複合的な経営課題を解決する「伝わる経営メソッド」とは?
2024/02/15
「経営は、経営層だけが行うものから社員と一緒に考えるものへ」という考え方をベースに、「伝わる経営メソッド」を開発し、企業の事業変革をサポートしている電通・西井美保子氏。本記事では、イオンモール株式会社(※1)と取り組むプロジェクトについて、同社の戦略部マネージャー・大輪祐子氏と語り合いました。
※1イオンモール株式会社:イオングループの中核企業としてデベロッパー事業を担い、ショッピングセンターの開発・運営に携わる。
〈目次〉
▼いま多くの企業が抱える経営課題とは?
▼伝わる経営のために必要な5つのキーワード
いま多くの企業が抱える経営課題とは?
西井:私は10年ほど前から事業計画を伴う企業コンサルティングの仕事に携わっています。大輪さんとは2021年の、イオンモールの新たなプロジェクト立ち上げからご一緒させていただいています。
電通がさまざまな企業の従業員1000人を対象に、2022年に実施した意識調査(※2)では、「変革に対して自社から情報発信がなされている」と答えた方は9割を超えました。いま多くの企業が変革期を迎えています。未来に向けたビジネスモデルの変革、それに付随するESG経営やSDGs、サステナビリティへの対応などについて多くの従業員が自社の方針を実感していることがうかがえます。貴社はどのような経営課題を抱えているか、改めて教えてください。
大輪:当社はイオングループの中でデベロッパー事業を担い、ショッピングモールの開発から管理運営までを行っています。当社の収益の大部分はテナント様から頂く賃料で成り立っています。1990年代後半から2010年代にかけて、郊外を中心にショッピングモールをどんどん作ったことで収益は拡大していきました。この「賃料ビジネス」があまりにもうまくいきすぎたため、当社は事業変革の必要性を感じていませんでした。
ところがコロナ禍でショッピングモールが休業を余儀なくされると、「いままでのビジネスはもう駄目なのではないか」という危機感から、事業変革を真剣に考えなければという空気が社内に広がりました。そして、2020年に現在の代表取締役社長が着任すると、デベロッパー事業の他にもう一つ柱となるビジネスを作る必要性を訴えました。
西井:コロナ禍によって変革の必要に迫られたわけですね。さまざまな企業を対象にした電通の調査では、変革が必要と感じている従業員は75%で、その変革に対して自ら行動を起こしている人は32%でした。約4割の従業員がどのようなアクションを起こせばいいのかわからないと感じています。
大輪:当社が過去に行ったプロジェクトを振り返ると、直接的に関わってない人にとってはいつの間にか始まり、いつの間にか終わっている感じでした。そして、変革プロジェクトの分厚い報告書が上がってくるものの、従業員はほとんどそれを読んでいない……。そのような状況を見て、もっと社内を巻き込みながらプロジェクトを進めるべきではと思っていました。
西井:私たちは企業の事業変革をサポートするにあたり、その企業の従業員の状態をステージ0から3までで分類しています。ステージ0は変革の方向性自体が定まっていない状態です。そこから変革の方向性を社員が認知、理解して受容し、支持や賛同する。その上で業務変革を行い、内面化(ミッションやビジョンを社員それぞれがきちんと自分の中に落とし込むこと)した上で行動形成していくことが企業に求められます。
会社として目指すべきゴールである「行動形成」に従業員の3割程度が到達し、これらの従業員がより行動しやすいような状態を作る。同時に、ステージ1、2の状態にある従業員がステージ3に移っていく後押しをする。そうすることで経営層が考える変革をドライブさせる環境が作れると考えています。
変革期に直面する企業において従業員のモチベーションをどのように上げていけばいいのか。この問題を経営課題とセットで解決していくのが、私たちが提案している、複合的な課題を解決する「伝わる経営メソッド」です。
私たちがイオンモールと一緒に取り組んでいる「伝わる経営メソッド」は、一言で言うと「経営を、経営層だけがやるものから、社員と一緒に考えていくものに変えていくメソッド」です。ビジョンやミッション、パーパスをアップデートする際に、社内に情報発信して伝えることはあくまで最後の手段としている企業が多いと感じます。というのも、経営は経営層がやるものと考えているからです。
