世界の気持ちと日本らしさNo.2
つながりとファクトから読み解く食の意義と日本の食
2023/12/22
海外で暮らす外国人中高所得者層向けの電通独自調査「ジャパンブランド調査」(概要はこちら)の最新データを見ながら、ジャパンブランド(訪日観光・日本の食・日本製品など)の現状と、今後の日本のポテンシャルを探る本連載。今回のテーマは「食」です。
<目次>
▼想像を超える食と知のつながり
▼ユーラシア大陸の東端の沖合へ
▼日本料理と日本食材の世界商品
▼うま味の理解は三者三様
▼食には、周辺領域とのペアリングとストーリーテリングが必須要件
想像を超える食と知のつながり
一日三食。そんな当たり前のように習慣化されている食には、いくつもの知られざる壮大な物語が眠っています。2400余年前、古代中国で諸子百家が誕生した背景は、「食客」の存在を抜きにして語ることはできません。食客とは各地の権力者の邸宅に居候する人たちのことです。食客三千という四字熟語があるように、有力者たちはおのおのが抱えている食客の数を競い合い、衣食住を保証する代わりに、いざという時のブレーンまたは助っ人になることを期待すると伝えられています。今日的に解釈すると、多様性あふれるインクルーシブなジョブ型組織のように思えます。
「衣食足りて礼節を知る」という言葉が表しているように、生存の前提となる食料が足りてからはじめておのおのの内面や才能に向き合い、思う存分に開花させることが可能になります。こうした知の開花は中国のみならず、インドや、ペルシャをはじめとした古代オリエント、ギリシャでもほぼ同時期に起こりました。紀元前8世紀から前3世紀頃にかけて、インドでは仏教の創始者ガウタマ・シッダールタが生まれ、ペルシャではザラスシュトラが創設した世界最古の一神教といわれるゾロアスター教(拝火教)が広く普及され、後にユダヤ教やキリスト教やイスラム教などに影響を与えたと考えられています。そして、今日の西洋文明の礎(いしずえ)を築いた古代ギリシャでは、哲学の揺るぎない基盤を構築した三大哲学者(ソクラテス・プラトン・アリストテレス)を筆頭に、地中海文明からも知の巨人が多数輩出されました。
こうした百花繚乱(りょうらん)の「知の偶然多発の時代」を世界史の軸となる時代「枢軸時代:Axial Age(※1)」として、カール・ヤスパースがはじめて提唱したのが1949年のことでした。鉄の普及が農耕の発達をもたらし、農耕の進歩が十分な食料を産出するとともに、多彩な知を誕生させました。食という漢字は人と良の組み合わせであり、人を良くする、世界を豊かにする、これは今も昔も変わらない食の本質です。
※1=枢軸時代:人類の精神的基礎となる思想が誕生した時代。枢軸時代という概念はドイツの哲学者・精神科医のカール・ヤスパースが提起した。
ユーラシア大陸の東端の沖合へ
世界各地で噴出した知の源流がゆっくりと時間をかけ、それぞれの周辺地域へと流れていきます。ユーラシア大陸の東端の沖合にある日本は弥生時代から古墳時代へと変わり、中国の儒教、インドの仏教が百済(くだら)経由で伝えられ、やがて日本社会に深く根を下ろすことになりました。儒教と仏教の伝来から約1300年後、西洋文明を取り入れ近代化にいち早く成功した日本は、古今東西の文化の融合・併存という他に類を見ない「積み上げ様式」を生み出し、独自の進化を遂げています。複数の文化や慣習や価値観を相対化できる人ほど、日本のこの積み上げ様式の魅力に心地よさを覚えるはずです。
同じことが本記事のテーマである「食」にもいえます。たとえば、料理ジャンルについて、徒歩圏内で比較的リーズナブルな価格で良質な多国籍料理やフュージョン料理を苦労せずに食べられるのも、積み上げ様式の産物だと考えられます。高い金銭コストと時間コストを払わなくても、身近にある食のダイバーシティを堪能できるのは実に貴重な体験です。
そして、長きにわたり国際的ブームとなっている日本料理(日本食/和食)も重層的な世界観を美しく表現した代表例です。今からちょうど10年前、和食がユネスコ無形文化遺産に登録されました(和食;日本人の伝統的な食文化, 2013)。和食の特徴として、「①多様で新鮮な食材とその持ち味の尊重、②健康的な食生活を支える栄養バランス、③自然の美しさや季節の移ろいの表現、④正月などの年中行事との密接な関わり」(※2)、が挙げられています。つまり、単なる味の追求だけでなく、食にまつわる多面的な要素にも配慮し、より高次元の調和を図るというなんとも日本らしい発想です。
※2 和食の4つの特徴は農林水産省の食文化のポータルサイトから引用。出所:農林水産省 「和食」がユネスコ無形文化遺産に登録されていますhttps://www.maff.go.jp/j/keikaku/syokubunka/ich/index.html
ところで一口に日本食といっても、ジャンルもしくは品目ごとに見なければ、ブームの実像がなかなかつかめません。電通ジャパンブランド調査では、日本食を料理(9カテゴリー、42種類)と食材(9カテゴリー、54品目)に分けてそれぞれ大規模調査を実施。その結果を踏まえながら、日本食ブームの実態を探りました。
