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個人でも広告が打てる時代に「AD MISSION」No.3

広告は、“個人の想い”を伝える新たな表現の場になれる

2022/09/28

「届けたい、すべての想いに広告を。」そんなビジョンを掲げてスタートさせた「AD MISSION」は、クラウドファンディング(以下、クラファン)を活用することで個人でも小さな組織でも、誰でも、マスメディアを媒体とした広告コミュニケーションを行うことができる、新しいサービスプラットフォームです。

今回は、本サービスを企画した電通トランスフォーメーション・プロデュース局の片貝朋康氏と、共にAD MISSIONを運営する、クラファンのプラットフォーム「MOTION GALLERY(モーションギャラリー)」代表の大高健志氏が対談。サービス開発の背景や、クラファンに出資する支援者たちの行動が世の中に与える影響、クラファンとマーケティング、広告のこれからについて事例を交えながらお伝えします。

大高氏と片貝氏

<目次>

 “強者のための武器”ではなく、みんなの味方としての広告を

クラファンは「オピニオンメディア」になり得ると気づいた、「ミニシアター・エイド基金」の成功

ファンを動かすのは、短期的な利益ではなく「利他的」な想い

リサーチよりも起案者の「熱量」が成功のカギ。マーケティングも広告も、よりプリミティブな時代へ

 “強者のための武器”ではなく、みんなの味方としての広告を

片貝:モーションギャラリーさんとは、約1年半前に違うプロジェクトで協業しました。その流れで、クラファンと広告マーケティングを組み合わせて新しく何かできないかを考えた時、「センイル広告」(※1)のように広告を使って“個人の想い”を表現するような仕組みを作ることを思いつきました。そこで大高さんにお声がけをしたところ、ちょうど同じようなことをしたかったとお返事をいただいたんですよね。

※1=センイル広告
アイドルのお誕生日などにファンが出す応援広告。センイルは韓国語で誕生日を意味する。


大高:そうですね。当時クラファンという仕組みの中で、新しい表現を作りたい人たちの総和となるようなプロジェクトを作り、社会に実装していきたいという思いがありました。その頃「さいたま国際芸術祭2020」のキュレーターを務めていたのですが、例えば駅前のビルボード広告などをアート(表現)の一つの場として使い、そうした芸術活動を発信できたら面白いのではないかと思っていました。クラファンの新たなスキームとして多くの人に提示できますし、うまくいけば広告の使い方も面白くなる。“表現としての広告”のような流れができるといいなと思い、ぜひご一緒したいとお返事しました。

片貝:広告に対してはあまりいい印象を持っていない生活者の方々もいます。資金のある“強者のための武器”のように捉えられてしまうことがありますが、われわれからするとそんなことはなくて。このサービスを通して、広告は個人や小さな組織の想いも伝えられるのだということを証明したいと考えています。広告は一部の企業に限られたものではなく、みんなの味方なのだと知ってもらえたらうれしいですね。

クラファンは「オピニオンメディア」になり得ると気づいた、「ミニシアター・エイド基金」の成功

片貝:クラファンは、プラットフォームによってカラーが異なりますが、モーションギャラリーさんは、映画やクリエイティブ系に強く、AD MISSIONの協業にとても適していました。成功事例の一つとして有名なプロジェクトに「ミニシアター・エイド基金」がありますが、こちらはどういった想いで行われたものなのでしょうか?

ミニシアター・エイド基金のプロジェクトページ
ミニシアター・エイド基金のプロジェクトページ

大高:コロナの感染拡大が始まった当初、「不要不急」の文化的な営みへの補償や対応は完全に後回しにされていました。中でも、一番後回しにされたのが小劇場やミニシアターへの支援です。これらは民間のビジネスではありますが、どうしても構造上ビジネスとしてもうかるものではないことは十分に理解した上で、文化のため、地域社会のために頑張って経営しておられる館が多い。1カ月も営業停止になったら本当につぶれてしまうし、再び立ち上げるには億単位の設備投資が必要になります。

ミニシアターがなくなれば、興行成績は取れないけれどカンヌで賞を取っているような作品や、新たな文化の萌芽(ほうが)があるものを発信する場がなくなってしまう。そうした中、特定のシアターや小劇場を守ろうというプロジェクトの相談がいくつかありました。どのプロジェクトも大きな反響があり成功しました。ただ一方で、劇場ごとにプロジェクトが乱立してしまうと間違った印象にもつながりかねないとも思いました。コロナによってさまざまな分断があらわになっている中、全国の劇場とそして観客の“連帯”がもっとも重要なメッセージだと考えたからです。

