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なぜか元気な会社のヒミツseason2No.26

商いとビジネスの、ほどよい関係

2022/12/15

「オリジナリティ」を持つ“元気な会社”のヒミツを、電通「カンパニーデザイン」チームが探りにゆく本連載。第26回は、アパレル業界を中心にこれまでの常識を覆すビジネスの仕組みづくりに挑むスタートアップの勢いを保つ企業、フルカイテンを紹介します。その発想力と行動力は、社業でもプライベートでもまさに「フル回転」。そんな会社の魅力に迫ります。


アパレル業界をはじめ、多くの小売企業の「泣きどころ」ともいえる「在庫問題」に対して、AIやSaaS(※)などの最新テクノロジーを駆使することで改善策を提案するスタートアップの勢いを保つ企業、それがフルカイテンだ。

商いといわれると、非常に泥くさい、人間くさいイメージ。よくいえば「心でする仕事」だ。近江商人の三方よし、のような。一方で、ビジネスといわれると「業績を上げるために、クールに数字と向き合う」、ともすれば「同僚やライバルを蹴落としてでも、成果を上げてやる」といった印象だ。

仕事には、お客さまや取引先、仲間を敬う心も大事だが、数字を読み解く冷静さも不可欠といえる。フルカイテンの瀬川直寛社長に、そうした「商いとビジネスの、望ましき姿」について、さまざまな角度から伺った。

※SaaS(サース/サーズ):ベンダーが提供するクラウドサーバーにあるソフトウエアを、インターネット経由でユーザーが利用できるサービスのこと。
 

文責:武藤新二(電通 SCC)
 

瀬川直寛氏:フルカイテン代表取締役CEO。1976年生まれ、奈良県出身。慶應義塾大学理工学部機械工学科で、機械学習や統計学を用いて天然ガスの状態変化を予測する研究などに没頭。卒業後、外資系IT企業に営業担当として入社。 ほどなく6億4000万円を売り上げ、トップセールスを記録する。いくつかのIT企業への転職の後、2012年にFULL KAITENの前身となるハモンズを起業。18年に社名を変更し、現在に至る。
瀬川直寛氏:フルカイテン代表取締役CEO。1976年生まれ、奈良県出身。慶應義塾大学理工学部機械工学科で、機械学習や統計学を用いて天然ガスの状態変化を予測する研究などに没頭。卒業後、外資系IT企業に営業担当として入社。ほどなく6億4000万円を売り上げ、トップセールスを記録する。いくつかのIT企業への転職の後、2012年にFULL KAITENの前身となるハモンズを起業。18年に社名を変更し、現在に至る。

ずばり、数字の「落とし穴」とは?

大学で統計学などを学んだバリバリの理系・瀬川社長に、「数字の落とし穴」について尋ねてみた。「数字が示した予測は絶対に正しい、その精度を極力高めていきさえすれば物事は確実にうまくいく、という過信こそが落とし穴だと思います。たとえば、AI。確かにすごい能力です。が、アパレルビジネスというものは『商品企画』から始まって、生産、納品、販売といったようなプロセスをたどる。商品企画の段階でAIが導き出した数字が、未来永劫(みらいえいごう)絶対に正しいなんてことはあり得ない。AIに太鼓判を押してもらったところで、自然災害が起こるかもしれない。そんなことは、誰にも予測不能なことです」

フルカイテンが開発するSaaS『FULL KAITEN』では在庫の「ライフタイムサイクル」をどのように設定するかに心血を注いでいる、と瀬川社長は言う。上記の流れでいえば、商品企画から完売までの行程をいかに設定し、いかにそのサイクルを縮められるか、ということにポイントを置いているのだ。「もちろん、その過程でAIや統計学も利用しますよ。でも、それらは決して万能の打ち出の小づちではありませんから、使い方を誤ると痛い目に遭う」

数字のイメージ

戦略は、複数の指標の「組み合わせ」から生まれる

企業が掲げるミッションは、一つであるべきだと瀬川社長は言う。「わが社でいえば、世界の大量廃棄問題を解決する、ということが最優先課題です。もちろん、それには何をすべきか、ということは山ほどありますよ。でも、よくあるのが『そのための7つのアクション』みたいなものをただただ列挙しただけ、というもの。これでは戦略にはなりません。たとえば在庫問題でわが社が行っているのは、商品の完売予測日をX軸に、クライアントへの売り上げ貢献度をY軸にとった図をつくる。すると、4つのゾーンが生まれますよね。それによって、それまで見えていなかったものが可視化できるようになるんです」

