金融ビジネスにイノベーションを!No.4
“サザエさんと三河屋さんの関係”を取り戻す
金融ソーシャルプロジェクトって?
2014/07/07
金融業界は、ITの普及と浸透によって、今、大きな転換期を迎えています。店舗に人が来なくなったことで、これまでになかった問題が起こり、そしてSNSが、若者と金融機関をつなぐ“カギ”として機能するようになってきました。これからの金融業界を変えるかもしれない新しい動きについて、電通国際情報サービス(ISID)の瀧下孝明さんに聞きました。
生活者と金融機関は、今、限りなく遠ざかっている。
――金融マーケティングのプロフェッショナルである瀧下さんから見て、今、国内の金融機関はどのような課題を抱えているのでしょうか?
瀧下:とにかく金融機関の行員・職員と生活者の関係が希薄になったと思います。かつては、銀行や証券会社の窓口ぐらいしかチャネルがなかったので、多くの人が足しげくお店に通うなど、行員・職員と生活者がコミュニケーションを交わして、そこで金融機関への確かな信頼が醸成されるという“図式”のようなものがありました。ところが今は、ATMやインターネットといった新たなチャネルの普及で、窓口に通う必要がなくなってしまった。とくに若い人たちは、お金を下ろすだけであればコンビニでいいと思っていて、自分のライフイベントが発生したときに初めて、まっさらな気持ちで金融商品を探し始めます。インターネットで情報を集めて、比較・検討をし、場合によっては申し込みや手続きもネット上で済ませてしまう。直接店舗に行くのはものすごく後のことで、その行動の大半はネット上で行われているんですよね。
金融機関から見ると、顧客との接点がどんどん遠ざかっているような状態です。だからこそ今、インターネットやスマホを活用した接点づくりに真剣に取り組まなければならないと考えました。ATMやインターネットバンキングといったシステムではなく、もっと前の段階の関係づくり。これをどう構築するかが、多くの金融機関が抱えている課題だと思いますね。
“サザエさんと三河屋さんの蜜月関係”を取り戻す、Facebookプロジェクト!
――瀧下さんが手掛けられた、具体的な“接点づくり”の事例について教えてください。
瀧下:とある金融機関さんと一緒に、Facebookを使った情報発信を企画しました。金融機関は、高い信頼性が求められる、いわば社会のインフラのような存在です。徹底したコンプライアンス経営やリスクヘッジが求められるため、SNSのような、予測できないバズが発生するようなメディアには手を出さないというところも少なくありませんでした。しかし、そのような姿勢で情報を出し惜しみしていては、金融機関の活動はなかなか理解されないし、かつてのように生活者と金融機関の人が、気軽に窓口にきたり自宅に訪問したりするような信頼関係はつくれない。だったら思い切って一歩踏み出しましょうよと、このプロジェクトを立ち上げました。
そもそものきっかけは、役員の方が「昔の僕らは、台所の脇にある勝手口からお客さんのところに立ち寄って『なにかお困りごとはないですか?』とお聞きするような、サザエさんと三河屋さんみたいな関係だった。そういう関係を取り戻したい」と言っていたのを聞いたこと。関係性が揺らいでいる、その背景には、金融機関と生活者の心的距離がどんどん遠ざかっていること、金融機関がなにをやっていてどんなことを考えているか知らないから親しみを持てないという事情があるのだろうと考えました。
それから半年ほどかけ検討会を繰り返して、リスクヘッジのためのマニュアルを整備して…。最終的には経営陣にプレゼンテーションもして、役員の方々にも新しい取り組みに承認いただきながら運営方針を決めていきました。
実際に運用が始まってからは、新店舗のオープン告知やイベント情報、銀行がサポートしているスポーツチームの活動報告などをアップしています。もちろん、投稿しているのは金融機関の方。なかのことを一番よく理解している人が、ネット上の生活者と交わりながら記事をアップすることが重要だと思ったんですよね。
運用を開始して1年弱が経過しましたが、反応は上々だと感じています。金融機関という手堅い組織が“ソーシャルを始めた”という事実を、驚きとともに知ってもらえましたし、なによりFacebookを使うことで、内部の方のコメントが広がる様子が可視化されました。金融機関ががんばってソーシャルを運用し始めても、結局、決まり切った商品情報しか発信できず広がらない、ということが多いのですが、ここは自らが“身近さ”や“共感”を意識しつつ投稿をしていることもあって、とてもいい形で情報が波及しているんですよね。サザエさんと三河屋さんの蜜月関係を取り戻す、その第一歩は踏み出せたと実感しています。
あえて最初から収益を狙わず、生活者と金融機関の関係づくりだけを行う
――SNSを使ったもの以外に、なにか面白い“接点づくり”の取り組みはありますか?
