半径ワンクリックNo.6
tomad×土屋泰洋:後編「幻想から作られたクラブミュージック」
2014/05/12
前回に続き、プランナーの土屋泰洋さんが「Maltine Records」を主催するtomadさんにお話を伺っています。幻想のクラブミュージック、そして、これからのインターネットと音楽とは…。
クラブに行くより先にクラブミュージックを作る
土屋:クラブミュージックってフロアと切り離せない、物理的で肉体的な音楽だと思うんです。曲を作るときに、例えばDJとしても活動している人ならフロアで流して反応を見ながら作れるけど、自宅で作ってインターネットで完結する人はフロアの反応が見えない。そうすると、曲の作り方でフロアとの呼応具合が変わってくるかもしれないと思うんですけど、実際イベントをして何か感じますか。
tomad:まず最近のクラブミュージックって、EDM(エレクトロニック・ダンス・ミュージック)のような分かりやすい方向と、アンダーグラウンドな方向に、二極化してると思うんですよ。アンダーグラウンドな方向は、もはやクラブでの機能をそこまで重視していなくて、ヘッドフォンで聴いたときにいい感じがするとか、家で踊ることを最重要に考えているようなところがあって。
土屋:家で踊ることが最重要(笑)。
tomad:それが新しい世代というか2010年以降の、アンダーグラウンドなクラブミュージックの視点になってる気がします。
土屋:90年代初期は、それこそエイフェックスツインとかベッドルーム・テクノなんて言われてましたけど、そこからの正統進化とも言えそうですね。ヘッドフォンで聴くことに特化したクラブミュージックっていうのは、確かにすごく納得感がある。
tomad:それって多分、クラブに行くより先にクラブミュージックを作るから起きている現象だと思います。実際のクラブを体験せず、クラブへの幻想から作られたクラブミュージックは、やっぱり実際にクラブで聴くとズレがあったり、これまでのクラブミュージックの方法論とは違っていて…
土屋:クラブに対する幻想からつくられたクラブミュージック!! すごく面白いコンセプト! 以前は曲を作ったらライブやDJで広げていかなくちゃいけなかったけど、今はネットがあるから、その幻想のクラブミュージックはネットで共有できて、かつレスポンスも存在するわけですね。そうすると身体性だけがそこにないみたいな感じになっていくような…
tomad:でも、結構無理をすると身体性はどうにでもなるっていうか。ハウスとか四つ打ちは踊りやすいけど、例えばJUKE(※1)なんかはもう完全に踊りにくくて、でも頑張ると踊れたり(笑)。DJをしていて、ダブステップからJUKEにつないでも、結構つなげて、そうなるとダンスも変わってくる。やっぱり分かりやすい方向に対して反発する動きってあって、そういうDJが好きですね。
土屋:JUKEって、あの独特のビートが先にあって、後からFOOTWORKっていうダンスが出てきたんですか。
tomad:あれはシカゴで同時に出てきたみたいです。ただ、音はインターネットで広まるじゃないですか。そうすると、シカゴとは別の地域の、なんか部屋で曲作ってるやつらがビートだけ真似するんですよ。それってシカゴのJUKEを想像して作った幻想のクラブミュージックで(笑)、そういうオリジナルが分からなくなっていくのがインターネットっぽさなのかなと思う。
土屋:なるほど(笑)。新しい感じを聴いて、こうやって打ち込めばそれっぽくなるなって、本場を想像しながら作るわけですね。
tomad:そういうものを部屋で聴いて、自分でちょっと踊ってみたり。
土屋:インターネットでシカゴと部屋がつながって、部屋で化学反応が起きて、また部屋からインターネットに放たれていく…。
tomad:マルチネのイベントは、部屋からまたクラブに集約し直そうっていう感じを意識しています。
土屋:この「半径ワンクリック」に出ていただいた方は、「何かしらの仕組みができあがってるなら、その裏をかいていこうぜ」っていうスタンスが共通している気がするんです。お話を伺っていて、いわゆる従来のクラブカルチャーがあって、そこから意図的にずらしていっているような印象を受けました。
tomad:意図的というか、多分根本的に最初からずれてたって話だと思うんです。
土屋:クラブを体験する前に、クラブミュージックを作ってしまうから…。
tomad:そうそう(笑)。
土屋:その現象が起きてしまうのは、音楽制作の機材の低価格化や、あとクラブに関する法律の問題もありますよね、厳しいIDチェックがあって、20歳以下だとクラブに入れてもらえない。
