なぜか元気な会社のヒミツseason2No.27
海洋立国ならではの挑戦
2023/02/22
「オリジナリティ」を持つ“元気な会社”のヒミツを、電通「カンパニーデザイン」チームが探りにゆく本連載。第27回は、日本の水産業をAI(人工知能)の力でもり立てようと奮闘する、九州に本拠地を構えるオーシャンソリューションテクノロジーを取り上げます。人と海をつなぐ、水産業。そのベースを、最先端の技術で再構築しようという取り組みは、学ぶべきことだらけだ。
文責:江口優一(電通九州)
1次産業の、未来を描く
漁業といわれると、昔かたぎの厳しい仕事場というイメージだ。波しぶきを浴びながらの力仕事であることもさることながら、理屈じゃねえんだよ、長年かけて培った経験だけが頼りの真剣勝負の仕事なんだよ、というような。
それではダメなんです、とオーシャンソリューションテクノロジーの水上社長は言う。いかに効率よく獲物をゲットするか、というもうけ話かと思っていたのだが、そんな薄っぺらいものではなかった。長年かけて培った漁師の勘というものを、いかに継承していくか。日本の資産ともいうべき海洋資源を、いかにして守っていくか。話を伺うほどに、その壮大なスケールと高い視座に圧倒されてしまう。
昨年の出張日数は、300日を超えています
インタビューの冒頭、そちらはいま、長崎ですか?と尋ねると、いや、東京にいます。という答えが返ってきた。「年間で300日くらいは、出張しますね。スマート水産業の勉強会のようなものを行うためです」
水上社長いわく、とにかく現場の、漁師の方や漁業組合の方らに直接会って話を伺うことが一番大切なのだ、という。AIを駆使した水産業界の革命児、といった印象からは程遠い。デスクのPCで、クリックひとつでなんでも解決してしまう、みたいなイメージだからだ。
「現場の声というものは、なにより大事なんです。僕には漁師の経験はありませんし、こちらが良かれと思って提案したことが、現場ではそんなもの使えねぇんだ!と言われてしまえば、そこで終わりですからね。だから、とにかく現場に足を運ぶ」インタビューの冒頭から、こちらのイメージが覆された。
元々は、自衛隊の船舶の整備を手掛ける会社でした
祖父から受け継いだ会社は、元々は自衛隊の船舶の整備を手掛ける会社だったのだとのこと。「よく言えば、安定的に収益があげられる会社ということです。そもそも新規の参入障壁が高い事業ですからね。でも、そこに甘んじていてはダメだ、と思ったんです。知れば知るほど、この国が抱える海の課題は深くて大きい。でも、そこを変えようという挑戦をする人は少ない。僕にできることなんて、正直、たいしたことではない。でも、なんとかしなければ、と思っちゃったんですよ」
漁業に携わる人の平均年齢は、およそ60歳。若手は3%くらいだと水上社長は言う。「どう考えても、将来性がないですよね?このままほうっておけば、ベテラン漁師の方の知見や技術がなくなってしまうのですから。実際、ベテランの漁師さんが船から降りた途端に売り上げが半分になってしまう、というような状況にあるんです」
知らない話ばかりだ。「そうした危機感に、突き動かされた部分が事業を起こす上で大きかったですね。全国にはおよそ12万の漁船があります。その一つ一つの船をどうしたら守れるのか。なんといっても魚というものは、ぼくらの食を支えてくれるものですからね」
なるほど。水産業というものは、僕らのライフラインであるとともに、国土や海域の防衛にもつながっているのだと改めて気付かされた。
管理漁業への転換が、急務
ここで「管理漁業」というキーワードが、水上社長から出てきた。「いわゆるオリンピック方式の漁業からの転換です。取られる前に、できるだけ取ってしまえ、というのがこれまでの漁業の在り方でした。でもそれでは、乱獲にもつながるし、取りすぎてしまえば市場価格は下落する。結果として、水産資源への圧力となり、漁師の方々の生活も安定しない」
水上社長によれば、漁師の方々は「自分たちの海」という意識が強いのだという。なわばりということだ。2018年に漁業法が改正された。でも、そうした情報はまだ広くは根付いていない。国や、ましてやIT企業の社長の言うことなんかに耳を貸せるか!俺は、俺たちの海で仕事をしてるんだ!という気持ちだ。「でも、たとえば産地証明といったことがもっともっと定着すれば、水産業界にはいくらでも伸びしろがあると思うんです。みなさん、あまりご存じないかもしれませんが、産地証明って明確な定義がなく、まだまだ市場に根付いてはいないんです。そうしたことの改善が、持続可能なこれからの漁業には欠かせない」
そこで、AIを駆使したデータ、ということか。話がだんだん見えてきた。広告業界でいうところのブランド論だ。「大間のマグロ」と言われるだけで、消費者の財布のひもがついつい緩んでしまう。ああ、それだけの価値があるものなのね。ということだ。その「価値」をいかにしてつくり上げていくか。「それには、漁師の方と、生活者の皆さん、両方の意識を変えていく必要があると思います」
保守的な組織を変えていくには?
