DENTSU DESIRE DESIGNが考える、「欲望理論」からのマーケティング再構築No.23
Z世代の「海外旅行離れ」は国際意識の低下を招くのか?
2025/10/02
電通デザイアデザイン(DDD)は消費と欲望の関係から、さまざまなソリューション開発や情報発信を行う組織です。
第21回からは、DDDが実施している「心が動く消費調査」を分析。調査結果から得られたインサイトやファインディングスをお伝えしています。
今回は、2024年11月に実施した第9回の調査結果に基づき、DDDの小野江理子が若者の国際感覚をテーマに調査の結果を考察します。
仮説:海外旅行経験の有無と国際意識の低下は相関しない?
2024年、国内の外国人労働者は約230万人に増加、訪日外国人旅行客は過去最多ペースで増加しており、国内ではインターナショナルな空気感のある街も増えてきました。
一方、コロナの流行が去り、出国日本人数は2024年1301万人に回復しましたが、コロナ前の水準までは到達していません。日本人のパスポートの保有率は、6人に一人、17%にまで落ち込んでおり、とりわけ、若者の海外旅行離れや国際意識の低下を不安視する情報をよく目にするようになりました。
実際のところ、海外旅行は、円安・物価高の影響で、若者だけでなく、年代関係なしに、なかなか手の届きにくいものになっていると感じます。
SNSの発展で情報はボーダレスになり、多くの外国人が国内にいる状況のなか、「海外旅行に行かないことが、Z世代の国際意識の低下につながるわけではない」との仮説を立て、調査を進めました。
なお、厳密な定義は無いものの「Z世代」と呼ばれていた層は、今年おおむね15歳~29歳になっています。当調査では10代は15歳~19歳に聴取しているので、便宜上、この記事の中では、15歳~29歳をまとめて「Z世代」と呼ぶことにします。
Z世代の海外旅行意欲は特別低いものではない
円安・物価高の影響で、海外旅行は金銭的なハードルが高くなっていますが、「今後一生、一度も海外旅行に行けなくても別に構わない」という質問に対しては、「そう思う」「ややそう思う」と答えた人の合計は、全体で60.1%でした。つまり、ふたりに一人以上が、今後一生海外旅行に行けなくても構わないということです。Z世代全体では、58.4%と全体と同程度でした。また、他の年代に比べて、「そう思う」は低い傾向です。

近い未来のこととして聞いた「今後2~3年以内に海外旅行に行きたい」の質問に対する「そう思う(計)」は、全体で39.2%、Z世代では47.3%と全体よりも高い結果が出ています。
Z世代は他の年代に比べて、海外旅行意欲が低いわけではなく、むしろ30代以上に比べて高い結果です。
SNS時代に国境はない!?Z世代にとって、国内で国際感覚を身に付けるのは“簡単”
次に、国際感覚に関する項目についてご紹介していきます。
「外国人と交流できる能力が必要だと感じている」人は、全体で55.7%。Z世代では59.4%、特に10代で「そう思う」が飛びぬけています。「今後日本人には、グローバルに活躍できる能力が必要だ」という質問に対しての「そう思う(計)」は、全体で76.7%、Z世代で72.2%という結果でした。
この2点から日本人の国際化の必要性はZ世代も感じていることがわかります。

一方、Z世代で特徴的だったのは、「日本にいながら国際感覚を身に付ける」という意識です。
「日本にいながら、国際感覚を身に付けることは簡単だ」「日本にいながら、外国人や海外の人とコミュニケーションすることは簡単だ」という質問への回答が、全体と比べて「そう思う(計)」で10ポイント以上高くなりました。
若者の間では、外国人と交流できるイベントや語学習得アプリを使うことが一般化されています。若者たちは無意識のうちに、国内にいても国際感覚を身に着けられる環境が整っていると感じているのではないでしょうか。また、SNS上では海外の文化を簡単に知ることができるので、外国人と直接交流のない人も、海外の情報に接することは日常の一部かもしれません。

「海外に一生いけなくても構わない派」でも、国際意識は十分高い!
それでは、「今後一生、一度も海外旅行に行けなくても別に構わない」に「そう思う」と答えたZ世代は、国際意識が低くなりそうな傾向があるのでしょうか。
「今後一生、一度も海外旅行に行けなくても別に構わない」に「そう思う/ややそう思う」と答えたZ世代と、「あまりそう思わない/全くそう思わない」と答えたZ世代を分類して比較してみました。
本記事では前者を「行けなくても構わない派」、後者を「行きたい派」を呼ぶことにいたします。(※データは割愛いたしますが、この2派に性年代構成比、未既婚の比率の違いはほぼありません)
まず、意外なことに「行けなくても構わない派」のほうがむしろ「グローバルに活躍できる能力の必要性を感じている」人の比率が高いというという発見がありました。さらに、「日本にいながら、国際感覚を身に付けることは簡単だ」という認識も「行きたい派」よりも高い結果となったのです。
「行けなくても構わない派」でも、海外への関心や、国際感覚を身に付けようというモチベーションは十分に高いと推察できます。

