「日本の広告費」特別対談No.9
佐久間宣行氏に聞く、各メディアの「空気」。「2023年 日本の広告費」特別対談
2024/04/17
2023年 日本の広告費特別対談。今年は、さまざまなメディアでヒットコンテンツを生み続けているプロデューサーの佐久間宣行氏をゲストに招き、電通メディアイノベーションラボの奥律哉氏が話を聞きます。
新型コロナウイルス感染症の5類移行で人流が活発化した2023年日本の広告費は、過去最高の7兆3167億円を記録しました(概要は、こちら)。そのうち、45.5%をインターネット広告費(3兆3330億円)が占めます。
「2023年 日本の広告費」詳細はこちら(電通ニュースリリース)
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テレビ、ラジオ、YouTube、そして番組関連のイベントまで、縦横無尽に魅力的なコンテンツを制作している佐久間氏。2023年 日本の広告費を振り返りつつ、各メディアとユーザーの特徴や、メディアの今後について、独自の視点で語っていただきました!
<目次>
▼今は「視聴率が良い」だけでスポンサーがつくわけではない?
▼メディアごとの分断。コンテンツ作りには「ユーザー体験」が必要
▼コンテンツには「リアル」と「ライブ」が求められる時代
▼「そのメディアでしかできないこと」を追求すべし
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今は「視聴率が良い」だけでスポンサーがつくわけではない?
奥:2023年 日本の広告費の内訳をみると、インターネット広告費が前年比107.8%の3兆3330億円だったのに対して、テレビメディア広告費は前年比96.3%の1兆7347億円でした。
インターネット広告費が伸びた背景として、動画配信サービスの伸長や、コネクテッドTV(インターネット接続されたテレビ受像機)の普及などが挙げられます。つまり「ネットで見る動画コンテンツ」へのシフトが続いているわけですが、佐久間さんは、この結果をどうご覧になりますか?
佐久間:ここ数年、テレビ番組制作の現場では、制作費が下がっているんですね。コロナで海外ロケがなくなり、大人数のスタジオもなくなり、トーク番組が増えました。限られた予算で、あまたある動画メディアに負けない地上波のテレビ番組を作るのは大変です。内容がよほど面白くないと、視聴者はリアルタイムで見ずに、ネットの見逃し配信に流れてしまいます。
奥:番組作りのKPIも、視聴率だけでは測れない時代になってきていますよね。
佐久間:番組スポンサーの変化も感じています。今のスポンサーは、単純に視聴率だけで提供するかどうかを決めていません。例えば私が担当しているテレビ東京の「あちこちオードリー」は、地上波の視聴率が特別伸びているわけではないものの、TVerでの見逃し配信の数字は良いんです。地上波の視聴率が伸びずに配信だけ見られている状況は、以前なら番組が打ち切りになってもおかしくありませんが、今は「配信の評判が良い」という理由から、この番組のCM枠は売れています。あるいは他局の朝番組でも、視聴率の低い番組が、視聴率の高いライバル番組よりも提供社が多いという現象が起こっています。
奥:ある番組にCMを打つ価値があるかどうかは、視聴率の良し悪しだけで決まるのではないと、スポンサーが考えるようになったのですね。佐久間さんは、最近CMをプロデュースされましたが、地上波CMを自分で作ってみて、何を感じられましたか?
佐久間:今回は「サービス名の認知を高めたい」という課題が明確で、詰め込まなきゃいけない情報も少なかったので、あまり苦労せずに作れました。CM制作自体は面白い仕事でしたが、テレビCMというものを自分で作ってみて、改めて感じたことがあります。それは、今の時代、15秒のCM単体のインパクトだけで世の中をひっくり返すことって、もうできないのかもしれないということです。僕が青春時代に見ていたCMは1本1本のインパクトが強くて、中には世の中を変えるようなパワーがあるものもあったのですが。もうそういう時代じゃないなと。
奥:社会の中で、テレビCMというものの位置付けが、大きく変わっているということでしょうか。
佐久間:はい。今、視聴者の目を商品やサービスに向けさせるには、その商品やサービスの「ストーリー」がまず大きくあって、あくまでもそれを伝えるための一つの要素としてCMがあるという考え方が必要だと思います。
メディアごとの分断。コンテンツ作りには「ユーザー体験」が必要
奥:佐久間さんはテレビ番組の他にも、独立されてからはYouTube番組を作ったり、ラジオのパーソナリティを務めたり、イベントを手掛けたり、幅広く活躍されています。地上波のコンテンツをTVerやYouTubeなどに展開することも当たり前になりつつあるわけですが、各メディアのユーザーをどう捉えていますか?