この問題に対して、ビジョンやミッション、パーパスを整理して作るプロセスの中により多くの社員を巻き込み、共創して関係人口を増やすことで透明性の高い活動を行うことが「伝わる経営メソッド」のポイントです。
企業や事業の変革は、トップダウンや、社員だけで考えるボトムアップ型のプログラムではうまくいかない場合があります。伝わらない要因として、多くの従業員が経営層や変革の主体者になりうる方々との距離を感じていることや、現場に変革の意思が伝わってないがゆえに冷めていることが挙げられます。そして、これらの問題を解消していくのが可視化と熱量だと考えています。
私たちは、調整ごとなどを引き受ける事務局ではなく、提示されたものを意思決定していくようなステアリングコミッティでもなく、トップダウンとボトムアップの間にある自ら動いて変革をリードしていくようなドライバー機能を重要視しています。そこがまさにイオンモールが実施しているプロジェクトの肝になっています。
大輪:私は2021年の春に戦略部 戦略グループのマネージャーに着任して、変革のプロジェクトをスタートさせました。新しいことが生まれることが当たり前になる会社にならなければいけないということで、事業計画ほど短期的なものでもなく、経営理念やパーパスほど長期的なものでもない、会社の変革の一つの通過点として2030年ビジョンというものを示すことをまず目標にしました。2030年ビジョンに向けて事業自体を変え、それを行っていく従業員自体のマインド変革も一緒にやっていくという方向性を着任してすぐに経営層に提案し、電通の皆さんの力も借りながらスタートしました。
プロジェクト名は「studio LIFE DESIGN」で、すでに3年目に入っています。このプロジェクトは2030年代の当社の事業を担っていく、すなわち未来の経営層になる世代をメンバーに選び、自分たちの未来は自分たちで決めることをテーマに掲げています。2030年の当社のあるべき姿を考え、アクションを起こすことで社内の風土改革に取り組むプロジェクトです。そして、「イオンモールは地域共創業へ」という2030年ビジョンを決めました。同じ志を持つステークホルダーをつないで、持続可能な地域の未来につながる営みを共創することを目指し、現在は具体的なアクションを考えて実行しています。
※2 出典:電通「企業の変革に関する従業員意識調査」 調査対象:20〜59歳の従業員1000人(大企業従業員600人・中小企業従業員300人・ベンチャー企業100人、男女均等回収)
伝わる経営のために必要な5つのキーワード
西井:「studio LIFE DESIGN」がスタートしてから3年目になります。伝える経営から伝わる経営に変わっていくために、具体的にどのようなことを大輪さんが意識しているか教えてください。
大輪:キーワードは5つあります。1つ目は「透明性が重要」です。今回のプロジェクトを提案する段階で、私は議論の内容や途中経過をどんどん社内に開示していきたいと考えました。そこで西井さんをはじめ、伝えるプロである電通の力を借りています。
西井:伝わる状態を作ろうとして、議論の内容を議事録として残したり、社内報で紹介したりしても、それらを読んでもらえないケースは少なくありません。先ほど述べた企業変革における従業員の状態でステージ2や1の方に対してきちんと伝えていくためには、ビジュアルで直感的に分かることが大事だと考えました。
そこでグラフィックレコーディングをフル活用して、どんな会話がなされていたのか、どんなところがポイントだったのかを1枚絵にまとめました。こうすることで、社内の掲示板や社内報でタイムラグなく発信できたり、統合報告書や株主総会などのIR活動の場でも活用していただいたりと、議論に参加していないさまざまなステークホルダーの皆様にも視覚的に議論の過程を疑似体験していただくことが可能になりました。
