人は誰もが感動や驚きを伝えたがる。
重要なのはその「伝え方」周防正行(映画監督)
2014/09/18
周防正行監督が、1996年の「Shall we ダンス?」以来、18年ぶりにエンターテインメント大作に挑戦した新作「舞妓はレディ」が、が9月13日から公開中だ。映画監督として伝えたいこと、多くの人を魅了する表現の極意などについてお話を伺った。
新作映画の方向を決めた舞妓さんの「シャチホコ」
映画監督としての僕の原点は、面白がったり感動したり、時には怒りが収まらないようなことなど、自分が興味を持った世界を多くの人になんとかして伝えたい、という素朴な思いです。
新作映画「舞妓(まいこ)はレディ」の舞台は京都のお茶屋さん。実は花 街(かがい)に興味を持ち始めたのは20年以上前のことです。きっかけは、京都生まれの舞妓がほとんどいなくなり、全国から志望者を募っているというニュースでした。当時は「ファンシイダンス」と「シコふんじゃった。」で伝統文化の中の男の子を描いた後で、次は伝統の世界に生きる女の子を映画にしたいと考えているときでした。早速、取材を始めたのですが、すぐに気付きました。自分でお金をつぎ込んで遊び尽くさなければ分からない世界がそこにあると。そうこうしているうちに「Shall we ダンス?」の話が進んで“舞妓企画”は一時棚上げになりました。
でも幸運なことに、京都遊びに誘ってくださる方がいて、すてきなおかみさんや舞妓・芸妓(げいこ) さんとも知り合えるようになった。そんなとき、ある舞妓さんが結婚で辞めることになって、彼女のおなじみさんがお祝いの席を設けるのでぜひご一緒に、と誘われました。そのお座敷で、僕は感動的なシーンに出合います。お祝いされる立場の舞妓さんが全く突然「シャチホコ」という芸を披露したのです。「舞妓はレディ」にも登場しますが、あの名古屋城の鯱しゃちのようなポーズで逆立ちする。その光景に僕は、自分の想像を超えた非日常の楽しさ、ファンタジーを感じました。それまでの僕の舞妓さんのイメージといえば、おぼこくて、きれいで、おしとやかに歩く姿。そんな舞妓さんが、着物の裾を両脚で挟んで、いきなり逆立ちをする。
花街の本当の姿なんて分からないかもしれないけど、花街の楽しさ、そのファンタジー性は理解できる。だったら、その楽しさを伝えればいい。今から思えば、あのシャチホコ芸は、飛び切りのエンターテインメントという今回の映画の方向性を決定付けるものでした。
楽しむ中で蓄積した自分の体験が作品の力になる
往年の名作「マイ・フェア・レディ」をもじった「舞妓はレディ」というタイトルは企画当初、大学の先輩の発案で決まり、オーディションで、主役を演じる上白石萌音という逸材に出会うこともできた。では映画の仕組みとして、どうすれば花街の楽しさが伝わるのか。思えば、お茶屋のお座敷自体がミュージカルのようなもの。だったら歌と踊りを交えて、本当に思いっきり楽しくて幸福感にあふれた映画にしたらどうだろうか。ミュージカルシーンを入れることで、あの非日常の魅力が伝わるのではないか、と考えたのです。
ただ、脚本はかなり苦労しました。田舎から出てきた少女が舞妓として成長していくという1年間の話の流れは決まっている。しかし、物語を組み立てていく段になって、エピソードをどうつなげていけばよいのか悩みました。そこで、この20年間にパソコンに書き留めてきたことや感動したことを季節ごとに整理し、そこに京都や花街の行事も入れ込み、思いつく限りのエピソードを書き出していきました。それらを整理しながら「箱書き」という作業で流れと伏線を検討しつつ、作詞も行い、その曲作りからもヒントを得て、脚本を書いていきました。こうした脚本の書き方は初めてでしたが、結果的には体験した自分なりの楽しさを余すところなく出せた。僕はもともと取材を丹念にする方ですが、今回は20年以上京都を楽しみながら見つけた驚きや感動の蓄積があったからこそできた脚本づくりだと思っています。
自分の感じた「面白い」をそのまま出しても伝わらない
感じたことや思いを人に伝えることの難しさは、映画監督もコミュニケーションビジネスに関わる人も同じだと思います。
「シコふんじゃった。」のとき、よく覚えていることがあります。初めて学生相撲を見たとき、すごく興味を引かれたので、これを映画にしようとスタッフを連れていった。僕は、やっぱり最高に面白いと、にこにこして観戦していたんですが、ふと後ろを見たら、みんな寝ているんですよ。自分が面白いと感じた同じものを見ていても、退屈する人はいるんだというのを目の当たりにしたわけですね。僕がどんなふうに楽しいとか面白いと感じているのか、どうしてそう感じたのかを考え、観客にも面白く見てもらえる「視点」を提供できなければ、見たものをそのまま撮っても何も伝わらない、と自覚しました。じゃあ、この学生相撲をどう伝えようかと考えてああいう話になったし、今作ではミュージカルに仕立てたんです。
「Shall we ダンス?」は、たまたまハリウッドのリメーク版も製作されましたが、僕自身は特に海外展開を意識しているわけではありません。今回の映画も題材自体が日本の伝統文化そのものなので、そこに関心を持つ人たちもいるかもしれませんが、題材が日本的かどうかはあまり関係ないと思っています。世界中の同時代に生きている人間にそう大きな違いはない。その中の一人として生きている自分が興味を持ったことを、とことん伝え切る覚悟と表現ができていれば、結果的に、日本の人々にも海外の人々にも、伝わるものは伝わる。そんなふうに考えています。