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ギャップの中に見つけた共生社会へのヒントNo.2

視点の違いを可視化、発達障害と社会をつなぐ 「GAP MIKKE」

2023/10/13

「何度言っても散らかしっ放し。片づけてくれない」
「どこに何があるか自分では分かっているから、片づけなくてもいい」
発達障害の子どもとその保護者の間に存在する視点の違い(=ギャップ)を「GAP MIKKE(ギャップミッケ)」は可視化しました。

前回の記事では、「GAP MIKKE」の開発目的や特徴・機能について開発メンバーに聞きました。今回は、発達障害という領域に着目した理由や目指すゴールについて、電通ダイバーシティ・ラボ電通メディカルコミュニケーションズの関係者に聞きました。

※本記事は、Transformation SHOWCASE掲載の記事をもとに再編集しています

 

発達障害と社会とをつなぐ「GAP MIKKE」


医療の専門知識を、生きやすい社会をつくる一助に

──「GAP MIKKE」は、電通ダイバーシティ・ラボと、電通メディカルコミュニケーションズが共同開発したツールです。電通メディカルコミュニケーションズがプロジェクトに参画することになった経緯を教えてください。

林(剛):電通メディカルコミュニケーションズは、薬剤師や獣医師、製薬会社MR(Medical Representatives:医療情報担当者)など、専門性を持った方が集まっており、電通グループの中でもメディカル領域やヘルスケア領域に強みを持っています。製薬業界は常に変化していて、例えば、10年ほど前までは、多くの製薬会社が高血圧や高コレステロールなど、生活習慣病につながる数値の改善のための薬剤開発に力を入れていました。しかし最近ではそれらの分野に加え、がん領域や希少疾患領域(患者数が少ない病気の総称)など、領域の幅が拡張しています。

また、医療では「EBM(Evidence-Based Medicine)」といって、科学的な根拠に基づいて、患者さんに最も適した医療を提供することが重要でした。しかし最近では「NBM(Narrative-Based Medicine)」の考え方も加わる傾向にあります。NBMとは病を薬で治すだけでなく、患者さん一人ひとりの「ナラティブ=物語」に寄り添いながら、その人の人生をより良くしていくことに軸足を置く考え方です。これは、私たちが得意としてきたコミュニケーション領域ともいえます。そのような中、今回「GAP MIKKE」で発達障害のお子さんだけでなく、ご家族を含めた周辺の方々との意識や考えの違いを可視化することは、非常に意義深いですし、電通メディカルの強みを生かせるとも思い、参画することとしました。

林 剛(はやし つよし)
林 剛(はやし つよし) 電通メディカルコミュニケーションズ 代表取締役社長執行役員。電通入社後、営業局で製薬会社、旅行会社などを担当。部長/局長補を歴任。2018年に新設されたトランスフォーメーション・プロデュース局にGMとして参画、スタートアップ企業のグロース作業に従事。20年に電通メディカルコミュニケーションズの社長に就任。「生きるを支える」をモットーに精力的に活動している

──「発達障害」というテーマに関しては、どのように思われましたか?

林(剛):もともと、大人の発達障害に関しては知見はありました。今回の「GAP MIKKE」でも共通するのですが、「普通」という言葉の使い方には注意が必要だと思っています。親としては「他のお子さんはこうなのに、うちの子は……」と他の子と比較してしまうなど、親御さんの「普通」を基準に見てしまうこともあるかと思います。しかし、子どもには子どもなりの価値観があり、思いがあり、行動がある。それは「普通」ではないのか。正解はありませんよね。とはいえ、親としては子どもが社会で自立して生きていけるようにしてあげたいと願うのも当然のことだとも思います。

そのような状況に対して「GAP MIKKE」を用いることで、発達障害の方々の特性を正しく理解し、社会に広め、当事者だけでなく周辺の方々が理解でき、さらには生きやすい社会をつくる一助になるのではないかと思いました。当社は専門知識を生かして正しい情報を分かりやすく伝えるノウハウを持っているので、この領域に参画する意義は大きいと感じています。

溝を埋めるために、社会全体で課題を共有

──電通ダイバーシティ・ラボとして、「発達障害」に着目したのは、どのような理由からでしょうか?

