伝統メディアの良さを再認識し、個々の媒体の特性に応じた広告戦略を【前編】
2015/03/13
先般発表された「2014年 日本の広告費」では、スマホ利用の拡大などを受け、インターネット広告費が初めて1兆円を超えたことが明らかになりました。日本人の情報行動に詳しい東京大学大学院教授・橋元良明氏と電通総研の奥律哉氏が、広告市場の現状と今後の見通しや課題を探ります。
堅調な推移は消費向上の光が反映された結果
奥:2014年の広告費は3年連続で前年を上回り、6兆1522億円、前年比102.9%ということになりました。なかでも、インターネット広告費が初の1兆円超えで、全体として比較的堅調な推移をしたというかたちになっています。このあたりの数字については、どのようにご覧になりますか。
橋元:やはりアベノミクス効果と言いますか、金融緩和で円安状態が続き、輸出産業を中心に多くの企業の業績が好調だったことの端的な反映かと思います。また、消費税10%への再増税の延期が見込まれたことで、秋以降も消費への期待が持続するようなかたちで、引き続き堅調な広告出稿につながったのではないでしょうか。
消費者側でも、雇用情勢は大幅に改善していますし、失業率もこの十数年で最低水準です。この春のベースアップへの期待も高まっており、消費向上の光が見えつつあるのではないか。個人的にも、ソチオリンピックやワールドカップといった大きなスポーツイベントの関連広告をいろいろな媒体で目にした印象があります。そうした印象が素直に数字に反映されているのかなと思います。
奥:次に、個別の媒体についてお伺いしたいと思います。まず、テレビメディア広告費は1兆9564億円、前年比102.8%でした。特にBSが好調で、前年比112.8%と大きく成長しています。
なお、2014年からテレビ広告については「テレビメディア(地上波テレビと衛星メディア関連)」という区分になっています。メディアのなかでも最も大きなシェアを占めるテレビについてはいかがでしょうか。
橋元:テレビは企業業績と最もリンクする媒体であり、やはり好業績が反映されていると思います。
超高齢化社会に足を踏み入れつつあるなか、「金、健康、孤独」が高齢者の「不安3K」と言われます。BSが非常に好調ということですが、保険や健康食品といった広告が非常に目立っており、消費者の不安を解消してくれるような商品の広告が多かったように思います。また、BSにはCMを入れる時間を気にせず放送できるというメリットがありますから、スポーツイベント関係の番組に連動した広告も好調だったのではないかと思います。
もう一つ注目したいのがスマホ関連です。新機種の発売時はもちろんですが、最近では情報キュレーションサービスが脚光を浴びており、CMを見る機会も増えています。今後、伝統メディアの広告を新興メディアで、逆に、新興メディアの広告を伝統メディアでというように、プラットフォームをまたいだ広告の露出が増えるのではないでしょうか。
テレビには他のメディアには代替できない機能がある
奥:スマホをベースにしたサービスで会員を集めたいということからスポットの比率が大きくなったのではないかと思います。新興企業がテレビという従来型メディアのリーチ力に期待して出稿するという形は大変注目すべきポイントであり、伝統的なメディアと新興のメディアがお互いに相いれながら広報戦略を練る時代になりつつあるのではないでしょうか。
橋元先生のご専門である人々の情報摂取行動において、テレビについてはどのような変化が見られるのでしょうか。
橋元:長期的に見ると10代では視聴時間が伸び悩んでいます。ただし2012年以降、20代以上での大きな落ち込みは見られません。また、世代ごとの追跡調査を見ると、たとえば2005年の30代は今、40代になったわけですが、彼らについては視聴時間が回復している。つまり、20代、30代以降、そして40代ぐらいになると視聴時間が増えていく。ですから、ある世代でずっと視聴時間が減っていくわけではないようです。
奥:在宅時間に比例して視聴時間、あるいはネット利用の時間も決まるといわれますが、在宅時間は増えているのでしょうか。
橋元:一般的には、経済が好調だと在宅時間が減りますのでテレビ視聴も減るということがあります。逆に、不況だとテレビが増えるのですね。家でのメディア利用というのは、端的に言えば暇な時間の配分です。これまで、確かにネットに取られた分はあります。2005年以降、YouTubeやニコニコ動画といった動画サービスやFacebookやLINEといったソーシャルメディアが登場するなど、新しい機能が出てきたときはどんどん利用が増えますが、最近は、それほど目新しいものはない。パソコンは下り坂ですし、ネットも飽和状態だと思います。ですから、現在のテレビとネットの関係は安定期というか拮抗しており、そうした状態でここしばらくは進むのではないかと考えています。
