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アド・スタディーズ 対談No.14

細分化の先へ

消費者の捉え方はどう変わったか―②

2015/04/02

青木幸弘 (学習院大学経済学部経営学科教授)×小川共和(電通マーケティングソリューション局次長)
(※所属は「アド・スタディーズ」掲載当時)
 

ライフスタイルや価値観、消費行動が多様化し、マーケティングの世界もマスから個への志向を強める中、新しい消費者像をどう捉え、どのようなマーケティングが必要とされているのか。今回は消費者行動論とブランド論を主要な研究領域とされてきた青木幸弘先生とITを駆使したマーケティング領域でビジネスを展開されている小川共和氏に、ITの進化に伴うマーケティングと消費者セグメンテーションへの新しいアプローチへの視座を議論していただいた。


重要性を増すマーケターの視座

青木:これからの消費者行動研究はどうあるべきなのでしょうか。あまりにもテクノロジー至上主義が進むと、リコメンデーションにしても通り一遍のものしか出てこない気もします。マーケターにはもっと新しい発想が問われるのではないでしょうか。購買行動だけではなく、人間としてトータルに見ていかなければならないということになりますね。

小川:最近、IT企業の社員も自分たちの限界をけっこう考えていますし、アメリカのITツールがそのまま日本でうまくいくこともなかなかありません(笑)。結局、立派なシステムだけを作っても人は動かないし、何も起こらないということがわかってきたのではないでしょうか。

青木:確かに、テクノロジーの進化によってできることが増えていきますが、それですべて解決できるわけではありません。何をしたいのかということが前提にあって、その手助けとしてのテクノロジーという考え方が、すなわち、先ほどのイネーブラーとしてのITという考え方が必要だと思います。

小川:そのとおりです。たとえば、あるCRMの企画業務が100あったとすると、少なくとも80はいわゆるマーケティングの議論で、システム等の仕組みの議論は10か20です。マーケティングがわからないと、どんなにテクノロジーに詳しくても、議論に参加できませんね。

青木:そもそも市場や消費者をどう捉えていったらいいのか。ITの世界の中だけで考えれば何でもできるようにも思えるのでしょうが、実際には、消費者をどのレベルでどう捉えるのか、なかなか難しい時代になってきていると思います。そこをもう少し掘り下げながら、議論をさせていただきたいと思います。

小川:マス・マーケティングとITを使ったone to oneマーケティングのマーケティング計画の立て方の違いも大きなポイントとなります。多少単純化しすぎているかもしれませんが、前者が演繹法、後者は帰納法とでもいえましょうか。どちらも最初は演繹法的にある仮説を立てますが、前者の世界では、一度計画し、施策準備をしたらなかなか変更はききません。考えに考えて、いざ準備が完了したら後は成功を祈るだけというスタンスです。

それに対して、後者はtry&learnを前提としているため、ある程度考えたら、まずはスモールスタートでも実行してみる。施策の成果がリアルタイムで把握でき、かつ施策の変更自体が容易なことが多いため、施策を実行しながら計画を最適化していくというスタンスです。どんなに優秀なマーケターでも人ひとり理解するのは難しく、何度かのやりとりを通して、徐々に理解していくのが深い理解につながる方法なのだ、といった思想が根底にあるのかもしれません。すなわちキャンペーンでの一過性の関係でなく、CRMやナーチャリングといった顧客との長い関係を想定しているマーケティングなのです。

青木:もはや仮説検証型でいくよりも、まず先にA/Bテストみたいな感じがありますよね(笑)。もちろん、それで済む世界もあると思いますが、やはり、きちんとした仮説を立てての調査、顧客像、ニーズについての研究成果はこれからも残っていくと思いたいですね。

青木幸弘氏

小川:もちろんです。やはり、多くの人の心を動かす何か主力になるものがあるわけですから、マーケターの基本はあまり変わらないような気がします。人間をどう捉え、どういう刺激が人間を変えることができるのか、永遠の心理学とでもいうべきテーマをやり続ける感じです。キャンペーンのようにある時点を切り取った心理学でなく、人生という長い時間軸を前提にしながら、より良好な関係を築いていくための心理学なので、マーケターに求められる人間理解は今までより深いものになると思います。ITは手伝ってはくれますが、考える主体はあくまで人間マーケターです。

ライフスタイルからライフコースへ

青木:私はこの10年ほど、ライフコースという切り口で消費行動の研究を行っています。いわゆるライフスタイルを静止画のアプローチだとすれば、ライフコースは動画(ムービー)のアプローチです。静止画で生活の一断面を上手に切り取ることにも意味がありますが、一方では、その人生を動画で捉えていく必要があると思っているからです。

歴史的に振り返ると、かつては、年齢や性別などの人口統計学的な変数、いわゆるデモグラフィックスをベースとしたセグメンテーション、あるいは、心理的な変数であるサイコグラフィックスをベースにしたセグメンテーションが行われ、それが、ライフスタイル・セグメンテーションへと発展していきました。しかし、最近では、Moschisという研究者が、生涯発達心理学やエイジング(加齢)の社会学、そしてジェロントロジー(gerontology)などの知見をベースにジェロントグラフィックス(gerontographics)ということを言いだしています。

ジェロントロジーは、日本では「老年学」とも訳されていますが、高齢化が進む日本においては今後非常に重要な学問分野であり、ジェロントグラフィックスは、そのジェロントロジーに依拠した枠組みです。また、そこでは、人生を個々の断面ごとだけでなく、1本の道筋として捉えるライフコースの考え方がベースにあり、新しいセグメンテーションの可能性も出てきています。

