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キリンビバレッジ井上一弘社長が語る。長期経営構想は“掲げる”ものではなく、“起動”させるもの

井上 一弘

井上 一弘

キリンビバレッジ株式会社

片貝 朋康

片貝 朋康

株式会社 電通

小柴 尊昭

小柴 尊昭

株式会社 電通

あらゆるバイアスを壊し、自らアーキテクト(全体設計者)として社内の事業変革を遂行しているトップエグゼクティブの方々に話を聞きながら、その神髄に迫る本連載。

今回は、2035年までに「おいしい飲みもので、ヘルスサイエンスリーディングカンパニー」を目指す長期経営構想「BV2035(ビバ ニーマルサンゴー)」を打ち出したキリンビバレッジの井上一弘社長にインタビューしました。

井上社長の課題意識は、「長期経営構想を策定すること」ではなく、「どうすれば社内で変革を起動させられるのか」という一点。BV2035を社員にインストールするため、電通に変革起動ムービーとFUTURE MAPの制作を依頼しました。

本記事では、経営者として「変革を起動する」とはどういうことかを、電通のシニア・トランスフォーメーション・プロデューサー片貝朋康氏と、クリエイティブディレクターの小柴尊昭氏が聞きました。

(左から)キリンビバレッジ 井上一弘社長、電通 小柴尊昭氏、片貝朋康氏

 

10年後のありたい姿を現場の隅々まで共有する必要があった

キリンビバレッジ長期経営構想「BV2035」ムービー。画像をクリックすると、動画をご覧いただけます

片貝:2025年、長期経営構想「BV2035」の発表に合わせて、変革起動ムービーと、将来実現する未来の景色を1枚のポスターで表現したFUTURE MAPの制作を電通でお手伝いさせていただきました。まず、BV2035について、どういったものなのか井上社長からご紹介いただけますでしょうか。

井上:キリンビバレッジの今後10年を考えたときに、どうなっていくべきか、ということを見据えた長期経営構想です。飲料業界も周辺環境が厳しさを増し、世界情勢も不安定な中で、「われわれは飲料メーカーをどのようにやっていけばいいのか?」ということを問い、10年後にありたい姿を探りたかったのです。

それに当たっては、キリングループのCSV(Creating Shared Value)、つまり「お客様や社会と共有できる価値の創造」ですが、これを基軸に据えて、ブランドを考え直そうとしました。

片貝:2035年、つまり10年後を見据えて、社員の皆さんが共有できるビジョンを示す必要があったのですね。

井上:そうです。キリンビバレッジには以下のパーパスとビジョンがあります。

パーパス「お客様の毎日に、おいしい健康を。」
ビジョン「おいしい飲みもので、ヘルスサイエンスリーディングカンパニーへ」


つまり、あくまでもヘルスサイエンス領域を成長ドライバーに据え、お客さまの心と身体の健康について、しっかり提案していくということですね。そしてこのビジョンは「2035年にはこういう会社になっていたい」という、社員みんなで見つめている目標です。この目標に向かうために、電通に変革起動ムービーとFUTURE MAPを創っていただいたわけです。

小柴:ありがとうございます。ご相談いただいた初期から今に至るまでに感じ続けているのが、井上社長という明確に熱いリーダーの存在です。僕にとっては「熱源の井上さん」です。

井上:暑苦しいって言われるんですけどね(笑)。

小柴:ご相談いただいた際は、「ビジョンも戦略もしっかりあるけど、現場の社員に伝わらない」という課題感を、非常に明確に示していただきました。ムービーやFUTURE MAPに触れることで、一人一人の社員が自分を重ねて「熱く」なれるように、僕らはそれだけを考えて創らせていただきました。

すべての社員の「判断のよりどころ」になるもの

井上:まさにおっしゃるとおりで、パーパスやビジョンをいくら掲げていても、社員一人一人の変革を起動できなければ意味がないんですよ。その意味ではムービーもFUTURE MAPも、社員が会社の未来を「自分ゴト」化できるものを創っていただいたと思っています。

片貝:変革起動ムービーを電通に依頼する際、井上社長が大事にされていた要素を伺えますか?