売れ筋マトリックス

瀬川社長の話をかみ砕くと、ふつうは「売れ筋の商品」か「売れ行き不調の商品」か、という一つの指標で戦略を判断する。すると、やはり伸びないか、えーい、SALE品に回してしまえ!となる。「金脈は、二つの指標を組み合わせたことで見えてくる部分にあるんです。たとえば『完売するまでにものすごく時間がかかるけど、ものすごく利益率の高い商品』というものは、企業にとって金の卵です。そこからなんです。AIや統計学の出番は」

社員の成長を見る際には、「視点」こそが大事

そんなフルカイテンの「フル回転」を生むために、経営者として心がけていることについて尋ねた。「キーワードは、螺旋(らせん)階段なんです。マネジメントに携わる人って、どうしてもメンバーの急成長を期待してしまうし求めてしまいますよね。それって螺旋階段を上から見ている状態です。上から見ているとメンバーが同じ場所をくるくる回っているようにしか見えないので『早くここまで上がってきてよ!』って思ってしまうんですよ。これが急成長を求めているイメージです」

瀬川社長は、こう続ける。「だけど人や事業の成長ってほとんどの場合少しずつ起きるものです。少なくとも私は急成長なんてほとんど見かけたことがないです。だから螺旋階段は横から見た方が良いと思っているんですよ。螺旋を横から見てみると、1周ずつだけど着実に上に上がっている様子が分かりますよね。成長ってこのことを指すのだと思っているんです。私は螺旋階段を着実に登る様子をその人の小さな変化や進化と表現するのですが、小さな変化や進化が起きていることに本人が気づき、周りもそれに気づいてポジティブなフィードバックを返すようなカルチャーが育てば、一人一人に自己肯定感と仲間への信頼感が生まれるんです。こうして一人一人の良さや強みが引き出され、誰かの強みが誰かの弱みをカバーできるような強い組織に成長していくんです。そういう視点を持って社員の成長を見ています」

広報担当の斉藤敦子さんは、こんなことを話してくれた。「弊社のカルチャーとしてバリューカードというものがあります。価値アンテナ・全力トライ・スクラム志向という弊社のバリューを体現していると思った社員に対して、その内容をカードに記して渡す制度です。受け取った人は、『自分の頑張りを誰かがちゃんと見てくれていた」と励みになりますし、渡す側も他のメンバーのことを観察することで、相手の良いところを探すことにもなります。そうしてバリューの連鎖が続いていくことがバリューカードの狙いです」

斉藤敦子(さいとうあつこ)氏:新卒で調理用品メーカーに入社し、広報チームの立ち上げを行う。その後、大手生活用品メーカーに転職し、広報担当とSNSのチームリーダーを兼任。次第に消費者と対話する仕事に興味を持ち、大手雑貨小売に転職し販売職を経験。販売職時代に在庫問題の根深さに課題を感じ、フルカイテンに転職。現在は戦略広報チームに所属し、企業広報としてフルカイテンの認知向上に尽力している。 
斉藤敦子(さいとうあつこ)氏:新卒で調理用品メーカーに入社し、広報チームの立ち上げを行う。その後、大手生活用品メーカーに転職し、広報担当とSNSのチームリーダーを兼任。次第に消費者と対話する仕事に興味を持ち、大手雑貨小売に転職し販売職を経験。販売職時代に在庫問題の根深さに課題を感じ、フルカイテンに転職。現在は戦略広報チームに所属し、企業広報としてフルカイテンの認知向上に尽力している。

お客さまの満足度や価値(バリュー)を最大化することに、同僚のあの人はいかに貢献しているか、どんなに小さなことであってもお互いが見つけて褒め合う。それは、社長との1on1などでも同じなのだと、斉藤氏は言う。「私のこの半期の成果を評価してください!」といったような、いわゆる1on1のイメージとは「視点」がまるでちがう。

仕事のドキドキやワクワクの源泉

フルカイテンは、2022年の10月に大阪オフィス(本社)、東京オフィスに加えて、長野県伊那市に、新たに伊那オフィスを構えた。「社員である妻と私と、小さな子ども2人で大阪から移り住んだ、サテライトオフィスがある優美な谷です。とにかく環境が素晴らしい。徒歩10分のところに森がある自然環境も、子どもたちの自主性を重んじる教育環境も、なにもかもです」

オフィスのすぐ近くを流れる三峰川(みぶがわ)。その向こうには日本アルプスの山々が連なっている。
オフィスのすぐ近くを流れる三峰川(みぶがわ)。その向こうには日本アルプスの山々が連なっている。
パノラマオフィスから臨む大自然の風景。(写真は、フルカイテンの社員でもある、瀬川社長の奥さま)
パノラマオフィスから臨む大自然の風景。(写真は、フルカイテンの社員でもある、瀬川社長の奥さま)

