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「人文知」を社会実装するNo.6

「コテンラジオ」深井氏に聞く、歴史をビジネスの“武器”にする方法

2023/08/25

多様な価値観が広がる現代。企業も良い商品・サービスを提供することだけにとどまらず、自社のパーパスや社会における存在意義を明確に打ち出すことが重要になっています。本連載でも紹介してきたように、企業理念の形成や研修に「哲学対話」を取り入れる企業が出てくるなど、「人文知からの学び」が注目を集めています。

今回のテーマは「歴史」。社会人になってからも、私たちの周りには多彩な「歴史コンテンツ」があふれています。一方で、日々の実務の現場や、経営における大きな意思決定にどのように歴史を活用すればいいのか、その方法論は確立されていません。

歴史を「教養」にとどめるのではなく、ビジネスにおいてどのように“武器”とするか。そして、そのためにどう歴史と向き合い、読み解くすべを身につけていけばいいのか?「歴史思考」をもとにしたシャープな言説で各方面から注目を集める、「COTEN」の深井龍之介氏に、電通コーポレートトランスフォーメーション部の中町直太氏がお聞きしました。

深井氏、中町氏
<目次>
組織の重要な意思決定にこそ活用できる!「世界史データベース」とは?

現代は“最も激しい変化”の時代。歴史や哲学は適応のための必修項目

歴史から社会を“構造的に理解”することで、取るべき行動が見えてくる

歴史的思考や知見をビジネスで実践的に生かすには

人文知の理解に「費用」と「時間」をかけ始めることが第一歩

組織の重要な意思決定にこそ活用できる!「世界史データベース」とは?

中町:深井さんは現在、幅広い分野で活躍をされていますが、現在の主な活動内容や注力されていることについて教えてください。

深井:現在は大きく分けて2つの活動を行っています。一つは「COTEN」という会社で「世界史データベース」を作る事業。もう一つが、もともとは広報活動として始めたポッドキャストで、会社のメンバーがひたすら歴史の話をする「COTEN RADIO」の運営です。

私は歴史や哲学が好きで学生の頃から多くの書籍を読んできました。福岡のベンチャー企業で取締役を務めていた時に、一緒に働いている優秀な方々が、歴史や哲学の知識・知見を日々の判断に活かすことができたら、さらに良い企業経営や事業ができるのではないか、と感じていました。

とはいえ、専門性の高い仕事に注力している人たちが、日常判断で活かせるほどの歴史と哲学の知識・知見をインプットするのは時間がかかりすぎて難しい。そこで、重要な意思決定をする個人や法人が簡単に世界の歴史にアクセスできる解決策をつくろうと考え、「世界史データベース」の開発を始めました。

このデータベースでは、過去の人類が自分と同じようなシチュエーションに立った時、どのような決断をしてきて、それがどんな結果につながったのかを検索できます。例えば、地球の気温が下がった時、その当時に行われていた戦争にどんな影響を与えたか、というデータも見られますし、部下に殺された歴史上の人物を抽出して、その共通点を見ることもできます。歴史は検索性が高まることで活用方法が広がります。そしてその情報は、重要な意思決定に関わる知見や知恵を求めているときほど、効果を発揮できると考えています。

中町:ビジネスの分野で言うと、例えば企業のエグゼクティブが何か重要な意思決定をするときに、いま自分や自分の会社が立たされている状況を打ち込むと、それに対応する世界史のエピソードや情報が出てくる、といったイメージでしょうか?

深井:はい。インターフェースは大きく分けて「年表」と「地図」と「文章」の3種類あり、それぞれ、非常に検索性が高い状態になっています。Googleの歴史バージョンのようなもので、これまでは本で調べるしかなかったことをインターネットで検索できるイメージです。

歴史における知見を蓄えた人は、皆、人生の壁にぶつかったときや目の前の現象に対して、歴史上の出来事との類似点または相違点を見いだし、その現象をどのように捉えたらいいのか頭の中でシミュレーションします。それが全て正しいかは別として、私自身もそうした思考による決断がとても助けになっている感覚があります。

世界史データベースの活用方法
COTENウェブサイトhttps://coten.co.jp/services/historydatabase/より抜粋

現代は“最も激しい変化”の時代。歴史や哲学は適応のための必修項目

中町:具体的に、深井さんはどのようなシチュエーションで、課題の解決やアイデアを生み出すために歴史をもっと知っていたらいいと感じられたのでしょうか?

