サウナで大喜利!?日立製作所の企業広告がSNSやメディアで話題になったワケ
2024/12/23
顔が見えにくいBtoB企業が、これからの社会を担う世代と、どのようにコミュニケーションを取ればよいか?多くの企業が悩む「お題」に、「サウナ×大喜利」というアイデアで答えた日立製作所の取り組みを紹介します。
渋谷に登場した「社会をととのえるサウナ」、真空ジェシカのお二人と渋谷凪咲さんがサウナで大喜利に挑戦する動画「とと脳」、SNSやPRでの多面的なプロモーション……。従来のマス広告、ウェブ広告に頼らない新しいアプローチで、「日立は社会課題解決に取り組む企業」を印象づけたプロジェクトの中身とは?
プロジェクトを主導した、日立製作所の若林瑞希氏、電通のビジネスプロデューサー岸浪卓志氏、コミュニケーション・プランナー徳光一蕗(いぶき)氏に話を聞きました。
20~30代をターゲットにブランディングを行った理由とは?
──日立製作所(以下、日立)は、2024年9月26~29日に、渋谷のサウナ施設「渋谷SAUNAS」で、「サウナで『お題』に向き合う」という体験を提供する「社会をととのえるサウナ」をオープンして話題になりました。まず、施策を立ち上げた背景を教えていただけますか?
若林:20~30代をターゲットに、日立という企業をもっと知ってもらうためのコミュニケーションが必要ということで、このプロジェクトを立ち上げました。私は、コーポレートブランディングの宣伝担当として、日立のブランドコミュニケーションを普段から考えています。日立に対して「家電メーカー」のイメージを抱く方が多いのですが、じつは売り上げの96%は家電以外のビジネスです。エネルギー、モビリティ、ヘルスケア、インダストリーなど事業領域は幅広く、デジタルの力で暮らしやビジネスを支える事業をグローバルに展開しています。
──日立というと、冷蔵庫や洗濯機といった家電がまず頭に浮かびますが、さまざまな事業を行っているのですね。
若林:日本では日立という企業名は広く知られていますが、知名度のわりに「どんな事業を行っている企業なのか?」という部分はあまり知られていません。中長期的な視点では、次世代のビジネスを牽引(けんいん)する20~30代に向けてメッセージを発し、彼らが自分たちのプロジェクトを行う際にパートナーとして想起してもらえる存在にならないと、企業としての成長はないと考えています。とはいえ、20~30代にターゲットを絞ったコミュニケーションは当社としてこれまで行ったことがなく、彼らのインサイトを分析してアプローチを考えるには課題も多く……。そこで、ターゲット世代に関するデータや知見を豊富にお持ちの電通さんにご相談しました。
岸浪:私も日立さんの担当になったばかりのタイミングだったこともあり、若林さんのお話を伺って、日立は110年以上の歴史の中で培ったITやOT(制御・運用技術)、プロダクトを組み合わせて、顧客や社会の課題を解決する「社会イノベーション事業」を展開していることを知りました。ターゲットとのコミュニケーション方法として、SNSやPRを中心にしたいと希望されましたね。
若林:日立は製品の広告と並行して、今までもCMやオウンドメディアを使い、「社会課題解決に挑戦している日立」というコーポレートブランディングを行っています。ですが、今回、20~30代という特定の層に絞ったコミュニケーションに挑戦するにあたり、従来の広告以外のアプローチもあるのではないかと思ったのです。
ですから、電通さんとのミーティングの場でも、「日立ナラティブ(日立側の物語)」ではなく、「ターゲットナラティブ」のコミュニケーションにしていきたいということをお話ししました。ターゲット層の生活や価値観という文脈の中で、日立との接点を見つけることができれば、私たちが発信するメッセージを受け取ってもらいやすくなるのかなと。
徳光:若林さんの方でやりたい方向性が明確にあったので、私たちとしてはまずは、その思いを言語化して、どういった手法でアウトプットしていくのか、一緒に考えることからスタートしました。
――若林さんがSNSを活用したPRにこだわった理由は?
