個人メディアの進化と見直されるブログの価値:後編
2015/03/26
マスメディアの力が圧倒的に強い日本。これまでは、企業がお金を払ってメッセージを発信するケースが多くありましたが、ここへきて、ブログ発信のブームに企業が乗っかり、シェアによって情報を拡散させるという動きが目立ってきました。炎上やトラブルなどの問題も少なくありませんが、誠実に向き合えば、大きなマーケティングメリットを享受できます。その可能性について、「ネタフル」ブロガーのコグレマサトさん、アジャイルメディア・ネットワークの徳力基彦さんと、電通iPR局の落合直樹さんが語り合いました。
前編はこちら
“広告脳”ではなく、“PR脳”で開発されたサービス
落合:昨年4月、電通とアジャイルメディア・ネットワークさんで業務提携を結び、iWire(正式名称インフルエンサーワイヤー http://influencerwire.com/)というサービスを開始しました。iWireは、企業の商品やサービスをブロガーさんのネタになるようアレンジした情報をニューズレターとしてお届けし、ブログを書いていただくという仕組み。こう言うとステマを想像される方もいらっしゃるかもしれませんが、ブロガーさんへの謝礼や企業さんへの執筆保障もありませんし、あくまで「ブロガーさんが、本当にいいと思ったら書いてやってくださいね」というスタンスです。
この話を初めて徳力さんにご相談したとき、とても驚かれていたのが印象的でした。なぜあんなにびっくりされていたのですか?
徳力:マスメディアの広告枠を扱うマスマーケティングの代表的企業でもある電通さんが、PRの領域で、個人メディアに歩み寄ろうとしている点に驚きました。そもそもマスメディアの広告枠の活用を軸としたマスマーケティングと個人メディアのクチコミを意識したPR的アプローチは、極端に言うと真逆の価値観を持ったものです。マスマーケティングは、広告枠を購入した企業がメッセージを発信するので、細部にわたってコントロールが効きますし、予算の規模でインパクトを出せます。
一方で個人メディアでのPR的アプローチの場合、ユーザーのクチコミによって成り立っているため、コントロールがほとんどできず、予算を投下しても全くクチコミされないこともあります。ここをきちんと理解せず、マスマーケティング的価値観で個人メディアにアプローチすると、うまくいかないことが多いんですよね。ヤラセといわれて炎上したり、ネガティブな発言を排除しようとして叩かれたり…。
今だからこそ言えますが、電通さんがブロガーに歩み寄るのは、クライアントから期待されている役割としても、会社の構造的にも難しいんじゃないか、と思ったのは事実です。
落合:やはり、そういう印象をお持ちになっていたのですね。徳力さん、最初は「電通さんはあっちでしょ。僕らはこっちだから」みたいなことをおっしゃっていましたもんね(笑)。ただ、そうした概念や業際は、われわれが感じている以上に変化していると思うところもあり、思い切ってご相談にうかがったのを記憶しています。
コグレ:僕も当初は「iWireか~。すぐ終わっちゃうんじゃないかなあ」と思ってました(笑)。ですが、じっくりお話をお聞きして、本気で、徳力さんがおっしゃるところの“PR脳”的価値観のサービスを作ろうとしていることが理解できました。お金を払って書いてもらうのではなく、提供する情報やコミュニケーション活動を通して書いてもらおうというスタンスで、ブロガーをとても真摯に尊重してくれている。サービスインから約1年。僕もアドバイザーとして関わっていますが、着実にブロガーとの信頼関係が育ち、書かれる記事の数が増えてきたなあと感じています。
ブログとブロガーがもたらす、圧倒的なファンの愛
落合:海外では、企業とブロガーが活発にコミュニケーションし、ブログがメディアとして確立していると聞きました。これはなぜなんでしょう。日本と何が違うのでしょうか?
