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「見えない」から、見えてくる ブラインド・コミュニケーションとは

2024/09/04

ブラインド・コミュニケーションとは

「パーパスを策定したものの、社員一人一人が自分ゴトにできていない」
「組織が定めるパーパスと、ありたい自分の間にズレを感じてしまう」
パーパスをめぐって、組織と個人の間にギャップが生まれているとの声を最近よく耳にします。

電通PRコンサルティングは、「ブラインド・コミュニケーション」の考え方・手法を採り入れて、個人や組織がこれまで何を大事にしてきて、この先どうありたいのかの言語化を促すワークショップ「ビジョン・クエスト」を開発し、さまざまな企業や団体を支援しています。

記事では、開発に携わった電通PRコンサルティングの石井裕太氏とブラインド・コミュニケーターの石井健介氏へのインタビューを通して、「ビジョン・クエスト」の開発経緯や特長、ブラインド・コミュニケーションの本質や可能性について考えます。

※本記事は、電通PRコンサルティングのウェブサイトに掲載された記事をもとに、追加取材を行い、再編集しています。

 

石井裕太
石井 裕太(いしい ゆうた) 電通PRコンサルティング ステークホルダーエンゲージメント局 コーポレート・コミュニケーション2部 部長/チーフ・コンサルタント。1979年生まれ。電通パブリックリレーションズ(現・電通PRコンサルティング)に入社以来、環境から人権まで、さまざまなイシューを起点にしたコミュニケーション戦略領域全般に携わる。現在は、社会的&経済的インパクトの両立を目指すコーポレート・ブランディングに従事。基本、坊主に白T

 

石井健介
石井 健介(いしい けんすけ) ブラインド・コミュニケーター/ラジオパーソナリティー。1979年生まれ。アパレルやインテリア業界を経てフリーランスの営業・PRとして活動。2016年の4月、一夜にして視力を失うも、軽やかにしなやかに社会復帰。「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」での勤務を経て、2021年からブラインド・コミュニケーターとしての活動をスタート。見える世界と見えない世界をポップにつなぐためのワークショップや講演活動、ラジオパーソナリティーなどをしている。また、失明する前の2012年から、ロッキング・テクニックと声の誘導によるマインドフルネス瞑想、クラニオセイクラルを組み合わせたオリジナルセッションも行っている。UCSD認定Navigating Life's Challenges「MBSR(マインドフルネス・ストレス低減法)」修了 https://kensukeishii.com/

<目次>

視覚を使わないという「ルール」が、人の創造力を開花させる

日頃、頼りすぎている「視覚」を閉じ、腹の底にある言葉を探求する

ブラインド・コミュニケーションの手法でパーパス浸透を支援する

誰もが本来持っている主体性を再生させる

就活にも効く!広がる可能性
 


視覚を使わないという「ルール」が、人の創造力を開花させる

──最初に、お二人の出会いについて教えてください。

石井裕太(以下、裕太):6年くらい前に、僕がワークショップの講師として「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」(※1)に招かれたのが最初でした。健介くんは、そのアテンド(※2) として働いていて、ワークショップに参加してくれていたんです。それ以来、仕事仲間であり、家族ぐるみでの付き合いが続いています。

※1  暗闇の中、視覚障害者の声などで案内を受けながら体験するソーシャル・エンターテインメント。 視覚以外のさまざまな感覚、コミュニケーションを通し、人と人との関わりやつながりをどう育み、保っていくのかを体感できる。https://did.dialogue.or.jp/about/

※2 「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」内で、晴眼者(視覚障害がない人)を案内する視覚障害者スタッフ。

 

石井健介(以下、健介):「PR思考」を学ぶ研修だったのですが、シンプルな言葉で内容を伝えてくれて、その時裕太くんから教わったキーワードは、今も記憶に残っています。

裕太:そう言ってもらえるとありがたいのですが、ワークショップの事前打ち合わせは、実施まで壁にぶつかり続けました(笑)。普段のワークショップであれば、つくり込んだパワーポイントの資料をスクリーンに投影しながら概要を説明しますが、健介くんをはじめとしたアテンドの皆さんは視覚に障害があるので、資料が見えない。事務局の方から「PR思考って一言で言うと何ですか?」「そもそも社会って、どう考えればいいんでしたっけ?」と何度も問いかけられ、必死で考えました。でも、資料の助けを借りずに自分の言葉だけで説明しようとしてもうまく伝えられない……と思い悩んでいたら、「裕太さんも、目を使わなければいいんじゃない?」とアテンドの方にアドバイスをいただき、打ち合わせはアイマスクをするというルールで対話を重ねました。自分の奥底に眠っていた記憶や言葉が次から次に湧き上がってくる感覚があって、最終的に出てきたのは、PRの教科書の1ページ目にあるような言葉でした。

