半径ワンクリックNo.5
tomad×土屋泰洋:前編「インターネットの空気感をどう捕まえるか」
2014/04/28
今回の「半径ワンクリック」は、日本を代表するネットレーベル「Maltine Records」を主宰するtomadさんにお話を伺いました。
マルチネを聴いて育ったみたいな世代もいる
土屋:まずはMaltine Records(以下、マルチネ)を始めたきっかけから教えてください。
tomad:16歳のときに高校の同級生と音楽を作っていて、曲をリリースしたいと思ったんですけど、CDを作るのはなんかハードルが高くて、だったら音楽レーベルみたいなウェブサイトを作って、そこでリリースしようと。それが2005年くらいで、当時海外には無料で曲を公開しているクリエイティブ・コモンズ・ライセンス付きのネットレーベルがたくさんあって、そういう感じをまねしました。
土屋:当初はご自身で作った曲をリリースしていたと思うのですが、ほかのアーティストはどのように増えたんですか。
tomad:当時はIDM(インテリジェント・ダンス・ミュージック)やブレイクコア、エイフェックスツインなどのマイナーな音楽が好きで、そういった音楽に関するブログを書いていたんですけど、そのブログでつながった人たちからコミュニティーができた感じです。
あとは2 chのVIP板で、クラブミュージックをインターネットラジオで流して、リアルタイムで反応が書きこまれるようなスレッドがあって、僕も参加していたんですけど、そこでも輪が広がりましたね。そのスレッドは、結局300スレッドぐらいまで続きました。
土屋:すごいですね! VIPでそんなムーブメントがあったんだ。
tomad:そのスレッドのオフ会で、実際にクラブイベントをやってみようという企画があって、渋谷の100人くらい入る小さいクラブでやったんですけど、そこで初めてDJをしたんです。
土屋: imoutoid(http://ja.wikipedia.org/wiki/Imoutoid)が2chで「ファミコン宇宙人」っていう名義でやっていたのはこの時期なんですね。
tomad:そうですね、imoutoidもそのスレッドにいて、そこで仲良くなった感じです。
土屋:僕、最初にマルチネを知ったのが、imoutoidからだったんです。エイフェックスツインの曲を、なぜかアニソン風にアレンジした変な奴がいる! って周りで話題になって。最初聴いたときに、これはギャグっぽいけど、実はかなり高度なことをやっているし、かっこいいなと思ったんですよ。そこからimoutoidがマルチネからリリースした「ADPRESSIVE CANNNOT GOTO THECEREMONY」に辿り着いて…。それ以来マルチネのリリースはほとんど聴いてます。先ほどIDMとかブレイクコアって話がありましたが、当時からマルチネのレーベルカラーというか、方向性みたいなものはあったんですか。
tomad:基本はクラブミュージックなんですが、ハウスとかテクノみたいなジャンルに集約するんじゃなくて、もっと幅広く、いいと思った音楽を出していこうという感じでした。
土屋:初期はエレクトロニカっぽい曲が多いですよね。最近はダンスっぽいのが増えてきた。
tomad:確かに初期はエレクトロニカと、その影響を受けたアンビエントなんかが多かったです。当時日本にはナードコアと呼ばれるような文化があって、そこからニコニコ動画のMAD(※1)的な流行りもあり、マルチネでも影響を受けています。
土屋:マルチネからリリースしている人たちは、やっぱりtomadさんと同世代の人が多いんですか。
tomad:始めた頃のメンバーは同世代が多くて、最近は20歳前後ぐらいですね。
土屋:マルチネって、ネットレーベルの中でもかなり有名なレーベルだと思うんですけど、やっぱりアーティストからデモ音源が送られてきたりするんですか。
tomad:かなり送られてきますね。だから、デモから採用するハードルはどんどん上がってきています。
土屋:マルチネは、音だけじゃなくてアートワークも注目されていますよね。
tomad:ウェブサイト含めて、ビジュアルイメージはこだわって作りこん込んでいます。マルチネではアパレルも出しているんですけど、組み合わせながら全体のイメージを作っている感じです。
土屋:音だけでなく、マルチネのビジュアルデザインをやりたいっていう人も多そうですね。
tomad:そうですね。マルチネを聴いて育ったみたいな世代もいるので。