佐久間:それが、同じコンテンツをいくつかのメディアに流しても、ユーザーが横断して見てくれている感覚がないんですよ。それぞれのメディアでユーザーが完全に分断しているような状況です。
奥:なるほど。かつて、「ファーストウインドー」としてまずテレビで放映して、その後、そのコンテンツをいろんなメディアに展開していくのが定石でしたが、もうそのやり方で二兎を追うことは難しいと。
佐久間:もはやテレビのすごく強いワンコンテンツを、各メディアに流用したり展開していったりする時代ではないと思います。ちゃんとそのメディアに合ったコンテンツを本気で作らないと、受け入れてもらえません。実際、一時期ユーチューバーの地上波進出が多くありましたが、もうそういうクロスメディアの露出はほとんどなくなりましたよね。今はTikTok発の流行が他メディアに波及することはあると思いますが。
奥:YouTubeを楽しんでいるユーザーは、ユーチューバーにいろんなメディアで活躍してほしいというわけではないと。
佐久間:はい。YouTubeのコンテンツは、昔のテレビの広がり方に近い感じがします。見ているユーザーの生活スタイルや地域も本当にバラバラなので、例えば東京にしかないものを取り上げてもそんなにウケない。それよりも全国チェーン店やコンビニを取り上げた方が、反応がいいんです。ユーチューバーとコンビニ商品のコラボが話題になっているのも、その象徴でしょうね。逆に、テレビ番組は「この曜日のこの時間帯に、自宅にいる人」のように、生活スタイルも地域も限定されるところがあるんです。
奥:それにしても、メディアごとに「そのメディアでの本気」が必要というのは、作る側からすると大変ですよね。佐久間さんがコンテンツを作るときは、どのような点に気を配っていますか?
佐久間:まず、メディアによってコンテンツのコンセプトを考えるのは大前提ですが、そのために「このメディアなら、こうすればいいのではないか」という仮説を立てて、どんどん修正しながらやっていくのが僕のスタイルです。とはいえ、今の時代は仮説を立てても対応しきれない面もあります。
奥:どういうことでしょうか?
佐久間:作り手自身にそのメディアのユーザー体験や知見がないと、ヒットしないということです。昔のテレビ業界では、自分の方法論だけで番組を当てるテレビマンもいましたが、今はそこが「逆」というか、まずユーザーの空気や文化があり、そこに自分も実際に入っていって、ユーザー体験を実感し、その上でコンテンツを作らないと受け入れられないんです。
奥:なるほど、コンテンツ制作のプロとして、確立した方法論を各メディアに当てはめるというやり方では、もはや難しいのですね。各メディアのトーン&マナーをしっかり理解するということでしょうか。
佐久間:それもありますが、「何をしたらユーザーに嫌われるか」を理解することがかなり大事です。そのメディアにおけるユーザーの「空気」をつかむというか。それを理解するには、自分自身がそのメディアのユーザーを2年ぐらいやらないと無理じゃないかなと感じます。
例えるなら、株にいきなり手を出しても当たらないというのに近いと思います(笑)。株価の動きって、経験則的にこの銘柄が上がるな、下がるな、みたいな感覚がつかめてくるわけでしょう。株をやっている友人たちは、2年ぐらいやらないとそういう相場観は身につかないといいます。
奥:「この情報が出たから、きっと株価が上がるな」と思ったら、すでに市場はその情報が出ることを織り込み済みで、意外と上がらないみたいなことはありますよね(笑)。
佐久間:僕がYouTubeに挑戦して、180万人のチャンネル登録者数を獲得できたのは、もちろんユーザーとしてYouTubeを見て、仮説を立てて修正しながら取り組んできたのはありますが、それよりも30代で子育てをして、思春期の娘から、今のエンタメについていろいろ教わったことも大きいんですよ。
奥:若い人のリアルな感覚を、間近で見てこられたわけですね。
佐久間:そうなんです。仲が良くてよかったです(笑)。VTuberや2.5次元ミュージカルについても、娘からかなり教わりましたし。去年日プ(PRODUCE 101 JAPAN)からガールズグループ「ME:I(ミーアイ)」が生まれるまでのストーリーで、どの部分に娘が夢中になったのかを聞いたりしました。娘からの情報共有は非常に参考にしていますね。
コンテンツには「リアル」と「ライブ」が求められる時代
奥:よく言われる、若者のテレビ離れについてはどう感じていますか?