若林:近年は、「社会課題の解決」を掲げる企業も増えている中で、「当社の〇〇というソリューションで社会課題を解決します」と、CMやオウンドメディアでアピールしても、見た人は既視感があるというか、他社と差別化を図ることは難しいと思ったんです。
特に今回は、ターゲットの年齢層を絞っていることもあり、従来のペイドメディア(企業が費用を支払って掲載する広告)だけの訴求では限界があると感じていました。なので、確実にターゲットに訴求するためには、SNS上で発話を増やして話題化させるなどの広がりが期待できる、TVやウェブのニュースで取り上げられる取り組みや、ソーシャルメディアを使ったコミュニケーションは欠かせないと考えていました。
徳光:30秒CMや短尺動画制作は電通の得意領域ですし、ストレートに訴求できるといえばできるのですが……。それが結果的に他社と差別化が図れずに埋もれる広告になってしまうのだけは避けようという思いは、3人共通で持っていたと思います。いかにこれまでにないアプローチ方法で訴求していくのか、ここは私たちにとっても大きな挑戦でした。
岸浪:ただ、日立さん側の課題ややりたいことの方向性を整理して、いざアウトプットしていこうとなったときに、これをどう戦略的にクリエイティブに落とし込んでいくのか、そこは相当悩みましたね……。
徳光:そうですね。ソーシャルメディアを使ったPR方法はいろいろありますが、その手法を使って、「日立は創業以来、社会課題を解決している企業」というコアメッセージをどう届けていくか――。ここがチームで最初にぶつかった壁でした。
サウナで大喜利!?日立は、「社会をととのえる」企業
――まさに生みの苦しみだったと想像しますが、そんな中で「サウナ×大喜利」といったアイデアはどのようにして生まれたのでしょうか?
岸浪:最初のブレークスルーは、やっぱり「社会をととのえる」というキャッチコピーが生まれた瞬間かなと思いますが、どうですか?
若林:そうですね。
徳光:このプロジェクトでは、BPの岸浪さん、ストラテジックプランナーであり、全体の統合コミュニケーション・プランナーを担当していた私のほかに、アートディレクター、コピーライターのクリエイティブチームも一緒に動いていて、このクリエイティブチームから出てきたコンセプトコピーが、「社会をととのえる」だったんですよね。ととのう=若者のサウナブームにも引っ掛かっていて、このプロジェクトの大きな柱が生まれた瞬間だったと思います。
若林:「日立は創業以来、社会課題を解決しています」というコアメッセージをダイレクトに伝えると、それは「日立ナラティブ」な文脈ですが、「社会課題を解決する→社会をととのえる」になると、一気に若者のライフスタイルに寄り添う「ターゲットナラティブ」に変化する。このコンセプトが生まれて、一気にサウナイベントをやっていこうという流れになっていきました。ただ私としては、このイベントだけ実施して終わりとなってしまうと、「サウナ好き」という限られた層にしか届かず広がっていかないのではという思いもあり、SNS上で発話量を増やして話題化させるという最初の目標に立ち戻り、ソーシャルメディアを活用したコミュニケーションについても、チームの皆さんにいろいろなアイデアをいただきました。
徳光:私としては、もう一つのブレークスルーのポイントはここだったかなと思っています。ソーシャルメディアを使って話題化させようとなったときに必要になるのが、エンタメ性です。「日立は創業以来、社会課題を解決しています」というコアメッセージにエンタメ性をどのように付加できるかチーム内で考えを巡らせたわけですが……。
若林:動画制作という手段は決まった中で、ターゲットに刺さるクリエイティブをどうやって作っていくのか、その表現方法は相当悩みましたよね。そんな中で、日立の事業や提供するソリューションを直接的に打ち出すのではなく、日立が向き合っている社会課題そのものを「お題化する」というアイデアを提案してくださって、これだと思いました。
岸浪:そうですね。社会課題をお題にし、大喜利としてエンタメ化させる——。このフレームワークを見つけたことで、またもや立ちはだかっていた壁を破ることができたかなと思っています。その結果、お題だらけのサウナというイメージも生まれ、全体のコンセプトにうまくつながっていったと思います。
「いかに日立のことを言わずに、日立のことを知ってもらうか」という発想
──「社会をととのえるサウナ」とともに、真空ジェシカのお二人と渋谷凪咲さんを起用した動画「とと脳」も話題になりました。
若林:動画は、お題が出題されつづけるサウナ「とと脳」に、真空ジェシカのお二人と、渋谷凪咲さんが訪れて大喜利をするという内容です。
〈渋谷凪咲編〉
〈真空ジェシカ編〉
徳光:制作にあたっては、広告としての映像ではなく、あえて、コンテンツとしての映像として作り上げるために、放送作家の方々に制作を依頼することにしました。なので、大喜利は「ガチ」になっています。撮影にあたり、真空ジェシカのお二人と渋谷凪咲さんには動画のおおまかな構成をお伝えしただけで、大喜利の答えは用意しませんでした。
──台本はなく、ぶっつけ本番で大喜利をしてもらった?
