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ギャップの中に見つけた共生社会へのヒントNo.3

教育現場に企業のDEI知見を生かす 水海道一高×GAP MIKKE

2024/02/21

「DEI」という言葉を聞いたことがありますか? Diversity(多様性)、Equity(公平性・公正性)、Inclusion(包括性)の頭文字を取ったもので、昨今、企業を中心に関心が高まっています。

2023年11月20日、茨城県立水海道第一高等学校・附属中学校は、自校の教員を対象にDEIへの理解を深めるためのワークショップを、電通ダイバーシティ・ラボの協力の下に開催しました。その狙いや成果について、同校の福田崇校長と電通ダイバーシティ・ラボの岸本かほり氏、海東彩加氏に聞きました。

※インタビューは2023年12月12日に行われました。

 

教育現場に企業のDEI知見を生かす 水海道一高×GAP MIKKE

 

民間企業から就任した異色の校長

──福田校長は民間企業から水海道一高・附属中の校長に就任されました。

福田: きっかけは、水海道一高・附属中が校長を公募するというニュースを目にしたことです。当時、私は電通でクリエーティブ・ディレクターをしていたのですが、教育への関心から、社内に教育関連のプロジェクトを立ち上げて活動していました。そんなタイミングでの校長公募、しかも民間企業からの出向も可能ということだったので、これは手を挙げるしかないと思い、応募しました。プレゼンテーションと面接を経て、採用に至りました。2022年度の1年間は副校長を務め、23〜25年度の3年間、校長を務める契約になっています。

──実際に教育現場の中に身を置いてみて、発見や戸惑いはありますか?

福田:副校長を務めた1年目は戸惑うこともありました。学校という組織は企業とは違う仕組みで動いています。例えば、何か新しい提案を学校にするには、まず主任の先生たちが集まる企画委員会の場で提案して、そこで「良いね」となったものを職員会議にかけるという2段階になっています。また、年間スケジュールが1年前にほぼ全て決まっていて、その通りに進んでいきます。こうした仕組みに慣れるまで大変でしたが、2年目となった今は戸惑うことも少なくなりました。

福田 崇(ふくだ たかし)
福田 崇(ふくだ たかし) 電通 マーケティング統括センターより出向。茨城県の民間校長公募により選出され、茨城県立水海道第一高等学校・附属中学校の校長を務める。電通でのクリエーティブ・ディレクターとしての経験をもとに学校改革を実行中。自身が立案した「海高式探究プログラム」と「海高クリエイティブスクール」は、文部科学省・経済産業省共同による「第12回キャリア教育推進連携表彰」の最優秀賞を受賞

先生に向けたDEIワークショップを開催

──今回、水海道一高・附属中の教員を対象にDEIをテーマとしたワークショップを開催しました。その経緯について教えてください。

岸本 :発端は、水海道一高・附属中の取り組むダイバーシティやインクルージョンについて、電通ダイバーシティ・ラボが運営するウェブマガジンcococolorから福田校長に取材依頼をしたことでした。その際に、逆に福田校長からDEIをテーマに教員向けの授業のようなものをやってもらえないかと相談されました。教育現場や学校ではどんなことに悩んでいるか、どういうところに校長として問題意識があるかなど、何回かヒアリングを重ねました。

福田:本校では、DEIのうちダイバーシティとインクルージョンについては認知が進んでいます。先生方の間で「ダイバーシティ」という言葉の認知度はおそらく9割以上あるかと思います。「インクルージョン教育」という言葉を知っている先生も多いです。一方で、「エクイティ」になると、認知度はかなり下がってしまうという印象です。ですので、私としては、先生たちにDEIについて理解したり考えたりする機会を持ってほしいという気持ちがありました。

加えて、学校現場で今起こっていることとして、不登校の生徒が多いということがあります。クラスの1割まではいきませんが、学校に来ることができない生徒が実際にいるのです。学校についていけないという不安が強くなって、途中で通信制の学校に転校していく生徒もいます。自律神経のバランスが乱れ、心身に不調をきたす生徒もいます。学校側としてもスクールカウンセラーを置くなどセーフティーネットを整えてはいますが、それでも生徒たちが何に悩み、どのように苦しんでいるのか、その実際のところを学校はすくいきれていないのではないか。そうした問題意識を電通ダイバーシティ・ラボ側と共有しながら、課題解決に寄与するワークショップをつくりたいと考えました。

