Spotifyではプレイリストまで広告になる!?「Hits」受賞作品をクリエイター目線で分析
2024/12/06
世界最大級のオーディオストリーミングサービス「Spotify」。その広告クリエイティブアワードである「Spotify Hits」が、日本で初めて開催されました(概要は、こちら)。本記事では、受賞作品を紹介しながら、Spotifyで成功するクリエイティブ・広告の特長や、Spotifyのマーケティング価値、音声広告の可能性を探ります。
「Hits」の審査員を務めた嶋浩一郎氏(博報堂 執行役員)、受賞作を手掛けたクリエーティブ・ディレクターの川田琢磨氏(電通CXCC)をゲストに迎え、音声広告に精通する並河進氏(電通CXCC センター長)が話を聞きました。
Spotify Hits
Spotify広告の特性を生かしたクリエイティブなアプローチで人々の心を動かし、ビジネスの成長に貢献した企業やブランドのキャンペーンを表彰するアワード。グランプリ(Spotify Mic Drop)に加え、ベストオーディオキャンペーン(Future Sounds)とベストマルチフォーマットキャンペーン(Sound&Story)の2つの部門賞が表彰された。
音声広告だけじゃない!Spotify広告の可能性を追求した受賞作品
並河:「Spotify Hits」は2023年にブラジルとメキシコで始まったSpotify主催の広告賞で、2024年は日本やアメリカなど世界各国で開催されることになりました。審査員を務めた嶋さんから、応募作品全体を振り返った感想を聞かせてください。
嶋:飲食、日用品、IT、金融、自動車、マスメディアなど、さまざまな業界から多彩なアプローチの広告がありました。Spotifyはユーザーの約80%がイヤホンで聴いており、自分の好きな音楽やコンテンツに没入しています。おのおのが自分の世界に入っているところに企業が広告を発信していくわけです。そこでどんな引っかかりが作れるのか?応募作品を審査していて、ラジオ広告とは異なる、Spotifyならではの企業とユーザーのエンゲージメントの作り方があると感じました。
並河:「グランプリ」は、日本ケンタッキー・フライド・チキン(以下、ケンタッキー)の「和風チキンカツバーガー(通称:和カツバーガー)」の広告でした。
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嶋:この広告は高須クリニックのCMソングの替え歌です。広告の締めの「和カツ食いに行く」というセリフが、「高須→和カツ」「クリニック→食いに行く」と韻を踏んでいるのをはじめ、SEや使用楽曲も含めて本家の広告に徹底的に寄せて作り込まれています。「あれ?高須クリニックの広告?」と思って聴いていると、最後にケンタッキーの社名が出てきて、同社の和カツバーガーの広告だったと分かるオチがとても面白い。
並河:みんなが知っている広告をベースに制作するという、ユニークな着想ですね。
嶋:この広告の特筆すべき点は、音の感覚をすごく大事にしていることです。「この音がこういうふうに聴こえる」と考えながら作っていく手法は、Spotifyならではの制作プロセスですよね。高須クリニックに許諾を取って作っているわけですが、本家の広告へのリスペクトも感じました。
並河:音声面で際立った広告に贈られる「ベストオーディオキャンペーン」を受賞したのは、アース製薬の「アースノーマット」の広告でした。この広告は、立体的な蚊の羽音と、小島よしおさんの持ちネタである「そんなの関係ねぇ」や「ダイジョブダイジョブ」のフレーズをミックスした曲で、アースノーマットの特長を紹介しています。お二人から見ていかがでしたか?