佐久間:今は好きな時間に好きなコンテンツを消費する生活スタイルが定着していて、好きなときに見られないテレビが単純に「不便」なだけではないでしょうか。テレビマンとして、「強いコンテンツが作れれば大丈夫」という気持ちはあるんですが、世の中にコンテンツがこれだけあふれると、それこそ「一強」ぐらい抜きん出たものを作らないと見てもらえない。
奥:今の生活者は、若者に限らずですが、ゲームの「テトリス」のように、1日の可処分時間の隙間まで、いろんなコンテンツやメディアで埋めていくイメージがあります。
佐久間:まさにそういう時代ですよね。そして、テレビ番組はお金をかけて、スターを集めて作る必要がありますが、それだけに当たらないともうかりません。これがYouTubeなら、コストを下げても作れますし、自分たちの閉じたコミュニティだけでも稼げるようにもできて、柔軟性があります。まあ、そこで僕は逆に、「お金をかけたYouTube番組を週に2回作れば、固定視聴者を作れるのではないか」という仮説を立てたわけですが。
奥:「YouTubeでお金をかけたらどうなるんだ?」という試みですね。そして、実際に作りながらノウハウを得ていくという。
佐久間:実験ですね。登録者数を見ると、成功はしたと言ってもいいのかなと思いますが、効率はあまり良くない(笑)。こういう経験は血肉になると思ってやっていますが。YouTubeについては、この先はもっと世界を見据えたことを考えています。
奥:テレビをずっと作ってきた佐久間さんが、YouTubeという未知の世界に参入して、結果を出しているのは本当にすごいことだと思います。その分、コンテンツを作るのは大変だと思いますが。
佐久間:ただ、YouTubeの世界も常に移り変わっていて、コンテンツのトレンドも変わっていきます。例えば最近、トップユーチューバーの動画を見ていると、1本当たりの時間が長くなっているんですよ。それはなぜなのか、僕の中でいくつか仮説はあって、一つには長い方が、ファンが一度で全部見ずに、複数回に分けて視聴するので、再生数が増えやすいこと。そしてもう一つが、だんだんVTuber的な「フリートーク」の需要が増えているのかなと。このあたりも、それこそ分析ツールである「YouTubeアナリティクス」で研究したり、自分自身のユーザー体験があって、トップユーチューバーたちは対応しているんだと思います。
奥:変化に敏感である必要があるわけですね。テレビについても伺いたいのですが、先日の記事で、「嫌われる企画があっていい」というお話をされていました。昔の感覚だと、万人に好かれるような「真ん中」のコンテンツを作るのが理想という時代があったと思います。
佐久間:これはテレビに限らず、今の時代は、好かれようとしてうそをついてもうまくいかないんですね。今の視聴者は、「メディアがだますこと」を非常に嫌います。ですから、あまりにも全部がうまくいっているように見せると、うそくさく感じられて、ちゃんと本当に成功したものも見てくれなくなる。女優さんが「キレイですね」と言われたら、昔は「何もしてないんです」と謙遜するのが定番でしたが、今は「美容、めちゃくちゃ頑張っています!」と言う人の方が支持されます。
奥:うそのない、生身の感覚が支持されるのですね。その点、ラジオというメディアは、生放送が多く、パーソナリティとリスナーの関係も、独特の親密さがあると思います。佐久間さんはラジオのパーソナリティも務めていらっしゃいますが、メディアとしてラジオをどう捉えていますか?