岸本:福田校長と会話をする中で、セーフティーネットの手前、先生の生徒に対するフォローやケアの過程に着目しました。授業・部活・課外活動など、ただでさえご多忙な先生方の困りごとが発生する前に、考えるきっかけや、他の先生や生徒と対話する機会があれば、これまで対応しきれていなかった部分に関しても、心の余裕が生まれ、対応策の引き出しが増える可能性があるかもしれないと思いました。そこで、専門家監修のもと開発した「GAP MIKKE(ギャップ ミッケ)」というツールが、この課題に対して合致するのではないかと考え提案しました。

岸本かほり(きしもと かほり)
岸本かほり(きしもと かほり) 電通 第3マーケティング局。電通ダイバーシティ・ラボ 研究員。ウェブマガジン「cococolor」副編集長。飲料・食品・映画・情報サービスなどの戦略立案やプランニングに従事。「アンバス・ダイアログ」や、ジェンダー課題チャート、「LGBTQ+調査2023」などDEI関連のソリューション開発に関わる

──「GAP MIKKE」とは、発達に特性がある子どもとその保護者の間にある視点の違い、つまり両者の間にあるギャップを可視化したツールですね。

海東:はい。発達障害とは、生まれつきの脳機能の発達の偏りによる障害です。電通ダイバーシティ・ラボでは、発達障害の診断を受けた子どもの保護者や、子どもの発達が気になる保護者を対象にアンケートやヒアリングを行い、保護者の「悩みや願望」と子どもが「考えていること」の間にあるギャップを可視化しました。

「おうち育児 GAP MIKKE」カード
「おうち育児 GAP MIKKE」カード。家の中で起こるさまざまな日常の出来事について、子どもの視点と保護者の視点が対になって表現されている

福田:子どもと保護者の視点の違いという「GAP MIKKE」の着眼点が、発達障害に限らず生徒と先生の視点の違いに応用できるのではないかと思い、「GAP MIKKE」を今回のワークショップに採り入れることにしました。

──ワークショップの具体的な内容や工夫した点などについて教えてください。

海東:今回のプログラムは全90分で行いました。最初30分はDEIの総論として、教育現場にDEIの考え方を取り入れることの大切さについて講義を行い、続く60分で「GAP MIKKE」を活用したワークショップを行いました。発達障害の有無にかかわらず、「2者間の気持ちのギャップを見つける」ことをワークショップのゴールに設定し、2つの課題について演習形式で先生方に取り組んでもらいました。

ワークショップの様子
ワークショップには若手からベテランまで約50人の教員が参加した

一つ目の演習課題は、「GAP MIKKE」を活用して、発達に特性のある子どもと保護者の間にあるギャップを例に、発達障害について理解を深めるものです。一例を挙げると、部屋の片付けを巡って、発達に特性のある子どもがどう感じているか、保護者としてどんな声がけをすればよいか、先生たち一人一人に双方の立場に立って想像してもらい、ワークシートに書き出してもらいます。その後、「GAP MIKKE」のカードで双方の視点への理解を深め、どのような声かけやアクションがあると課題解決につながるかを考えてもらいました。

散乱GAPのカード
「おうち育児 GAP MIKKE」カードの「散乱GAP」。子どもの視点(左)と保護者の視点(右)が対になっている

二つ目の演習課題は、「GAP MIKKE」のフレームを学校生活に応用したもので、生徒と先生の間のギャップについて可視化するものです。一例を挙げると、「明日からテストなのに、全く勉強していない生徒がいる」という状況に対して、生徒の気持ちを想像してもらい、生徒の視点と先生の視点の間にどのようなギャップがあるのかについて、グループワークをしてもらいました。他にも「毎日のように遅刻してくる生徒がいる」「授業中に生徒をあてたら、顔色が悪くなって何も話せなくなった」など状況を設定しました。これらはいずれも、事前に福田校長にヒアリングをした中で、学校生活の中での身近な「あるある」シーンとして出てきたものです。

演習課題を2段階にしたのは、発達に特性のある子どもと保護者の間のギャップを入り口にして、学校生活の中に存在するであろうさまざまな生徒と先生の間のギャップを考えてもらうためです。二つ目の演習をグループワークにしたのにも狙いがあります。先生は普段一人で授業をしています。今回のワークショップが「私ならこうするよ」「僕ならこう考えるよ」といった、お互いの考え方のシェアの場になればよいと考えました。

海東 彩加(かいとう あやか)
海東 彩加(かいとう あやか) 電通 第3マーケティング局所属。ソリューションプランナーとして、コミュニケーション戦略、企業コンサルティング、商品開発、研修パッケージ開発などに従事。電通ダイバーシティ・ラボ運営のcococolorで、「こどもプロジェクト」のリーダーを務め、こどものダイバーシティをテーマに記事執筆やソリューション開発を行っている。他にも、アンコンシャスバイアスの研修開発や「LGBTQ+調査」などを担当

ギャップをヒントに、教育の明日を考える

──ワークショップに対する先生方の反応はいかがでしたか?

