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視点の違いを可視化、発達障害に新たな気づきを 「GAP MIKKE」

2023/10/06

「何度言っても散らかしっ放し。片づけてくれない」──発達障害の子どもを持つ保護者にとってのそんな困り事が、子どもの視点で見ると「どこに何があるか自分では分かっているから、片づけなくてもいい」となるかもしれない──。ここに視点の違い(=ギャップ)がある、と電通グループ横断組織「電通ダイバーシティ・ラボ」のメンバーは語ります。 

電通ダイバーシティ・ラボと電通メディカルコミュニケーションズは、発達障害の特性があるとされる子どもの「考えていること」と、保護者の「こうしてほしいという願望」との間にあるギャップを可視化して、気づきの醸成や課題発見につなげるツール「GAP MIKKE(ギャップミッケ)」を開発しました。その目的や特徴・機能について、開発メンバーに聞きました。

※本記事は、Transformation SHOWCASE掲載の記事をもとに再編集しています

 

発達障害に新たな気づきを「GAP MIKKE」

見落とされがちな子ども側の視点

──はじめに、発達障害の現状と「GAP MIKKE」の開発の経緯について教えてください。

川村:2016年に厚生労働省が行った「生活のしづらさなどに関する調査」によると、発達障害の診断を受けた人は国内に48.1万人いるといわれています。発達障害とは、生まれつきの脳機能の発達の仕方に偏りがあることで起こる障害で、言語や行動、情緒などに特性が認められるものです。発達障害には大きく3つのタイプがあります。1つ目はASD(自閉スペクトラム症)で、「こだわりが強い」「コミュニケーションや対人関係が苦手」といった特性があります。2つ目がADHD(注意欠如・多動症)。「じっとしていることや待つことが苦手」「集中できない」「気が散りやすい」などの特性があります。3つ目がLD(学習障害)で、「読み書きや計算などが苦手」といった特性が見受けられます。

こうした発達障害によるさまざまな特性と、周囲の人、特に保護者が考える「普通」や「常識」「こうしてほしいという願望」などとのギャップを分かりやすく提示して、気づきの醸成や課題発見などにつなげていくツールとして、「GAP MIKKE」を開発しました。

川村 章子(かわむら あきこ)
川村 章子(かわむら あきこ) 電通メディカルコミュニケーションズ プロデューサー、イベントコーディネーター。国内外の講演会、研究会、学会展示、トレーニングなど、大小さまざまな医療系イベントの企画・運営や疾患啓発を目的としたメディア向けのセミナーなどを担当。電通ダイバーシティ・ラボ運営のcococolorではメディカルヘルスケアラボのメンバーとして医療×ダイバーシティをテーマに記事執筆などをおこなっている

林:「GAP MIKKE」という名の通り、「ギャップを可視化する」ことを目的としているので、開発にあたっては、まず、子どもの発達状態が気になると感じているご家族にアンケートやヒアリングを実施しました。

当初、われわれは「発達障害の困り事を可視化しよう」というコンセプトでプロジェクトを進めようとしていましたが、多くのご家族にアンケートやヒアリングを重ねる中で、絶対的に困り事と言えるものばかりではないこと、親にとっては困り事でも、子どもにとってはそうとは限らないことが分かってきました。1つの事象に対して、それぞれの視点で見え方が違う。それを「ギャップ」と捉えて視覚的に見せていくことが、さまざまな理解を促進するのではないかという気づきがあり、ツール開発への取り組みも進化していきました。

林 孝裕(はやし たかひろ)
林 孝裕(はやし たかひろ) 電通 サステナビリティコンサルティング室 部長、電通ダイバーシティ・ラボ代表。戦略プランナーとして、コミュニケーション戦略から、事業戦略、商品開発、イベント・スペースプロデュースに至るまで戦略領域全般に従事。1級建築士の資格を持つ。戦略部門で仕事に従事する一方、2011年より社内タスクフォースである電通ダイバーシティ・ラボに参画。戦略統括を担いながら、ウェブマガジンcococolorの発行人・事業部統括を務め、現在代表。17年「インクルーシブ・マーケティング」を立ち上げ、新しい戦略論として普及促進活動を行う