大輪:2つ目は「社員を信頼する」です。じつはプロジェクトを立ち上げたときに経営層から「変わらなければという危機感を持っているのは自分たちだけで、従業員は思ってないのではないか」と言われました。しかし実際はそんなことはなく、同期や先輩後輩と話していてもいろいろな人が「変わらなければ」と感じています。実は、同じ想いを持った仲間だったんですよね。でも、変革の必要性を感じていても具体的な行動に落とし込めない社員はすごく多い。ですから経営層は従業員を信用して、行動できる舞台を用意することが必要です。
西井:確かに他社との取り組みの中でも「社員は冷めているんじゃないか、自分たちだけ熱い思いで何を言っても響かない」と相談されることが結構多いんです。でもヒアリングしていくと実はそんなことはありません。例えば全国各地に事業部がある企業であれば、北海道のある支社の誰々さんは変革への意欲がすごく高いといったことが発見できたり、本当に思いもよらないところに味方がいます。企業のなかで先導していくアンバサダーを見つけ、そしてアンバサダーが先ほどのドライバー機能になっていくことがすごく重要だと実感しています。
大輪:3つ目は「人間相手が前提」です。従業員の意識改革という大きなことを言っているんですけど、結局それは一人一人の人間なので思っているようにはいかないことが多い。「studio LIFE DESIGN」プロジェクトの中心メンバーは20人ですが、この20人でも熱量やそれぞれの想いは異なりますから、すべてがスムーズに決まって進んでいくわけではあありません。ですから人間を相手にいかに長期的な目線で付き合っていけるかが大事です。
西井:企業の大きなプロジェクトではKPIやKGIを設定しますが、人間相手な部分があるので数字から見えない部分をきちんと拾っていくように気をつけています。ときにはKPIを柔軟に変えていくことも必要です。
大輪:4つ目は「そもそも長期戦」です。当社は1990年代半ばから成長を続け、20年以上かけていまの企業文化、企業体質ができ上がりました。このように長きにわたって醸成されてきた文化や体質を1年程度で変えられる魔法はありません。ですから、今回のプロジェクトを始めるにあたり、経営層には「少なくとも3年待ってください。会社が変わり始めたかもと従業員の多くが思うには5年はかかりますし、外部の方から貴社は変わりましたねと言われるにはさらに3年から5年はかかる。そんなものですよ」ということを話しました。このプロジェクトを通じて長期的に構えられる耐性がついたと感じます。
西井:最近のKPI調査では、徐々に行動層が増えていますよね。少しずつ積み上げて、変革を行う仲間が増えている実感が数字からも見えてきています。長期的な目線で取り組むことは大事ですね。
大輪:もちろん1、2年で変わる部分もありますが、本当に根本からは時間がかかります。企業によっては「短期間で結果が出ないならやめたら」と経営層から言われてしまうケースがあるかもしれません。そうならないように、経営層ときちんとコミットすることを心がけています。
西井:経営層の方々とどのようにコミュニケーションを取りましたか?
大輪:それが5つ目のキーワードである「未完成に巻き込む」です。プロジェクトにおける私の最初のミッションは、従業員でまとめた2030年のビジョンを経営層に持っていくことでした。そのときは、きちんと固めた状態で持っていくのが正しいと思い込んでいました。われわれとしては1年かけて議論を重ねているから納得感がありますが、それを短い時間で経営層にプレゼンしても根本までは理解してもらえない部分がありました。
いまはビジョンを実際に各部門の事業計画に落とし込んでいったときに何ができるのかを検討していますが、完璧な計画を作るのではなく、未完成の状態で経営層にディスカッションの機会をたくさん設けてもらっています。経営層も一緒に作り上げたアイデアだと愛着が湧くというか、自分のプランになっていくので、積極的に関わって成功に導こうとしてもらえます。経営層を仲間として巻き込んでいくことは大事ですね。
この先のわれわれのビジョンは、いろんなパートナー企業やステークホルダーと一緒に街を共創していくことです。今後はもっと外に広げてイオングループや出店企業をどんどん巻き込んでいきたいです。
西井:挙げていただいた5つのキーワードには、伝わる経営のエッセンスが詰まっています。伝わる経営というのは、経営層だけ、社員だけがやるものでなく、社員と一緒に考えて作り上げていくことが大事ですね。ありがとうございました。