徳力:海外の場合、ブログは新しいメディアだと捉えられており、新聞、雑誌といった媒体と同様に扱われています。ブロガーを記者発表会に呼ぶのは当たり前ですし、私自身も海外のイベントに記者と同じ扱いでブロガーとして招いていただいたことが何度もあります。この背景には、例えば米国ではマスメディアの力が弱く、相対的にネットやSNSの力が強いことや、日本のように東京一極集中ではないので、企業が既存媒体の記者とだけコミュニケーションをするメリットが低いことがあります。
個人的にはブログやSNSの黎明期に、ユーザー基点の炎上が多く起こったことも影響していると思います。日本では企業のマーケティング担当者の失敗で炎上 するケースが話題になりましたが、米国では、例えばPCメーカーのサポートの対応が悪かったなど、企業の落ち度をユーザーが告発して炎上するケースが多 かった。だから海外の企業は、ブロガーとのコミュニケーションを大切にするようになったと感じています。海外とは対照的に、日本ではネットユーザーに関わ ると炎上するから怖いと距離を置くケースが多いようです。しかし、こうしたブロガーリレーションは、トラブルを防ぐためだけではありません。ブロガーと交 流を深めることは、つまり、メディアを持っているファンを育てることにもつながります。
コグレ:ファンの熱量はすさまじいものがありますからね(笑)。ブログというと、炎上しがちなもの、怖いものというイメージをもつ企業さんも多いと思いますが、ぜひポジティブな面にも目を向けていただいて、よりよい関係が築けるようになると嬉しいです。
ブログがハイボールブームを生み出した!
落合:なにか、日本国内で、企業とブロガーさんのコミュニケーションが成功している事例というのはあるのでしょうか?
コグレ:サントリーのハイボールでしょうね。実はあのブーム、ブログも一役買ったようなんです。サントリーさんがブロガー向けに「白州蒸留所見学ツアー」なるものを企画してくださいまして。ウイスキーの工場を見学したり、試飲をしたりという工程の中に、たまたま「すごいハイボールの作り方」というプログラムが組み込まれていたんです。スライドにしてたった1枚のコンパクトな内容だったんですが、これが参加ブロガーの心に見事に刺さりました。帰りのバスの中は、ハイボール談義で盛り上がりっぱなしだったほど。その様子をサントリーの方がちゃんと見てくださっていて、サントリーとブロガーの「ハイボールナイト」というイベントが開催されることになりました。その後にキャンペーンがスタートし、現在のようなブームにつながったというわけです。
徳力:理想的な“PR脳的”コミュニケーションの形ですよね。正直、マスマーケティングで今まで成長してきた企業にとって、“PR脳”的なボトムアップのコミュニケーションは、やたらと担当者の手間がかかるわりに結果も見えづらいし、インパクトも予想しにくく、まどろっこしいものでしかないと思います。けれど、全体の組織の人員や予算の中から一部をきりだして、ブロガーとのコミュニケーションや個人メディアを育てる活動に充てれば、マスマーケティングだけでは生まれない効果を得る可能性があります。マーケティング全体のフローの中のポートフォリオのひとつとして、組み込む価値はあると思いますよ。早めに始めておけば、他社とも差がつきますしね。
コグレ:そしてできれば、1回限りのイベントではなく、継続して関係を育てていただきたいなと思います。前編でも述べたようにブログの魅力は、歴史と物語があること、これに尽きます。続けることでよりよい関係が築かれ、物語が積み上がっていく。そうしてますます、ポジティブな情報が広がりやすくなっていくのです。
落合:iWireでも、一方通行ではない、企業とブロガーさん双方向のコミュニケーションを作り出していきたいと考えています。ブロガーさんへのネタ振りになるようなリリースを出したり、ブロガーさんに体験していただくサンプルを提供したり、参加できるイベントを企画してみたりとささやかな工夫をしています。こういうサービスを通して、結果、マーケティングの新しい可能性が開かれるといいなと思っています。ありがとうございました。