井上:何よりも、現場の社員にフォーカスすることです。そうでなければ現場からは「本社が勝手に何か作ってるよ」で終わってしまいます。上から戦略を説明するムービーではなくて、ビジョンをいかに自分ゴト化させて、Will化させるか、が大事だったので、例えばムービーには現場の社員が働く映像をたくさん使ってもらいました。

そうすることで、みんなのことをちゃんと吸い上げてるんだよ、それを全部一つの方向にまとめて大きな力にしていくんだよ、ということを、全国の社員に示したかったのです。せっかくいいものを創ってもらったんだから、徹底的に活用しようと思っています。

片貝:FUTURE MAPや変革起動ムービーが、工場やいろんな部署など、皆さんの現場で実際に活用されているのを見て、本当にうれしく思います。われわれの創ったものが、皆さんの仕事の上で実際にワークしていることに感動しました。長期経営構想の表紙がFUTURE MAPになっていたときは、泣きそうになってしまいました。

井上:FUTURE MAPにせよムービーにせよ、私はとにかく「判断」に使ってくださいと社員に言っているんです。10年先に行く目的地を明確に定めたんだから、その道すがら迷ったら、もう一回ムービーを見よう、FUTURE MAPを見よう、その上で意思決定しようということです。現場の判断のよりどころにしてもらえるものとして創ったんですね。そしてトップダウンではなく、社員一人一人が覚悟を持って、変革を担うようになることが大事なんです。

ビジョンは言葉だけじゃ伝わらない?ムービーを創った理由

片貝:今回のお仕事に取り組むに当たっては、最初のオリエンの時点から、「闘魂」とか「ネアカ」とか、井上社長とキリンビバレッジが目指す世界観のヒントがたくさんありました。というより、答えが書いてありましたね。

特に井上社長が大事にされていたのが、先ほどおっしゃっていた「現場の社員の変革を起動するためのもの」という条件でした。社員の変革を起動するというコンセプトは、普段から感じられていたことなのでしょうか?

井上:そうです。これはある程度は仕方ないんですが、組織は必ずトップと最前線の現場で、距離がありますよね。一番理想を言えば、例えば経営陣が考えたことについて、最前線の社員たちがまったく異口同音に同じ話ができて、ブレずに行動できているというのが、経営ビジョンを実現するための一番近道じゃないですか。でも、実際には伝言ゲームって必ずブレていく。現場に伝わる間に、言葉も変わってしまうわけです。

ビジョンって本来はビジュアルなんですよ。脳みそにある絵なんです。これを言葉でいくら説明しても、人によって思い描くビジョンは変わってきてしまう。だから、ムービーとFUTURE MAPが必要でした。目でビジュアルを見たら、皆ブレないじゃないですか。

片貝:そうですよね。井上社長は、伝わらない部分があると言いつつ、現場との対話も非常に重視されていますよね。現場との対話の機会をたくさん設けておられることに驚きました。

井上:現場で汗をかいている人たちが今悩んでいることとか、考えていることを、経営者は拾ってあげないといけない。そうすることで現場の人もエネルギーが出る。そういう潤滑剤であろうということは意識しています。みんながこの会社で働いていて、「なんかいいなぁ」「幸せだなぁ」「こんなことをやってみたいなぁ」と思えるような場作りが、経営者の役割です。

片貝:現場のモチベーションという観点でみると、ボトムアップで経営者に声が届くことは大事ですよね。

井上:ただ、逆にトップダウンの発信は、どうしても「やっぱり伝わらないな」ということはありました。これは仕方ないんです。現場のみんなは仕事の特性上、バリューチェーンの始点からずっと見ているわけじゃありませんよね。だけど今、眼の前のことを最善を尽くしてやってくれている。それはやっぱり役割分担ですから。そんなこともあって、言葉ではなかなか伝わらないことを、ビジュアルで伝えるために電通に相談したんです。

