頭痛の原因1位は、「気圧の変化」~気象からヘルスケアを考える
2024/11/25
電通ヘルスケアチーム(※)は、全国20~60代の男女計1万人を対象に、毎年「ウェルネス1万人調査」を実施しています(詳細はこちら)。本連載では、調査結果をもとにヘルスケア領域のトレンドやビジネスのヒントを探ります。
初回のテーマは、「気象とヘルスケア」。
「気圧のせいで頭痛がする」。かつては、「気のせい」で片づけられていた不調理由がいまでは科学的に解明されつつあり、不調をサポートする取り組みが進んでいます。
本記事では、気圧予報に基づく体調管理アプリ「頭痛ーる」を開発・運営するベルシステム24の飯山隆茂氏(気象予報士)と、気象と頭痛の関係について研究する勝木将人氏(脳神経外科医)をゲストに迎え、電通ヘルスケアチームの山口久子氏が調査結果をもとに話を聞きました。
※電通ヘルスケアチーム:ヘルスケア領域のターゲット戦略やビジネスモデルの策定から開発、市場投入、コミュニケーション施策までをワンストップでサポートする専門組織。
<目次>
▼最近の気象、なんか変。何が起きている?
▼片頭痛の患者は日本に1000万人。治療を受けているのは1割
▼頭痛ケアに一石を投じたアプリ「頭痛ーる」
▼気象×ヘルスケアは、今後注目される領域
最近の気象、なんか変。何が起きている?
山口:電通ヘルスケアチームは2007年から毎年、「ウェルネス1万人調査」を行っています。調査では、生活者の健康意識や行動、ヘルスケア領域における最新動向や市場ニーズについて経年の変化を調べています。さらに、調査結果をもとにしてヘルスケア領域のビジネスサポートなどを行っています。
調査は約70の設問を聴取しています。設問内容は基本的に毎年同じですが、2024年は気象に関する要素も加えました。頭痛、耳鳴り、だるさなどの不調の要因を選んでもらう際に、気温、気圧、湿度の変化といった気象に関する選択肢も設けました。
山口:結果を見ると、不調の要因について、「気圧の変化」を挙げる方が多いことが分かりました。特に頭痛については、「気圧の変化」と答えた方が55.5%にも上り1位です。「耳鳴り・耳の閉塞感」では2位、「だるさ」「集中力不足」などでは3位になっています。
今年は豪雨が多かったり、気温差が激しかったり、例年以上に気象がおかしいと感じています。そこで本調査では、不調と気象の関係について探ったわけですが、気象予報士でもある飯山さんは最近の気象の変化をどのように捉えていますか?
飯山:地球温暖化などによって気温や海面水温が高くなる傾向があり、それが気象に影響を与えています。気温が高いほど、空気は多くの水蒸気を含むことができます。海では、海面水温が高くなると海水の蒸発が活発になります。空気中の水蒸気が増えることで雨雲が発達しやすくなります。
山口:今年は、日本を襲った超ノロノロ台風も話題になりました。温暖化は台風にも影響しますか?
飯山:はい。海水温が高いと台風の勢力は強くなるし、勢力が長続きします。日本周辺の海水温が高くなると、勢力を保ったまま日本列島に上陸する恐れが高まります。
山口:ゲリラ豪雨も多いですよね。
飯山:地上は猛暑だけど上空には寒気が入っている、というように、地上と上空の温度差が大きいと空気はどんどん上昇して雷雲ができやすくなります。朝から猛暑で午後にゲリラ豪雨というパターンは以前よりも増えていますね。
山口:「雨が降ると気圧が下がる」「台風が近づくと気圧が変化する」と言われますが、そもそも気圧とは何でしょうか?
飯山:気圧とは、空気の押す力のことです。空気は地面や地上にあるもの、例えば、私たちの体も押しています。雨雲が発生するときは上昇気流が起きやすく、空気の押す力が弱くなる。つまり低気圧になります。
山口:温暖化は気圧にも影響を与えているのですね。
片頭痛の患者は日本に1000万人。治療を受けているのは1割
山口:今回の調査では、不調の要因に「気圧の変化」を挙げる方が多く見られましたが、この結果を、臨床で頭痛の患者さんと接されていて、頭痛の研究もされている脳外科医の勝木先生はどう捉えていますか?
勝木:天気が悪くなると頭痛などの不調が起きやすくなることは、経験的に医療関係者は分かっていました。しかし、医学的に証明した論文は少なく、昔は「都市伝説的」な扱いでした。「ウェルネス1万人調査」という大規模な調査の結果が持つ意味は大きいと思います。
山口:気圧が変化するとなぜ頭痛が起こるのでしょう?
勝木:耳の奥の「内耳」という器官には、気圧の変化を感知するセンサーがあります。このセンサーが気圧の急激な変化を感じ取ると、それを脳の中枢にある自律神経に伝えます。それで体がびっくりして、交感神経と副交感神経のバランスが崩れて体調が悪くなるといわれています。さきほど飯山さんがおっしゃったように雨雲が発生すると気圧が下がりやすくなります。その時に頭痛を感じる人が多いのではないでしょうか。
山口:なるほど。ところで、頭痛に悩む人はどれくらいいるのでしょうか?