土屋:そうか! 2005年からスタートしているから、普通にそういう世代がいるんですね。
tomad:15歳ぐらいでマルチネに出会って、そこから20歳になるまでずっと聴いてきたみたいな人がいても全然おかしくないんですよ。
現実空間にインターネットの空気感を広げる
土屋:定期的にイベントをされていますが、毎回コンセプトがあって、戦略的にやっている印象を受けました。ネットレーベルにとってリアルのイベントって特に大事だと思うんですけど、どのようなことを考えてオーガナイズしていますか。
tomad:単に集まるだけ、騒ぐだけみたいなイベントはやりたくなくて、インターネットでのリリースがあって、その結果としてイベントというリアルな場に反映したいと思っています。コンセプトはその時々で違うんですよ。
土屋:5月5日に「東京(http://tokyo-0505.cs8.biz/)」というイベントが行われますね。
tomad:はい、恵比寿のリキッドルームでやります。この「東京」というイベントは、マルチネからリリースしてインターネット上では仲がいいけど、リアルではまだ会ったことのない海外のアーティストを呼ぼう、というのがコンセプトになっています。
土屋:海外のアーティストもリリースしているんですね。マルチネへのアクセスって海外からも多いんですか。
tomad:ここ1年ぐらいで一気に増えました。やっぱりSoundCloud(http://soundcloud.com/)の影響が大きいのかなと思ってます。あとは、海外を多少意識した音やアートワークのリリースが徐々に成果を上げてきたのかもしれないです。
土屋:逆にマルチネの日本人アーティストで、海外のレーベルからリリースしている人も出てきていますね。
tomad:そうですね。今は日本とか海外とかっていう感覚がなくなってきていて、どんどんフラットになっている気がします。SoundCloudでマルチネをフォローしている人が1万人を超えているんですけど、最近フォローしてくれた人を見ると、ほぼ外国人なんですよ。国境関係なく、どんどん聴かれるようになっています。
土屋:国境が関係なくフラットになるのって、インターネットならではの現象ですよね。
この連載は、「インターネット」がテーマで、前回インタビューさせていただいたIDPWの人たちとは「インターネットにおけるリアリティー」や「インターネットっぽさ」について話をしたんですけど、tomadさんはインターネットについて特に意識することはありますか。
tomad:そうですね…、結構ありますね。
土屋:新しいリリースをするときに、「どうやったら話題が広がるか」みたいな構造的なところとか、「このネタを今持ってきたら今アツい」みたいな空気の読み方とか、そういう事を考えたりするんでしょうか。
tomad:いえ、あえて外すっていうか…。例えば、ある商品やサービスを広めたいからこういうウェブサイトを作ろうっていうマーケティングが、今の日本のウェブ業界の雰囲気ですよね。それってほとんどは現実の拡張というか、より現実を見てもらうためにインターネットを使っている。でもマルチネがやりたいのは、そういうことじゃなくて、ぼんやりとしたインターネットの空気感をどう捕まえるか、みたいなことなんです。
土屋:具体的にはどういうことでしょうか。
tomad:マルチネではTシャツとかもつくっているんですけど、Tシャツのデザインの中にQRコードが付いていたりするんです。このQRをスキャンすると、リリースされてない曲がダウンロードできたりするんですよ。例えばこんな風にインターネットの空気感をフィジカルに落とし込むことで、現実空間にインターネットの空気感を広げるようなことを考えています。
「っぽさ」が「っぽさ」を生むみたいな感じ
土屋:現実空間にインターネットの空気感を広げていく感じ! それを聞いて、前回のインタビューでIDPWの人たちが、インターネットヤミ市で「インターネットっぽさ」を物理的に落とし込もうとしたら、すべてが「インターネットを経由した感じに見える現象が起こった」っていう話をしていたのを思い出しました。それは例えば、インターネットヤミ市で物まねをする人がいて、その物まねを見ていると、超高解像度のYouTubeを見てるみたいだったっていう話で。