そんな時、「ドライブ・マイ・カー」でアカデミー賞を受賞した濱口竜介監督、そして「淵に立つ」が第69回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門審査員賞を受賞した深田晃司監督からそれぞれ「全国のミニシアターを支えるために中間団体を立ち上げて、一律でお金を集め、分配する形で救うのはどうか」というお話があったんです。それも本当に数時間の差で電話がありました。大きな運動にして「分断より連帯」という提案ですね。そこで「ミニシアター・エイド基金」を立ち上げました。

片貝:最終的に約3億円が集まったとか。

大高:はい。あくまで公的な補助金が出るまでのつなぎとして、3、4カ月営業を停止しても倒産しなくて済む資金を集めたいという目的を明確にし、短期的な目標でスタートを切りました。その分かりやすさが良かったのか、結果的に目標としていた1億円は開始2、3日で集まり、最終的には3億円にまで到達しました。

このプロジェクトは役者の方たちも協力してくれて盛り上げてくれました。すると、僕らがPRする以上にメディアが次々と自発的に紹介してくれるようになって、「文化は不要不急じゃない」という想いをこめてお金を出す人がいたり、世論も変わっていった感覚があります。当時の気づきとして特に感じたのは、クラファンもある種の「オピニオンメディア」になるのではないかということです。

お金を出すことで、支援者の社会に対する想いが可視化され、伝わっていくような要素があるのかなと。結果的に「ミニシアター・エイド基金」の分配金で、少なくとも1年以内につぶれた映画館はありませんでした。

ファンを動かすのは、短期的な利益ではなく「利他的」な想い

片貝:こうした事例を通して、クラファンが世の中に与える影響や力、今後の潮流を大高さんはどのように考えていますか?

大高:モーションギャラリーは日本で初めてクラファンが生まれた2011年にスタートしました。当時から「そんなのうまくいくの?」という声は大きく、理由として日本に寄付文化がないことが挙げられていました。ただ、われわれとしては、そもそもクラファンは寄付ではなく、投資でもないと考えていました。では、何かというと「投票行動」であり「参加」の意思表明だと思っています。大きくいうと、ヨーゼフ・ボイスの「社会彫刻」という概念(※2)を実体化する仕組みではないかと。

※2=社会彫刻
現代美術家で社会活動家のボイスが提唱した、社会は彫刻作品であり、あらゆる人間が自らの行動によってその創造に参加できる、しなければならない、という考え方のこと。


自分のお金を何に振り向けるのかという選択肢の中で、あえて自身に短期的な利益が発生しないかもしれないクラファンにお金を出すこと自体が一種の表現行為だという捉え方です。その企画を支援すればもうかるという理屈ではなく、純粋に「この人を応援したい」とか「新たな作品を作ってほしい」といった想いと、そしてその結果として作品やアクションが現実社会で実体化するということを表現行為として出資をする人がいる。

「ミニシアター・エイド基金」は、その考え方が、より具体的に明確になったプロジェクト事例ではないかと思います。こうしたプロジェクトを通じ、お金の振り向け先を短期的な利益以外の形で表現していくことで、社会にいろいろな可能性が生まれてくる。お金を使った多様性の創出といったところがより実現できているのではないでしょうか。

片貝:社会彫刻に関連する話として、大高さんは自身でクラファンを募り、下北沢に「K2(ケーツー)」というミニシアターも作っていますよね。濱口監督の「ドライブ・マイ・カー」に続く新作の「偶然と想像」はそこで上映され、海外で賞も取りました。そして、「ドライブ・マイ・カー」は、最終的には米国アカデミー賞の国際長編映画賞を受賞しました。小さなシアターで上映されたすてきな映画が、その後世界で評価されて著名な賞を取るというストーリーは、まさに社会彫刻のアウトプットではないかと感じます。

大高:「ドライブ・マイ・カー」の話で言うと、濱口監督の「ハッピーアワー」という濱口監督が世界に大きく認知された作品は、モーションギャラリーでクラファンしたことで制作費が集まり作られました。商業的な成功だけを目的としていない監督や作品には、特にそれが若手監督であった場合、どうしてもビジネスマネーでは制作費は集まりません。しかしその価値はその才能を信じる映画ファンが一番分かっていて、当時そのような方々が応援したことでプロジェクトが成立しました。今回、濱口監督がアカデミー賞を取ったことで、その前から応援していた自身の応援行動が7、8年たってから、大きくなって戻ってくるという、ある種の循環が具体的な事例として生まれたのはうれしかったですね。