林(孝):医療や福祉の分野はセンシティブな部分も大きく、入り込んでいくとしても細心の注意が必要です。ともすると、当事者に嫌な思いをさせてしまうかもしれない、という懸念もありました。しかし、多くの当事者や支援者らにお話を聞くと、自分自身やその人を取り巻く医療や福祉だけでは解決できない課題がたくさんあるということが見えてきました。

発達障害はいわゆる疾患とは異なり、治療そのものもそうですが、それ以上に、社会への適合、生活や仕事における他者との溝を埋めることなどが大きな課題となります。われわれが課題の全てを解決できるわけではありませんが、周囲との関係性をどう考えていくかということを前提として、さまざまな企業や自治体、広くは社会全体で課題を共有していくことで何か寄与できるのではないかと考えました。

本来的には、発達障害は、誰にとっても関わりがあるテーマではないかと思っています。子育てをしていれば、「他の子と比べてうちの子はどうなんだろう」と考えたことはきっとあるでしょうし、大人の世界であっても、多様な人と関わる中で、人間関係に悩んだりしながら、いわゆる発達障害のグレーゾーンを意識するようなこともあるはずです。まだ広くは知られていないかもしれませんが、多くの人が自分ごととして捉えられるテーマですし、だからこそ、企業にとっても参入しやすいテーマであると考えています。

林 孝裕(はやし たかひろ)
林 孝裕(はやし たかひろ) 電通 サステナビリティコンサルティング室 部長、電通ダイバーシティ・ラボ代表。戦略プランナーとして、コミュニケーション戦略から、事業戦略、商品開発、イベント・スペースプロデュースに至るまで戦略領域全般に従事。1級建築士の資格を持つ。戦略部門で仕事に従事する一方、2011年より社内タスクフォースである電通ダイバーシティ・ラボに参画。戦略統括を担いながら、ウェブマガジンcococolorの発行人・事業部統括を務め、現在代表。17年「インクルーシブ・マーケティング」を立ち上げ、新しい戦略論として普及促進活動を行う

社会モデル化することで、当事者のQOLを上げていく

──「GAP MIKKE」開発の背景には、医療や福祉とは別の視点からソリューションを提供していくことが大切である、という皆さんの信念があるのですね。

林(剛):おっしゃる通りです。「患者さんは、生活者である」という当たり前の視点に立ち、課題を「見える化」し、そこに電通グループならではの発想力や共創力を組み合わせていきたい。例えば、服飾メーカーと一緒に組んで慢性じんましんの人向けの服を開発する、疾患の特性から旅行に行きづらいのであれば旅行会社と組んで安心して行けるツアーを企画する。世の中の商品の多くは健常者が使うことを前提につくられていますが、それが使いづらいと感じている方もいるかもしれない。そのような視点がわれわれには大切だと思っています。

林(孝):障害の領域には「医学モデル」と「社会モデル」という考え方があります。前者は障害という現象を個人に生じた問題と捉え、病院や診療所での患者を中心とした疾病の治療を主な課題として、多職種の医療従事者が連携してチーム体制で患者に対応する、医療や福祉をいかに施すかという考え方。後者は障害を個人を取り巻く社会環境側に課題があるものと捉え、日常の生活の場における、生活者を中心とした疾病予防や健康増進を目的として、多世代が連携した地域コミュニティーによって、あらゆる人が生活していく中での障害をなくし、QOL(Quality of life)の向上を目指していこうという考え方です。

われわれは発達障害を社会モデル化していくことに意義があると考えています。それはつまり「その人たちだけの課題にしない」ということです。当事者やその周辺の人たちが抱える困り事に対して、例えば、子どもの勉強のことであれば、ステーショナリーメーカーができることは何だろう、家での生活のことであれば、生活商材を扱っているメーカーや商社ができることは何だろう、というように、生活を取り巻く全ての企業や団体や組織などが、解決に役立つ価値提供を考えて実践していければ、社会的な動きになって、社会全体で当事者のQOLを上げることができるのではないでしょうか。

参画障壁を良い意味で下げることが社会モデル化には必要で、われわれがその入り口を設計することによって、それが加速するといいなと思うのです。

「おうち育児 GAP MIKKE」デザイン(マップ)
「おうち育児 GAP MIKKE」デザイン(マップ)
  「おうち育児 GAP MIKKE」デザイン(カード)
「おうち育児 GAP MIKKE」デザイン(カード)

──社会に課題を共有していくというところが、大きな特徴だと感じましたが、どのようなゴールを目指しているのでしょうか?