佐久間:ラジオのリスナー数は、他のメディアに全くかないません。だから、ラジオ発のコンテンツは、配信メディアと比べてもそのパワーは弱いです。でも、ラジオって、イベントをやると多くの熱心なファンが集まります。なぜかというと、普段からラジオで、2時間ライブでしゃべることを続けているからだと思います。やっぱり2時間もしゃべり続けていると、その人のうそのない本当の姿がこぼれてくるんですよ。僕自身、昔からラジオが大好きなリスナーだったので、そのあたりの感覚はよくわかっているんです。
奥:ご自身の中に、ユーザー体験があるということですね。
佐久間:もちろんメディアとイベントの連動は、テレビでもYouTubeでも大事なんですが、そのメディアや番組に視聴者が感じている価値と、リスナーとパーソナリティが共有しているストーリー、この二つを同時に考えているものじゃないと大きな動員はできないと思いますね。そしてこの二つが、ラジオの強みでもあるなと。
奥:やはり、ラジオというメディアの価値は、「ライブ性」というのが大きいわけですよね。そこにストーリーも生まれるという。
佐久間:僕がパーソナリティを務めている「オールナイトニッポン0(ZERO)」はradikoでもアーカイブを聴けますが、それでもやっぱりライブ性は最重要です。生で聴いている人に向けて話しているつもりだし、生で聴いている人に一番喜んでもらえた上で、タイムシフトで聴いた人には「生で聴いてみたい!」と思ってもらえるように、という気持ちで取り組んでいます。
編集されていないもの、ライブでしか勝ち得ない信頼みたいなものっていうのが確実にあると思っています。これってVTuberのファンダムとも似ていると思っていて。VTuberは、最初期は“完パケ”(※)された編集済み動画を出すという、テレビに近い打ち出し方でした。でも、ライブ配信を始めたら、ファンが驚異的に増えたんですね。これって、ラジオリスナーと一緒だよなと考えていて。
同じ時間を共有することでしか得られない何かが、ますます求められていくんじゃないでしょうか。最近はYouTubeも、アーカイブ性が強いものは、いつでも見られると思われて後回しにされてしまいがちなんですよ。だから、「緊急で回してます」みたいな企画が増えていますよね。
※完パケ=完全パッケージ。映像や音声の編集が完了し、放送できる状態を指す。
奥:「いつ見てもいいから、いつまでも見ない」ということですね。テレビは、昔は生放送しかなかったのが、だんだん事前に収録・編集した番組を放送するようになりました。そこは逆に、揺り戻しがあるのかもしれません。テレビでいうと、報道やスポーツのライブ放送というのが王道だったと思いますが、最近は大きなスポーツイベントも、コネクテッドTVなど、ネットで配信されることが増えました。
佐久間:資金的な事情もあるんでしょうね。それってスポーツコンテンツだけでなく、例えば動画配信サービスによるアニメのリアルタイム配信というのが今は増えてきました。ネットを通じて世界同時配給みたいなことになってきています。従来のテレビ局は強いIP(知的財産、もしくは知的財産権)を持っていることが強みでしたが、製作委員会にも最初からグローバルな動画配信サービスが入ってくるようになると、世界に通用するIPを持つことが難しくなってくるかもしれません。
「そのメディアでしかできないこと」を追求すべし
奥:さまざまなメディアに挑戦してきた佐久間さんですが、今後やってみたいことはありますか?
佐久間:20代から40代まで、お笑い番組を作ってきましたが、さすがに50歳からは、「再生産」しかできなくなるかなと思っていて。そもそもテレビディレクターとしては晩年という感覚があります。そこで、50代から楽しい仕事をするにはどうしたらいいかなと思って、フリーになり、いろんなメディアに挑戦してみたんですね。それで自分の得意なところや、今ある強みが見えてきた部分もあるので、50代からは今までやってこなかったことをどんどんやっていきたいです。
奥:目指すは生涯現役というところでしょうか。各メディアの展望も伺えますか?
佐久間:いろんなメディアをやってみて感じることは、やはりそれぞれのメディアの、「そのメディアでしかできないコンテンツ」を作っていくのが重要だということです。そもそもメディアが戦う相手は、メディアだけじゃないんですね。20代ならマッチングアプリを見るのに一定の時間を割いている人は当たり前にいますし、他にもSNSをやったり、コミュニケーションに流れている人が多い。そういう人の目をどうやって向けさせられるかです。
奥:制作者に向けて、コンテンツ作りのヒントになるようなことはありますか?
佐久間:アニメなどの IPでは、グローバルヒットを狙おうとマーケティングして作ったものよりも、日本らしさとか、日本にしかない「偏り」を作品に生かしたものの方が、グローバルヒットしているような気がするんですよ。メディアのコンテンツ制作においても、日本の中で培った感性を研ぎ澄まして作ったものの方が、世界から見てもユニークなものになる時代だと感じます。そう考えると、制作者にとってはそんなに希望のない時代じゃないんじゃないかな。
奥:たしかに、日本人からしたらなんでもないような日常の景色が、海外の観光客の間でブームになったりしますからね。海外の映画祭などを見ていても、日本ならではのユニークなコンテンツの方が受け入れられているのを感じます。いろいろと貴重なお話をありがとうございました!