トップダウンではなく「現場の声」を詰め込んだ

片貝:ここまでのお話を整理すると、トップからのお達しではなく、現場の声をたくさんムービーに入れ込んだからこそ、全社員が自分ゴトとして変革を起動することができるわけですね。

井上:そうです。起動というのは、言い方を変えると「参画」ということです。従業員が能動的に参画している組織、自らコミットメントしている組織を私は「わさわさしている組織」という言い方をしていますが、このわさわさを生み出したいんだということも電通には伝えました。ちなみに、わさわさっていうのは、従業員皆が、いかにもうれしそうで騒がしく、生き生きと動き回っている感じです。

小柴:なるほど。では今、体感的にどのぐらいわさわさしているのでしょうか?

井上:それはいきなりハイレベルなところにはいかないので、60点ぐらいでしょうか(笑)。だけどBV2035を発信してから、かなりわさわさ起動してきていると感じます。それはあくまでも現場を巻き込んで、現場の思いを入れて、みんなで創ったからです。

小柴:映像にご登場いただく皆さんにインタビューさせていただく際に、お一人お一人と向き合い、直接それぞれの想いをお聞かせいただきました。作りながら思っていたことは、「会社が描いているもの」というより、「みんなが見ている未来と、そこに込められている熱量」みたいなものが伝わるといいなということです。そういう意味で、井上社長のおっしゃる「現場の声を聞き、みんなで作る」というコンセプトを体現できたのかなと思っています。

井上:そうですね。ちなみにビジョンって、受け取るだけじゃなくて、自分からそれを外に発信すると、すごく定着するんです。例えば営業の社員が現場で提案する際に必要なことが、ムービーやFUTURE MAPに全部ちりばめられている。あたりまえに「使う」ところまで設計しちゃったんですね。ビジョンを発信することで、社員一人一人がオーナーシップを発揮してほしいんです。

私も得意先に行ったら、まずムービーを見てもらうようにしています。そうすると必ず「明るくていい会社ですね」と言われますから、「そうでしょう、こういう会社なんです」というところから話を始められる(笑)。

小柴:実は他の企業のムービーと比べても、ナレーションの抑揚とか、音楽の熱量とか、だいぶ「強め」なんですよね(笑)。

井上:そうそう。音楽といえば、最初に見せてもらったのは最後の音楽が何かゆるやかだったんですよ。それは直していただきましたね(笑)。

片貝:現場の声をたくさん詰め込んだ変革起動ムービーですが、受け取った社員の皆さんの反響はいかがでしょうか?

井上:やはり自分たちの声を会社の声として発信していることに対する喜びの声をよく聞きます。一方で、撮影してもらった素材を全部使ったわけじゃないので、先日なんかは工場に行ったら「何度も見たんだよ井上さん!いつ俺出てくるんだよ」「手も出てないよ!」と怒られちゃいました(笑)。ごめんごめんと。

片貝:井上社長ご自身も1秒も映っていません(笑)。でも、社長にそれを言える社員との関係性が良いですね。

井上:これはけっこうポイントで、先ほどの「トップは潤滑剤でなければならない」という話にも通じています。別に私もすごく優しいわけじゃないけど、「なんでもとりあえず社長に話してみよう」みたいに思われることは大切なんです。

あと社員の反響でいうと、キリンビバレッジの一つの原点である「自販機」にフォーカスしていたことも、ベテラン社員たちからは喜ばれましたね。井上さんは自販機を忘れていないなと。自販機に限らず、この会社の大切な経営資源というのは、それぞれみんな自分なりに思っているものがある。だとしたら、それをその最大公約数で表現してあげることによって、一つの大きな力にはなるんじゃないかなと思っています。

社員たちのWillを可視化するFUTURE MAP

片貝:FUTURE MAPについては、どんなところが良かったと思われますか?

