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半径ワンクリックNo.8

江渡浩一郎×土屋泰洋:後編
「文化というものは島宇宙をつくって進化していく」

2014/08/04

前編に続き、プランナーの土屋泰洋さんが、ニコニコ学会βの実行委員長、江渡浩一郎さんに話を聞きます。江渡さんの語る「日本のインターネット文化が最先端だから、日本のルールが世界に広がる」の意味とは!?

いずれは分科会が、それぞれの研究会として続いていくと思っています

土屋:ニコニコ学会βは5年で終了ということなので、残すところあと2年ですが、今後どうなっていくのでしょうか。

江渡:まず分科会がどんどん立ち上がってきています。これまでもニコニコ学会βの分科会として、データ研究会や「菌放送局」というキノコの研究会がありましたが、それに加えて、「宇宙研究会」「運動会部」など、非常に幅が広くなっていますね。

土屋:それらの分科会は、ニコニコ学会βの手を離れているんですか。

江渡:正確にいうと、ニコニコ学会βの手を離れたわけじゃなくて、僕の手を離れたわけです。「こういう研究会を立ち上げたい」と言われれば、僕は「いいよ」と言って、あとは彼らが勝手に立ち上げる。いずれは分科会が、それぞれの研究会として続いていくと思っています。

土屋:立ち上げのお話から、分科会ができて残っていくっていうのは、そこだけ聞くとすごく計算されているように感じます。

江渡:「計算してるか」と言われたら、計算してないんです。それぞれの場面ごとに葛藤があって、「本当はこうしたかったけど、いろんな都合でこうなっちゃったな」といったことが積み重なり、今の状況に至っている。僕は当初は、ユーザー参加型研究が本当に実現するかどうか疑問だったけど、結果的には見事にユーザー参加型研究を実現する場になりました。現在では、運営もプロ研究者の手から離れています。当初はプロ研究者が主体となって運営していたのですが、回数を重ねるごとに一般の運営委員が増え、第6回シンポジウムでは運営委員の8割が一般の人になりました。プロ研究者が運営して野生の研究者を支援する学会というスタイルから、運営も発表も一般の人主体の学会へと完全に変わったんですね。

土屋:一般の人が運営することで、何か問題はありましたか。

江渡:プロ研究者同士だと学会経験も多く、話が通じやすいから、運営がスムーズに進む。でも、年齢も経験もバラバラな人に対して「これやっといて」と言っても、「これ」が伝わらないという大変さがあります。

土屋:なるほど。一般の方は、どのようなモチベーションで参加されていらっしゃるんでしょうか。

江渡:単純にニコニコ学会βが好きで、何かやりたいというのが一番大きいですね。その理由は、やっぱり野生の研究者というか、いろいろな人の発表が面白くて、その場を支えたいっていうのがあるんでしょうね。

土屋:ニコニコ学会βの本体としては今後どのような展開がありそうでしょうか?

江渡:こんな研究をやってみたいけど、お金が足りないという時に、クラウドファンディングのような仕組みでお金を募るようなことができるといいのですが、これは研究者にも支援者にもハードルがあるんですよね。最終的にはそこをつなぐのがニコニコ学会βになるといいな、という思いはあります。

土屋:なるほど。海外ではExperimentや、日本にもacademistといった、研究資金の支援プラットフォームが出てきています。近頃Kickstarterで大きく話題となるスタートアップが増えていますが、ビジネスだけではなくて、研究領域でもこうした動きが活性化するといいですよね。確かに、そのためには研究者と一般の人をつなぐ言葉や仕組みがとても重要になってきそうです。

アプリをつくる人が、今の100倍とか1000倍に増えて一般化すると思う

土屋:この連載では、日本のインターネットやテクノロジーは今後どうなっていくのか、という問いかけをしています。江渡さんは日本のインターネットカルチャー草創期から活動されていて、僕のなかでは生き字引のような印象があるのですが、今後の予見をぜひお聞かせください。