和田:私自身も子育てをしているのですが、発達の特性がある・ないにかかわらず、どうしても大人の視点から物事を見てしまい、子ども側の視点は見落とされがちだと感じています。ですから、一方向からの視点だけでなく、双方向からの視点で可視化するということに大きな意味を感じているところです。

海東:子どもと保護者の間での感じ方や捉え方、考え方の違い(=ギャップ)が、「おうち」の中のさまざまな場面に存在することが見えてきたので、リビング・寝室・お風呂など部屋ごとのシチュエーションに分けて、発達に特性のある子どもと、その保護者との視点のギャップを可視化しました。視覚的に理解しやすい「マップ」と「カード」に落とし込んで完成したツールが、「おうち育児 GAP MIKKE」です。

おうち育児のギャップを可視化

──発達に特性のある子どもとその保護者の間にあるギャップとは、具体的にはどのようなものでしょうか?

海東:例えば、「食事に集中しない。ご飯もたくさんこぼれて大変」という保護者視点に対しては、「おもちゃやゲームをやりながら、好きに食べたい」という子ども視点が存在します。ここにギャップがあります。その双方の視点をどちらも大事にしてビジュアル化したい、という思いがありました。

海東 彩加(かいとう あやか)
海東 彩加(かいとう あやか) 電通 第3統合ソリューション局所属。ソリューションプランナーとして、コミュニケーション戦略、企業コンサルティング、商品開発、研修パッケージ開発などに従事。電通ダイバーシティ・ラボ運営のcococolorで、「こどもプロジェクト」のリーダーを務め、こどものダイバーシティをテーマに記事執筆やソリューション開発を行っている。他にも、アンコンシャスバイアスの研修開発やLGBTQ+調査などを担当

──家の中で起こるいろいろな事象に対して、同じ事象でも子どもと保護者ではこんなに捉え方が違っている、ということを見せていくのですね。その際、ツールのデザインについてはどのように考えましたか?

和田:林さんがお話ししたように、当初は「困り事」を可視化するつもりでしたが、調査を経て、家庭に存在するのは「困り事」というよりも、保護者側と子ども側の視点の「ギャップ」だと分かりました。そこで、クリエイティブのディレクションにあたっては、ネガティブな表現にならないよう、あくまでフラットに、子ども側の視点が持つ豊かな発想も感じられるようなデザインにしようと考えました。

「おうち育児 GAP MIKKE」デザイン(マップ)
「おうち育児 GAP MIKKE」デザイン(マップ)
  「おうち育児 GAP MIKKE」デザイン(カード)
「おうち育児 GAP MIKKE」デザイン(カード)

和田:必ずしもカードに書かれた特性が、全ての発達障害と診断された子どもに当てはまるわけではなく、それぞれに特性が違います。ですから、このツールは「診断につなげるためのものではない」のです。そこが大事なところで、同じお風呂場のシチュエーションでも人によってはビジョンが違っていて、そうした余白を持たせているところが、このツールを広く活用してもらうための重要なポイントだと思っています。

和田 佳菜子(わだ かなこ)
和田 佳菜子(わだ かなこ) 電通 ビジネスクリエーション局 中部クリエーティブソリューション1部所属。電通入社後、1年間の人材開発局勤務を経て、2008年より中部のクリエーティブ局でコピーライター・CMプランナーとして、多様な業種のコミュニケーションやアウトプットの企画・制作に従事。21年末に「電通DE&Iゼミナール」のメンバーとして指名を受けたところから電通ダイバーシティ・ラボの活動に興味を持ち、特に関心のある「こどもプロジェクト」に参画。ビジネス化のためにクリエイティブの側面から貢献できることを模索中

林:「GAP MIKKE」は、発達障害の診断の有無を越え、いわゆるグレーゾーンも含めた、子どもと保護者の間に起こりやすいギャップを収集し、それを可視化することによって社会全体が発達における多様性について学びながら、社会みんなで向き合っていくためのツールだと考えていただけるとうれしいです。