深井:歴史や哲学は基本的に抽象的な生かされ方をするものなので、具体例を出すと少し意味が変わってしまいます。そのため、あえて抽象的な話になってしまうのですが、例えばパーパスの策定です。ビジネスパーソンであるわれわれ……特に経営層は、事業を通して世の中に良い影響を与えようと働き、それを理念に掲げようとします。何をパーパスにしてそれを社会にどう還元するのか考えるということですね。ほかにも、社員の幸せとは何か、女性の参画とは何かを考えることもあると思います。

私が福岡でスタートアップ企業を始めたときは「愛とは何か」について考えました。「愛」について考えるときに、キリスト教でいう「アガペー」や、キリスト教的「博愛主義」、エーリッヒ・フロム (ドイツの社会心理学、精神分析、哲学の研究者)がいう「愛」とは何か、を知っている状態で考えるのと、30代前半までの個人的な経験だけで「愛」について考えるのとでは思考のレベルが全く変わります。前者は、どれだけ頭の回転が速くても、人文知を勉強しないかぎり到達できない考え方なのです。

現代は特に激動の時代です。私はこれまで3000年分の人類の歴史を勉強してきましたが、今が最も激しい時代だと言えます。なぜなら、社会の変化のスピードが類を見ないほど速くなっているからで、それは、コミュニケーション技術の発達と大きく関連しています。

個人がインターネットにつながるようになって以降、社会の変化するスピードは格段に上がりました。300年前の人類が何世代にもわたって起こした変化を、私たちはたった1世代の中で何回も経験している。常識が更新され続け、「タブー」とされるものも変化しています。今後もそうした変化に適応していくことが強く求められる中で、役に立つのが歴史や哲学などの人文知です。逆に、それらなくしては、この変化への適応はかなり難しいのではないかと思います。

歴史から社会を“構造的に理解”することで、取るべき行動が見えてくる

中町:私も企業ブランディングという形でパーパスの策定に関わる機会が多くありますが、通常、プロジェクトの発足時は、社史を創業から振り返ったり、数十年先の社会を洞察したり、競合他社を含めて所属する業界を研究したりします。しかし、深井さんのお話ですと、人や社会にとって本質的に大切なものは、はるか昔から古今東西の賢い人たちがすでに考えてきている可能性が高く、それを活用することが望ましい、ということでしょうか?

深井:そうですね。そこから導かれたものが「正しい」かどうかは別として、歴史上には既に、自分よりも高い知性を備えさまざまな経験をした人々が一生かけて考えた成果や結果がたくさんあります。

中町:その蓄積を知見として知っている状態で考えることと、全くそうした知見を持たずに、一から考え出すのでは大きな隔たりがある、と。

深井:例えば、近年では女性の社会進出に関する話題をよく耳にしますが、それと似たような状況は歴史上でたくさん見られます。鎌倉時代を迎える直前は貴族を中心とする社会でしたが、武士が「新たな社会のリソース」として社会に認知された時、そのリソースを使いたい派閥と、これまで通り貴族だけで社会を動かしていきたい派閥に分かれました。同様に、歴史上、社会における新たなリソースが登場した時は、必ず、それを生かそうと考える人と、新しいものなど取り入れずに今まで通りでいたい人に分かれて争ってきました。

今の話は一つの例ですが、3000年分の人類の歴史が残されている中で、これまでの人たちが社会的な変化や課題に対して全く試したことのない行動パターンを、私たちが今初めて取っている可能性は圧倒的に低いのではないでしょうか。現代の女性参画も、社会における新たなリソースをどう考えるかという視点で見ると、歴史上の知見が活かせるはずです。

中町:その理解を助けるために「世界史データベース」を開発されている。今後、社会の移り変わりが激しくなるからこそ、歴史の知見なくして自分の頭で考えたことだけではミスリードする可能性が非常に高くなる、ということですよね。著書「世界史を俯瞰して、思い込みから自分を解放する 歴史思考」(ダイヤモンド社)の中で「歴史思考」について書かれていましたが、それがどんなものか簡単に教えていただけますか。

深井:「歴史思考」は、社会や組織を構造的に見るための思考のことですね。歴史を使うと、自分が経験していることと似た状況を経験している人が必ず存在します。その人たちを並べて比較したり、分析したりしていくと「パターン」が見えてくるんです。

自分と似たようなシチュエーションに置かれた人がたどった歴史を50例見て、5つのパターンに分けることができたとします。その中で自分が取ろうとしている行動は、Dパターンに当てはまり、全然想定していなかった他のパターンも実は存在していた、ということはよくあります。構造的に理解ができると、その後に何が起こるのかも想定しやすくなる。100%当たるわけではありませんし、自分なりに応用をする必要はありますが、このパターンを当てはめるとこうなる、という図式が分かりやすく見えてくるのです。

歴史的思考や知見をビジネスで実践的に生かすには

中町:お話しいただいたような歴史の見方を、実際のビジネスに生かしていくにはどうすればいいのでしょうか?歴史コンテンツは、エンターテインメント性のあるものからビジネスパーソンの役に立つものまで、幅広いジャンルが身近にあります。もちろん、世界史データベースを導入することが一つの方法ではありますが、それがないことを想定した時、歴史的思考や知見をビジネスへと実践的に生かすためにどういったアプローチが考えられますか?