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川田:僕は、応募作品の中でも特に面白いと思いました。Spotifyはイヤホンで聴いている人が多いので、「立体音響」をうまく取り入れることが広告制作の1つのカギになっています。アースノーマットの広告は、蚊の羽音を立体音響にして、蚊が右から左に飛んでいる臨場感を出しているんです。蚊の羽音に着目した点と、羽音がしっかり聴こえつつも耳障りではない絶妙なバランスの仕上がりに、クリエイターとして「やられた!」と思いました。
並河:この広告は聴いていて「おしゃれ」ですらあるというか。DJがいろんな音をサンプリングしてリミックスしているような感じがしました。
嶋:羽音をはじめ音作りの技術がすごいですよね。アテンション獲得から商品への落とし込みまで、さまざまな要素がコンパクトに1つの楽曲にまとめられていて、これまでのCMソングとは違う新しい世界を見せてくれました。
並河:複数のSpotify広告を活用して成果を生んだ広告に贈られる「ベストマルチフォーマットキャンペーン」は、川田さんが手掛けたエスエス製薬の「ドリエル」の広告が受賞しました。
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川田:Spotifyでは、API連携によってストリーミングデータやプレイリストを活用し、仕掛けを施したランディングページの作成が可能です。「睡眠の日」である9月3日に、Spotify と連携した特設ページ「セカイのララバイミュージアム」を開設し、世界各国100種の子守歌を紹介しました。さらに、リスナーの「今の気分」からプレイリストを選ぶこともできるようになっています。「セカイのララバイミュージアム」へ誘導するために、Spotifyの音声広告と静止画広告も作りました。
並河:制作の背景について教えてください。
川田:睡眠改善薬「ドリエル」が発売20周年を迎えるにあたり、「これまでとは異なるアプローチの広告でブランドの好意度を高めたい」というクライアントの要望がありました。企画を考える中で、「世界中にさまざまな子守歌が存在する」というファクトに注目したのです。「全ての人の安眠を願う」というドリエルのフィロソフィと、「あなたがよく眠れますように」という世界各国の子守歌に込められたメッセージは同じだと感じて、「ドリエル×子守歌」というキャンペーンにしました。
並河:ブランドイメージを高めるために、世界の子守歌が聴けるコンテンツを作ったところが、Spotifyならではですね。嶋さんは審査員として、どのような点を評価しましたか?
嶋:プレイリストを活用したドリエルの企画は、広告という枠を超え、1つのエンタメコンテンツサービスにまで昇華していて、有効なブランディングになっていると感じました。プレイリスト機能はSpotifyの大きな特徴の一つですが、プレイリストはある種の「編集物」であり、同じ曲でも編集によっていろいろな世界観が発信できます。
並河:Spotifyの広告は、音声、動画、ディスプレーだけではないということを示していますよね。ブランドの世界観をユーザーに立体的に体感してもらえる、新たな可能性を感じました。
広告制作で押さえたい、Spotifyの3つの特長とは?
並河: Spotify広告を制作する際には、Spotifyが掲げる「Fandom(ファンダム)」「Rhythm(リズム)」「Personalization(パーソナライゼーション)」という3つの特長を踏まえることが推奨されています。
並河:まず「Fandom」について、Spotifyを「アーティストやクリエイターの熱狂的なファンが集まる場所」と捉えたうえで、そのような場所で企業がどのようにコミュニケーションしていくかが大事になるわけですね。
嶋:今回の応募作の中で「Fandom」をよく理解して作られていたものの1つが、「アサヒ生ビール」(通称マルエフ)の音声広告でした。この広告は、Spotifyが注目する次世代アーティストを支援するプログラム「RADAR: Early Noise」に選出されたアーティストが登場し、自身の1年を振り返りながら、リスナーに「今年も1年、おつかれ生です」と話しかける内容です。
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並河:ミュージシャンが自分にだけ語りかけてくれているような感覚で、とても記憶に残りましたね。あるいは、楽屋からコミュニケーションしているような印象もあり、「どんなところから話しているのか」を意識した設計が一つポイントになっていたのかなと思います。
嶋:モーメントのつかみ方もうまい。音楽シーンが盛り上がる年末に「今年はこんなアルバムを出したりこんなライブをやったりしていい1年でした。みなさんおつかれ生です」と言われると、ファンにとってはたまりません。ミュージシャン自身も、多くはSpotifyユーザーなので、自分の好きなプラットフォームに自然体で出ている感じがしました。
並河:Spotifyの3つの特長の2つめ「Rhythm」は、移動中、家事の間、運動中など、ユーザーの「生活リズム」に合わせて、適切なモーメントで広告配信できるということです。
嶋:応募作品の中には、ドライブ中のSpotifyユーザーに向けた、自動車、タイヤ、配送ドライバーの募集広告もありましたね。Spotifyには、リアルタイムに車中でSpotifyアプリを使用しているユーザーのみを対象に音声広告を配信できる「In-Car」という、独自のターゲティング手法があります。
並河:ドライブの他にも、プレイリストターゲティングで、勉強中やランニング中など、いろいろなシーンにいるユーザーにピンポイントで広告を配信できますよね。
嶋:クリエイティブ面では、「このタイミングでこう言われたら響く」ということを意識するとより印象に残る広告になると思います。
並河:3つめの特長である「Personalization」は、リスナーの属性や心情ごとにクリエイティブを出し分けられることです。従来の広告よりも、ターゲットに最適化したコミュニケーションが可能です。
嶋:先ほどのRhythmの「モーメントに合わせたターゲティング」と合わせて、年齢、性別、気分、音楽の嗜好(しこう)といった複数の切り口での広告の作り分けができますよね。応募作品の中では三井住友カード(NL)のキャンペーンは、音楽好きやラジオリスナー、推し活にいそしむ女性など、さまざまなSpotify上のリスナーのペルソナを想定した3種のクリエイティブを用いており、この点をとても意識されているなと思いました。
川田:旧来のラジオCMは、例えば、「ヨガをしている30代前半の女性でクラシック音楽が好きな人に向けて広告を打ちたい」と考えても、システム上の問題から、実際に広告を当てられるかは未知数でした。Spotifyはリスナーがよく聴いている曲や属性などのデータから、その人の趣味嗜好を捉えることができます。ターゲットに届けられる確実性が4マス広告よりも高いですね。
音声広告には、手つかずのやり方が、まだまだたくさんある
並河:マーケティングにおけるSpotifyと音声広告の可能性についてもう少し探ります。同じ音声広告でも、Spotifyとラジオの違いはどこにあると思いますか?