江渡:最近は「思っていたより、思った通りの世の中になったな」と思っています。例えば1995年頃に「10年後はこうなるよね」って言っていた未来が今まさしく来ている。ただ、10年遅かったりもするんだけど(笑)。「理論的に考えて未来はこうなるはず」っていう予測は、やっぱりその通りになるんですよね。

土屋:具体的にはどんなことですか。

江渡:僕は以前、新しい技術を知るたびに「この技術は何年生き残るか」という予測をするようにしていたんです。例えば昔はマウスってボールを使っていたじゃないですか。当時すでに光学式マウスは登場していたんですけど、不正確で不便でした。半導体で実現できることは急速に改善されていくから、不正確という欠点はすぐに無くなるはずなので、「いずれボールを使ったマウスはなくなるだろう」と思った。でも、思っていたよりもその転換は遅かったですね。

あと当時はMDが全盛でしたが、「いずれシリコンオーディオになるだろう」と思っていました。僕はこの移行がすぐに起きるだろうと考えたんですが、思ったよりもずっと長くかかりました。シリコンオーディオに移行する前に、iPod、つまりハードディスクオーディオが出たんですね。それが軌道にのってから、ようやくシリコンオーディオの時代になりました。というように、最終的には予想は当たってますが、思ったよりも長くかかるんだなと思いました。

ただ、予想より早く実現するものもある。スマートフォンは、想定していたよりずっと進んだ状態になりました。もっと従来型の携帯電話がそのまま発展すると思っていました。

土屋:最近のものではどうですか? 例えばパーソナルファブリケーション(コンピューターやネットワークを取り入れた個人によるものづくり)などはどうでしょう。

江渡:そんなに新しい現象じゃないと思ってます。僕が3Dプリンターを知ったのは25年くらい前なのですが、そのときは計算式がカタチになって出てくるのが面白いと思ってました。3Dプリンターの存在そのものは当たり前のことで、25年たってから特許切れで一般に普及しだしたけど、それはその前から予測できていたと思うんですね。

ただ、それに対応してファブラボ(「ほぼあらゆるもの」をつくることを目標とした、3Dプリンターやカッティングマシンなどの工作機械を備えたワークショップ)が多数出現して世の中に広がったことで、その変化が一般化しているのはすごいことだし、実を結ぶものだと思います。

僕が最近期待している変化は、いわゆるスマホのアプリ開発が世界中に広がるだろうということです。アプリの世界は、画像や動きなど非言語的な要素が多くて、国や文化圏を容易に超えられる。だから、今までなかったような発想のアプリが、さまざまな国から出てきて、それが他の国にも影響を与えて新しい文化圏を形成したりすることが、これからどんどん起きていくと思う。

土屋: Apple Storeのランキングに、文化圏の違いを感じることってありますよね。イスラム教の国だと、上位に「Qibla Locator」と呼ばれるメッカの場所やお祈りの時間を教えてくれるアプリが入っていたりする。さらに、そこにヒントを得た日本のアーティストが、自らの「こころの聖地」を設定して礼拝できるというとても面白いアプリをつくっていたりもして…。そんなふうに違う文化圏から、何かしらの変化がもたらされる可能性はすごく感じますね。

江渡:今はプログラミング能力の高い人たちがシリコンバレーに集まっていて、そこから新しいものが生まれているけど、それも変わると思っています。アプリをつくる人が、今の100倍とか1000倍に増えて一般化すると思う。

土屋:その未来はいつ頃にやってきそうですか。

江渡:程度問題ですが、これから5~6年で状況が変わると思います。変化のきざしとして、Appleが出したSwiftという新しいプログラミング言語があります。僕はこれは「最後のプログラミング言語」になる可能性があると思っているんですよ。Swiftを、見た目から判断してスクリプト言語だと思っている人がいると思いますが、これはC言語と遜色ない速度で動く点が重要なんです。

