チーム・クールジャパンが行くNo.2
外国人が興味を持つ「日本文化」とは─NHKスペシャル「ジャパンブランド」プロデューサー小堺正記氏に聞く
2014/05/02
日本が誇る文化を世界へ。前回に続き、チーム・クールジャパンの野上章さんが、NHKスペシャル「ジャパンブランド」を手がけたプロデューサーの小堺正記さんに、クールジャパン戦略に生かせる具体的なヒントを聞きました。
“プロデューサー的企業”の必要性
野上:先ほどお話しいただいた北九州市の事例は、おっしゃる通りまさに「ビジョンのある戦略」が機能していたと思います。官民連携の点でもうまくいっていましたが、立場の違う者同士が連携して総合的に日本の強みを発揮するポイントは、どのようなところにあるのでしょうか?
小堺:国や自治体の場合は儲けを考えずに動けるわけなので、北九州市のように、無名の企業が実績をつくる手助けをするのはひとつの方法論として有効だと思います。日本のものづくりやサービスに込められた細やかさを支えているのは中小企業ですが、いきなり海外に打って出るには信用が足りない。国や自治体の紹介でひとつ実績ができれば、それをきっかけに次へとつなげられます。
企業の動きでいうと、なかなか好例は多くないのですが、あるときは大企業、あるときは政府、と縦横無尽にタッグを組める“プロデューサー的企業”ともいえるような企業がいると成果が上がるのではないかと思っています。それは、大企業よりも小回りが利く中小企業の方が適しているのかもしれません。
たとえば番組で紹介した、浄水技術を有している企業は、従業員は150人くらいですが複数の大手企業と組んで、中国の農村部へ大きくビジネスを展開しています。
野上:先ほど(※前編)でもチームづくりの話が出ましたが、そうした臨機応変に動けるプロデューサー的な企業がそのときどきでメンバーを編成して、成果を挙げていくわけですね。
小堺:そうですね。そのとき、僕は何もメンバーが“オールジャパン”であることにこだわらなくてもいいと思っています。リーダーでさえ、外国人でもいい。どんなジャンルでもルールをつくる者、ルールを握れた者が勝ちますが、日本人はその点で押しが弱く、したたかさに欠けるので、むしろリーダーは外国人の方がいいのかもしれません。
スポーツでも、日本人プレーヤーの能力を外国人の監督が引き出すケースは珍しくありません。以前、サッカー元日本代表監督のイビチャ・オシム氏に取材したとき、「なぜマスメディアは日本ばかり批判するのか」と言われました。「原爆、震災、津波、どんな困難に遭っても立ち直る、鋼のような意志を持った国民を日本人のほかに私は知らない」と。そんな国民性に根ざした勤勉さや組織として動ける気質を、彼は見事に生かしていました。国籍や業種を問わず、日本人の精神性をブランディングできる人が、プロデューサーになるべきだと思います。
点ではなく面での戦略で観光客を誘致
野上:ビジネスのジャンルでどうやって日本が海外へ打って出ているのか、これまでのお話はクールジャパンの展開にも非常に学びが多かったと思います。私たちは官民共同で推進するクールジャパン戦略に対して、商品サービスやコンテンツ開発、ネットワーク構築などさまざまな角度から支援をしていきたいと考えて活動しています。
具体的に、今後のクールジャパン戦略はどういう方向に向かうべきか、お感じになるところを伺えますか?