岸浪:そうです。お題にどう答えるかはご本人におまかせしました。従来の企業広告にはない新しい試みでしたね。
若林:撮影が始まるまで、みんなドキドキでしたよね(笑)。撮り直しもできない一発勝負でしたし。怖くもあり、楽しくもありました。
徳光:でも、撮影後の編集は大変苦労しましたよね。ただ面白いだけではダメで、きちんと広告的な文脈にしなければならない。私としては、このプロジェクトの中で一番の山でした。
岸浪:撮影後、1カ月間、みんなで議論しながら編集しましたね。
徳光:ただ動画がバズれば良いわけではないですから。日立は社会課題を解決している企業で、どんなことを行っているのかが伝わらないと意味がない。素材の面白いところを切り抜きつつ日立さんのメッセージを掛け合わせるのが大変で……。放送作家のチームと一緒に、今までにない広告の作り方をして、教科書がない作業をしているなと思いました。
結果的に約17分もの動画になったわけですが、試行錯誤をする中で、「いかに日立のことを言わずに、日立のことを知ってもらうか」という発想に切り替えました。結果、前半13分間は、真空ジェシカのお二人と渋谷さんがサウナで自由にお題に答え、最後の4分間で、日立のメッセージを伝える内容にまとめました。
──サウナイベントと動画以外には、どのような施策を行いましたか?
若林:サウナイベントをメディアでPRするとき、渋谷凪咲さんにアンバサダーを務めていただきました。サウナの内覧会の様子はインフルエンサーを起用してSNS発信をお願いしたり、自社のウェブメディアやSNSでも発信したりしました。イベントのPRは、エンタメ系と経済系の両軸で行いました。
エンタメ系のメディア向けには、記者会見で渋谷さんに日立が向き合う社会課題をテーマにしたお題に大喜利で答えていただき、「日立=社会課題に取り組んでいる企業」だと印象づけたいと考えていました。経済系のメディア向けには、当社広報が主体となってニュースリリースを発信したり、イベントの内覧会を活用しながら「なぜ日立がサウナ?」という企画意図を説明したりすることで、いろいろなテレビやウェブメディアに取り上げていただきました。エンタメ系のPRはファンの方を中心にSNS上で話題になること、経済系のPRはビジネス情報をこまめに見ている層に届けることが狙いで、両方面ともに大きな反応がありました。
カルチャーを共有できる同世代がワンチームとなったことが成功要因
──サウナイベント、動画、SNS、PRと、従来のマス広告に頼らない展開を行ったわけですが、プロジェクトに対する反応はいかがでしたか?
若林:イベントに参加していただいた方からは、「日立が多くの社会課題に取り組んでいると初めて知り、好感を持った」「お堅い会社だと思っていたが、柔軟な発想でコミュニケーションしていてイメージが変わった」といった声をいただきました。
徳光:動画を見た人からは、「面白いコンテンツと思って見始めたら、日立の広告で意外だった」というコメントがありました。「なんだ、広告か」というネガティブな感じではなく、「あれ?これ広告なんだ!」とポジティブに捉えていただいたことが伝わってきました。好意的に捉えてもらえる広告を目指していたので、とてもうれしかったですね。
岸浪:自分たちが伝えたかった思いが伝わった感じがして、私も動画のコメントは本当にうれしかったです。SNSでも話題になりましたし。広告は基本的に「伝える」ことが主眼になりますが、「自然に伝わる」コミュニケーションをしていくことが大事だとあらためて実感しました。
徳光:SNSなどアーンドメディアでのコミュニケーション設計は、施策に対してどのようにユーザーが反応してくれるか、マス広告以上に考える必要があって遠回りに見えます。しかし、今回のサウナイベントや動画のように、多くの人に面白いと思ってもらえるコンテンツや場所を作り、その中で最終的に広告につなげていく手法は、今後も大事になってくるのではないでしょうか。
──今回のプロジェクトは、BtoB企業と生活者の新しいコミュニケーションの形を見せてくれたわけですが、施策の内容の他にも成功した要因はありますか?