瀬川社長はうれしそうにこう続けた。「うちの子なんか、毎朝、早起きして、学校へ行く前に庭で遊んでいますからね。学校の授業風景もまた、衝撃的でした。教壇なんてものはないんです。先生は教室の真ん中にいて、生徒たちがこぼれんばかりの笑顔で、それぞれ好きなことに取り組んでいる。もう一目ぼれで、教育移住を決めてしまいました」

公園から森へと向かう瀬川家の様子。森では手作りの遊具やたき火など、さまざまなイベントが楽しめる。
公園から森へと向かう瀬川家の様子。森では手作りの遊具やたき火など、さまざまなイベントが楽しめる。
たき火で焼いた手作りのパンを頬張る、瀬川社長の娘さん。自分で焼いたパンだもの。そりゃ、おいしいよね。
たき火で焼いた手作りのパンを頬張る、瀬川社長の娘さん。自分で焼いたパンだもの。そりゃ、おいしいよね。

同時に、と瀬川社長はつづける。「企業のあるべき姿も、おそらくはこういうことなんだろうな、と。ドキドキする仕事、ワクワクする仕事の発想力や実行力は、たとえば伊那のような環境が育ててくれるものだと気づかされたんです」ライフスタイルや、ワークライフバランスというワードは、社会に根づいた。が、正解はこれ、というものはいまだに見つかってはいない。世の中の価値観が、これだけ多様化しているのだから、当然のことだ。

発想の転換「モノづくりから、ヒトづくりへ」

分析手法や効率化についてお話を伺ったあとに、ちょっと意地悪な投げかけをしてみた。「そうした効率化を図っていくと、アパレル業界のクリエイティビティは、なくなっちゃうんでしょうか?」瀬川社長はなんの迷いもなく、答えを即座に返してきた。「もうける力をつければ、アパレル業界にはまだまだ希望があります。お客さまのニーズにあった少量生産やデザイナーの才能を発揮できる商品開発に投資ができ、可能性もどんどん広がっていきます。わが社がそれを支えていきたいんです」

そして、最後にこう締めくくった。「これまでのように原価=コスト、という考え方はそろそろ改める時期に来ているのだと思います。コストだと思っているかぎりは、品質を下げよう、ロットを増やそう、店舗を増やして売り切ろう、余った在庫はSALEで売りさばいてしまえ!みたいな、殺伐(さつばつ)としたことにどうしても向かってしまいますから。原価=お客さまらしさへの投資、といったような発想の転換期が来ているのだと思います。『モノづくりから、ヒトづくりへ』ということですね。モノを大量に作って過度な値引きで売り切るのではなくその企業や商品の真のファンになってくれるヒトを一人一人つくっていく、ということです」

本稿でタイトルに掲げた「ほどよき関係」は、自身の暮らしや人とのつながり、環境などを慈しむ姿勢から見えてくるものなのだ、と思った。

フルカイテン ロゴ

コーポレートサイトは、こちら
公式noteは、こちら


カンパニーデザインロゴ「オリジナリティ」を持つ“元気な会社”のヒミツを、電通「カンパニーデザイン」チームが探りにゆく本連載。第26回は、アパレル業界を中心にこれまでの常識を覆すビジネスの仕組みづくりに挑むスタートアップの勢いを保つ企業、フルカイテンを紹介しました。

season1の連載は、こちら
「カンパニーデザイン」プロジェクトサイトは、こちら


【編集後記】

インタビューの最後に、こんな質問をしてみた。「伊那って、谷ですよね?瀬川社長が、盆地でも扇状地でもなく、伊那という谷にほれ込まれた理由を教えてください」と。さっそく、リモート画面に映し出された地図をもとに説明を受けた。

地図に見入る本連載の制作スタッフ(上から、編集担当の中澤、当日インタビュアーを務めた武藤氏 )とフルカイテン瀬川社長、斉藤氏。
地図に見入る本連載の制作スタッフ(上から、編集担当の中澤、当日インタビュアーを務めた武藤氏)とフルカイテン瀬川社長、斉藤氏。

山も谷も、南北にわたって細長くシャープに伸びている。森と山に抱かれた場所なのだということが地図を見ただけで実感できる。その後、PCに映し出された南アルプスや中央アルプスの美しい姿には、思わずため息が漏れた。瀬川社長の人生観は、一貫して「多軸」で捉えられている。事業でも、人付き合いでも、子育てでも、こうしなければ、という決めつけはしない。おそらくはであるが、自然に対しても「多軸」思想なのではないだろうか?何事にも寛容で、何事に対しても複眼的な分析をもって臨む、ということだ。

そんな瀬川社長の夢は、ゆくゆくは伊那を、子育て世代の起業家たちが集う場所にすることなのだという。日々の雑談の中から、新しい発想や新しいモノが生まれていく。シリコンバレー構想ならぬ、伊那バレー(伊那谷)構想だ。

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