「海外に一生いけなくても構わない派」は、効率主義で失敗を嫌う
続いて、DDDが定義した、現代の「11の欲望」(※1)の元となる「欲求項目」や「価値観項目」について見ていくと、「行けなくても構わない派」は、次の項目が、「行きたい派」と比べて「そう思う(計)」が10ポイント以上も高いことがわかりました。
- 「自由でいたい・縛られたくない」「自分だけの時間を大事にしたい、邪魔されないようにしたい」などの自由に関する項目
- 「危険な目にあうこと、失敗すること、損することを避けたい」といったリスク回避に関する項目
- 「うまくやりたい、効率よくしたい」といった効率化に関する項目
「行けなくても構わない派」は、自由を重視し、コスパ・タイパ意識がより高く、リスク・失敗を嫌う、といったいわゆる“Z世代らしい”特徴が顕著な層であるといえそうです。
※1「11の欲望」について詳しくは、こちらをご覧ください。
・「新しい欲望に、名前をつけてやる。」(ウェブ電通報)
・DENTSU DESIRE DESIGN、人間の消費行動に影響を与える「11の欲望」2024年版を発表
そのほかの特徴として、英語習得に関するAB設問をご紹介します。
次にあげる「生活全般に関する考え方や行動」について、あなたに近いものをお知らせください。
【A】同時通訳の技術(翻訳AI)が発達したら、英語は話せなくてもいい
【B】同時通訳の技術(翻訳AI)が発達しても、英語は話せるようになりたい
この質問に対しては、「行けなくても構わない派」が「行きたい派」よりも「Aに近い(計)」の回答が顕著に高い結果になりました。

「行けなくても構わない派」は「行きたい派」に比べると、英語は手段と割り切っており、「国際感覚の身に付け方」も効率重視なのかもしれません。
総じて、「行けなくても構わない派」にとって、「海外旅行」は、コスパ・タイパが悪く、わざわざ行くことで得られる魅力を実感していないのかもしれません。治安のよい日本で、おいしいものを食べて、安心して幸せに過ごせるのであれば、わざわざ失敗リスクを負ってまで海外を旅する必要はないと感じている可能性があります。
実際、「行けなくても構わない派」は、「おいしいものを食べたい・飲みたい」「安心して、平穏に過ごしたい」といった項目も「行きたい派」よりも顕著に高い結果がでています。さらに、「自分は幸せだと思う」という指標も「行けなくても構わない派」のほうが高いのです。(当記事内でデータの紹介は割愛)
一方、「行けなくても構わない派」の意外な特徴は、「人と出会いたい、仲間と共感したい」「疑似体験だけでなく、リアルな体験を大事にしている」といった社交性やリアルな体験を重視する項目が「行きたい派」に比べてやや高く出たことです。


リアルな体験を軽視しているわけでもないのに、海外旅行には行けなくてもいいということは、安全で快適な日本を離れるほどの大きな「海外旅行の魅力」が、実感しづらいということが考えられます。
「行けなくても構わない派」を海外旅行にいざなうには、現地で得られる体験に対する具体的な興味喚起が必要のようです。
SNSで海外の文化情報を日常的に見られ、外国人との交流も盛んになっている中、海外旅行との違いとして挙げられるのは、やはり、“現地の空気感”も含め、五感を通じた文化体験が欠落することです。
その五感を使った体験を、国内いながら画面を通じてではなくリアルに実感できると、海外旅行への興味喚起につながっていくかもしれません。
例えば、2025年の大阪・関西万博において、海外パビリオンでリアルな文化体験をすることは、海外旅行への興味喚起につながる可能性がありそうです。実際、X上では、海外パビリオンの没入感のある体験型コンテンツや食事についての投稿が多く見られます。
あるいは今後、VR旅行体験がさらに進化することで興味喚起の機会が増えることも考えられます。2050年に向けて内閣府が掲げるムーンショット目標によれば、サイバネティックアバター(※2)を用いて、あたかもその地にいるような感覚を五感でリアルに味わうことができる「テレイグジスタンス」技術が発達するといわれています。国内にいても海外旅行を五感で味わう体験ができるようになる可能性があります。その「テレイグジスタンス」体験が、リアルな海外旅行の意向喚起につながるかもしれません。
※2 サイバネティックアバター:遠隔操作でき、自分の体と同じように感覚を共有できる“身代わりロボット”のこと
結論、Z世代の海外旅行意欲はほかの年代に比べて低いわけではなく、大多数が国際感覚を身に付ける必要性を感じており、さらに、ほかの年代に比べて、日本にいながら国際感覚を身に付けることは簡単と捉えていることがわかりました。
また、Z世代のなかでも、「今後一生、一度も海外旅行に行けなくても別に構わない」と答える人たちのほうが、日本人の国際感覚の必要性をより感じており、さらに、日本にいながら国際感覚を身に付けることは簡単だと考えているようです。
DDDではこれからも、「心が動く消費調査」を通じ、生活者意識やトレンドを分析していきたいと考えています。
<第9回「心が動く消費調査」概要>
・対象エリア:日本全国
・対象者条件:15~74歳
・サンプル数:計3000サンプル(15~19歳、20代~60代、70~74歳の人口構成比に応じて割り付け)
・調 査 手 法:インターネット調査
・調 査 時 期:2024年11月8日(金)~ 11月13日(水)
・調 査 主 体:電通 DENTSU DESIRE DESIGN
・調 査 機 関:電通マクロミルインサイト