小川:もし、人生という長い軸の中で何が節目や転換点になるのかという専門的知見が出てきたらすごいですね。

青木:日本では70年代の中盤以降、戦後標準化が進んだ人々のライフコースが多様化し始めました。たとえば、従来、多くの女性が、学校を卒業して結婚や出産を契機に退社して専業主婦になるといった同じコースを歩んでいたわけです。しかし、ライフコースの多様化が進み、従来のように結婚や出産を契機として専業主婦のコースを歩む女性もいれば、生涯独身の女性、あるいはDINKS、DEWKSといったライフコースを選択する女性も増えてきました。表面的なライフスタイルの多様性の根っこの部分をライフコースの問題として、まずはきちんと整理しておきたいと考えているわけです。

小川:学問的あるいは専門的な知見が出てくれば、もう少し精度の高いジャーニーや顧客戦略が描けると思います。ライフコースの多様化は、そのままカスタマージャーニーの多様化になります。今まで以上に、多種多様になったターニングポイントに対して、マーケターがシナリオを描き、ITにターニングポイントを見逃さないように指示しておくことになります。事前にどんなターニングポイントが来たら、企業としてどんな提案を行うかをプランニングしておき、その提案が刺さったのかどうか報告せよ、ということもITに指示しておくことになります。

あとは、人間マーケターがデータを目を凝らして見ていなくても、ITが「○○さんが、○○というターニングポイントに来たので、AとBとCという提案をしたところ、Cにきっちり反応してくれました。次の打ち手は計画通りGの打ち手で行きますか?ご判断ください」と言ってきます。一人一人によって異なるライフコースを想定し、そして当初とは違ったコースに変更になることがあってもそれを察知し、臨機応変に対応するという仕事を人間マーケターとITで協業すれば、可能になります。

時間軸が重要な視座

青木:分析の視点としてはどの辺りを深めていったらいいのでしょうか。人生のいろいろな岐路の中で、どういう選択をしてライフコースが分かれていくのか。実はライフコース選択というのはその人の価値観の反映でもあるわけです。 そこを掘り下げようと、さまざまな業種の方々と一緒に研究会をやっていますが、小川さんの話をお聞きし、なるほど、カスタマージャーニーを人生の旅としてもう少し大局的に見ていくと、新しい知見が生まれるかもしれないと思いました。

小川:どの業界がいいかわかりませんが、長い人生のいろいろな段階でお付き合いのある商品やサービスならすべて関係してきますから、分岐での選択肢がある程度わかれば、かなり正確なシナリオが描けるのではないでしょうか。

青木:ライフコース別のペルソナなどもつくりましたが、次の展開がなかなか思い描けませんでした。その点、カスタマージャーニーという手法を伺って本当によかったと思います。

小川共和氏

小川:研究者から新しい知見が出てくれば、実務マーケターはその知見を使って、ライバルたちより少しでも競争優位を獲得したいと思います。“ライフコース・マーケティング”は、伝統的なマス・マーケティングしかできないマーケターでは対処不能です。顧客データベースとone to oneのコミュニケーションシステムを道具として使い、カスタマージャーニーを長い期間の関係として描けるマーケターだけができるマーケティングです。マーケターとしてはワクワクするテーマですね。

青木:消費者の実態については調べなくてもどんどん集まってくるわけですから、逆にマーケターの人生観や市場観、あるいは世界観や歴史観みたいなものがないと、消費者と向き合えない時代に入ってきているような気がします。

小川:おっしゃるとおりだと思います。データも道具(=IT)も目の前に限りなくあるのですから、市場・時代・社会の変化も見下ろしながら、それをどう読んで、どうお客様と長い信頼関係を築いていけるかのシナリオをマーケターが描けるかどうかの勝負です。短期的にはITという道具を使えるか否かが勝負に影響を与えますが、それも一定水準に達すると、再びマーケティングプランニングの勝負です。

青木:何か研究者側に対する要望はありますか。ご自身の課題でもかまいませんが、どういうことを研究していけばいいのか、リクエストしてください。

小川:人間はいくつもの人格を持っていますし、常に変わるんだという視点が必要だと思います。マスとone to oneで決定的に違うのは時間軸があるかないかですから、ターゲット論の中に時間軸を入れるとどうなるのか知りたいところです。

青木:今日のお話を伺い、ITを使ったマーケティングのイメージが変わり、すごく新鮮な驚きを感じました。われわれの研究会では、シナリオ・プランニングの手法を使って2025年のシニア市場がどう変わっているのかとか、2020年に女性のライフコースがどう変わっているかを議論しています。消費者像も今の時点における消費者理解だけでなく、時間的な変化も含めた捉え方が必要だと思っています。

小川:われわれのターゲットとの関係ファネルには、潜在顧客としてまず匿名のマスがあり、次に最近DMP等で時々耳にするCookieがあり、次に見込み顧客の個人情報を使ったリードナーチャリングがあり、顧客化後も上顧客化へと育成するCRMがあります。長い時間の対話を通じて、匿名マスとしての潜在顧客から顧客、上顧客までの道のり、そして上顧客との一生の関係作りを行っていくマーケティングです。一人一人による違いにとどまらず、人間は時とともに変化することまで見越したターゲット論です。シナリオをしっかり描ければ、そしてITにお手伝いしてもらえれば、十分実現可能なことです。マーケターの時代が再びやってくると思います。

青木:今日はとても興味深いお話、ありがとうございました。

〔 完 〕

※全文は吉田秀雄記念事業財団のサイトよりご覧いただけます。