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セカイメガネNo.31

マニュアルは付いてくるのかな?

2015/02/18

僕はたぶん世界に取り残された最後のマニュアル・ファンのひとりだろう。今はたいがいの製品はスイッチを入れれば使える。でも、印刷され使用手順を記した小冊子を読む感覚はなにものにも代えがたい。新製品パッケージに同梱されているマニュアルのイラストレーションや製品スペックを、僕は何時間でも眺めていられる。製品そのものと同じくらいワクワクするのだ。

いまは買ったばかりのエレクトリック・ギターのマニュアルを読んでいる。製造工房で品質検査した技術者の手書きの証明書付き。ディテールの一つ一つが僕にはたまらない。弦を初めてかき鳴らしたとき、こんな光景が浮かんだ。職人たちが忙しく働く工房。カットした木材の匂い。ギター盤面にフィットさせた音色調整のピックアップ。ああ、至福の瞬間。

2014年の初めに会社を変わった。新しいことが次々押し寄せてくる感覚をこのオフィスで味わった。長年の親友、仕事の相棒ギャリーとクリエーティブ部門のトップを務めることになったのだ。今まで働いていた会社でも同等のポストだったが、期待されている役割がこれまでとはまったく違う。僕は突然、思った。「マニュアルがあったらいいのに」。新しい役割の日々で、即興性を楽しむことを学んだ。毎日起きる新しい出来事と向き合い、メンバーひとりひとりから知恵と力を集める。たとえ、どんな事態がやってきても。

僕たちの会社が属するエージェンシーネットワークで、少し早めのクリスマスパーティーを催したときのことだ。目玉イベントは、各社対抗バンド合戦。僕は社内のあちこちの部署からメンバーを募り、にわか仕立てのバンドを結成した。バンド名は、「ザ・コバヤシサンズ」。奇妙な名前に聞こえるかもしれないが、僕たちと同じ新参者で経営幹部の小林正明さんの名前から取った。小林さんは会社のみんなに愛される人気者にとっくになっているのだ。ヘンテコな名前だが、僕たちのバンド演奏に魅力を付け加えてくれたのは間違いない。彼の顔に勝利の悦びが浮かぶ。いまや「わが家」となった僕たちの会社の未来に、興奮する新しい瞬間が待っていることを約束するように。

一つ一つの瞬間がこうして美しく配列された。そうか、こんな瞬間を創り出すにはマニュアルは準備できないんだ。マニュアルを読んで楽しむのでなく、僕自身が書くときが来たんだ。まぁ、少なくとも僕には、どうやってバンドをつくりコンペで優勝するかについてマニュアルを書く資格はできたと思う。

写真中央は、バンド合戦の勝利に酔いしれる同社幹部・小林さん。その後ろに真新しいギターを持つレイがいる。

(監修:電通イージス・ネットワーク事業局)