奥:景気も上向きで失業率も低い現在は在宅時間が短くなる傾向があるということですが、そうした状況のなかでテレビが健闘しているということになるかと思います。テレビの有意性、ユニークな部分はどのあたりにあるとお考えでしょうか。
橋元:テレビの速報性は他のメディアをしのいでいますし、信頼性も高い。テレビには他のメディアで代替できない機能がいくつかあります。まず、「いま世の中で何が重要か」「世間の人は何が重要と考えているか」を知ることができる、いわゆる議題設定効果です。「こんなニュースが今世の中で重要なんだな」と確認できる機能、これは重要だと思います。次に、代理体験効果というものです。ドラマで主人公に感情移入したり、旅行番組の風景を堪能するなど大画面ならではの楽しみもありますし、スポーツ番組や音楽番組の臨場感というのもテレビならではでしょう。
もう一つ、あらゆる人々がアクティブに情報を収集しようと思っているわけではなくて、癒やしを得ることもメディア利用の大きな目的です。そういう観点でいうと、テレビは癒やし効果が非常に高いメディアだと思います。
それから電通と共同で行った調査でも、モバイルとの「ながら視聴」が非常に多く、テレビ番組に触発されてコメントを送るというソーシャル視聴のスタイルが広まっていることがうかがえます。テレビとモバイルの相乗効果は、今後ますます大きくなっていくでしょうね。
新聞はセレンディピティー効果、雑誌は独特の味わい深さが魅力
奥:モバイルが普及してきたことで、テレビとモバイルを組み合わせた双方向性が実現しつつある。そのことは、お互いのメディアの活性化に向けたドライブになっていると思います。では、新聞についてお伺いしたいと思います。新聞の広告費は6057億円、前年比98.2%でした。
橋元:新聞の広告費が若干下がっているのは残念です。去年の夏以降、一部で信頼性に疑問を投げかけるような出来事がありましたが、その後も、新聞の信頼性は下がっていません。最も信頼できる情報を載せているメディアという新聞のイメージは揺るがない。
私自身も新聞が大好きです。新聞を端から端まで読むと、「こんなことがあるのか」「世の中こうなんだ」と常に新たな発見がある。いわゆるセレンディピティー効果といいますか、そういうものを日々感じています。
「ニュースはネットで」という高齢者の方もいらっしゃるでしょうが、ニュースだけ入手したいわけでもない。「昔、新聞でいろいろ勉強したな」という思いが高まれば、高齢者の教養の情報源として、新聞の価値はもっと高まるのではないか。一方若年層でも、小中高などで新聞の教育効果が見直され、大学受験対策で「新聞を読もう」という動きも定着していますよね。そういうことを考えると、若年層についても、新聞の購読率、あるいは閲読時間の面で今後期待できるのでは、と思っています。
新聞には他の追随を許さない取材力と編集力がありますから、デジタル化への取り組みが本格化すると、新たな価値が生まれてくるのではないかと期待しているところです。
奥:ネットである事柄だけを調べるのではなく、総合的な紙面で偶然目に触れた記事や広告の効果、心にすっと入ってくるような効果は非常に高いのでしょうね。また、特に若い読者のためにも、デジタル化への取り組みも同時に急がれるところです。
さて、雑誌については広告費2500億円、前年比100.0%でした。「ファッション・アクセサリー」や「化粧品・トイレタリー」等の業種が堅調だったということです。
橋元:雑誌の広告費が落ちていないというのは理解できる気がします。私自身、病院へ行ったとき、あるいは移動中などにいろいろな雑誌を読みますが、お店や料理、お酒など、雑誌の広告には、時間的な浮遊感というか、その世界に身を置き続けたくなるような独特の感覚があります。食べ物にしても、いい写真には「ほんとにこれはおいしそうだな」と思わせる効果がありますよね。
そうした魅力は数字ではうまく出せませんから閲読時間には表れないわけですが、雑誌には他のメディアでは出せない味、効果があると思っています。
奥:上質な紙が醸し出すグレード感とコンテンツや広告とのマッチングがうまくいくと、非常に効果的だと思いますし、オーディエンスへのターゲティングがはっきりしているという意味では雑誌には根強い人気があると思います。
【2014年 日本の広告費】
※対談後編は3月20日(金)に更新予定です。