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「人文知」を社会実装するNo.7

「コテンラジオ」深井氏に聞く、日本人が“パフォーマンス”を上げるカギ

2023/08/31

多様な価値観が広がる現代。企業も良い商品・サービスを提供することだけにとどまらず、自社のパーパスや社会における存在意義を明確に打ち出すことが重要になっています。本連載でも紹介してきたように、企業理念の形成や研修に「哲学対話」を取り入れる企業が出てくるなど、「人文知からの学び」が注目を集めています。

今回のテーマは「歴史」。前回に引き続き、「歴史思考」をもとにしたシャープな言説で各方面から注目を集める、「COTEN」の深井龍之介氏と、電通コーポレートトランスフォーメーション部の中町直太氏が対談。日本人ならではの、歴史をはじめとする人文知の取り入れ方、それを生かした行動の仕方についてお伝えします。

深井氏と中町氏
<目次>
海外文化全般を見て「日本的」なものを見いだすことが、高い価値を生む

「身体知」と「モラル」が日本人のパフォーマンスを上げるカギ

産業構造依存の歴史から知る、今「人的資本経営」が求められる理由

自分たちの歴史と出発点を知ることが、イノベーションへとつながる

海外文化全般を見て「日本的」なものを見いだすことが、高い価値を生む

中町:企業ブランディングにおける「パーパス経営」は、まず海外で広まり、日本ではその“海外式”の方法をキャッチアップしないといけない風潮があるように思います。しかし、歴史の長い日本企業には、設立の理念に「パーパス」と呼んでよいものが多くあります。そう考えてみれば、自分たちが先端にいたという見方もできると思うのですが、日本ではそこに立ち戻るということではなく、「海外で提唱されているパーパス経営を新しく取り入れなくてはいけない」という思考回路になりがちなように思います。

歴史をはじめとする人文知の知見を深めてこられた深井さんから見て、このように海外から入ってくるものを、日本に取り入れるときのポイントはありますか?

深井:アメリカやイギリスなど、アングロサクソン系の国々は「言語化」をとても大事にする文化があります。他方で、私たち日本人は身体性を大事にする文化に生きています。「感覚で理解する」ことに批判的な人もいますが、私自身は「身体知」は存在していると思いますし、そういうものが発達しているのが日本だと考えています。

海外の文化・考え方を取り入れるときにも、日本人のその特性は非常に強く出ます。今までに獲得した身体知を手放さず、新しく来たものを「言語」だけで習得することもなかなか難しい。そのため、基本的に失敗しがちではありますが、日本人は古来、先進国をリスペクトする文化があるので、その気持ちをもって新しい文化を取り入れることを続けています。

私は、日本人のように良いものを取り入れようとするメンタルはとても大事だと思っていますが、一方で、これまで日本人がグローバル社会において成果を出しているものはすべて「日本的」なルーツがあるものだと考えています。欧米的なものを直接に取り入れた結果、欧米と同様の成果を出した事例、は一度も見たことがありません。

その意味では、海外のものを取り入れようと考える際には、これまでのように「欧米」だけを見るのではなく、イスラム圏も、アジアも、アフリカも学んだうえで、「日本的」なものを見いだし、価値として世界に出していけることがより良いと思います。先進的な考えに敬意を払うことは大切ですが、一部の先進国のものを取り入れようとするよりも、私たちの系譜に基づくものを出していこうとする姿勢の方が、価値が高いと考えています。実際、今世界に評価され、輸出できているものは全て「日本的」です。どの領域でもそうしたものを生み出せるといいと思います。

「身体知」と「モラル」が日本人のパフォーマンスを上げるカギ

中町:いま「身体知」というキーワードが出てきましたね。日本では新しいことを始めるときに、言語化されたものを知識として学ぶところからではなく、たとえば基本動作の反復作業のように、「何のためにするのだろう」と感じるような「行動」の中で学んでいくことを重視してきた傾向があると思います。そう考えると、企業の理念やビジョンに対しても、まずは行動することが性に合っているのでしょうか?

深井:そうですね。これは私個人の持論ですが、現時点での結論として言えるのは「日本人が一番パフォーマンスを発揮できるのは、行動原理が“モラル”のとき」なのです。日本人にはパーパスよりも、モラルへのアプローチの方が効果が高いと思います。

中町:「こうありたい」と考える未来に向けて取り組むのではなく、規範や礼儀のような、「こうせねばならぬ」といった感覚にのっとって動く方が効果的、ということですか?

