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アド・スタディーズ 対談No.10

パラダイム転換の現実

―何が変わり、何が変わらないのか―②

2014/10/03

内田和成(早稲田大学ビジネススクール教授)×冨狭泰(明治大学グローバル・ビジネス研究科特任教授)
左から、冨狭泰氏、内田和成氏
(※所属は「アド・スタディーズ」掲載当時)

前回に続き、企業戦略におけるパラダイムの重要性を早くから提唱され、コンサルタントとしても活躍されてきた早稲田大学ビジネススクール教授の内田和成氏をお迎えし、明治大学グローバル・ビジネス研究科特任教授の冨狭泰氏と、現実に起こっている様々な事例を紹介いただきながら、どのようなパラダイムの転換が起きているのか意見を交わし、将来へのベクトルを見据えていただいた。


消費者ニーズの多様化

冨狭:パラダイムシフトということで思い浮かぶのは、だいぶ前からマーケティングの中で議論されている消費者とのコ・クリエーション、共創という考え方です。

実際に製品開発をやっているときに消費者の意見を聞くとかニーズを把握することは作業プロセスの中に必ず組み込んでいると思いますが、そういうパラダイムも考え直さなければいけないかもしれません。例えば、グループインタビューをやって消費者ニーズを把握しようとしても、なかなかうまくいかないケースが多い。なぜかというと、われわれが情報収集をしている先端消費者、あるいはリードユーザーの情報が必ずしもニーズを適正に把握していないからではないでしょうか。

先端消費者やリードユーザーは製品に対するリテラシーが高すぎ、自分の意見や考えを持っているのはいいが、そのこと自体が製品のニーズのありどころを見誤らせていないかなという危惧があります。

内田:まったく賛成です。たぶん、社会学者のエベレット・ロジャースのdiffusiontheoryでいうところのイノベーターやアーリーアダプターはつかまえきれないと思いますし、消費者が必ずしも彼らの行動に従ってものを買ったりサービスを消費する時代ではなくなっています。

例えば、トリッピース(trippiece)という日本の旅行会社の事例があります。ネット上でどういう旅行をしたいのかを募集してみんなが盛り上がって参加者が集まると、自社では旅行の手配をせずに提携している大手の旅行会社に頼むというやり方です。みんなと一緒に旅をつくる過程が楽しみなので、大手の旅行代理店がやろうとしても太刀打ちできません。私が申し上げたいのは、消費者もいろいろ変わっているため、代表例とかサンプルとか、先進ユーザーをつかまえて先行しようというやり方には限界が来ているのではないかということです。

冨狭:消費者もなかなか見えにくくなっていますし、かならずしも最先端のものを求めるわけではありません。例えば、かつて台湾のエイサーやASUSが発売したネットブックは1、2年の間、パソコン全体の30%ほどのシェアをとったことがあります。しかし、CPUは最新のものを使っていません。旧式のCPUやマザーボードを使ってコストを下げ、ネットとメールさえできればいいというユーザー向けにターゲットを絞ったわけです。

結局、最新の機能を持たせなくても、むしろ消費者がどういう機能を欲しているのかを見つけ、必要最小限の機能とそれに見合った値段さえつけておけば十分ニーズに応えられたという事例なのですが、このような発想も拾い上げられる開発の仕組みを持つことが大事だと思います。

ニーズの発見のためには年に数回のグループインタビューを定点的に行うだけでは困難かもしれません。極端にいえば毎日消費者の意見をフォローして、その変化の様相を見ていかないとニーズは把握できない気がします。つまり、ある特定の時点でのニーズを拾い上げて製品コンセプト化するのではなく、ニーズ情報の切れ端を定常的に汲み上げ、それらを基にいくつも仮説を組み立て、さらに修正してゆくといったコンセプト開発の仕組みを持つということです。

冨狭泰氏

パラダイムシフトの主役

内田:昔、仲間と「消費者刺激戦略」について本を書きました。それはニーズをつかまえて製品化するのではなく、こちらが出したい商品をいくつか出してみる。するとあるものは予想外に売れたり、本命だと思っていたものが売れなかったりしますが、今度は、予想外に売れたもののバリエーションを何種類か出してだんだんスイートスポットを探っていくみたいなやり方です。

このやり方は、コンビニのPB商品と違い、メーカーでは難しいかもしれません。しかし、こうしたやり方を内側に取り込むことができればこれは素晴らしい能力になりますから、ビルトインした企業は、とても活性化するはずです。

また、1企業ではなく業界全体での取り組みも考えられます。極端に言うと、自動車メーカーが10社あるとすると、そのうち3社は大当たりして3社はまあまあ、4社が駄目になってもいいということです。つまり、業界全体でいろいろなトライアルをやって当たり外れで淘汰されるという仕組みができれば、1社単位の業績評価に躍起になるより、業界や国全体は活性化するのではないでしょうか。

冨狭:かなり過激な考えですね(笑)。

内田:ただし、それが可能になるためには人材の流動性が高まり、企業のM&Aがもっと増えなければいけません。今の日本の仕組みだと倒産会社の社員を他社が雇うことはなかなか難しいところがあります。シリコンバレーでは成功した人もいますが、失敗した人のほうが多いはずです。でも、その人たちに2度目、3度目のチャンスをあげているからあれだけの活力が生まれると考えると、国全体、業界全体でそういう仕組みを取り入れることがあってもいいのではないでしょうか。