tomad:そういう、インターネットを経由して現実の認識自体が変わっていくみたいなことは確かにあると思いますね。それが顕著だと思うのが、僕より下の世代、20歳以下のTumblr(https://www.tumblr.com/)の使い方だと思います。
土屋:どういう使い方をしているんですか。
tomad:みんな画像でモヤモヤした感覚を共有し合っていて…。なんというか、画像自体が言葉になってるみたいな感じなんです。
土屋:かなりTumblrをやりこんでる人を見てると、単純に好きな画像をスクラップしてます! という感じではなくて、お互いフォローしてる人同士が「この画像って『っぽい』よね!」という抽象的なイメージをお互いに探るようにアップしてる感じがしますね。
tomad:そう。「っぽさ」が「っぽさ」を生むみたいな感じなんですよね。
土屋:机の上になぜか寿司が1個だけ置いてあるような(笑)、超ナンセンスなものとか、色んな画像をぐちゃぐちゃにコラージュしたものとか、その掛け合わせとかがものすごい速度で常に行われていて、その結果独特のスタイルが生まれていっている感じがありますよね。
tomad:そうそう。「東京」のビジュアルイメージとかも、そういう感じから影響を受けていて。
土屋:ああ…、わかります(笑)。なんでしょうね、この感じ。どうしてこういう感じになるんでしょうね。
tomad:一言でいうのは難しいんですけど、多分どんどん外していこうとしてるんだと思います。
土屋:ナンセンスな方向に行ってるような感じですかね。
tomad:そうそう、ナンセンスな方向。ただ最近はナンセンスな方向が、一周して逆にベタになってる。
土屋:難しいですね(笑)、こういう感じを狙ってこういうトーンを持ち味にしてるカリスマみたいな人がいるのか、あるいはみんながなんとなくこういう雰囲気の画像をリブログし始めたらスタイルとして定着したのか…。
tomad:多分それが分からないのが、インターネットっぽさなんじゃないですかね。ロンドンのDIS magazine(http://dismagazine.com/)っていうネットアート系のウェブマガジンがあって、ここもTumblr文化の影響を色濃くうけている気がしますね。
あとは、PC Music(http://pcmusic.info/)っていうネットレーベルがあって、ここも「っぽさ」がありますね。PC MusicもビジュアルとSoundCloudにアップされた音源がセットになっていて、これでもうリリースなんですよ。
土屋:PC Musicはじめて見ました。かっこいいですね!
Tumblrの影響でイメージ文化みたいなのが来てる
tomad:僕的には、Tumblrの影響でイメージ文化みたいなのが来てると思っていて。Tumblrって、みんな自分の好きなモノの画像を上げて、その画像から同じ趣味の人と交流していて、ビジュアルだけで言葉を介さないから国境とか関係なくコミュニケーションができる。
あとはFacebookでリンクを上げると画像が表示されるとか、Twitterも画像が出るようになったり、SNSにおけるビジュアルイメージの領域がどんどん拡張されてますね。
土屋:なるほど。確かにそうですね。
tomad:それに追随するようにSoundCloudも、アイコンを大きく表示するようになりましたよね。どんどん画像が重要視されるようになっている。音楽も、画像イメージ、ビジュアルイメージが先行して、それにBGMを付けるみたいな形で出てくるものが多くなってきているように感じます。
土屋:これまでと逆なんですね。音楽にビジュアルを付けるのではなく、ビジュアルに音楽を付ける。
tomad:一昨年くらいから、そういうムーブメントがあって、それこそSeapunk(※2)も同じような感じだと思う。
土屋:あのイルカと海とクリスタルみたいな独特の世界観が最初にあって、そこに後から音楽が付いた感じなんですね。マルチネの場合は音楽先行なのかなと思ってるんですけど、そうした流れを受けて、ビジュアルイメージをまとうことについての戦略は考えていますか。
tomad:最近はそれをずっと考えていて、もはや音楽先行かすらも分からなくなってきてます(笑)。むしろビジュアル先行でやってもいい気がして、例えば「市民プールサイド」(http://maltinerecords.cs8.biz/122.html)っていうコンピレーションは、完全にビジュアル先行だったんです。最初にビジュアルを作って、このビジュアルに合う曲を作ってくださいって感じで作りました。
土屋:そうだったんですか!