瀧下:地方銀行さんからのご依頼で、若年層の囲い込み戦略と商品戦略の両方を請け負いました。金融機関の中でも特に地方銀行は、若者にとって近づきにくい存在です。地元に根差した活動をしているからこそ、ご年配の方や、企業経営者の顧客も多い。若者がフラリと入って親しみを感じられるようなイメージは、意外と地方銀行さんでも希薄なんですよね。これは、その地方のユーザー調査の結果からも浮かび上がってきた課題でした。一方でこの地方銀行さんは、法人企業のコンサルティング力はとても強いものがあった。
そこで僕たちは、一般の生活者、とくに若年層と地方銀行が接点を持って、つながっていくための戦略を作り始めました。まず電通グループの中でも戦略立案・マーケティングを専門で行う会社とプロジェクトチームを作り、戦略上重要な視点としたのが、「生活者へ寄り添う形を醸し出すこと」「具体的なメリットを同時に提示していくこと」の2点です。
実施するツールとして、ポスターやチラシ、パンフレットと一緒に、プロモーション動画をつくりました。全制作物のキービジュアルとして採用したのが、フレッシャーズのイメージにぴったりなお弁当箱。フタを開けるとイクラで「手数料0円」の0が描かれていたり、かまぼこで「ポイント2倍」の2が描かれていたり、具体的なメリット感を出し、生活者の視点に立っていることが伝わるよう設計していきました。
ただ、若者がターゲットだからといってネットだけに力を入れていればいいわけではありません。ネットとリアル、同じ世界観でいくつも接点をつくっていく。この積み重ねが、地銀さんのイメージそのものを変えることにつながると思ってます。
ちなみにYouTubeの動画は、その地方からアクセスしてきたユーザーにターゲティングの設定をしていました。その後、ブランドサイトをつくり、LINEも展開し、現在はCMを制作中でして、少しずつ生活者との接点を広げていっているところです。
――なるほど、いろいろな取り組みをされているんですね! こうしたプロジェクトを成功させるコツは、どのようなところにあるのでしょうか?
瀧下:多くの金融機関は、ある商材でひとりの顧客を獲得するのにいくらぐらいコストがかけられるか、綿密に計算しています。いくら社会のインフラといえども民間企業ですから、そうやって収益を上げていくのは当たり前のことなのですが…。先ほどお話ししたFacebook案件については、あえて収益に重きを置かないようにしました。おそらく、金融機関と生活者との関係性だけに着目し、接点を持つことを追求していたので、うまくいったんじゃないかなあと思っています。プロジェクトの評価も、原則として「いいね!」やシェアの数、拡散の度合いで測ったりしています。
それから、Facebookの案件も地方銀行さんの案件も、金融機関の担当者や役員の方、そして戦略・制作チームが一体となって取り組めたところが良かったな、と。金融機関さんは、業務の性質上とても手堅く、新しいことが起きりにくい風土が根付いています。それでもクリアするべき課題があって、それを解決するために、結果として新しいことをやるんだ、突破口を見つけてイノベーションを起こすんだと。そういう意識を共有し、同じゴールを目指しているからこそ、きっとうまくいったのでしょうね。今でもこの金融機関さんとはとても良好な関係で、一緒にお仕事させていただいています。
(第5回に続く)