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ジュリアン・オピー「動きと簡潔さは、日本のアートやポップカルチャーから」

2015/02/17

    LEDを使って人が予期しない作品を提供したい

    アーティストは表現の選択肢をいくつも持っていて好きな作品を作ることができる、例えば今日は絵を描いて明日は映像作品を作る、と思われがちですが、実はそうでもありません。作品作りは、暗い廊下で目を凝らしながら歩いているようなもので、たまにドアがあって開けてみると可能性が広がって、自分の持つ領域が少し動く。それが新しいテクノロジー、例えばLEDだったりするわけです。なお、この「動く」という要素は私の作品において、とても重要な役割を持っています。東京・汐留の電通本社にある、LEDを使って人の歩く姿をとてもシンプルに表現した作品も、動きがテーマになっています。

    LEDは今や、都市の言語のような存在になっています。特徴的で好まれる一方、少し嫌悪感を持たれるものでもあります。それは当然でしょう。LEDというのは「権力の言語」ですから。「止まれ」というLEDの標識を見れば、人は止まります。ところが、それがチョークで書いてあったら多くの人は無視するでしょう。ほこりの上からなぞって「止まれ」と書いてあったら、踏みつけて通るでしょう。でもLEDで書いてあると、「おっ、重要なんだ」と感じます。これはLEDが持つ面白い特性です。こうした標識やピクトグラムのようなシンボルの造形、ハイテク、それに詩的要素のコンビネーションが好きで、その中で私は、人が普段予期しているものとは違ったものを提供したいと考えています。

    美術館を訪れると銅像、石像、油絵などがあると期待するでしょう。しかし、私にとっては生活の中でリアルなものの方が、はるかに興味深いと思えるのです。もちろん美術館も最近は多様化してきましたが、まだ伝統というものが少し残っています。そこに私は人々が予期していないもの、例えばLEDを使った作品を置いてみたいのです。すると、見た人は美術館や芸術について考える代わりに、学校や車、通勤のことなどごく普通のことを思い浮かべるでしょう。また、油絵とLEDでは、同じ対象を表現しても全く違う印象になります。油絵からは、やはり美術館や歴史などが連想されます。一方LEDからは、人は街や空港を思い浮かべるでしょう。このようにLEDは私にとって、とても個性的な手段なのです。

    「歩いて仕事に行く夢を見た」2002年(電通本社ビル)
    「歩いて仕事に行く夢を見た」2002年(電通本社ビル)

    広重の風景画から学んだ動きの美

    私の作品はミニマリズムとか、シンプル化とよく言われますが、実は逆の視点から始めています。複雑なものをシンプルにするという感じではなく、何もないところから表現に必要な最低限のものを少しずつ足していくのです。例えば、先に述べた歩く人の作品の場合も、腕や足、洋服、動き方などのわずかな要素で表現しています。こうした私の作品の特徴は、実は日本のアートやアニメなどから影響を受けているのです。

    私は、ある目的を持っているようなアートが好きで、日本の浮世絵をコレクションしています。特に木版画は当時、美術作品というよりも、はがきや旅行ガイドのようなもので、サイズや費用、技術の限界があったからこそ、工夫を凝らし美しいものを生み出せたのでしょう。題材や構成、技法、フレーミング、そして作品の簡素化のアイデアなどさまざまな刺激を受けています。

    そうして刺激を受けた芸術作品を連想してもらうことを狙い、作品を作ることもあります。2007年には、液晶のスクリーンにコンピューターを内蔵して、歌川広重風の風景画を映し出す作品を作りました。富士山の周辺をドライブしながら撮った写真を参考に、水面に波がたち、鳥が飛び、木の枝が風でなびいている動画です。広重の作品は、絵なのに動きがありますよね。舟に乗って川を下る人、飛ぶ鳥、有名な雨の描写など。広重の時代には技術がまだありませんでしたが、現代の私はその雨に動きをつけることができるのです。たとえ広重自身のことはよく知らなくても、橋に降る雨の様子など彼の作品は多くの人が目にしています。私の作品に広重の版画のイメージを見いだしてほしいのです。

    アートの手法は全てがテクノロジー、LEDも石彫も

    浮世絵だけでなく、スタジオジブリの宮崎駿監督やセーラームーンのようなアニメの手描きのセル画も数百点集めています。とても美しいですね。アニメやマンガから学んだことが主に二つあります。一つは動きのある肖像画。通常肖像画はモデルが意識して動かないようにしているため、画面は静止しています。マンガの場合、人の表情や身体はストーリーの一部なので、常に動いています。私もアクションの一瞬を捉えたような肖像画に挑戦しています。二つ目は、影の使い方。顔にドラマチックに影を入れるマンガの表現方法は、とても参考になっています。

    アートの手法は全てテクノロジーです。LEDをプログラミングするのも石を彫るのも、テクノロジーなのです。日本には魅力的なものがたくさんあります。彫刻の技術には特に引かれます。日本の職人と一緒に石に絵を彫ることも試しています。他にも、伝統建築、お寺や古い建築物、あらゆる標識や看板、そこに書かれているカリグラフィー、石に彫られたものや塗装されたもの、電飾看板やプラスチック製のもの、また、街の通りの様子などにも魅力があります。来日するたびに、大量の写真を撮影して持ち帰っています。

    ジュリアン・オピー/「自画像」2012年「自画像」2012年

    ジュリアン・オピー
    1958年、英ロンドン生まれ。現代美術家。80年代にユーモアと批評性がある作品で一躍アートシーンの新星として注目される。以降も新たな手法を取り入れ、ポートレート、レーシングコースのシリーズ、人物像のシリーズなどを次々と発表し、世界中でファンを獲得している。現在、世界の主要な美術館がオピー氏の作品を収蔵している。