小堺:僕は日本のソフトコンテンツの番組はつくっていませんし、専門家でもないので、あくまで僕の番組制作との共通点で言えばというところですが、そもそも「クールジャパンとは何なのか」が見えにくいと感じます。日本発のキャラクターや漫画などが海外で人気を集め、日本カルチャーに関心が集まっているものの、点での事象にとどまり、総合的な海外進出には至っていない印象です。そこから抜け出すには、僕らが「ジャパンブランド」の定義を議論したように、やはり概念規定が必要ではないでしょうか。
昨年、観光をテーマに討論番組を制作しました。「Visit Japan」キャンペーンを開始して10年ほど経ち、外国人観光客はたしかに増えましたが、残念ながら政策が奏功したとはいえません。
海外では自国の観光戦略をどうしているのか、取材を重ねましたが、たとえば韓国では韓流ドラマやK-POPなど、完全に文化と観光をセットで考えていました。たとえば世界各国でK-POPダンスのコンテストを開催し、予選を通過した人々を韓国に招いて決勝大会を行ったり、海外にドラマを売ってそこに映っている韓国の暮らしや韓国製品に憧れや関心を抱いてもらったりと、全部が一体となって韓国への関心を喚起しています。
僕が子どものころは、「奥さまは魔女」に代表されるアメリカンホームドラマがさんざん流されて、ずいぶんとアメリカ風の暮らしや製品が日本に広がったと思います。そういう戦略が、いまの日本に観光政策としてあるのかというと、厳しいところです。
ちなみに、韓国で活動の中心になっている韓国観光公社の前のトップは、在韓年数が長いドイツ人だったんですよ。
野上:韓国文化も分かるし、ヨーロッパ人の見方も分かるわけですね。
小堺:ええ。日本にも、日本が好きな在日外国人がたくさんいますから、彼らの力をもっと活用すべきという意見もあります。
一方で、韓国では、大きな観光資源である歴史の深みが圧倒的に日本に負けていると捉えられています。それを考えると、京都をはじめとする歴史の資産も十分にクールジャパンのコンテンツになりますが、かといって点で打ち出しても仕方がない。細かく分類するほど、罠にはまるような気がします。
日本人が思う日本の魅力と、外国人が感じる魅力は違う
野上:観光でもソフトコンテンツでも、点ではなく、全体の動きとして戦略的に展開すべきだと。
小堺:そう思います。
この番組のために、外国人観光客にたくさんインタビューしましたが、本当に思いもよらないところが注目を集めていました。「アニメの主人公が食べていたメロンパンを食べてみたかった」とか、「トリップアドバイザーというSNSで人気なんだ」と歌舞伎町のゴールデン街に飲みに来ていたり。また、外国人が好きな日本食ナンバーワンはラーメン、しかもとんこつ。そういうことを意識したら、外国人に何を提供すればいいのか逆算できますよね。
僕らが思う日本の魅力と、外国人が感じる魅力は違う。でも、考えてみれば僕らだって高級料亭や温泉街にいつも行くわけじゃありません。箱根まで行かなくても、スーパー銭湯で手軽に温泉気分を楽しめます。中国・北京のセブン‐イレブンでは「おでん」が大人気だそうですが、専門店でなくても常にある程度の品質のものが食べられる。そういった、庶民的で手の届く範囲のものの水準が高いことも、日本の大きな強みです。
野上:なるほど。意外なところが「日本の魅力」として映るというのは、クールジャパン戦略にも反映したいところです。今はSNSによって、ピンポイントな情報も拡散するのですね。
小堺:ええ。もっと意外だったのは、トリップアドバイザーで、広島の原爆資料館(広島平和記念資料館)が関心を集めていることです。日本は世界で唯一の被爆国なので、平和を考えるきっかけになる、と。「観光」という言葉でくくると、浮ついた印象も与えかねませんが、もっとツアーなどに戦略的に組み込んでもいい。東日本大震災や大津波、また原発の問題など、微妙なところを含みますが、日本が身をもって体験したことを知らせるのも大事なことではないでしょうか。
野上:お話を伺っていて、クールジャパン戦略においても日本の文化の根っこにある精神性を軸に、改めて考えるべきだと思いました。
小堺:広告をつくる仕事は、企業が何を売るのか、その本質を分かろうとする作業ですよね。表面的ではない企業の姿を知っているから、企業同士をコーディネートする目利きになれる。同時に、企業がモノではなく“コト”を売る方向へと移行する中、新たな“コトづくり”ができる可能性も十分あるのではないかと思います。
野上:なるほど。これまでの当社のノウハウを生かして、点ではなく面での取り組みにつなげていきたいです。今日はありがとうございました。