冨狭:失敗するというのは何かにチャレンジした結果ですから、チャレンジする潜在的な能力をしっかり買ってくれる企業がなぜ出てこないのかという問題だと思います。

内田:それはパラダイムシフトがどうして起きるか、どこで起きるかという話とすごくつながっています。よくイノベーションは辺境から起き、なかなか本丸では起きないと言われています。しかし、辺境にいる人はその企業の中では変わり者か駄目な人間だと烙印を押されているため、その人がいくら正しいことを声高に叫んでも取り入れられることはあまりありません。そういう辺境のイノベーターや変わり者を見つけて保護したり、援助したりすることでイノベーションを起こしていかないと、なかなかパラダイムは変わっていかないのではないでしょうか。

たしかに、イノベーションは起きていますが、それはある意味で偶然的な要因からだと思いますから、少し意図的にやろうとしないと、パラダイムシフトを起こせる経営者はなかなか出てこないという気がします。

メディア・広告への波及

冨狭:ところで、最近は広告主もメディアを持ち、逆にメディア側も広告主になるという状況になっています。例えば、ネットメディアをやっている人たちはネットだけでは集客効果がなかなか上がらないので伝統的なマスメディアに広告主として登場するなど、メディアも広告主になるというように、プレーヤーの役割も大きく組み替わっていくだろうと思っています。

従来のメディア変革はメディア企業の役割ですから、広告主を集めやすくするためにメディアを調整したり、新しい広告メディアの仕組みを考えたりしていました。これからは逆に広告主がメディアを運営・管理するようになると、自分たちがどうメディアを使いたいかがわかるわけですから、そういう企業を自分たちのメディアの中に取り込んで一緒に連携するといった方向も考えられます。

つまり、メディアのプレーヤーが大きく変わっていくことによって広告の活動自体も変わってくる。さっきの話で言いますと、リーダーシップをとっている企業が広告市場のリーダーシップもとるようになると、エージェンシーがどういう役割を果たしていくのかが非常に大きな課題になるだろうと思います。

内田:メディアや広告がどうなるのかを見ていくのは大切なことですが、個人的には、どのようにしていきたいのかという意志(will)がすごく大事だと思っています。どういうことかといいますと、これまではある程度、今までの延長線上で先を読み、何がキードライバーになるかという見方でよかったと思います。しかし正直言うと、何がどうなるかわからないときには、予測しているよりは、まず自分の考えていることを行動に移し、勇気をもってチャレンジするほうがいいのではないかということです。

例えばグーグルが、これからの広告はどうなるかを予測をした結果、あのビジネスモデルにたどり着いたとは思いません。全く別の理由から結果としてAdSenseやAdWordsという広告モデルができ上がったわけです。あるいは価格.comのビジネスモデルにしても同じだと思いますが、彼らは、こんなふうに世の中を変えたい、あるいは、こんなことをやってみたいというパラダイムシフターの自覚を持つプレーヤーとして試行錯誤しながら、既存のプレーヤーと戦ってきたということです。

内田和成氏

ビジネスチャンスの拡大

冨狭:自分がやろうとしていることに対して環境がどう反応してくるか、その変化を敏感に感じ取れるか否かも問われているような気がします。もちろん、経営者なりプレーヤーなりは、あるセオリーをもとに、事前にいろいろ考えて目標を設定していると思いますが、それよりも実際に顧客がどう動くのかという変化自体を敏感に察知する動的な俊敏さのほうが今は重要なのではないでしょうか。

内田:それが自然発生的にできるとか、大きなトレンドとして生まれるというのは正しいかもしれませんが、そうすると結局、後追いになるか流れに乗るだけになってしまいます。むしろ、流れをつくるとか、流れをせき止めようとすることのほうが価値は大きいのではないでしょうか。もちろん、失敗もしますが、それぐらいのチャレンジをしていかないといけないと思います。時代に先駆けてパーソナルコンピュータという概念を提唱したことで知られるアメリカの科学者アラン・ケイの「未来を予測する最良の方法は自らそれをつくり出すことだ」という言葉が私の信念です。

冨狭:自らつくり出すチャンスは確実に広がっています。特に製造業や小売業では、例えばファブレス企業をみてもわかりますが、非常に優秀なところに製造を委託できる社会的なインフラが整備されていますから、製品コンセプトや製品設計が優れてさえいれば、自分のところで製造能力がなくても製品化できます。また、自分たちでも目で見えるような形で設計図さえきちっと書ければ3Dプリンターで形として出てきます。

こうした状況になると、ますます意志とかコンセプト、あるいはニーズをつかまえてそれを製品にしていくときの考え方が非常に重要になってくるはずです。そこから先には便利な存在があるわけですから、そこに委託すればある程度のものができてしまうとなると、ビジネスのパラダイムは様変わりしていくでしょうね。

例えば、Bsize(ビーサイズ)というたった1人で起業した家電メーカーがあります。その人は勤めていた会社では自分のつくりたい製品ができず、独立して自分で製品づくりをしようと委託生産をしてもらいましたが、ベストセラーになったLEDの電気スタンドをつくっています。そういう企業はたぶんこれからももっと出てくるでしょうし、プレーヤーが細分化され、今まで必要とされていた能力を持っていなくても、ものづくりができるようになるかもしれませんね。

内田:たしかに、チャンスは広がっていますから、新しいパラダイムがどんどんできて社会が活性化することを期待しています。要は、常識にとらわれず、パラダイムの転換が起きやすい新しい発想と行動が求められているということです。

冨狭:今日はほんとうにありがとうございました。

〔 完 〕


※全文は吉田秀雄記念事業財団のサイトよりご覧いただけます。