住宅建材メーカーの営業職を経て、実家の事業を継いだ水上社長は、保守的な会社組織に、改めて驚いたという。「初めのころは、正直いって孤軍奮闘の毎日でした。組織を改革しなければ、とやっきになっていたのは僕だけでしたから。でも、保守的な組織の仕組みそのものをまず、自分が学ばなければということに気付いたんです。改革だ、改革だ、と声をあげたところで、社内の人もお得意先の方も、見向きもしてくれない。まずは自らが学ぶことが大事なんだ、と」
水上社長が披露してくれたエピソードには、こんなものがある。漁船の操業情報をスマホのアプリに入れて、これはうまくいくだろうと思っていた。ところが、水産業に携わる人の94%は小規模事業者。忙しい業務のさなか、それも手が濡れている状態で、スマホのアプリをポチポチすることなんかできないのだ。「そこで気付いたんです。操業情報をAIに自動解析させれば、そうした問題が解決できるのではないだろうか、と。ベテランの漁師さんは、潮の流れなどを直感的に読み取る。その知見をAIに分析させれば、若手の漁師にも技術を継承していくことができるのではないか?ということに」
水上社長の話は、さらにつづく。「海洋立国である日本の海産物の国際競争力は、相対的に低下しています。大事なことは、需給バランスから漁獲量を決めていく、ということ。取りすぎても、取らなすぎても、いい結果にはならない。もちろん、貴重な資源を守る、という意味からも。だからこそ、AIを使う。AIを使って、新たな世界市場も切り開いていく。これだけおいしい魚が取れる国なのに、たとえば、ノルウェー産のサーモンは日本に入ってくるのに、ヨーロッパに日本の魚ってほとんど出回っていないんです。これって誇張でもなんでもなく、国家の損失ですよね?」
AIは、決して「万能」ではない
AIは、あくまでツールである、と水上社長は言う。「AIの欠点は、学習データ量が足りないと機能しないということなんです。大事なことは、AIになにをさせるか、という人の思想だと僕は思います。たとえばAIにすべてを頼ってしまうと、漁師の方々のワザを鈍らせることになりかねない。そんなことのために、AIはあるべきではないですよね?」
インタビューの最後を、水上社長はこうまとめた。「できるわけがない」と言われることが僕は大嫌いなのだ、と。「できること」を考えましょうよ、ということだ。それには、高い視座が必要なのだ、と思わされた。精神論で「やりましょうよ!」と言うことはカンタンだ。そうではなくて、漁師の方、生活者、社会、経済、あらゆることを俯瞰(ふかん)して、こうすればいまより良くなって、win-winの形になるんじゃないか?ということだ。
「僕らは仕事や金もうけのために暮らしているのではない。大切な家族との時間を大切にする、といったことがまずあって、そのためにどうすればいいのか、をポジティブに考えたいと僕は思っていますし、社員にもそう伝えているつもりです」
オーシャンソリューションテクノロジーのHPは、こちら。
公式YouTubeは、こちら。
「オリジナリティ」を持つ“元気な会社”のヒミツを、電通「カンパニーデザイン」チームが探りにゆく本連載。第27回は、日本の水産業をAIの力でもり立てようと奮闘する、九州に本拠地を構えるオーシャンソリューションテクノロジーを紹介しました。
season1の連載は、こちら。
「カンパニーデザイン」プロジェクトサイトは、こちら。
【編集後記】
インタビューの最後に、こんな質問をしてみた。「農林水産業って、ギャンブル性が高い仕事ですよね。一年間、苦労して育てた果物が、台風で台無しになってしまったり。漁業にしても、勇んで出かけたところでまったく獲物がとれなかったりする。そのギャンブル性の高さというものを、社長はどうお考えですか?人の命の糧を提供する仕事が、それだけのリスクを抱えているわけですから」
その質問に、水上社長はこう答えた。「そうしたリスクを吸収する形をつくることが大事だと思います。漁師の方になにを保障するとか、そういうことではなく、社会全体で助け合うみたいな。たとえば東日本大震災のときも、全国の人が被災地になにができるのかを考えましたよね?そうしたことに、少しでもお役に立てないだろうか、というのがわが社の事業の要だと思っています」
「これは、便利だ。あー、得した」ではなく「なくしちゃいけないよね」を世の中全体で作り出す。その意気込みは、すべての仕事に共通するものだと思った。