深井:究極的にはそうですね。日本人は、特に言葉で言われてはいないけれど、仲間や目の前の人に対して、「これをした方がいいのではないか」と思うことを、自律分散的に行動するとき、パフォーマンスが高くなります。

高度経済成長期に製造業が成功したのも、私はモラルが大きな要素だったと考えています。高品質のものを大量生産で作り続けられたのは、集団におけるモラルが高いからだ、と。高品質とは何かを言語化し、社員教育として徹底的に言葉で教えた結果、そうした製品ができたわけではないと思います。日本人の場合、「身体知」を大事にして「モラル」が高い状態になったときは、それぞれが自律分散的になります。上司から言われたことを守っているというよりは、自らのモラルを基に考えて動く。日本のサービス業の質がおしなべて高いこともそれで説明できると思います。

中町:確かに、海外に行ったときにあらためて、日本人の接客サービスのレベルやホスピタリティの高さを感じることはありますね。ただそれは、個々人が専門知識・スキルを基に仕事をするといった欧米的なジョブ型のモチベーションとは異なる。高いモラルが日本人のコア・コンピタンス(企業の活動分野において他社を上回る能力のこと)ともなるマインドセットにあって、パフォーマンスを最大化させる条件でもあるということですね。

深井:西洋の考え方の根幹には「インディビジュアル(個人)」という概念があります。日本の文化にもそういった考え方がありながら、西洋的なものを取り入れようとしても、なかなかうまくいかないことがあります。

大きな例としては、この70年間、日本では民主主義や資本主義がアメリカやイギリスのように展開されない現象が起こっていると感じます。ですが、英米とはまるで異なる様相の民主主義と資本主義が現れている日本に対して、日本人は「欧米と違ってここが良くない」という捉え方をする必要はないと思うのです。むしろ、これまでにお話しした自分たちの特性に合わせて、独自の道を歩む時代が来ています。会社経営や国家運営も「身体知」や「モラル」を大事にする日本人の特性に合わせた考え方で進めるのがいいと思います。

産業構造依存の歴史から知る、今「人的資本経営」が求められる理由

中町:現在、「人的資本経営」が日本企業における重要なイシューとしてクローズアップされています。これまでの日本における「人」への投資や教育はどうだったのでしょうか?歴史上で参照できる事例があるとしたらお聞かせいただけますか。

深井:そのテーマを歴史の知見を通して僕が考えるときにキーだと思うのは、産業構造です。社会には生産活動があり、産業構造があります。例えば、300年前の産業は基本的に農業で、どのような人材やリソースが重用されるかはその構造に依存していました。

農業では、農機具や牛や馬などの家畜、そして人間が大事でしたが、頭の回転がとても速い人より、体が丈夫でたくさん動ける人の方が重宝されました。同じように、何のリソースがどのように大事にされるかは、社会における主要産業に大きく依存します。今、「人的資本経営」が大事だといわれている背景には、産業構造が知的労働に変換されたことがあります。中でも、特に「事業開発」分野に重きが置かれてきている。そうした流れの中で人的資本がより重要になってきているのです。

この考えに対して、異論を持たれる方もいるでしょうし、むしろ、異論はあるべきだとも思います。ただ、こうした見方、意見を持つためには人文知を学ぶことが大切です。

事業開発イメージ

自分たちの歴史と出発点を知ることが、イノベーションへとつながる

中町:これまでの歴史の中で、組織が人的資本を大事にし、人へ投資する教育をした上での成功事例はあるのでしょうか?あるいは、新規事業開発のようなことに長けていた人がいるようでしたら、お聞かせください。

深井:日本人は新規事業開発の人材を育てることが苦手だと思いますし、基本的に失敗をしたくないから、標準のパフォーマンスが失敗を淘汰(とうた)しようとします。しかし、新規事業は失敗の中からしか生まれませんよね?日本人が新規事業をつくった時代はもちろんありますが、そのような例はとても少ないです。

日本の歴史を見ていくと、そうした新規事業開発能力を特に発揮する人たちが現れるのは、いわゆる“阿鼻(あび)叫喚”の時代なんです。例えば、戦後や幕末など、社会が崩壊している時です。また「鎌倉仏教」も、当時にしたら新規事業開発といえますよね。浄土宗の開祖・法然  や、浄土真宗の親鸞、臨済宗の臨済義玄、曹洞宗の道元などは皆、イノベーターだと思います。現代は激動の時代ではありますが、社会崩壊はしていないので、イノベーションを起こそうとするなら、相当意識的に動かないと達成できないと思います。

中町:リスクをとって新しいものを生み出すことは、事業開発人材に不可欠ですね。日本では、何かの外圧がかかると大きな変化が起こりますが、平時に内発的なリスクをとって新しいことを始めたり、それを組織がバックアップするのは苦手だと感じている人が多いかもしれません。しかしそれでは、イノベーションを起こすには社会が崩壊するような状況を待つしかない、という話になってしまいます。深井さんから見て、何か考えられる手立てはありますか?

深井:歴史を勉強する利点の一つは、変化した部分と変わらない部分の両方が分かることです。先ほど、日本人はモラルが高いという話をしましたが、歴史を見ると、古来ずっと高かったわけではなく、江戸時代以前と以後で、集団として大きく変化したのです。

私たちは、オリジナリティも、先人から受け継いだ特性も持っており、過去に完全に縛られているわけでもありません。変化できるか、イノベーションを起こせるかどうかはやはり、自分の意志によります。独自の強みや系譜を生かして、私たちがどうなりたいのか考える、ということです。

だから、自分たちの歴史と出発点について知り、そこからどう変わっていきたいかを考えることが大切です。海外や他人の考え方をゴールにするのではなく、アップグレードされた自分をゴールにして向かっていくことで、新たなものを生み出し、変わることができるのだと思います。

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