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「日本の広告費」特別対談No.10

「マスコミをやめる宣言」の真意は?地方メディアの現在地

2025/03/19

静岡新聞社/静岡放送 大石剛氏(左)、電通 北原利行氏
静岡新聞社/静岡放送 大石剛氏(左)、電通 北原利行氏

2024年 日本の広告費特別対談。今年は、地方新聞社と地方テレビ局にスポットを当てます。

新聞・テレビの広告費が伸び悩む中で、地方メディアはどのように活路を見出していくのか?

今回ゲストにお迎えしたのは、静岡新聞社 代表取締役会長、静岡放送 取締役を兼任する大石剛氏。2021年に「静岡新聞SBSは、マスコミをやめる。」と宣言した、その真意とは?電通メディアイノベーションラボの北原利行氏がお話を伺いました。 

<目次>
記者の数を減らさずにコンテンツの量を増やす

今の最重要課題は記者の「質」を上げていくこと

テレビ局としては、ショート動画の制作にも力を入れる

「マスコミをやめる宣言」の真意は?

デジタルファーストの切り札は?新聞社向け統合編集システムの導入 

 
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「2024年 日本の広告費」解説──3年連続で過去最高を更新。マスコミ四媒体広告費が3年ぶりのプラス成長

記者の数を減らさずにコンテンツの量を増やす

北原:日本の総広告費は、3年連続で過去最高を更新しています。その原動力は前年比109.6%となったインターネット広告費で、総広告費の半分に迫る勢いを見せました。

媒体別構成比

一方、マスコミ四媒体広告費は前年比100.9%で、各メディアの前年比は、新聞が97.3%、雑誌が101.4%、ラジオが102.0%、地上波と衛星メディア関連を合わせたテレビメディアが101.5%となっています。この結果を大石さんはどう捉えていらっしゃいますか?

大石:「この先」の傾向がはっきり見えた感じがします。テレビは少し持ち直したものの、新聞は3年連続下落が続いている。新聞と連動して折り込み広告も下落(前年比94.8%)していますね。インターネットは今後も伸長が見込まれるのに対し、紙媒体はより厳しくなっていくでしょう。

新聞広告費(直近5年間)テレビメディア広告費(直近5年間)北原:デジタル全盛の時代に、静岡新聞社と静岡放送を中核とする静新SBSグループは、どのようなことを経営の念頭に置いていますか?

大石:常に社内でも言っていますが、私たちの役割は、静岡県民の暮らしが豊かになるために「情報を届ける」ことです。電波、紙、ネットというのは、そのための手段、言い換えるとツールでしかない。あくまでも本質は「情報を届ける」ことにあるので、時代に合わせてツールを使いこなしていけばいいと考えています。

北原:中央紙と静岡新聞の違いをどのように捉えていますか?

大石:地方紙は地域に密着したメディアで、住民との距離がとても近いということが特徴です。例えば、自分の子どもが静岡新聞に取り上げられたということで、「その写真が欲しい」と新聞社に電話をいただき、お譲りしたといったケースもあります。静岡放送も含めて、地域の皆さんの暮らしに密着する姿勢は、今後もブレることなくやっていきます。

北原:近年、新聞社とテレビ局といったマスメディアはビジネス面で厳しい状況が見受けられます。そこで、人員を整理して、DXによる生産性向上を進める企業もあります。こうした点についてはどのようにお考えですか?

大石:私は、どんな状況であろうと、記者の数は減らすべきではないと考えているんです。先ほどツールという話をしましたが、ウェブなどから新興メディアが出てきて、私たちのツールの面での優位性は薄れています。そんな中で、伝統的メディアの強み・武器といったら、それは取材力。つまり記者の力なんです。 

紙と電波に加えて、インターネット、アプリと、私たちが情報を伝えるためのメディアが増えることで、いろいろな人に接触していただけるようになりました。そのぶん、要求される情報の「幅」は大変広くなっています。幅広い生活者のニーズに応えるためには、魅力的なコンテンツをどんどん発信しなければなりませんから、コンテンツのつくり手=記者は、減らせません。

北原:「記者を減らさず、コンテンツの量を増やす」ことが大きなテーマになる、と。これからの地方メディアに必要なことは何でしょうか?