アプリをつくる時、今はクライアントとサーバで違うプログラミング言語を使っていて、それが当たり前になっているけど、非効率的ですよね。一つの言語でクライアントもサーバも両方書ける方がいい。Swiftは、今後iOSのアプリ開発の中心になりますが、そうなったらサーバーサイドで動くプログラムもSwiftで書きたいという希望が出てくるだろうし、C言語の高速性を備えているという点からも、十分に可能性があると思っています。そうなったら、今後全ての領域でSwiftが使われるようになる可能性がある。

土屋:なるほど。学校教育で「プログラミングを必修科目にしよう」とか「プログラミングを基礎教養にしよう」という動きもありますし、いずれ各自が自分のためにコードを書くのが当たり前になりそうですね。それも、今後決定版となる「最後のプログラミング言語」が登場して、何かをつくるときのプログラミングの学習コストが格段に下がれば意外と早く実現するのかもしれない。

江渡:ちょっと前まで、アメリカの大学ではコンピューターサイエンスの学科に人が集まらなかったらしいんだけど、最近はまた人が集まるようになった。やっぱりスマホの登場によってリアルに人の生活を変えているから、その魅力で人が戻ってきているのかなと。

日本のインターネット文化が最先端だから、日本の文化が世界に広がる

土屋:日本のインターネット文化は、他の国と進化の仕方が微妙に違っているように感じるんですけど、今後どうなっていくと思いますか。

江渡:僕の見方は結構簡単で、日本のインターネット文化が最先端だから、日本の文化が世界に広がると思っています。インターネットの世界はシリコンバレーが1番だっていう話になりがちだけど、技術的にはそうかもしれないけど、文化の面では違うと思う。日本は均質で狭い領域で盛り上がることを続けてきたから、日本独自の現象がたくさん起こる。例えば2ちゃんねるに集まって盛り上がった人たちが、情報漏えいを仕掛けて事件を起こしたりしてきたけど、当時はそれは日本独自の現象でした。2ちゃんねるに影響されてつくられた4chanという掲示板がアメリカにあるのですが、そこに集まるアノニマスというグループがいろんな情報漏えいを仕掛けてアメリカだけでなく世界で話題になった。日本で行われていた匿名掲示板での悪ふざけが、アメリカでも同じように起こった。日本ローカルな文化だと思われていたことが、これからも世界に輸出されていくんじゃないかと思っています。

よく言われますが、SNSで日記を書くという文化も、最初に行われたのは日本のmixiですよね。mixiで日記を書くっていう「なれ合い文化」が、あちこちに波及してSNSは発展していった。Facebookは、その典型です。次は何でしょうね…、僕はニコニコだと思ってますけどね。

土屋:なるほど。では、今後日本で変化しそうなことは何でしょうか?

江渡:これまでハードルが高かったことが、徐々に受け入れられるようになっていくと思います。例えばスマホ決済なんかは、もっと普及すると思う。あとはソーシャルレンディング(個人同士をネット上で結びつける融資仲介サービス)も、日本では個人間での融資が法律で禁止されているけど、今後変わっていくんじゃないですかね。

土屋:確かにお金を払うサービスが増えてきましたね。ちょっと前までインターネットは全部フリーなことが当たり前という空気だったのに、最近は課金やドネーションみたいなことが身近になってきている印象を受けます。

江渡:お金の払い方を、単なる課金ではなくて日本独自のアイデアでどう扱っていくのかは興味があります。最近日本のゲームメーカーから、値切ることができるゲームが出ているんです。普通はゲームでアイテムを買う時って値段が付いているけど、このゲームはアイテム屋のおっちゃんと会話して、アイテムを値切ることができるんですよ。500円のアイテムでも、会話次第で「しょうがないな、400円でいいわ」みたいな感じで買える。値切ったら買わなきゃ悪いなという気分にもなりますしね。これは素晴らしいアイデアだと思っています。

土屋:確かに値切れるってすごいですね。パソコンメーカーのショッピングサイトなんかで、第3階層まで潜るとチャットが立ち上がって、いつでも質問できる仕組みがあったりしますよね。買う直前までいったらいっそコミュニケーションコストをかけた方がコンバージョンが高いし合理的だよねって考え方ですね。例えばそこで交渉して値切れたりしたら面白いですよね。