視覚を使わないで対話するという「ルール」は正しさを見つけるためのものではなく、答えのない問いを探求する「ゲーム」のようなワクワク感に近いです。この体験を通じて、視覚に頼っていることに無自覚だといろいろ「分かったつもり」になってしまう、ということを自覚できるようになりました。

日頃、頼りすぎている「視覚」を閉じ、腹の底にある言葉を探求する

──ワークショップ「ビジョン・クエスト」を開発するきっかけについて教えてください。

裕太:ここ4、5年、クライアントから「パーパスやビジョンをつくりたい」あるいは「つくったけど社内浸透していない」といった相談をいただくことが増えてきました。そんなとき、健介くんがパーソナリティを務める「見えないわたしの、聞けば見えてくるラジオ」を聞いていたら、ゲストと健介くんが、視覚に頼らずに崎陽軒の「シウマイ弁当」を食べるというむちゃくちゃな企画にチャレンジしていました(笑)。

健介:「崎陽軒チャレンジ」ね(笑)。リスナーさんも面白がって「私も目隠ししてシウマイ弁当食べてみました」とSNSで報告してくださったりしました。最後に食べたかった「あんず」を途中で食べてしまったり、しょうゆやからしをうまく使えなかったりで、意外と大変なんですよ(笑)。

裕太:健介くんたちの「崎陽軒チャレンジ」を聞いて、多くの人が生活する上で頼りにしている「視覚」を閉ざすと、当たり前の日常が激変し、あらゆることがゲームになるということに気付かされました。

毎日、SNSで文字や写真を見て、動画メディアを倍速でチェックして……現代ほど、視覚情報があふれている時代はないと思うんです。無自覚に視覚に依存しているというか。だからこそ、「視覚」を閉ざして深く内省し、他者と対話できる環境をつくることで、その人にとって大事な思いや根本的な考えが言葉として腹の奥底から出てくるのではないか。さらに、コミュニケーションを取る上で「視覚」に頼れなくなったとき、相手に伝えるために創意工夫をするのではないかという仮説が立ったんです。

「視覚」を閉じて、潜在的な創造力を最大限に引き出す環境をつくる。そこで、社員の皆さんが、パーパスやビジョンを問い直し、企業のパーパスと自分の思いが重なる部分が見つかれば、社員一人一人が企業で働く意味を見いだせる。結果的に、幸せな社員が増えて、その企業が魅力的になる。「視覚」を閉じることは、「パーパスやビジョンが社員に浸透しない」というクライアントの課題解決につながるのではと考え、健介くんにワークショップを一緒につくってもらえないかと相談しました。

ブラインド・コミュニケーションの手法でパーパス浸透を支援する

──裕太さんからの相談を受け、健介さんはどんなことを思われましたか?

健介:僕は、2016年に見えない世界に来て以来、自身の実体験をもとに、「見えないこと」をルールの一つにしたさまざまな「遊び」を考案してきました。さっきの「崎陽軒チャレンジ」もそうですね。ルールが定まると、全て自由なときよりは何をするにも難易度が上がり、人のクリエイティビティは刺激されます。例えば、サッカーはキーパー以外手を使っちゃいけないし、ラグビーは前に投げちゃいけない。そういった、理不尽とも言えるルールを設けることで遊びは楽しくなるし、その制限の下で何とかしようと燃えるのだと思うんです。

裕太くんから相談を受けたときも、特別な場所ではなくていつも働いているオフィスで、視覚を一時的に閉ざすというルールの下、どこまで自分に深く潜れるか、自分の奥底から出てきた言葉をどう表現したら相手に伝わるか、他者とコミュニケーションを取り、どれだけ新たな価値観を知ることができるか、そんなチャレンジができるゲームをつくってみたいと思いました。