大石:いろいろあるのですが、一つは経営の合理化です。記者は減らせないとしても、広告も減り、購読者数も減るといった状況ですから、バックヤード業務のDXや、グループ内の管理部門の統合といったことを進めています。もう一つは、「デジタルファースト」の姿勢を徹底していくことです。つまり、従来のように新聞や放送がメインで、ネットにも情報を流用するというのではなく、最初からデジタルの出目を意識して取材し、コンテンツをつくっていくことです。 

今の最重要課題は記者の「質」を上げていくこと

大石氏
大石氏

北原:デジタルファーストというのは、今日の重要なテーマですね。生活者はスマートフォンでの情報接触が主流になっています。静新SBSグループのデジタルファーストへの取り組みについて、まず新聞からお話を伺えればと思います。

大石:新聞については、紙の静岡新聞と、電子版「静岡新聞DIGITAL」を展開しています。

北原:紙の新聞の今後については、例えば2024年に三菱重工業が輪転機の製造中止を発表しました。さらに世界に目を向けると、「ニューヨーク・タイムズ」などは電子版の売り上げの方が大きくなっており、紙は世界的に縮小傾向です。今のペースでいけば、遠からず紙で新聞を発行することの限界が来るかもしれませんが、この点について長期的な見通しはいかがでしょうか?

大石:紙の静岡新聞をどの程度残すのかは、もちろん読んでいただく県民の皆さまの状況を踏まえて判断していきますが、私は紙の新聞へのニーズが完全になくなることはないと思っています。規模は分かりませんが、これからもずっと続いていくのではないでしょうか。ただし、現在のように大量に刷るという形ではなくなっていくでしょう。

北原:先ほど、記者の数は減らさずにコンテンツ量を増やすというお話がありましたが、新聞においてはどのような取り組みをしていますか?

大石:もともと新聞社は、一人の記者が書く原稿、つまりコンテンツの量は、かなり限られていました。というのも、何人かの記者が取材した内容を、キャップやデスクがまとめてから記事化する「リレー方式」だからです。

しかし、私たちのような地方紙はリソースに限りがあるので、より効率化が求められます。一人の記者ができるだけ多く原稿を書き、迅速に発信するために、記者一人一人の能力を高めていくことを重要視しています。そのためにはやはり量をこなし、経験を積む必要があります。

北原:紙の新聞はなくならないというお話がありましたが、輪転機の生産中止の件など、規模を縮小せざるを得ない状況もあるかと思います。今の時点で、どのような変化が起こっていますか?

大石:一つ、喫緊の課題は、人手不足です。静岡県内で高齢化が進み、過疎地域において新聞を配達する人が減少しています。しかも、そうした過疎地域はデジタルに慣れていない人も多いので、紙のニーズが高いんです。そうした中で情報を物理的に「届ける力」をどのように維持していくかが、大きな課題です。

北原:配達については、公民館などにまとめて届けて、住民が持っていくという方法を取るなど、さまざまな取り組みがあるそうですね。

大石:可能な限り一軒ずつ届けたいのですが、やむを得ず「置き配」のような配り方をしている地域もあります。いろいろ試行錯誤をしていますが、販売店さんとのパートナーシップは今後も検討していきたいところです。印刷についても、紙のサイズを見直すなど、さまざまな可能性があると思います。

テレビ局としては、ショート動画の制作にも力を入れる

北原氏
北原氏

北原:話をテレビに移します。静岡県には4つの民放局(静岡放送、静岡第一テレビ、静岡朝日テレビ、テレビ静岡)がありますが、これは、全国的に見ても多い部類ですよね。

大石:4局は多い方ですね。しかし、TVerなども浸透しつつあり、キー局の番組をいつでもどこでも見られる状態になっている裏で、地方局の存在は薄れてきています。静岡県の民放局が、いずれ整理されるかもしれない中で、私たちは独自の強みを出していかなければいけません。

北原:地方局の独自の強みには、どういったものがありますか?