井上:これもムービーと同じで、社員一人一人が自分ゴト化できるようにしてくださいとオーダーしました。その結果、「社員が自らのWillを貼ることで完成する、未完成の未来地図」が生まれました。

FUTURE MAPについては、フレームがすごく分かりやすいのが良かったですね。基本はベテラン社員の好きな「右肩上がり」になっています。左下の原点には、今持っている強いブランド、午後の紅茶や生茶がある。それが未来に向けて、右肩上がりになっている。左上に行ってみると新しい価値であるヘルスサイエンスが緑に輝いているし、右下にも新事業がある。これが4象限にうまく分かれている構造が良かったですね。あと、やっぱりここにも自販機があります。

小柴:FUTURE MAPの提案や制作にあたって大切にしたのは、われわれが勝手に描くのではなく、皆さんの意思をこめて1個1個のシーンを共創させていただいた点です。各シーンには、その元となるような戦略上の事業目標があるんですが、その事業目標が現実に世の中に出ていったら、社会が具体的にどう変わるのか?ということを、皆さんと一緒に考えさせていただきました。

片貝:いただいた長期経営構想の企画書をビジュアライズしていったらこうなったんですよね。しかも「ワクワク」というキーワードもいただいていたので、10年後の社会がキリンビバレッジでどう変わるのかという、ワクワクする未来像を描く、そこがアイデアの出しどころでした。

井上:今、共創というお話がありましたが、ムービーにせよ、FUTURE MAPにせよ、「オーダーして、納品してもらう」という作り方ではありませんでしたよね。このプロジェクトでは当社の各統括本部や現場にプロジェクト担当、推進担当を任命して、メッセージも含めて議論してもらいました。

片貝:そう、電通抜きでも、全国の皆さんが集まってミーティングを行い、アイデアを議論されていましたよね。まさに全国のキリンビバレッジ社員が作った変革起動ムービーであり、FUTURE MAPなのかなと思います。

小柴:その上で、電通は皆さんの熱源をちゃんとお預かりして、その熱さがたぎるようなクリエイティブにさせていただきました。今回、担当していただいた監督も、人の熱量をとらえる意欲がすさまじい方で、徹底的に現場に密着して撮影していただきました。皆さんの熱量を表現に変えるという部分で、私も含め頑張れたかなと思っています。

井上:電通さんには発想の段階からいろいろ相談をしまして、いつも本当にお世話になっています。相談しやすいフォーメーションを作ってくれているのが電通さんの強みじゃないかなと思います。これからもよろしくお願いします。

片貝:ありがとうございます!僕らの立場でいうと、ムービーの納品、ポスターの納品で仕事は終わっているはずなんですが、でも本当は終わっていなくて、リアルの現場で「続いている」ことが非常に誇らしいです。ムービーとポスターがこれから2035年まで、キリンビバレッジの現場でワークし続けることを、楽しみにしています。

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著者

井上 一弘

井上 一弘

キリンビバレッジ株式会社

代表取締役社長

1966年1月生まれ、埼玉県出身。1988年青山学院大学経済学部卒業後、キリンビール株式会社入社。2003年酒類営業本部首都圏地区本部首都圏流通第3部長、2015年キリンビールマーケティング部部長、2021年常務執行役員マーケティング本部流通営業本部長を経て、2024年キリンビバレッジ代表取締役社長に就任

片貝 朋康

片貝 朋康

株式会社 電通

第3ビジネスプロデュース局

シニア・トランスフォーメーション・プロデューサー

戦略からエグゼキューションまで一貫したストーリーで共感性のあるBRAND ACTIONを展開。活動領域を広げるべく、2012年ドリルに参画。2025年から現職。クリエイティブディレクションもこなすサッカーとエンターテイメントをこよなく愛するビジネスプロデューサー。カンヌライオンズ ゴールド含む広告賞受賞多数。

小柴 尊昭

小柴 尊昭

株式会社 電通

フューチャークリエイティブリード室

クリエイティブディレクター

電通未来創造グループを経て現所属。「人起点」の変革をテーマに、企業の組織・人材活性化や、地域の未来づくりを支援。人の熱量を増幅させるクリエイティブと、社会課題解決に向けた持続的なプロジェクト運営がモットー。ライフワークとして写真の本質力を活用した課題解決アプローチ「フォトリューション」も実践。

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