岸浪:「クライアント対電通」という形でなく、ワンチームでプロジェクトを企画・実行できたことですね。プロジェクトをスタートし企画立案をしていく中で、徳光さんが中心となり課題を整理しながら、みんなで忌憚(きたん)なく意見を出し合うチーム感が自然と生まれていった気がしています。
若林:そうですね。日立がオリエンをして、電通さんに提案をもらうというスタイルではなく、最初から一緒に作り上げていったので、みんなが同じ熱量を持って取り組めましたよね。
若林:「サウナ×大喜利」というコンセプトを決める過程や、動画を企画する過程は苦労しましたが、度重なる話し合いのおかげで早い段階からお二人とは信頼関係を築けていたので、「最後は絶対に良い形になる」と信じていましたし、実際にそうなったと思っています。
徳光:ありがとうございます。「BtoB企業の生活者とのコミュニケーション」「20~30代という特定のターゲット設定」「マスやウェブ広告に頼らない手法」「約17分にも及ぶ動画制作」と「お題」が多くて、キャンペーン・プランナーとして初めての挑戦ばかりでした。
若林:私にとっても初めての試みばかりでしたが、企画で迷ったときは、「創業から110年以上、日立は社会課題を解決している企業である」という、本プロジェクトで伝えたいコアメッセージに立ち返ることを心掛けました。
徳光:もう一点、プロジェクトの成功要因としては、私も若林さんも岸浪さんも同年代で、今回のプロジェクトのターゲット層だったことも挙げられます。「同じ世代だからこそ分かる」という感覚を大事にして、ターゲット層との接点を探しました。
岸浪:たしかに、同じ年代でプロジェクトを進められたのは大きな成功要因かもしれません。
徳光:たとえば、タレント起用において、一般的な広告制作の場合はターゲット層の認知率や好意率といった「数字」を提示してクライアントを説得していくわけです。しかし、数字で全てが判断できるわけではなく、「人が動きそうか」というのはリアリティや感覚を持って判断しないと、いいクリエイティブは作れないと思うんですよね。今回は、「数字」だけにとらわれず、自分たちプロジェクトのメンバーが、「この人なら視聴者に見てもらえそう」という感覚を大事にして、素早く意思決定できました。
若林:大喜利のアイデアが出たとき、すぐ、真空ジェシカのお二人が頭に浮かびました(笑)。もちろん、企画全体はロジカルに詰めていくんですが、こういう感覚的なところもチーム内で共感し合うことができたので、最後までみんなで同じ方向を向いて進められたのだと思います。
徳光:クライアントと広告会社という関係性を超えて、ワンチームになったことで、私自身すごく楽しくプロジェクトを進めることができましたし、それが施策のアイデアや内容にも表れているのではないかなと思います。
──今後はどんなことに挑戦していきたいですか?
若林:次世代を担う層に日立を知っていただくことはとても重要なので、引き続き取り組んでいきたいですね。加えて、日立は売り上げも従業員も日本以外の地域が過半数を占めているので、グローバル規模でのコーポレートブランディング強化が必要だと考えています。
今回のプロジェクトでマルチメディアを活用するインパクトを実感したので、この経験を、日本も含むグローバル地域での日立ブランド認知向上の施策につなげていきたいです。
岸浪:20~30代に向けたコミュニケーションは今後も必要ですね。今回のプロジェクトは、日立さんとして初めてで目新しさがあり成功しました。もしも第二弾を行うとするとハードルが高くなりますが、いずれにしても、引き続き日立さんの事業成長のお手伝いをしていきたいと考えています。
徳光:今回のプロジェクトを経験して、企業と生活者のコミュニケーションの可能性を大いに感じました。今後は、自分と同世代ではないターゲットにもきちんとメッセージが伝わる広告やキャンペーンを作っていきたいですね。
──今回お話を伺って、マス広告やウェブ広告以外のコミュニケーションの可能性を感じました。本日はありがとうございました。