深井:個人がそれぞれ取り入れるのはかなり難しいと感じる一方で、組織にはできることがたくさんあると思います。例えば、私は組織の意思決定者の側には、歴史や哲学、心理学など人文知の領域におけるインテリジェンス機関を設けられるといいと考えています。3~5人程度の部署をつくり、経営者や事業部長らが重大な意思決定をするときに、進言できるといいのではないか、と。

パーパス経営を考える上では、自分たちの組織に関わる歴史やそこから創出してきた価値について学ぶ必要があります。社会は変遷していますが、その中で新しい価値を生み出すにあたっても、歴史や哲学の力を借りる必要があると思うのです。現状ではそうした専門職は存在しませんが、組織が人文知の価値を理解して設置するようになれば、さまざまな意思決定の場面でとても強くなれると思います。

中町:企業はマーケティングや人事、新規事業など、それぞれの業務において、ブレークスルーのために多様な考え方を外部から導入し始めています。ただ、今、深井さんが提唱したのは、そうした一時的なものではなく、経営陣のパートナーとして常任の機関を設けるということでしょうか?

深井:重要な意思決定のための諮問機関をつくった方がいいということですね。冒頭の繰り返しになりますが、人文知は、基本的に意思決定の場で生かせるものであり、なされる決定が重要であればあるほど効果も高くなります。

同時に、人文知を生かすには、特殊なスキルが必要になります。少なくとも現段階では、誰にでもできるものではない。ITなど他の分野でも、業界あるいは相手へのリスペクトも知見もないまま、プロフェッショナルに外注して失敗する例がありますよね?現状では人文知も同様だと思うのです。社会実装するには、人文知を活用したいと考える人がそのための知見やスキルを身につける必要があります。

中町: ITの場合、きちんとしたスキルや考え方、知識を持つ人が執り行わないと失敗してしまう状況はイメージしやすいのですが、人文知の領域は少し分かりにくく感じます。知識の量という意味もあるとは思いますが、ここまでのお話を聞くと、マインドセットも関わってくるのかな、と。

深井:おっしゃる通り、ITの分野では、活用において気を付けるべきことを、ある程度書籍などからキャッチアップできるように思います。しかし、人文知の領域においては、現状、体系化されていないため、非常に難しい。そこで、私たちCOTENという会社が人文知と社会の架け橋になろうと思い、今の事業を始めました。とても難しいため実現には多くのハードルがあると思いますが、社会にとって必要であり、効果も高いと考えているので、数年後には「世界史データベース」を可視化できるようにしたいです。

人文知の理解に「費用」と「時間」をかけ始めることが第一歩

中町:人文知のインテリジェンス機関を設けるにあたり、知識やマインドセット、使いこなすスキルを得るための訓練方法や人材の育成については、どのように考えられていますか?

深井:やはりまずは、経営層の方にご理解いただきたいと考えています。また、実装に向けたマインドセットとして、絶対に必要なのは「リスペクト」です。これは全ての分野に言えることだと思いますが、知識やスキルに対するリスペクトがない人は、それをインストールすることはまずできません。

その次に、導入した人文知をどう生かすべきか試行錯誤するフェーズ、さらに、言語化して他者に理解されるフェーズがやってくると思います。壮大な話のため、そこまでして取り入れる必要があるのか?と多くの経営者が思われるかもしれませんが、私は、現代において企業への人文知の導入はマストだと考えています。経営者は決断者であり、その影響は大きい。激流ともいえる現代の変化の中で、人類の蓄積を知らないまま自社がどの方向に向かえばいいかを判断するのは、かなり冒険的です。

中町:個人ベースで人文知の知識を持つことには限界があるというお話でしたが、その中でも、個人や会社が明日からできること、このような視点を持てるといいと考えられていることがあれば、教えてください。

深井:人文知に対して「費用」と「時間」を使い始めることが大事です。その行動自体が人文知に対するリスペクトの表れですから。エンジニアリングの勉強にお金も時間も使わず優秀なエンジニアになれないことと同じで、組織でも個人でも、活用できるようになるための第一歩は費用と時間をそこにかけることです。

費用と時間の使い方については、何でも構いません。知識を持った人から話を聞いたり、当社に相談していただいてもいい。いずれにしても始めることが大事で、そこから、クオリティの良しあしが少しずつ分かっていくはずです。分かってきたら良いところに投資していく、というようなサイクルを構築できるといいのではないでしょうか。

※後編につづく

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