「危機管理広報力」
~世間とのズレを最小限に。
2014/06/06
事件・事故は予告なしに企業に襲いかかってくる。人が集まるところ(企業)に危機は必ず発生する。
2013年1年間の新聞・雑誌における「危機管理×広報」の報道件数を調べてみると、10年前の2003年に比べ1.7倍の2.4万件程度まで増加している。1月のアルジェリア・テロ事件に始まり、最新型旅客機のトラブル、工場爆発、食品偽装、反社会的勢力問題、農薬混入事件、さらにはアルバイトなどによるソーシャルメディアへの不用意なSNS投稿など、危機は企業に予告なく襲いかかってきた。その度に強く問われたのが「危機管理広報力」だった。
連載第2回は、日本の上場企業479社を対象に当研究所が行った「第1回企業の広報活動に関する調査」を通して、危機管理広報力について論じたい。
■ 世の中と“ズレ”ていませんか?
これまで、企業が危機管理広報で失敗し、コーポレートレピュテーションを損ねたことで、企業価値の下落を招いたケースを長年分析してきた。
この分析活動の中で、緊急時の広報対応の失敗パターンを以下の5つに分類している。
① 憶測・推察(謝罪会見などで未確認情報を開示してしまい混乱に)
② 問題軽視(事態を軽く見せようとする発言や行為に対する批判)
③ 対応後手(事態対応や情報開示の遅れがさらなる批判材料に)
④ 安心・安全(技術的安全性と、不安心理との乖離)
⑤ 態度不遜(会見者の表情・態度など、言語以外からくる不信感)
広報対応、特に初動で失敗する原因は、コミュニケーションテクニックうんぬんよりも、その事件・事故・不祥事に対する企業経営者のスタンスが、メディアや生活者の感覚と“ズレ”ているところにある。
今回の広報力調査では、80の設問中、広報の専門家パネル(研究者、メディア、広報実務家)にあらかじめ最も重視する設問を「8つの広報力」(連載第1回参照)ごとに3つずつ選んでもらい、加点した上で分析している。危機管理力の設問の中では専門家パネルが重視した項目に「危機管理委員会等が定期的に開催され、広報部門が参画している」があった。しかし、実践している企業は24.0%にとどまり(図1)、改善すべき点として 浮上した。個別に企業の方々を訪問してみると、「広報部門は危機管理のメンバーではない」「そもそも定期的に危機管理委員会などが開催されていない。形骸化している」などの声が聞こえてくる。正確な内部情報を把握しておかなければ、緊急時の対外情報発信の際に「①憶測・推察」や「③対応後手」など、一般生活者の感覚と“ズレ”た身内論理のコミュニケーションになりがちである。広報セクションが、危機管理委員会などの経営中枢としっかり対峙し、世間と会社の“ズレ”を最小限に抑えることが大切だ。
■ “ズレ”を減らそう。
“ズレ”を少なくする施策として有効なもう一つの方法が「マニュアル整備」と、それを題材とした「模擬訓練」だ。リスクセンスを組織的に高めるには非常に有効な手段である。
今回の調査では、「広報対応についても具体的に記載された危機管理マニュアルが整備されている」「BCP(事業継続計画)の整備・運用に広報部門も関与している」など、マニュアル策定に関しての設問もある。ここでは3割前後の企業が実施済みと回答した(図1)。上場企業としてはやや不安を覚える実施率だが、さらに厳しいのは「定期的に緊急時シミュレーショントレーニングを実施している」「定期的に模擬緊急記者会見を実施している」といった模擬訓練項目が1割前後の実施率と低迷していることだ。
「定期的に~」とハードルを上げた設問が厳しかったのかもしれないが、企業において経営体制は毎年といっていいほど変化するし、取り扱う製品・サービスも変化していく。取引先などのステークホルダーも変化し続ける。となれば、やはり定期的な訓練は必須ではないかと考える。
図1 危機管理力10設問
■ 危機を未然に防ぐ! イシューマネジメント
一方、こうした緊急時対応力にも増して重要性が高いのが、「平常時の危機管理力」だ。
これは、企業経営に対して影響を与え得るリスクを予知・予測し回避する行動であり「イシューマネジメント」ともいわれる領域である。この領域をマネジメントするために、近年BtoC企業を中心に「ソーシャルリスニング」と呼ばれる、ツイッターや2ちゃんねるなどをチェックする体制・システムの構築が進んでいる。
自社製品やサービスに対する評判や、ちょっとした違和感など顧客が感じた問題の端緒をつかむには非常に有効な手段であるため、導入が進み始めているものの、今回の調査では18.2%の普及率にとどまった。
平常時の危機管理でもう一つ有効な施策としては「社外取締役・アドバイザリーボード」も挙げられる。現在、企業統治力向上を目的に会社法改正議論が進んでおり、その中でも社外取締役制度の強化が検討されている。
グローバルな投資判断指標としても重要性が高まっているため、同制度に慎重であった経団連会長輩出企業においても導入が加速するなど、企業の対応が急務になってきている。
今回の調査では、「社外の有識者を含めた社外取締役制度やアドバイザリーボードを設置している」とした設問を8つ目の広報力(連載第1回参照)である「広報組織力」の項目で設けており、設置済みと回答した企業は全体で15.0%、東証1部でも20.5%にとどまった。東京証券取引所によれば、昨年8月時点では、1部上場企業の62.3%が社外取締役を、46.9%が独立社外取締役を選任しているとしており、本調査結果との間に数字の乖離が生じている。本調査の回答企業と属性が異なることも要因と考えられるが、制度は導入しているものの現実的に“独立” したといえる社外取締役が選任されていない場合は“未導入”と回答された可能性もある。この設問の業種別傾向を見ると、人の口に直接入る商材を扱う意識の高さからか、1位は「食料品」業界で40.0%と、東証1部企業平均の2倍に達していた。
■ 社会の声を経営に反映させる仕組みづくりを
広報部門は、「情報発信力」だけでなく、社会の窓口・接点として有益な社外の「声」を効率的に集める「情報収集力」「情報分析力」を鍛え、経営判断に反映させる仕組みをつくることが重要なミッションと考える。
広報セクションの応用問題である「危機管理力」は、グローバル競争時代において極めて重要な能力だ。今一度、本調査項目を点検材料とし「危機管理力」の向上に取り組まれることを期待したい。
企業広報戦略研究所について
企業広報戦略研究所(Corporate communication Strategic studies Institute : 略称CSI)とは、企業経営や広報の専門家(大学教授・研究者など)と連携して、企業の広報戦略・体制等について調査・分析・研究を行う電通パブリックリレーションズ内の研究組織です。