大石:私たち静岡放送は、静岡県で最初に誕生した放送局で、県民の皆さまに長く親しまれてきました。これまで数多くのドキュメンタリー番組が賞をいただいていて、これは地域に密着して、質の高い取材・報道を続けてきた証しだと考えています。今後も地域に密着する姿勢は大事にしていきたいし、それが強みです。

北原:取材力を生かして、地域密着のコンテンツをつくる。これが地方メディアの生きる道であるということですね。

大石:はい。今日何度かお話ししている「コンテンツの量を増やす」というのは、キー局やTVerなどに対して、地方メディアならではの存在価値を出していくためでもあります。その点において、キー局から供給されるコンテンツではないもの、つまり「番組の自社制作能力」を上げる必要があります。 

静岡放送は、夕方の情報番組をやめてしまったので、現在、自社制作比率がかなり下がっています。これを上げていくためには、オリジナルの番組づくりが必要です。また、インターネット配信という点でも、テレビ局の番組制作能力を生かして、2~3分のショート動画を制作して配信することも重要になっていくと考えています。

北原:地方局は一般的に番組の自社制作比率が10%ぐらいで、多くても20%弱ですが、この比率をもっと上げていく必要がある、と。

大石:そうです。私はできれば自社制作比率を30%まで持っていかなければならないと考えていますが、これは現実にはかなり困難です。 大きな鍵を握っているのがスポーツコンテンツです。ご存知のとおり、静岡県はサッカーが大変盛んです。当社もジュビロ磐田や清水エスパルスに資本参加させていただいていますが、地元のスポーツコンテンツはキー局にはカバーしきれない強みの部分です。

北原:自社制作比率を上げるための課題として、地方の場合は制作会社の数が限られていますが、この点についてはいかがお考えでしょうか。

大石:コンテンツの制作能力に加えて、「調達能力」も求められますよね。つまり、キー局のネットワーク以外につながりをつくっていくということは、今後しっかりやっていかねばならないポイントだと思います。

また、自社制作比率を上げるためには、取材のやり方も変えていく必要があります。例えば、テレビは記者、カメラマン、ディレクターといった「クルー」で取材をするケースが非常に多いのですが、これは徹底して改める必要があります。今後は一人の記者がスマートフォンなどで撮影してリポートもするといったことをやっていかないと、コンテンツの量は増やせません。

「マスコミをやめる宣言」の真意は?

大石氏

北原:メディアの主な収入源としては、広告収入と購読収入がありますよね。例えば静岡新聞の電子版は、「電子版のみ」「紙+電子版」といった形で有料会員を集めつつ、ネット広告枠も販売されています。デジタルに限って言うと、今後はどちらを重視していきますか?

大石:そこは両輪です。両方の収入を上げていきたいですね。電子版の有料会員数を増やしつつ、広告収入も育てていきます。これからは広告にせよ、記事コンテンツにせよ、ユーザーデータを活用した1to1マーケティングが重要になっていくと思います。

北原:なるほど、IDを活用したマーケティングの取り組みは、日本経済新聞などのメディアが積極的に展開していますが、地方メディアも同様ということですね。静岡新聞が保有するIDの価値をどのようにお考えですか?

大石:非常に大きな潜在力があると思います。昔から静岡県はテストマーケティングが盛んなのですが、それはいわゆる関西気質と関東気質、両方を持ち合わせている文化圏であるという部分が価値になっているんです。

北原:1to1マーケティングのお話が出ましたが、2021年に静岡新聞と静岡放送は、「マスコミをやめる」という宣言をされましたね。非常にインパクトのある宣言で、広く注目を集めました。この宣言の意図はどこにあったのでしょうか。 

静岡新聞SBSはマスコミをやめる。
「静岡新聞SBSは、マスコミをやめる。」2021年1月11日 静岡新聞朝刊掲載

大石:マスに向けて一律の情報を発信するのではなく、読者一人一人に合わせた情報を届けるということです。 30年ほど前から、マーケティングの手法は徐々にマスではなくパーソナルになってきていますが、私たち「マスメディア」は、対応が遅れていました。そのことが広告費の落ち込みに如実に表れていると思っています。一人一人に寄り添った情報発信をしていくことを目指すに当たって、ユーザーIDの活用は一つ重要なポイントになります。

デジタルファーストの切り札は?新聞社向け統合編集システムの導入

北原氏
北原:デジタルファーストの象徴として、静新SBSグループは、静岡新聞と静岡放送の統合メディアアプリ「@S+(アットエスプラス)」 を2023年4月にスタートしました。電子版のポータルサイト「@S(アットエス)」のアプリ版ですね。