裕太:企業のパーパスと自分のパーパスを探求するゲーム(ワークショップ)をつくるなら、その場をいかに創造的にできるかが僕らが提供できる価値です。そこで、健介くんをはじめとした、目が「見える人」と「見えない人(+ほぼ見えない人)」の間をつなぐ「ブラインド・コミュニケーター」の3人と、僕ら電通PRコンサルティングの3人でチームを組み、対話を重ねながらつくり上げたのが「ビジョン・クエスト」です。視界を遮断した状態で言葉だけで伝え合う「ブラインド・コミュニケーション」というアプローチを通して、会社のパーパスと参加者自らのパーパスとの重なりを探求・発見できるワークショップです。その最大のポイントは目を閉じるだけではなく、ブラインド・コミュニケーターとPRコンサルタントがファシリテーターとなり、いざなう探求の世界です。

参加者の思考と対話を促すファシリテーター
ファシリテーター(左)が思考と対話を促し、視覚を閉ざした参加者の内側にある創造性と主体性を引き出す

──ワークショップでは、具体的にどんなことをしますか?

裕太:「ビジョン・クエスト」の参加者は、いつも働いているオフィスの会議室などでアイマスクを着けて視覚を閉ざします。ファシリテーションの下で内省し、10~15年後の203X年から逆算して、「自分のこうありたいな」と思うこと(My Purpose)と、「会社のこうあったらいいな」(Corporate Purpose)の接点を、参加者同士の対話を通じて発見し、言語化していきます。ワークでは未来だけではなく、「これまで自分と会社は何を大事にしてきたのか」という過去と現在も大事にします。2つのパーパスの接点を見いだせれば、会社が目指す在り方の中で、自分はこんなふうに働きたいといったことも見つかりますし、会社の「こうありたい」と社員の「こうありたい」が大きく乖離(かいり)していることが分かれば、もしかしたら会社のパーパスやビジョンを再考する時期なのかもしれない。会社にとっても、個人にとっても幸せな形を模索するきっかけをつくることができます。

アイマスクをしてメモもスマホも見ることができない参加者
メモもスマホも見ることができないので「わかってるつもり」に自ら気が付く

健介:会社のパーパスやビジョンって、言葉としては一つに定まっていますが、社員それぞれ捉え方が違ってよいものだと思うんです。これまでは、「理念がこれなんだから、その通り動け」とトップダウン的に命じる組織が多かったかもしれませんが、今はそうじゃない。会社も社員も、より良い状態(Well-being)を探求し続けることが何よりも大事です。会社のパーパスやビジョンを活用して、社員一人一人の「そもそも」や「これから」を楽しく探し続けることこそ意味があると思い、ワークショップの名前に「クエスト(探求・冒険)」という言葉を選びました。

裕太:「クエスト」と「クエスチョン(問い)」は同じ語源らしいですが、ワークショップでは、自分と相手への問いかけを通して、正解のない未来を探求する営みとも捉えられます。私とあなたと会社が大事にしてきたこと、これからも大事にしていきたいことを認め合い、同じ組織でそれぞれの大事にしていることを実現するにはどうしたらいいかを考えるベースができる。研修のように「1回やって終わり」ではなく、自分や会社のパーパスを探究していくきっかけが、「ビジョン・クエスト」です。

誰もが本来持っている主体性を再生させる

──ワークショップの参加者からは、どのような反響がありましたか?

裕太:「私はこんなことをしたいんだ!」「会社のこういうところが大好きだ」「この仲間と一緒に働けてよかった」など、普段なら絶対に言えないような、青くさい言葉が出てきて驚いたという感想をいただくことが多いですね。普段のコミュニケーションをアップデートし、本質に迫るうえで「ビジョン・クエスト」の核を成すブラインド・コミュニケーションは有効なアプローチだなと思います。

健介:「仕事では横文字を使いがちなのに、実はその言葉を深く理解していなかったと気付いた。もっとシンプルな言葉でクライアントに説明したくなった」といった感想も寄せられていましたね。目を閉じていると、「もっとかっこよく言いたい」「一般的な意見を確かめてから発言したい」と思っても、とっさにスマホで調べたりできませんし、そもそもメモも見られません。まだ言葉になっていないモヤモヤした気持ちや、当たり前すぎて意識していない価値観を、多くの人と言葉を尽くして対話するからこそ、互いの思いや魅力を改めて発見できたりするのかもしれません。

