経営トップの「危機感知センサー」を磨き、三位一体のリスク管理を
2014/10/28
個人情報の流出、コンプライアンス違反、製品事故…。事業活動の中で生じ得るクライシスは、近年ますます多様化、複雑化してきている。加えて、ソーシャルメディアの普及が、クライシス発生の可能性と風評拡散のスピードを一気に速めている。企業は、足元に迫る「危機」をどう未然に防ぎ、万が一に備えどう取り組めばいいのか。そして、いざ問題が生じたときに、社会や報道陣に対して、どう説明責任を果たすべきか。3人の専門家に、近年の社会情勢を踏まえた「クライシスコミュニケーション」の在り方について聞いた。
電通入社以来30年間、一貫して危機管理、戦略PR分野でさまざまなクライアントの課題解決に当たってきた白井氏が、この4月に、危機管理広報のオーソリティー・久世篤氏を迎えて新たな危機管理コンサルティング会社、K&Dコンサルティングを設立。今、経営層が考えるべき、クライシスコミュニケーションのあるべき姿を説く。
もはや性善説で危機管理はできない時代
個人情報の流出や内部告発、偽装といったシリアスな問題だけでなく、従業員の悪ふざけ写真がネット上に投稿されて社会問題になるなど、かつては考えられなかったような出来事が企業危機に結び付くケースが増えています。また、業界慣行として当たり前のように行われていたことが、社会的指弾を浴びるケースも起きています。
しかもネット社会では、報道に加え、ソーシャルメディアによってネガティブ情報が猛烈な勢いで拡散する。ひとたび不祥事が起きると、ネガティブスパイラルが起こり、非常に速いスピードで深刻化してしまう。ゆえに、一歩対応を間違ってしまうと、企業の評価やブランドイメージの毀損(きそん)だけでなく、最悪の場合は、企業が存続の危機にひんすることさえあります。
特に業界のトップ企業は、2番手、3番手の企業に比べるとマスコミからの注目度ははるかに高い。いわゆるワンマン経営者と呼ばれる人が経営する会社や、創業家が実権を握っている会社も同様です。そういう企業は、ネガティブな状況に置かれたときには、どうしてもニュースバリューが高くなるので、マスコミが設定するハードルも高くなる。ですので、クライシスコミュニケーションの準備やトレーニングも重々しておくべきなのは言うまでもありません。
トラブルを未然にどう防ぐか、あるいは万が一問題が生じたときに対応を誤らずに収束と再生への道筋を付けられるか。それらは全て、起こり得る危機に対して日頃からどれだけ敏感になっているか、その「センサー機能」が経営トップにあるかどうかにかかっているのではないでしょうか。
「何かあったら、うちの会社は大丈夫だろうか?」
そういうふうに、いつも考えられる感覚。これは、センスとしかいいようがありません。危機管理意識とは、まさに経営者のセンスそのものだと私は思います。このセンスが弱いと、起きている事態を過小評価したり、そのうち何とかなるだろうと事態を矮小(わいしょう)化して捉えがちです。あっという間にクライシスを増大させることになってしまいます。
クライシスコミュニケーションには三位一体の取り組みが必要
私は経営者の方や危機管理部門の責任者の方々に、「三位一体で取り組む必要がある」と常々言っています。重要な三つの柱、すなわち「ガバナンス(企業統 治)」「ディスクロージャー(情報開示)」「アカウンタビリティー(説明責任)」。平常時においても、危機が発生した緊急時においても、この三つを必要十分に機能させていくことが、クライシスコミュニケーションのセオリーです。
①ガバナンス
ガバナンスは経営トップのリーダーシップによるところ大ですが、そこにもろ刃の剣があることを忘れてはなりません。ワンマン経営者といわれる方に起きがちですが、強いリーダーシップがミスリードしてしまうケースもあります。ネガティブな状況で求められるのは、けじめと潔さです。ところが、会社を守ろうとする意識が先に立ち、自己防衛に走ってしまう。そんな態度が、消費者や顧客をないがしろにしているとマスコミには受け取られかねないのです。