大石:このアプリは単純に新聞やテレビの電子版への入り口というわけではなく、地域のイベント、グルメ、トレンド、生活情報など、多数のオリジナルコンテンツも発信する、県民との接点となる無料アプリです。SBSのテレビやラジオの番組をテキスト化したものを読めるほか、地域別にお得なクーポンを発行したり、県内のイベント情報にアクセスしたりできます。

そしてこの「@S+」アプリ上から、「静岡新聞DIGITAL」「シズサカ」という、ID登録制の別アプリにもアクセスできます。まず「静岡新聞DIGITAL」ですが、有料会員限定で、紙の新聞に掲載された多くの記事に加えて、紙面に未掲載の写真や記事を見ることもできるというものです。「シズサカ」はサッカー情報に特化したメディアで、こちらもID登録制となっています。

「@S+」の運営は、いかに無料コンテンツを充実させつつ、「静岡新聞DIGITAL」の購読者数を増やすかが大きなテーマです。現在、20万人の会員がいますが、早期に40万人にまで増やすことが目標です。

北原:20万人はすごいですね!そうして広告と購読の両輪を回していくのが、静新SBSグループのデジタルファースト戦略なんですね。

大石:はい。そしてデジタルファーストという点では、「@S」「@S+」で発信するニュースの速報性をいかに高められるかがカギです。これまでの新聞記者は、自分の手元で原稿を書き、何度も直し、最終的に夜に完成させて、入稿すればよかった。ですが、デジタルファーストであれば取材してすぐに記事公開していく必要があります。

北原:速報性を高めつつ、多メディアに柔軟に情報を発信していくためには、それが可能なシステムが必要になりますよね。

大石:私たちは今、デンマークのStibo DX社が開発したニュースメディア向けの統合編集システム「CUE(キュー)」の日本語版をつくるべく、同社と話し合いをスタートさせています。

静岡新聞社、ニュース提供手法の変革に向けStibo DXと提携 | 株式会社静岡新聞社のプレスリリース
 

「CUE」はいわゆるCMS(コンテンツマネジメントシステム)なのですが、マルチメディアにコンテンツを出すことが可能な柔軟性があり、特に新聞やテレビといったメディアとデジタルの連携において強みがあります。素材の一元管理ができて、複数人での編集も容易ですし、出稿や配信、顧客分析まで可能になるなど、非常に魅力的で使いやすいシステムです。  

北原:「CUE」はアメリカの「ニューヨーク・タイムズ」、イギリスの「エコノミスト」など、大手メディアを含めて800 社以上が導入しています。これが実現すればまさに記者の手元からデジタルファーストが実現していきますね。

大石:ただし、導入にあたっては、例えば日本の新聞の「縦書き」に対応できるようにするなど、課題は多いです。それに、取材・編集のやり方などワークフローをすべて「CUE」 を前提としたものに変えなければならず、社員の意識など全社的な改革をしなければなりません。それでも必ず実現させなければいけないと考えています。

北原:とはいえ海外の新しいシステムを1社だけで導入するのは非常に大変ですよね。同業他社と連合して導入するというやり方も考えられます。

大石:そうなのですが、まず1社が導入して「成功事例」をつくらないと、どこも導入しづらいと思うんですよ。日本企業の多くは保守的ですから、当社がまず「実験台」となって先んじて導入し、デジタルファーストの在り方を確立して、それから他の新聞社に広がっていけばいいなと考えています。

北原:お話を伺って、記者の取材力や、地域に密着したコンテンツ制作力といったコアな価値はそのままに、マスから1to1へ、そしてデジタルファーストへと転換していく姿勢がよく分かりました。県民一人一人に情報を届けるという、メディアとしての存在意義をもっとも大切にしているのですね。

大石:そしてもちろん、持続可能なビジネスであることです。今、世の中には「インターネットの情報は、タダ」という常識が浸透してしまっています。最近やっと課金制アプリなどの形で、デジタルの情報にお金を払う流れができつつありますが、私たちとしては、「情報を届けて利益を出す」ことを強く意識していますし、そのためにも「広告と購読」の両輪を回していくつもりです。

北原:静新SBSグループの先進的な取り組みが、新聞・テレビというメディアの今後を占う試金石になるような気がします。本日はありがとうございました。

静岡新聞社/静岡放送 大石剛氏(左)、電通 北原利行氏

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