片貝:まさにその点が、今マーケティングの世界でも変わってきているところだと思っています。われわれはよく、広告の「ターゲット」は誰ですか?と聞きますが、クラファンの世界では「ターゲット」ではなく、「パートナー」や「共鳴者」の立ち位置だと思います。「ハッピーアワー」の応援者は、監督が成長していけば、さらにコアなファンになってくれて、「パートナー」として次の作品も支援してくださるし、劇場も支援してくださるようになる。企業のマーケティングでも、そこを同じ形で捉えていかなくてはと考えています。

企業も今は「自分たちのファンになってください」という形の発信ではファンを増やせないことに気づいている。むしろ自社の事業が社会にどう寄与していけるかといったことに対する想いのある企業が、同じように考えるファンを増やして生き抜く世の中になっていくのではないでしょうか。私はその「誰かのために」とか「社会のために」という考え方や行動を「利他的」という言葉で表しているのですが、企業も利他的である必要があるし、ファンも利他的な想いで動く。その企業とファンがマッチするような動きができると、マーケティングがふくらんで収益にもなるし、本当のファンにもなってもらえますよね。クラファンにはそういったコミュニティの基礎が備わっているように思います。

リサーチよりも起案者の「熱量」が成功のカギ。マーケティングも広告も、よりプリミティブな時代へ

片貝:クラファンの面白いところは、自分がしたいからするけれど、それがもはや自分のためではないところ。社会彫刻だし、好きなアイドルのためだったり、地域のためだったりの行動が、究極自分の満足になっている。起案者は根っこにしっかりとした想いがあるから、何を言われても正論で返せるしアウトプットできる。そこがクラファンの良さであり、マーケティングの新しい形ですね。

大高:今の時代はよくも悪くも双方向発信だし、ペルソナだって一人の人間の中に複数存在する。クラファンの支援者に関しては性年代なんて本当にバラバラで「30代男性に見せたい」とかそういう話ではありません。クラファンのどこに共感してつながることができる相手に届けたいのか、デモグラ属性で決めつけるのではなく、個人個人の興味や関心の部分にエンゲージメントを求められていますから。

そういう意味で、「PV数」や「デモグラ属性分析」など一般的にマーケティングとされている「量」を統計する考え方は一見理性的ではありますが、少なくともクラウドファンディングには適していません。クラウドファンディングという統計の外にある、これから新しい事例をむしろ作り出そうという行為においては、通用しません。

片貝:「AD MISSION」の案件を通して、クラファンで一番大切なのは起案者の熱量だと実感しています。この熱量・想いの部分が周りに伝わって味方がどんどん増えていくと強くなる。逆にそれがないと、著名人にまつわるプロジェクトだったとしてもうまく集まりません。同時に熱量をどうやって見せるか、という点が非常に大切で、上手に伝えるためには共感性とストーリーが必要なのだと思います。

大高:クラファンは統計データよりもビジョンや想い、非科学的なところを攻めていくほうが合理的ですよね。それは、“新しいマーケティングの形”というよりは、むしろすごくプリミティブ(原始的)なものだと感じます。

片貝:僕自身は、マーケティングももう「R&D」ではなくて「I&D」の時代だと思っています。アイデンティティ(I)がしっかりしていると、自然とデベロップメント(D)していく。最終的な成果は大事だけれど、そのためにはリサーチやペルソナよりもアイデンティティが重要。そう考えると、企業も本当にやりたいことを共感性、ストーリー性を持って実施することが大切だと思います。

IDENTITIY

現在、企業や地方自治体からも共感性を持って「AD MISSION」を使いたいとお声がけいただけていますが、裏側にはそうした想いがあると考えています。

大高:クラファンの良さの一つは、いわゆる「ウォッシュ」といわれるような表面的な広告を作って炎上するような事態にならないことですよね。そもそも裏側にある想いが届かないとお金が集まらないところが、ある種のリトマス試験紙みたいになっている。よそ行きの言葉でプロジェクトを作っても、みんなわざわざお金を出して応援しようとは思えませんから。

片貝:「AD MISSION」では、起案者の人も賛同者が何をしたら喜ぶのかなというところを自然と考えながらのクリエイティブ制作になります。上層部の意向がどうかや、外部とのしがらみがなく、素直に起案者・応援者の想いに寄り添って作ることができるから、クリエイティブとしても強くなるのだと思います。またそういったクリエイティブを提案すると素直に喜んでもらえて、私たちもやりがいを感じますね。

先ほどマーケティングはプリミティブになっているとおっしゃっていましたが、そういう意味ではこの先、広告表現もどんどんプリミティブになっていくのではないでしょうか。
そうした強い想いを広告で形にしたいと考えている方は、ぜひご相談いただけるとうれしいです。
 

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