──「ビジョン・クエスト」が、他のワークショップと異なるポイントを教えてください。

ワークショップ参加者の様子
言葉選びや声色に集中した後は、自然と伝わる話し方を心掛けるようになる

裕太:多くのワークショップは、合意形成やアイデア出しを目的としていますが、「ビジョン・クエスト」は、参加メンバーの「主体性を再生する」ワークショップです。そこでは、会社のこと、自分のこと、参加するメンバーのことを深く考えます。そして、自分の言葉で何が大事かを探求していく過程で、会社や仲間を好きになったり、つながりを感じられたりするようになります。他人との共通点や相違点が分かると、会社で働くことの意味を感じられますし、会社や仲間との信頼関係も強化されます。結果的に、社員一人一人のエンゲージメントが高まります。

健介:「そもそも」を問い直すというのは、コストパフォーマンスやタイムパフォーマンスが一見悪い行為に思えますが、「そもそも」が社員一人一人の軸として定まることで、生産性が全体的に底上げされると思います。どんな企業もどんな社員もそれぞれ歩んできた歴史があり、向かいたい未来がある。「ビジョン・クエスト」を一度体験していただくと、時間軸を行ったり来たりする、まとまった時間と場所を人為的につくることの重要性が実感できると思います。

裕太:特に、100年、200年と歴史が長く、ミッドライフ・クライシスに陥っている企業はパーパスの浸透に課題を感じていることが多いです。「ビジョン・クエスト」が、社員一人一人が本来持っている主体性が再生されるきっかけになれたらと思います。

ワークショップ参加者の集合写真
あらゆる立場を超えて、本音と本心でじっくり対話ができるワークショップ


就活にも効く!広がる可能性

──「ビジョン・クエスト」やその土台となるブラインド・コミュニケーションの今後の可能性について、どう考えていますか?

裕太:企業のパーパス浸透だけではなく、若者のキャリア支援や住民主体のまちづくりなど、未来を探求するさまざまなシーンで、「ビジョン・クエスト」は活用できると思っています。

健介:先日は、玉川大学のヲザキ浩実教授からお声がけいただき、芸術学部の学生20人に対して、裕太くんと一緒に「ビジョン・クエスト」を行ってきました。

ブラインド・コミュニケーションで、キャリアプランを探求する大学生
ブラインド・コミュニケーションでキャリアプランを探求する大学生

裕太:学生の皆さんに「そもそも芸術学部に進学しようと思った動機ってなんでしたっけ?」と原点に立ち返ってもらい、そこから10年後の自分や社会のありたい姿を探求してもらいました。ワークショップ後の感想の中には、「役者になりたい、という将来像を目を閉じた状態で言葉にしたことで、小劇場で主役を立てる名脇役になりたい、という具体的な自分のありたい姿に初めて気付くことができた」という声があり、印象に残っています。

健介:僕が印象的だったのは、「自分の10年後を想像したとき、最初に頭に浮かんだのがアートよりも『結婚』。自分にとって『結婚』が大きいものであることが発見でした」という感想。新たな気付きに、本人が一番うれしそうでした。

裕太:「他人の顔色をうかがって話す必要がないので自分の考えやイメージと相手の話す内容にとても集中できた」という感想も多かったです。若い学生であれ、熟練の社会人であれ、ブラインド・コミュニケーションは取り入れやすく、その効果は同じであることも分かりました。

ブラインド・コミュニケーションのすごさは、言葉が腹の底から自然と出てくるという点です。この特長を生かして、ブラインド対談をもとに本音や本心が詰まった「聴く社内報」や「聴く採用広報」といった新たな試みも行っています。整えられた文章、キレイな動画からは伝わらない感情、本音、本心がじっくり伝わり、社員や未来の社員の気持ちを動かす新たなアプローチとして評価していただいています。ブラインド・コミュニケーションによってつくり出される音声コンテンツは、既存のコミュニケーションの在り方をアップデートする可能性を秘めていると思います。

健介:確かに最近の就活生は「飾られたもの、うそっぽさ」をすぐに見破るよね(笑)。本音が伝わるコミュニケーション手法としての可能性も大きいと思います。
 

「ビジョン・クエスト」無料体験会(2024年10月16日開催)のお知らせ
未来を探求する対話型ワークショップ「ビジョン・クエスト」サービス紹介資料を見る
音声で聞く! 電通PRコンサルティングが実施したブラインド・ワークショップ「ビジョン・クエスト」の様子を聴く(「PRX Studio Q」公式note)
「ブラインド・コミュニケーション」とは?|PRの先輩に聞いてみました(「PRX Studio Q」公式note )

 

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