「日本料理」と「日本食材」の世界商品
まず、人気の日本料理について傾向をざっと把握しましょう。
日本料理の「認知度・喫食経験・喫食意向」の3指標の上位10位以内にランクインしたのは、「高級寿司」「ラーメン」「天ぷら」「エビフライ」「おにぎり」「豆腐」「味噌汁」「刺身」「からあげ」「うどん」。これらはどれも世界的な日本料理といえます。
また、訪日経験という視点から見た場合、リピーター(訪日回数が3回以上)になると、「牛丼」「とんかつ」「うなぎ」の喫食率の上昇が目立ちます。特にうなぎの喫食率に関しては、訪日未経験者(8.0%)に比べ、リピーター(30.3%)が20pt以上も増え、全体平均(17.3%)をも大きく上回っています。上位10位以内にはランクインしていないものの、すき焼きや会席料理についても同様の傾向が見られました。
次に、日本の食材に関する膨大な調査データからほんの一部になりますが抜粋して、海外からみた日本の食材のイメージとともに、世界商品ともいえる日本食材について探っていきます。
安心安全、高品質、おいしい……。日本で作られた食材に対して、日本人が持っているイメージを、海外の消費者も持っているのか。世界全体を俯瞰したとき、「美・新・良」を最重要キーワードとして覚えていただきたいです。美(美味しい)、新(新鮮)、良(クオリティがよい)の3項目が他を引き離して上位を占め、食材のイメージ評価としてはこの上ないレベルに達しているといっても過言ではありません。
ただし、個別にみていくと、地域によってイメージのばらつきが大きいです。東南アジアと欧米豪では、前述の「美・新・良」が相対的にイメージが強いのに対し、東アジアでは全体的にフラットになっており、突出したイメージを持っていないことを示唆しています。
2010年代に入ってから、海外の和食レストランの数が急増しています。農林水産省の調査「海外における日本食レストランの数(※図4)」によると、2023年の日本食レストランの数(約18.7万店)は2013年(約5.5万店)に比べ、約3.4倍に増えたということです。その内訳をみていくと、和食店舗数の約57%が東アジアに集中していることが分かります。換言すれば、欧米豪や東南アジアよりも、東アジアの生活者がより身近に和食に触れる機会が多いため、和食に対する理解が多面的になり、イメージの分散化と多様化が進んでいると推察します。東アジアは和食の先進地域である一方、剥き出しの競争が繰り広げられるVUCA度合いの高い社会という見方もあります。そういう意味では、日本らしさ、日本らしさ由来の自分らしさ、そして、適者生存、この3つの要素をいかにバランスさせるかが否応なしに求められます。
日本食材のイメージを一通り押さえた上で、今度は地域別に人気の食材について見てみましょう。
地理的にも文化的にも近い東アジア市場において、圧倒的な存在感を放つのが「牛肉(和牛)」と「日本酒」です。果実カテゴリーでは「りんご」「ぶどう」「いちご」が人気です。酒類カテゴリーでは日本酒にはまだ及ばないものの、「焼酎・泡盛」「日本のビール」も認知されており、飲用/購入意向が比較的高いことが分かりました。
欧米豪市場における人気の日本食材といえば、「牛肉(和牛)」「日本酒」はもちろんのこと、「醤油」も大変ポピュラーであることがデータから判明しました。いずれの指標においても、オーストラリアと欧州各国は世界平均を大きく上回っています。
このように、地域を問わず共通して好まれている日本の食材もあれば、それぞれの市場でしか見られない人気の品目も確実にあります。世界全体を見たとき、認知度・喫食経験/購入経験・喫食意向/購入意向の3指標ともに、上位5位を占めるのが「日本酒」「牛肉(和牛)」「醤油」「抹茶」「味噌」です。いわば食材カテゴリーの世界商品にあたります。
うま味の理解は三者三様
本記事の最後は、先人が発見した偉大なジャパンアセットのひとつである「うま味」について。
うま味は5つの基本味のひとつであり、日本料理を語る上で欠かせない要素となります。百年以上も前に発見されたうま味がいまや日本語のまま英語(フランス語・ドイツ語・イタリア語など)となって、一般名詞として世界中に知られるようになったのです。
ただし、うま味は甘味、酸味、塩味、苦味のような万国共通でわかりやすい味覚とは言い難いと感じます。電通ジャパンブランド調査では、うま味の概念としての認知、うま味と料理の関係性などについて、必ずしも日本人の感覚と同じように認識されていないという仮説のもと、国・地域別のうま味理解度を調べました。
全体を見ると、「甘味、酸味、塩味、苦味と並んで5大味覚の1つであること」、「料理のおいしさに大きく関わっていること」を知っている人は回答者の約4割を占めていますが、国・地域別に見た場合、2~3割しかない国もあれば、5割を上回る地域もあり、大きなバラつきが見られます。そして意外なことに、うま味そのものを全く知らない人も全体で2割弱いることが判明。カナダやイギリスやフランスにいたっては、その割合が4割以上となっています。
