では現状のプライバシーポリシーや同意取得の手法が実質的に機能していないという課題意識から、“ポスト同意モデル”をどのようにデザインするかの議論が活発になっています。日本でも今後、内実のある同意をどのように形成していくかという議論が必要になることが予想されます。

データ利活用への抵抗感は、生活者とデータビジネス従事者で大きく異なる

朱:今回は、データビジネスに関わっている人の割合も調査しました。結果として生活者の約23%がオンライン環境で個人に関するデータを扱うビジネスに従事しており、15%が企業などで大量のパーソナルデータを扱う業務に関わっていることが分かりました。また、データビジネス従事者が扱うデータ種別を見ると、半数以上が「個人情報」を扱い、「個人関連情報」の中では特に、購買や決済に関わるデータを扱っている割合が高い(18.7%)です。

ELSI

岸本:最近は小規模の店舗でも決済サービスを導入していたり、ポイントカードを発行するプロセスで個人情報を取得することもあるので、仕事で個人情報を取り扱う人が多くなるのは必然かなと思います。

朱:オンライン上で個人情報や個人関連情報を扱うようなケースが、あらゆる業種で広がっています。そう考えると、多くの人が単に生活者としてだけでなく、データを取り扱う当事者として、データとの正しい向き合い方やリスクについて議論していく必要がありますよね。

続いて、目的別にみたデータ利活用への抵抗感ですが、事故や災害時の情報提供を除くと、どのような目的であっても過半数の生活者が抵抗感を持つ傾向にあります。特にSNSのフォロー/フォロワーのレコメンデーションに対する抵抗感が最も高い割合を示しています。

さらに、データ利活用への抵抗感は、データビジネス従事者か否かで大きくギャップが開くことが分かりました。データビジネスに従事している人はデータ利活用への抵抗感が比較的低いのですが、おそらくデータビジネス従事者は仕事を通じて企業や組織がデータの取り扱いに相当気を付けていることや、データ利活用の意義を知っているから、抵抗感が低いのではないかと思いました。

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岸本:そう考えると、データ利活用の透明性や意義が一般の生活者に伝わっていないことが課題の一つですよね。逆に言えば、生活者の信頼を獲得するビジネスに大きなチャンスがあると捉えることもできます。

朱:まさに北米でプライバシーテックの市場が注目されている理由の一つは、透明性の確保や生活者とのコミュニケーション改善に勝機があると考えられているからですよね。

倫理は目標なのか?義務なのか?

朱:では、実際にデータビジネス従事者はデータを扱う際にどのような点を重視しているのでしょうか。調査結果をみると、最も重視しているのはL(Legal)課題で、ついでE(Ethical)課題、とりわけ倫理観を重視する回答が多い傾向にあります。

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朱:一方、今後の課題として想起される項目では、E(Ethical)がトップで、続いてS(Social)、L(Legal)という順番になりました。現状重視している法的課題が将来の課題としてはあまり想起されない結果になりましたが、これをどのように読み解きますか?

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岸本:私が感じるのは、日本の伝統的な企業は法律や法規制を“外から降ってくるもの”と捉える傾向にあるということ。欧米では企業が政府や行政に表立って働きかけて、法整備に影響を与えることも多々ありますが、日本では一部の企業を除いてビジネスサイドが積極的に提言するような動きはあまり見られませんでした。なので、現状の法律への対応には注力するものの、将来的な課題感としては浮かび上がりにくいのではないでしょうか。

長門:法律への対応はある程度ノウハウが確立されていると思いますが、倫理的課題との向き合い方はまだ模索中の企業が多いのかもしれません。そしてやはり、倫理的観点が課題だと捉えた時の「倫理」が何を意味しているのかが気になります。

朱:まさに倫理が今後の課題だと認識している人が多い中で、倫理とは「できる限り目指すもの」なのか、それとも「絶対に守るべきもの」なのかを聞いたところ、ほぼ半数ずつに割れるという結果になりました。欧米におけるE(Ethical)対応の動向としては「絶対に守るべきもの」という理解がスタンダードになっていますが、どちらが正しいのかという話ではなく、「倫理」という言葉の捉え方がこれだけ割れるという点に着目すべきだと思います。