tomad:それは大きいですね。行きたいけど行けないから、自分で作って家で踊る。あとはYouTubeなどでアーカイブだけを先に過剰摂取してるっていうのもありますね。tofubeats (http://ja.wikipedia.org/wiki/Tofubeats) とかもまさにそんな感じです。20歳以下はクラブに行けないっていう法律的な問題や、そもそも神戸に住んでいるという距離的な問題もあって、彼は実際にクラブに行くよりも先にクラブミュージックを作り始めてるんです。
インターネットにあるものをフィジカルに落とし込む
土屋:今後マルチネはどうなっていくんですか。
tomad:リリースはずっと続けていきます。それと、今まではCDは出さないという姿勢だったんですけど、最近は出してもいいかなと思うようになってきました。あとは、アパレルをもっと作っていきたいですね。インターネットにあるものをフィジカルに落とし込むことで、逆にインターネットっぽいイメージを広げるっていうことをやっていきたいです。
あと、DJとかイベントに関しては、機会があれば海外でやってみたいですね。例えば海外でマルチネの曲を流したら、フロアはどう反応するんだろうっていう興味がある。
土屋:CDで言うと、以前「MP3 Killed The CD star?」っていうコンピレーションをリリースされていましたよね。パッケージされているのは実はCD-Rで、曲をインターネットからダウンロードして自分でCD-Rに焼いて完成させるっていうコンセプトに痺れました。
tomad:あれは結局、CD-Rだけだと流通の問題でCD屋に置けないっていうことがあったので、収録曲のメガミックスCDも付けて販売することになりました。それぞれの楽曲自体は同封されているコードでダウンロードして自分でCD-Rに焼いてくださいという感じで。
土屋:やっぱり一筋縄ではやりたくない感じですか。
tomad:普通にCDを出すだけだったら、別にそれは普通のレーベルと変わらないので(笑)。
土屋:今後CDを出してもいいかもってお話がありましたが、それも何か考えがあるんですか。
tomad:それは、もう完全にファッションとしてCDを売りたいんです。例えば枚数を限定するとか、そういうことをやっていきたい。だから無料で曲を出しつつCDも売るみたいな。インターネット上でリリースしていくだけだと過剰な情報の中に流されちゃうので、CDやアナログにしておくことで、こういうリリースがあったんだという思い出を残していく。だから別にそれをまったく聴かなくてもいいし、音源をPCに取り込まなくてもいいんです。
土屋:最近Delawareという人たちが、レコードを熱で溶かして彫刻作品にして、レコードと同じ音源の入ったUSBメモリを付けて、レコード自体はオブジェとして飾れるっていう作品を発表していて、個人的にピンとくるところがあったんです。それは、最近音をモノとして持ちたい感じがあって、それはデータに移行した揺り戻しなのかなと思ってます。
tomad:イギリスやアメリカでは、レコードの生産枚数が伸びてるみたいですね。「レコードプレーヤーないけど記念に買っとくか」みたいな、ファッションとかインテリアみたいな感覚ってあると思うんですよ。でも、そこに価値を見いだしてお金を払ってくれる人がいるなら、それはそれでいいと思うんです。
街とインターネットをつなげる
土屋:マルチネでハードウエアを作ってみようとか、そういう流れはありえますか。
tomad:徐々には考えてはいて…。例えばiBeacon(※2)とマルチネを組み合わせて、音楽アプリ的なものを出したら面白いんじゃないかな、とか。
土屋:その場に行かないとダウンロードできないとか。
tomad:そうそう。iBeaconって、リアルとネットをつなぎ合わせられるんですよ。たとえば新しい曲をリリースするときに、iBeaconを渋谷のどこかに置いておくと、通りがかった人のアプリが反応して曲が落とせる。その情報がクチコミで広まれば、iBeaconを設置した何でもない場所に人が集まり出す。そういうことができるんじゃないかなと思って。
土屋:そうしたアプローチは広告業界だとO2Oっていわれ方をしていて、いろんなトライアルが行われている領域なんですけど、tomadさんみたいな人が、ちょっと間違った使い方というか、広告文脈とは違う使い方を考えると面白いことが起きそうですね。
tomad:そう、間違った使い方ができると思っていて。街にばらまくと面白いんじゃないかなと。
土屋:クラブとかじゃなくて、ストリートというか、街っていうのは面白いですね。