勝木:片頭痛の患者は日本に1000万人いるといわれています。そのうち、ちゃんとした治療を受けている人は1割程度。多くは、「そういう体質だから」という意識で済ませています。頭痛がすると薬を飲む人もいますが、薬の飲み過ぎがさらなる頭痛を引き起こすこともあります。
山口:自分の体調を、リテラシーを持って把握できていない、と。
勝木:そうです。私たち医療関係者としては、きちんと治療してほしいという思いがあります。最近、「気象病」が話題になり、いろいろなメディアで取り上げられるようになったことで受診する人が増えてきたのは良いことだと思います。
頭痛による経済損失は、一人当たり年間176万円にも上ります。頭痛は、腰痛、不眠症とともに、経済損失につながる(健康寿命を脅かす)代表的な病気のトップ3に入っています。頭痛がひどくて仕事を辞めざるを得ない人もいますし、学校生活に深刻な支障をきたす人もいます。
山口:改めて、頭痛は私たちの生活に大きな影響を与えると感じます。どのような対処方法がありますか?
勝木:頭痛は、気圧の変化の他、睡眠不足、ストレス、食事、月経によるホルモンバランスの変化などによって引き起こされるといわれています。頭痛に悩む人は女性が圧倒的に多いです。
対処方法としては、まず、規則正しい睡眠を取ることが大事です。それから、食事の見直し。空腹状態が続いたり、急にお腹がいっぱいになると頭痛が起こりやすくなります。他には、耳栓をしたり、サングラスをかけたりすると気圧の変化が和らぐといわれています。はっきりとしたエビデンスはないですが……。私も頭痛持ちで、飛行機や新幹線に乗るときは耳栓をしています。耳のマッサージも有効かもしれません。
セルフケアで改善しない場合は、頭痛外来や脳神経内科・外科を受診してください。市販薬とは違う薬を処方してもらえますし、月に2回以上の片頭痛があると、予防治療の適応になります。
頭痛ケアに一石を投じたアプリ「頭痛ーる」
山口:お二人のお話から多くの人が頭痛に悩んでいて、頭痛には気象が関係していることが見えてきました。気圧予報で体調管理ができるツールとして、飯山さんが在籍するベルシステム24は、アプリ「頭痛ーる」を開発・運営していますね。どんなアプリでしょうか?
飯山:「頭痛ーる」は、2013年にリリースされました。先ほど勝木先生がおっしゃったように、当時は「低気圧が近づくと頭が痛くなる」ということが都市伝説的に語られていました。そこで、天気と頭痛の関係を解明したいという思いから開発がスタートしました。
飯山:アプリには、気圧の変化を予測して知らせる機能や、どのような気象条件で不調になったかユーザーが記録できる機能があります。記録を10回つけると、自分の痛みの傾向と気圧変化の関係を分析して教えてくれます。
2013年のリリース時は1カ月で登録者が4万人に達しました。2024年10月時点の登録者は1,900万人です。SNSでも情報発信を行っていて、例えばXでは、毎日の気圧予報や、頭痛、気象病に関することなどもポストしています。Xのフォロワーは約36万人(2024年10月16日時点)います。
山口:多くの方に利用されていますね。
飯山:手軽に使っていただけるように、アプリの機能はできるだけシンプルにして、記録は3タップほどでつけられるようにしています。気圧などの気象情報を知らせることよりも、ユーザーに気象と自分の体調の関係を把握してもらうことに主眼を置いています。
山口:どんな反響がありますか?
飯山:アプリのレビューには、「気圧の変化が頭痛の原因だとわかった」というコメントが寄せられています。頭痛と気象の関係性への理解が深まったという方も多いです。
勝木:「頭痛ーる」は、日本の頭痛患者をいま一番モニターできるツールで大変貴重です。私は気象と頭痛の関係を科学的に証明したくて、2021年に「頭痛ーる共同研究チーム」に加わりました。片頭痛と思われるユーザー4375人の1年分のビッグデータ(30万件の頭痛記録)を用いて調査した結果、天気の変化と頭痛の発生に相関があったことが分かり、論文にまとめました。
飯山:論文は、たくさん引用された論文に贈られる「Top Cited Article 2022-2023」を受賞するなど、世界的に注目されましたね。
山口:「頭痛ーる」は、気象×ヘルスケアの象徴的な取り組みですね。アプリに集まるビッグデータは、ヘルスケア領域でさまざまな活用ができそうです。
気象×ヘルスケアは、今後注目される領域
山口:気象×ヘルスケア領域で、今後取り組んでいきたいことを教えてください。
飯山:現在、「頭痛ーる」は、健康管理に役立つスマートウォッチ「Fitbit」との連携を進めています。心拍数や睡眠時間など、気象以外のデータも取り入れて、頭痛に悩む方の体調管理を支援する狙いがあります。ヘルスケアのデバイスでデータを取っている企業は他にもあるので、そのような企業との連携も考えていきたいですね。
勝木:体や活動量に関するさまざまなデータを活用することで頭痛が起こる原因が明らかになり、苦しむ人が減るとうれしいですね。
飯山:頭痛だけでなく、さまざまな気象病に役立つアプリに育てていきたいという思いもあります。そして、気象病は大人だけでなく、子どもやペットもなることが分かってきています。アプリには今年7月にお子さんやペットの記録もつけられる機能を追加しました。集まったデータを分析して気象病の認知を広げていきたいです。
山口:気圧だけでなく温度、湿度の変化が起こすさまざまな不調に対応できるようになると、ウェルビーイングにもさらに寄与しそうです。
勝木:私は脳神経外科医なので頭痛が専門ですが、頭痛以外の病気や体の不調も気象と深い関係があると考えています。急激に気温が下がると脳卒中や心筋梗塞を引き起こす恐れがありますし、私たちの研究では、メニエール病のような耳鳴りや耳の閉塞(へいそく)感には温度と湿度が関係していることが分かりつつあります。気象とヘルスケアの領域は、今後注目されていくのではないでしょうか。
山口:おっしゃる通りですね。私たち電通ヘルスケアチームは、今後も「ウェルネス1万人調査」を続けながら、さまざまな社会課題とヘルスケアの関係を探っていきたいと思います。本日はありがとうございました。