ELSI

朱:ちなみに、倫理というワードにあてはまるものを聞いたところ、最も多かったのは「社会人として守るべきもの」という答えで、他にも「企業や組織として定める規則」「人類にとって基本的な理念」「義務」など、やはりさまざまな捉え方をされていることが分かりました。

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長門:おっしゃるとおり、とりわけ西洋では倫理を「絶対に守るべきもの」としての義務という文脈で捉えることが一般的です。これは法のように外から課される義務ではありませんが、自らが自分自身に対して課す義務なのです。もちろん、「できる限り目指すもの」という考え方もそれ自体は間違いではありませんが、これだけいろんな解釈が混在している状況については、倫理学者として整理・レクチャーしていく必要があると思いました。

岸本:確かに、例えば日本企業のAI倫理原則を参照すると、「〇〇を目指す」「できる限り〇〇する」という努力目標に近い書き方をしているケースが少なくありません。個人的な感覚としては、海外企業のAI倫理原則は「〇〇しません」など、守るべきこと義務として明示し、自社に課しているケースが多いように思います。

朱:海外で倫理が差別化戦略の要素として重視されていることを考えると、これから日本企業がデータビジネスを海外展開する際に、倫理の捉え方に関する海外企業とのギャップが参入の障壁になる可能性もあるかもしれません。

長門:そのリスクはあると思います。ただ、海外ではE(Ethical)が守るべき義務として強い意味を持つからこそ、自分たちに都合の良い倫理原則を作り、形だけのELSI対応で自分たちを正当化する「エシックス・ウォッシング」の問題が起きているため、倫理を義務として捉えればそれで良い、というわけにはいかないのが難しいところです。

心理的安全性を高める取り組みもELSI対応の一つ

朱:今回の調査でも明らかになったように、今後のデータビジネスにとって倫理的な観点こそが大事であるという理解はある程度の共通認識として成り立っているものの、その時の「倫理」という言葉の中身に関しては、実は一人一人が違うことを考えている可能性があります。そのギャップも含めて言語化した上で、自分たちの組織としてはどんな倫理指針やポリシーを掲げるのか、その言葉を作っていく工夫も重要になりそうですね。

長門:そうですね、最終的には倫理を自分たちの文脈でどのように表現するかがELSI対応のポイントになると思います。そのためには、日ごろから倫理という言葉は具体的にどういう時に使うのかを考える習慣を付けておくとよいでしょう。

朱:その際、組織の中で個人が頑張るのではなく、組織のみんながELSIに関わるリスクを理解し、ヒヤリハットを共有してリスクを未然に防いだり、先立って倫理的な観点を打ち出して生活者とコミュニケーションを取るなどして、生活者との信頼関係を築くことが今後ますます求められるようになると思います。

岸本:そういったELSI対応を、ビジネスのプロセスにどう落とし込むかも大きなポイントです。例えば、プロダクトやサービスがマーケットに出る直前に倫理的観点での懸念が生じても、そのタイミングでプロジェクトを止めるのはなかなか難しいですからね。なるべくプロセスの初期段階にELSIを組み込んだほうがいいでしょう。サービス設計の時点からELSIの観点を盛り込むという、いわゆる「バイ・デザイン」の発想です。

長門:ELSI対応がボトルネックにならないような組織づくりを行うということですよね。プロセスの工夫はもちろん、社員が気づいたことを言いやすいような環境を作るなど、心理的安全性を高めるような取り組みもELSI対応の一つだと捉えていただくといいかなと思います。

朱:これからの時代、特にデータビジネスにおいては、倫理的観点を打ち出して競争力を高めていくことが世界的な潮流になっています。私たち日本の組織もその流れに乗れるよう、今後も産学共創プロジェクトを積極的に推進していきたいと思います。

(調査概要)
・調査名:データビジネスにおけるELSI意識調査
・調査対象者・サンプル数:
【スクリーニング】全国の20代~60代男女・20,000ss
【本調査】データビジネスに関わる方・1,000ss 
・調査期間:2021年12月20日~24日
・調査実施機関:電通マクロミルインサイト
 

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