福田:今回のワークショップのように、視点を変えて物事を見るということは、普段から先生方も意識してやっていることなのですが、今回、難しい問題を違う角度から見るグループワークを通して、それぞれの先生がどういう意見を持っているか、お互いに知ることができ、意見交換できたことがとてもよかったと思っています。

一方で、私の反省点としては、先生方が日頃感じている問題について、事前にもう少し詳しくヒアリングできていればよかったと思っています。先生方が本当に困っている難しい問題を題材として選べていれば、もっと議論が白熱して盛り上がったのではないかと思います。

グループワークの様子
グループワークをする先生たちと、その様子を見守る福田校長(左から3人目)

海東:今回、先生方がとても意欲的に演習に取り組んでくださったのが印象的でした。ワークショップ後のアンケートには、「先生と生徒間のギャップだけでなく、先生同士でも考え方の違いがあったり、対応の違いがあったりすることを、改めてシェアする場になった」といった声がありました。

 

【先生たちの声(アンケートより抜粋)】

・私なりに「多様性」の意味を理解しているつもりでいたが、思っていた以上に「配慮」が必要である社会だと感じました。

・こちらの思いが伝わっていないと感じることが度々あります。そんな時に生徒の立場に立ってみようとすることで、解決の糸口が見つかるかもしれないと感じました。

・生徒と関わる際に、つい一般論の押しつけをしてしまう部分があるので、一呼吸置いて多角的な視点で指導にあたりたいと思います。

・DEIの知識も対処法も多くの教員は豊富と思います。しかし、「余裕がない」ために、適切な言動を「常に」することが困難になっているのではと思います。

・今回のように企業で大事にされている「テーマ」を取り上げて、凝り固まった教育現場に「爽やかな風」を吹かせてほしいです。

 

福田:先生たちからは、今回のワークショップは「部活動や生徒会といった場面でも活用できる」という声や「この場に生徒がいたら、もっと話が広がりそうだ」という声など、前向きなアイデアも寄せられました。

部活動の場合、教える顧問の先生と部員の生徒の間のギャップもありますが、キャプテンや部長のように部活動を引っ張っている生徒と引っ張られている生徒の間のギャップもあるかと思います。「県大会出るぞ!」と言っているリーダーたちと「いやいや、楽しければいいんだよ」と思っている部員の間で目標のすり合わせができずにうまくいかない、といった部活動の悩みもあるかと思います。そういうギャップを生徒たちで話し合ってもらうとか、そういうことに使えそうだと先生たちはピンときたようです。

──最後に、DEIというテーマについて、教育現場で今後どのように取り組んでいきたいと考えていますか?

福田:今、高校無償化や大学無償化がニュースになっていますが、それはDEIで言うところの「E」(Equity:公平性・公正性)の話だと思っています。つまり、機会の平等です。さらなる平等の実現に向けてまだ議論の余地はあるものの、教育現場の中にDEIの考え方が取り込まれていることを、みんながもっと知ってもいいかなと思います。

今回のワークショップのことをSNSで発信したところ、他の学校の校長先生から「それってうちでもできますか?」という問い合わせを早速いただきました。グローバル教育を実践している学校の先生からも問い合わせがあり、関心を持っていただいています。DEIというグローバル標準の考え方を、先生や生徒と一緒に考えたい、というニーズがあるのだと思います。

海東:今回のワークショップをきっかけに、例えば共同研修など、学校と企業で一緒に取り組んでいけることがあれば、今後進めていきたいと思っています。今回は先生のみの参加でしたが、生徒さん、さらには企業に勤める人など、さまざまな環境に身を置くいろんな人の視点をごちゃ混ぜにして、多様なバックグラウンドを持った人たちが参加するワークショップを展開するのも、新しいギャップを見つけるきっかけになるかもしれません。

「GAP MIKKE」は発達障害を起点に開発したものですが、今回そのフレームを学校における課題に応用したことで、発達障害以外のテーマへの展開や応用の可能性も感じました。「GAP MIKKE」を活用して何ができるか、さらに検討していきたいと考えています。
 

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