tomad:街とインターネットをつなげるようなことができたら面白いなと思ってるんです。
土屋:この連載の一番最初、CBCNETの栗田さんにインタビューさせていただいた回でも話をしたんですけど、雑誌「MASSAGE」(http://www.themassage.jp/)のインターネットカルチャー特集の冒頭で「インターネットは僕らのストリートになった」っていう一文があって。ストリートとインターネットのつながりのお話は、すごく示唆的だなと思いました。
そもそも音楽から始まって、イメージをまとって、ファッションになって、どんどん身体性を帯びてきて、次に場所や街に向かうっていうのがすごく面白い。
音楽自体は無料になっていく
土屋:これからインターネットはどうなっていくと思いますか。
tomad:端的に言うと、「集まっていく」と思うんですよ。集まっていって、国ができるんじゃないかって思うんです。PayPal創設者の人が出資したりしてITベンチャーのための人工島を作る計画があったり、それが後々に国として認められたらすごいなと思う。多分、インターネットを通して最終的にはどうしても同じところに集まろうみたいな流れってあると思うんですよ。それこそ、イベントみたいに。
土屋:なるほど。今のインターネットテクノロジーを使った都市計画みたいなのができて、そこがインターネットパラダイスになるかもしれない。
tomad:そうですね。でもインターネットパラダイスができたら、もうそれはインターネットパラダイスではないみたいな感じがするんですけど、どうでしょうね。
土屋:できた瞬間に違うものになってしまうかもしれない。渇望してるけど、手に入った時点でそれはもう違うんだと。難しいですよね(笑)。音楽に関してはどうですか。現時点で、とにかくCDが売れないって問題もありますけど。
tomad:CDは、それこそファッションみたいになって別の価値が付いていくんじゃないかと。音楽はストリーミングで聴く流れですよね、それこそSoundCloudとか、そういうクラウドで聴いたり無料で共有することが当たり前になっていっていく。
土屋:最近サブスクリプション型の音楽サービスが増えていて、いくつか使ってみたんです。最初は「すごい!こんな曲もあるんだ」と思ってしばらく楽しむんですけど、すぐに聴かなくなっちゃったんですよ。自分にとって普通に息を吸うように音楽を聴くんだったらSoundCloudとかYouTubeのほうがラクチンで。あとSoundCloudのモバイルアプリってめちゃくちゃよくできてるじゃないですか。
tomad:そうそう。あれはすごい。
土屋:だからiTunesに曲を入れなくても、SoundCloudのアプリさえ入れておけばもういいやっていう感じになってきちゃってて。しかも、好きなアーティストやジャンルのグループをフォローしておくと、聴き切れないような量の音楽が世界中からガンガン上がってきて…。そうするともう本当に音楽は無料になってきているんだなって思う。
tomad:そこでどうマネタイズしていくか、ですよね。無料でばらまいた後に、どうまた戻すのかみたいな。
土屋:それがライブとかイベントなんですかね。
tomad:あとはグッズとか。他にも、まだ出てきてない方法がたくさんあると思うんですけどね。
土屋:そこもマルチネから出せるといいですね。というか、何か出てきそうな感じがすごくする。
今日きいたお話で、「幻想のダンスミュージック」というお話がすごく面白いと思ったんです。クラブミュージックが好きだけど、クラブには行けなくて、でも好きだから自分で工夫して作ってみる。そうすると幻想や誤解が介在するから、スタイルは似ているけれどもちょっと異質なものができあがって、やがてそれが新しいものとしてクラブミュージックの文脈に位置づけられていく…。
iBeaconの話もそうだけど、個人的にテクノロジーがそもそも想定された用途とは違うところに用途を見いだされた時にこそ、突然変異的に新しいことが生まれると思ってるんです。今日はとても面白いお話がたくさん聴けました。ありがとうございました。
取材場所:Maltine Records道玄坂オフィス
(※1)JUKE / FOOTWORK:シカゴのゲットーから広まった音楽ジャンル。高速かつ重低音が特徴で、足を激しく動かすFOOTWORKというダンスと同時発生している。
(※2)iBeacon:スマートデバイスユーザーの位置情報を活用してクーポンをプッシュ発信できる技術。Bluetooth Low Energy(BLE)を使用し、iOS7に標準搭載されている。