川田:ラジオは、みんなで聴いたり、「ながら聴き」したりすることが多い。それに対してSpotifyは、1人で没入して聴くケースが多いですよね。また、24時間いつでも自分の聴きたいコンテンツを聴くことができます。こうした特性から、ラジオと比べると、「ユーザーがすごく能動的に接触する」プラットフォームであることが、大きな違いだと思います。さらに、広告配信という観点でいうと、聴いている人を細かくターゲティングできるのは強みです。
嶋:能動的に、1人で没入して聴いているからこそ、そこに広告がうまく入っていけたら大変効果がありそうですね。
並河:テレビCMや動画広告との違いはいかがでしょう?
嶋:いろいろな作り方があるので一概には言えませんが、音声広告は、この音でウケるなという発想が1個浮かべば、それがコアアイデアになって最後まで一気に作れるという傾向はあると思います。「和カツバーガー」の広告のように、「和カツと高須が似ているから、これはいける」と。音の発想を中核に置いて全部作り上げていくような。
川田:確かに、テレビCMや動画広告だと、音の発想だけでは背骨が足りない気がしてしまいますね。他に核となるアイデアが必要だと思ってしまいそうです。絵をどうするのか、どう撮るのか、出演者は誰にするのかも頭を巡らせる必要があります。
嶋:音声広告の特徴をもう一つ挙げると、音だけの世界だと、聴き手の想像力をすごく膨らませることができる。広告が音だけで話していることを、リスナーが頭の中で映像として想像してくれた時点で「勝ち」なところはありますね。ラジオもそうですが、発信側と聞き手が1対1の関係になれるのが音声メディアの強みで、そこにはまるで友だちと話しているようなインティメート(親密さ)があり、聞き手に対してメディアが「話しかけている」感覚が確かにあるんです。それに加えて、Spotifyはイヤホンで没入して聴いていることが多いので、やり方次第ではラジオ以上に「1対1」の感覚を作り出せます。そこを意識すると、リスナーとより深い共犯関係を築ける広告もできるんじゃないでしょうか。
並河:川田さんは今後挑戦してみたい広告はありますか?
川田:今回、高須クリニックの替え歌や、小島よしおさんの持ちネタを使った広告がありましたが、過去の有名なCMソングの復権ができないかと思っています。
並河:なるほど、音楽は世代ごとに思い出がかなりひもづいていますからね。特定の世代の記憶を刺激することで、広告効果がアップするかもしれませんね。
嶋:確かに「音の記憶」って、聴いた瞬間に当時の感覚を強く思い出させられますよね。
並河:「ブランド資産」というとロゴマークなどビジュアル的なものが多いですが、CMソングやジングルなど、「音」もその一つなんだと改めて感じます。
川田:それから、音声をベースにしつつも、「派生領域」が広いのがSpotifyの大きな特徴です。リスナーはアプリ画面を見ながら音楽を聴いたりもしますから、単に音声だけの媒体として捉えるのはもったいないなと。また、もちろん「音声だけだからこそのトリック」も作れるし、Spotify広告ではそこに注力しがちなんですが、音声広告と動画を組み合わせた仕掛けもできるかもしれないです。例えば「音声だけでも成立した広告」があって、でも実はそれを動画で見たときに、印象が大きく変わるみたいなトリックですね。
並河:こうして考えていくと、Spotifyや音声広告にはまだまだ手つかずのやり方がたくさんありそうですね。僕は、ブランドとは何かと考えたときに、「他の企業との差分」だと思っていますが、Spotifyのような新しいメディアにチャレンジすることで、いろんな形での「差分」を表現できると思います。それを考えることで、リスナーにブランドを印象付けられるような新しい体験を作っていけるのかなと、お二人の話を伺って感じました。本日はありがとうございました。