和田:今、子育てをしている最中なのですが、知り合いから聞いた話で、団体行動などが苦手なあるお子さんの保護者に対して保育園が「療育(施設)に通わせなければ通園させられない」という条件を出したそうなんです。保護者の方は悩まれていたようですが、最終的に、そのお子さんのストレス発散にもなる、広い園庭のある保育園に転園させることで療育に通う必要がなくなったそうです。

このエピソードは、まさに「社会モデル」に通じる課題だと思います。環境が発達障害を受け入れられれば、それは「障害」という扱いにはならないけれど、受け入れられなければ「障害」を理由に環境に適応することを求められてしまう。私がこのプロジェクトに関わっているのは、そうした課題を何とかしたいという気持ちが大きいですね。

和田 佳菜子(わだ かなこ)
和田 佳菜子(わだ かなこ) 電通 ビジネスクリエーション局 中部クリエーティブソリューション1部所属。電通入社後、1年間の人材開発局勤務を経て、2008年より中部のクリエーティブ局でコピーライター・CMプランナーとして、多様な業種のコミュニケーションやアウトプットの企画・制作に従事。21年末に「電通DE&Iゼミナール」のメンバーとして指名を受けたところから電通ダイバーシティ・ラボの活動に興味を持ち、特に関心のある「こどもプロジェクト」に参画。ビジネス化のためにクリエイティブの側面から貢献できることを模索中

高橋:発達障害についてよく知らない人は、例えば、電車の中で注意欠如・多動症の方を見かけると驚いてしまうかもしれませんが、知っていればそんなことはない。知ることによって社会がどう変わるのかというストーリーをつくる必要があると思います。ある意味、閉じられた世界だった発達障害の領域を、さまざまな視点を取り入れて拡張し、なおかつビジネスとしても成立させることが大切です。そうして初めて継続ができ、社会に浸透していくわけですから。そうした枠組みをつくっていくのは、われわれの仕事なのではないかと感じています。

私自身、この「GAP MIKKE」に取り組むまでは、発達障害は未知の分野だったのですが、おそらく、多くの人がそうなのではないかと思います。だからこそ、企業がその領域で価値提供ができる可能性があることに気づいていないケースも多いと思っています。一見関係ないと思えるような発達障害の領域において、自社の事業がどのようにつながっているのか、そのさまざまなストーリーを私たちがしっかりと提示することで、参画障壁を下げていきたいと思っています。

高橋 大(たかはし だい)
高橋 大(たかはし だい) 電通 BXデザイン局 BXプロデュース5部所属。電通入社後、地方新聞社担当として、メディアビジネス全般(プランニング、バイイング、企画立案、コンテンツ開発・販売業務、コンテンツタイアップ業務など)を経験。その後、営業・事業共創セクションを経て、現在はBX領域を中心とした事業コンサルティングおよびプロデュース業務に従事。一方、社外活動におけるNPO理事経験から社内タスクフォースでの活動による地域課題・社会課題への貢献に可能性を感じ、電通ダイバーシティ・ラボに参画。ビジネス開発・収益化に向けた活動を行う

林(剛):多くの企業がアンテナを張って情報のキャッチアップに努めていると思いますが、今はまだ取り組みの途上だと感じています。日本全体で発達障害の方の雇用率はまだあまり高いとはいえないのではないでしょうか。今後の日本において、発達障害を含めてさまざまな個性、特性のある方に活躍していただく場を提供することは不可欠になっていくと思いますし、そのためにも、周辺の方々の理解が重要だと痛感しています。

林(孝):ダイバーシティ・ラボは、クライアントと向き合うことでその領域に関するソリューションに強くなり、また別のクライアントと向き合って別の領域でのソリューション力が上がって……というように、仕事を積み重ねて得意分野を増やしてきました。それをいかにつないでいけるかが、これからはとても重要だと思います。

チーム内や社内の知見はもちろんのこと、相乗効果を及ぼすクライアント同士をつなぐことで新たなサービスや商品が生まれていくでしょう。広く情報を発信するフェーズから、広くつなぐというフェーズに入っている。そうした設計図を描くことが、大きな役割であると自負しています。そして、何を世の中に展開するのかということを真剣に考えて、学び続けなければいけないと思っています。

 

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