加えて、これもワンマン経営者のいる会社にありがちですが、重役陣が社長の心情や機嫌を推察してネガティブ情報を伝えない風土が染み付いている場合があ る。そういう会社で万が一不祥事が起きたりすると、社長はそのときになって初めて、内在していたリスクの実態を知ることになる。不祥事が起きてから自社の 内情を知るようでは、ディスクロージャーもアカウンタビリティーも十分に果たせるわけがありません。会社は支配していてもガバナンスがまったく機能してい ない典型的なケースです。
②ディスクロージャー
ディスクロージャーについては、取材や記者会見などのときに、開示の範囲をどう見極めるかが重要になります。透明性を確保する基本姿勢は大前提ですが、緊急時の対応においては、実際に起きていることに対して十分な情報収集や分析ができていないというケースもあります。そんなときは、混乱を避けるためにあえて開示を避けた方がいい部分も出てくるでしょう。
ただし、ここが肝心なのですが、説明できない点については、なぜ説明できないのか、それを丁寧に伝えなくてはなりません。分からない点があるとしたら、どのように分からないのか、言葉を尽くして説明しなくてはいけません。分からない理由を十分に言わず、「そこは今ちょっと勘弁してください」などと言ってしまったら、記者たちは隠ぺいと捉えてしまいます。
③アカウンタビリティー
アカウンタビリティーも、メディア対応が一つのポイントになりますが、平常時では簡潔を旨とするリリースなども、緊急時においては徹底的に丁寧に作らなくてはいけません。どういうメディアであれ、ニュースの文脈というのは、記者が現場で受けた心象が影響することは確かです。そういう意味で、リリース一つとっても、記者の満足度を上げる対応をおろそかにしてはなりません。
「よくある質問」をFAQといいますが、記者会見で予想されるFAQは、全てリリースに入れてしまう。それを徹底した上で、なおFAQから漏れた点について、これもQ&Aとして詳細に作る。そういう二段構えの準備ができて、記者たちに不満の残らない記者会見の準備になるのです。
アカウンタビリティーに関連して一言付け加えておくと、重大問題が起きたときの記者会見に最高責任者を出すのがスジだとしても、トレーニングを受けていない経営トップを出すことは新たなリスクを生むことになります。緊急時には直前のリハーサルも必要ですが、やはり平常時からのトレーニングが大切です。
*
ガバナンスとディスクロージャーとアカウンタビリティー。この三位一体が健全な企業、組織体でないと、いざというときのクライシスコミュニケーションが全く機能していきません。不祥事を起こしたにもかかわらず、公式ホームページでは、ニュースリリースの欄にただ掲載しているだけといった、企業姿勢を疑われるような事態が平気で起きてしまう。ふだんは積極的に活用しているオウンドメディアが、不祥事が起きたとたんに脆弱(ぜいじゃく)な企業体質を露呈するという、誠に皮肉な結果になってしまいます。
クライシスという言葉の語源は、「分岐点」を意味する「カイロス」というギリシャ語です。まさにクライシスは、企業の命運を左右する分岐点そのものなのです。平常時のトレーニングから緊急時の会見リハーサルや資料の作成に至るまで、さまざまなレベルの準備が企業の将来を決める大きな分岐点になることを再認識すべきではないでしょうか。
K&Dコンサルティング
元毎日新聞記者、外資系PR会社トップ、政務秘書官などのキャリアを持ち、2000件以上の危機対応実績を持つ危機管理広報コンサルタントの第一人者・久世篤氏と、白井氏が中心となり2014年4月に設立。事故・事件・不祥事対応をはじめとする危機管理、危機を未然に防ぐためのリスク管理、トップコミュニ ケーションに関するコンサルティングサービスを提供している。