江渡:それでいうと、値切られる側の人工知能をつくったりすると面白いかもしれません。値切るっていう行為にも、当然コミュニケーションコストが発生するから、そこを人工知能に担当させると儲かるかも。

土屋:さらに、人工知能との会話で値切られたデータを学習していくと、自然と金額の落とし所ができ始めて、そこが適正価格になるっていう、市場のシステムもできていきそう。

江渡:この話、面白いですね(笑)。未来としてありそうな感じがする。

文化というのは島宇宙をつくることによって進化している面があります

土屋:Googleが「Search Plus Your World」という検索の仕組みを海外で始めていて、これは「Google+のソーシャルグラフを検索結果の重み付けに使う」ということで、近々日本でも導入されるらしいという話があります。これが導入されると、Googleでの検索結果に自分の半径ワンクリックの人たちが関わる情報が引っ掛かりやすくなるから、インターネットが狭くなるんじゃないかといわれています。先ほど日本の文化として「狭い領域で盛り上がる」というお話がありましたが、インターネットが島宇宙化していくような流れについて、どうお考えですか。

江渡:キャス・サンスティーン氏の『インターネットは民主主義の敵か』という本に、検索結果がパーソナル化され、世界が分断されていくのは危険だという話が書かれています。しかし、そうはいってもパーソナライズは避けられないし、どんどん島宇宙化していくと思います。

土屋:一方でニコニコ学会βでは、学会という分断されていたものをクロスオーバーさせているようなところもありますよね。

江渡:そういう側面もあるけど、積極的に島宇宙をつくっているという見方もあるんです。これまで学会っていうのは実態はともかくとして理念的にはグローバルであり、かつ全ての人に開かれたものだった。それに対してニコニコ学会βは、ニコニコ生放送っていうある種クローズドな場をベースにして、ユーザー参加型という一般の学会とは違うルートの人をフィーチャーしているわけだから、新しい島宇宙だともいえます。

土屋:なるほど、新しい島宇宙。

江渡:島宇宙という言葉にはいろいろな意味があって、先ほどの本は民主主義に絡めて論じているから、パーソナライズされ過ぎると危険という話になりますが、文化というのは島宇宙をつくることによって進化している面があります。例えばアメリカのベンチャーアクセラレーター「Yコンビネーター」は、内部が島宇宙化していて、だからこそ濃密なコミュニケーションができて、次々とイノベーションが生まれています。

土屋:島宇宙からイノベーションや新しい文化が生まれると。

江渡:どの島宇宙にも、その可能性があるわけですよ。島宇宙自体を否定しないで、いい島宇宙をつくって、その中で生まれた物を世の中に広め、良い影響を与えればいいんじゃないかな。

土屋:なるほど。文化というものは島宇宙をつくることによって進化している側面があり、島宇宙化をネガティブに捉えるのではなく、むしろいい島宇宙をいかにつくりあげていくかが重要なんですね。

昨今企業のマーケティング活動においても、商品やサービスの認知を広く浸透させていくというよりも、いかにそれらの商品やサービスを使っている人たちと深く関わっていくかということにフォーカスした戦略が多くみられます。それは積極的に「いい島宇宙」をつくりあげていくことによって、商品やサービスにまつわる文化(≒ブランド)を育てていくことだと言えるでしょう。これはマーケティングコミュニケーションだけにとどまらず、いかに企業文化やチームをつくりあげていくかという点においても非常に示唆に富む考え方だと思います。

そして「いい島宇宙」をつくりあげていくエンジンになるのは、「野生の研究者」に象徴されるような、「面白そうだから追求する」という気持ちと技術をもった人々と、それを「面白がる」人々のように思いました。

何の価値を生むかは分からないけど「面白い」「面白そう」だからとりあえずやってみよう。そういった「面白がる」ノリを共有できる空気をいかにつくっていくか。そうした議論が今後イノベーションや新しい文化を生み出す上でとても重要になっていきそうですね。

今日は貴重なお話をありがとうございました!

取材場所:産業技術総合研究所