さらに、うま味が多く含まれる料理ジャンルについて、各国の認知理解にどの程度の差があるのかという問いを分析したところ、興味深い結果が得られました。
中国(和食店舗数1位)と韓国(和食店舗数3位)では、自国の料理が最もうま味が豊富だと思っている回答者が圧倒的に多いです。グローバルサウスの一員として大きく注目されているインドでは、うま味が豊富な料理として、フランス料理と日本料理はほぼ同列に並ぶ形になっています。そして、この2ジャンルをやや下回るのが韓国料理、中華料理、イタリア料理となっており、うま味における日本料理の優位性がそれほど突出しているとはいえません。
食には、周辺領域とのペアリングとストーリーテリングが必須要件
近年、観光テーマの多様化・細分化が進み、アドベンチャーツーリズム、サステナブルツーリズム、ガストロノミーツーリズムなど、多種多様なツーリズムが開発されています。その中で、アメリカを除き、参加意向が最も高いのはガストロノミーツーリズムです。また、観光庁の調査によれば、飲食カテゴリーへの支出が全体の2割以上(※3)を占めています。本調査においても、食が積極的にお金をかけたいカテゴリーであることが分かりました。
※3 国土交通省観光庁:訪日外国人消費動向調査<2023年1~3月期・4~6月期・7~9月期(速報値)、2019年年間値(確報値)>
https://www.mlit.go.jp/kankocho/siryou/toukei/syouhityousa.html
加えて、10人に7人が「素材や器や調理法などの前提知識を知った上で料理を味わうのがより好まれる」、そして、「商品や企業の歴史やブランドストーリーを理解することで購買意欲が確実に高まる」と回答しています。すなわち、食への取り組みは食べる行為のみならず、工芸・美術・芸術・空間デザイン・歴史・文化・哲学などといった周辺領域の開発と掛け算(ホリスティックなエクスペリエンスデザイン)を一体として捉えるのが妥当です。もはやこれらの周辺領域は「あればいい」ではなく、「なくてはならない」と考えるべきです。
最新の観光立国推進基本計画がすでに示したように、インバウンドは裾野の広い産業でありながら、外貨獲得とともに国際相互理解・国際平和にも大きく寄与する戦略分野でもあります(※4)。一方、「人を良くする、世界を豊かにする食」はインバウンドとも海外輸出とも親和性が高いジャンルです。これまで、食と知が壮大につながっていて、世界の文明と社会の進歩を支えてきたと同様に、これからも変わらぬポジティブな役割を果たしていくに違いありません。
※4 国土交通省観光庁:「観光立国推進基本計画(第4次)概要」
https://www.mlit.go.jp/kankocho/kankorikkoku/kihonkeikaku.html
ビジネスの実務において、ガストロノミーツーリズムの磨き上げにせよ、日本産食材や和食の輸出促進にせよ、外国人消費者が理解している「日本の食」を、解像度を上げていくだけでなく、周辺領域との多様なペアリングや、よそでは味わえないような深みがにじみ出るストーリーテリングもますます求められるでしょう。
※本記事における対象国・地域の名称表記は日本国内の読者を想定対象とし、日本の社会通念やビジネス慣習に沿ったものになります。
【本件に関するお問い合わせ先】
電通ジャパンブランド調査プロジェクト事務局
japanbrand@dentsu.co.jp
【電通ジャパンブランド調査とは】
2011年、東日本大震災で日本の農水産物や訪日旅行に風評被害が発生した際に、ジャパンブランドが世界でどのように評価されたかを把握するために始まった電通の独自調査。
【電通ジャパンブランド調査2023概要】
・対象エリア:19カ国・地域(アメリカ、中国、韓国、台湾、香港、シンガポール、タイ、マレーシア、インドネシア、ベトナム、フィリピン、インド、オーストラリア、サウジアラビア、イギリス、フランス、ドイツ、イタリア、スペイン)
・対象者条件:中高所得者層 20代~50代男女
・サンプル数:7260人(アメリカ=960人、中国=1200人、その他の国・地域=各300人)各国/地域とも性年代別に均等割り付けで標本収集し、人口構成比に合わせてウエイトバック集計を実施
・調査手法:インターネット調査
・調査期間:2022年12月~2023年1月
・調査機関:株式会社ビデオリサーチ
【電通ジャパンブランド調査2022概要】
・対象エリア:22カ国・地域(アメリカ、カナダ、中国、韓国、台湾、香港、シンガポール、タイ、マレーシア、インドネシア、ベトナム、フィリピン、インド、オーストラリア、サウジアラビア、イギリス、フランス、ドイツ、イタリア、スペイン、ロシア、フィンランド)
・対象者条件:中高所得者層 20代~50代男女
・サンプル数:8220人(アメリカ=960人、中国=1260人、その他の国・地域=各300人)各国/地域とも性年代別に均等割り付けで標本収集し、人口構成比に合わせてウエイトバック集計を実施
・調査手法:インターネット調査
・調査期間:2021年12月~2022年1月
・調査機関:株式会社ビデオリサーチ