和田:ギャップを解消することができれば、それはもちろん、ベストで理想的だとは思いますが、開発チームの中でいつも話しているのは、「ギャップがあること自体は悪ではない」ということ。ギャップを埋めたり縮めたりすることだけを目的にせず、ギャップがあったままでも、お互いがお互いの視点に立つこと、尊重することで関係性に変化が生まれたらいいなと思います。

──なるほど。「発達障害の診断ツール」では決してなく、発達障害を起点とした「暮らしの中の課題発見ツール」という位置づけであることがよく分かりました。

当事者だけでなく、企業・社会も一緒になって解決する

──「GAP MIKKE」をこんなふうに使ってほしい、こんな場面で役立ててほしいなど、想定している利用シーンはありますか? また、どのような効果を期待していますか?

和田:今回、発達に特性のあるお子さんがいる保護者にインタビューをした際、ほとんどの方が何かしらの悩みを抱えていたんです。そうした悩みを親子間だけで抱え込まず、社会全体で考えて解決していこう、という形にできたらベストですよね。

対生活者視点の使い方としては、親子参加のワークショップなどを実施して、「私はこういう気持ちでやっているんだよ」「でもお母さんはこう思っているんだよ」というように、親子のコミュニケーションを促進する手伝いができたらいいですね。また、保護者と子どもが使うだけでなく、保育園などで先生たちと子どもという関係性でも使ってほしいです。教育現場も含めて、大人が子どもの思いを知ること、子ども側も大人の考えに気づくこと、相互の見えていなかった部分を認識し合えたらいいなと思います。

川村:私は、子どもの発達障害だけでなく、大人の発達障害の課題にも展開できると思っています。例えば、「発達障害者支援センター」を設置している自治体と連携してできることもあるでしょうし、企業と共に就職支援という視点からの活用も可能性があるのではないかと思います。ここからの広がりこそが大切です。

「こだわりが強い」「コミュニケーションが苦手」「気が散りやすい」など、これらは発達障害の特性としてあげられますが、どんな人にも少しは当てはまる部分があるのではないでしょうか。さまざまな特性や事象がグラデーションになっている中で、一人ひとりの人格が形成されているのだと思います。だから、むしろ「こういうことは私にもあるよな」と、多くの人に自分との接点を感じてもらいながら、周囲に対する理解を深めるきっかけにしていただきたいですね。

海東:発達障害に向き合う方々を対象にワークショップなどで使っていただくのはもちろんですが、企業向けに「GAP MIKKE」を活用したワークショップを実施することで、発達障害の特性の理解に役立て、さらには、課題解決につながるソリューションを一緒に生み出していくといったことも想定しています。

このカードに書かれている保護者の吹き出し部分に着目するとどんな商品が生み出せるか、子どもの思いをかなえることにつながるサービスは何だろうとか、さまざまな視点で商品やサービスを開発するきっかけとしても、「GAP MIKKE」はお役に立てるのではないでしょうか。

「散乱GAP」のカード
「散乱GAP」のカード
「食事GAP」のカード
「食事GAP」のカード

林:ダイバーシティの領域に取り組んできた中で、そこにビジネスセクターが参加しない、さらに言えば人ごとと考えてしまうということは大きな課題だと考えています。ダイバーシティに潜む課題をビジネスや世の中の経済活動と切断してしまうと、どんどん孤立を生んでいくことになってしまうのではないでしょうか。

例えば「家」というテーマであれば、ハウスメーカーが介在することで解決できることがあるかもしれないし、家電メーカーができることがあるかもしれない。玩具メーカーが商品で提供できるソリューションがあるかもしれない。自分たちの事業を通して、人と人が生み出すギャップに対して、何かしらの価値を提供することができないかと企業が考え、そこに参入していく土台をつくっていきたい、とずっと思っています。

マジョリティーがマイノリティーをインクルージョンするというよりは、マイノリティーがマジョリティーをインクルージョンしていく。そんな環境をつくるための、分かりやすいソリューションの一つに「GAP MIKKE」がなれたらいいなと考えています。
 

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