tomad:海外にPOOLSIDEっていうディスコユニットがいるんですけど、彼らはプロモーションビデオとかも海外のちょっとリッチな家にあるようなプールで仲間とはしゃいでる…、そんな感じなんですよね。そういうのって憧れるけど、日本だとプール無いしな…、いや日本でプールっていったらやっぱ「市民プール」でしょ! っていう話になって(笑)。そこからかなり時間かけてビジュアルイメージを作りこんでアルバムを作っていきました。
土屋:プールサイドでイケイケな感じを日本の感じに翻訳したら市民プールになったと(笑)。面白い。コンセプトアルバムの作り方は、ビジュアル以外でも考えられそうですよね。たとえば物語を先につくってそこに音楽をつけていくとか…。次の展開は何か考えていますか。
tomad:映像は作りたいと思ってるんですけど、やっぱりコストも掛かるし、一緒にやってみたいと思う映像作家がなかなかいなくて。やっぱりYouTubeがある以上、音楽におけるプロモーションビデオの必要性は高いので、いつかはチャレンジしたいですね。
土屋:確かにみんなブログやSNSにプロモーションビデオを埋め込んで曲を薦め合うから、音楽とビデオが一緒に再生されてる現状がありますね。映像にするだけで、音楽が広がりやすくなる。
データは原則的には誰でも無料でコピーできるもの
土屋:マルチネの音源って全部フリーじゃないですか。好きだからやると言っても限界があるだろうし、どうやってマネタイズしているのか純粋に興味があります。
tomad:データは原則的には誰でも無料でコピーできるものだし、お金を払った人だけが聴けるという仕組みだと聴く人の層が狭くなるから、やりたくないんですよ。その上でどうマネタイズしていくのか考えているのですが、非常に難しい。
今のところインターネットでお金が動くのは、やっぱり広告収入ですよね。でも広告を載せ始めると、より多くのPVを集めなきゃいけなくなって、そうなると分かりやすさが先行するから、それもやりたくない。
あとは有料会員みたいなモデルもあるけど、それも違う。そうすると、どんどんお金にできる領域が少なくなってきて。ただ最近はじめたアパレルは、フィジカルですがレーベルの価値を損なわずシンプルにマネタイズできるのでいいですね。
土屋:フィジカルだと、お金を払うっていう事に対して、まだ納得感がありますよね。
tomad:そうですね。あと、服を着てもらうことで、今までマルチネに興味なかった人にも広がっていく。
土屋:ドネーションを募るとかはどうですか。
tomad:ドネーションはやってないんですけど、クラウドファンディングっていうシステムはすごくいいと思ったんで、アーティスト活動をサポートするクラウドファンディングの「PICNIC」(http://picnic.sc/)を始めました。ただ、お金を集める以上キッチリやらなくちゃいけないところがあって、無料でリリースするよりも時間がかかるんですよね。お金を集めるために、先にネタばらししちゃうような感じもあるし。
土屋:確かにそうですね。
tomad:だから、合う企画と合わない企画があるなって感じてますね。ただ「曲を作ってリリースして」というのを繰り返していっても、それはそれで刹那的で埋もれてしまう感じがするので、イベントなども含めてどう山をつくるか…。そのあたりを上手くコントロールするのが、SNS以後のアーティストにとっては重要なのかなと思います。
(次回に続く)
取材場所:Maltine Records道玄坂オフィス
(※1)MAD:さまざまな音や映像をつぎはぎで編集する手法。
(※2)Seapunk:2011年ごろからインターネットから誕生したとされる新しい音楽ジャンル。名前の通り、海のモチーフを多く取り入れている。