【続】ろーかる・ぐるぐるNo.54
いい関係をつくる技術
2015/04/16
電通のひとはマゾっ気が強いのでしょうか。たとえば「激辛」料理が大好きです。そんな社内で「伝説」となっているのがシオンのナスカレー。ぼくが入社した当時、まだ本社ビルが築地にあったころ、歌舞伎座裏の喫茶店が出していたランチメニューです。特に暑い季節になると行列が絶えず、大汗をかきながら唐辛子まみれのナスを掻っ込んだものです。
それが20年ほど前、突如閉店。どこか中毒性のある味の記憶も薄れてきたところ、その店主直伝、幻のレシピを入手して完全復活させたのが新橋SL広場かいわいに正味亭と香味亭の2軒を経営する尾和くんでした(彼とは電通同期入社。数年前に会社を卒業して今では立派な居酒屋のおやじ)。懐かしの味を求めて昼時はすっかり社食のような状態。やっぱり電通社員はこういう刺激が大好きみたいです。
さて前回。「広告会社にマーケティングはない」といったようなことを書きましたが、それでは「マゾっ気」はさて置き何か特有の技術はあるのか。コピーライターの磯島拓矢さんが書いた『言葉の技術』(朝日新聞出版)を読んでいたら、そのヒントがありました。
この本は帯に「電通でクリエーティブに配属されるとまずこんな研修を受けます」とあるように、基本的なクリエーティブの思考法がテーマです。そして実際に研修で使った事例として「ラジオ」に関するコピーが紹介されています。
本音でしゃべってます。ラジオ
みんな油断しているから、本音が出る。ラジオ
どちらがラジオの魅力を表現できているか。どちらがより、ラジオを聴きたくなるか。人の気持ちを動かすためには正確に特徴を言うだけでは不十分で、相手に「伝わる」言葉を徹底的に考えることが必要だ、というわけです。
さらに考え抜くための視点として、①商品・企業、②ターゲット、③競合、④時代・社会の四つの扉が紹介されています。コピーライターによるコピー入門と勘違いされることもあるようですが、あらゆるビジネスマンに必要なクリエーティビティーの習得法が示されています。学生さんはもちろん、他業界で活躍するビジネスマンの方にこそ読んでいただきたい一冊です。
ぼくがこの本で一番印象に残っているのは磯島さんがコピーを書く最終的な目標として「その言葉によって人と人の間にいい関係が生まれること」を挙げているところ。「人を説得するためでもなく、従わせるためでもなく、言い負かすためでもなく、そもそもは良い関係をつくるため」に自分の担当した商品や企業について再定義を試みている点です。
ここにクリエーティブの本質があります。磯島さんの書く「いい関係」とは、この連載でいうところの「新しいサーチライト(コンセプト)」の発見。かっこいい美辞麗句でも耳触りのいいポエムでもなく、思わず手を伸ばしたくなる「新しい視点」を考えぬくのがコピーライターという職業なのでしょう。
そして、この「いい関係をつくる技術」こそ、広告会社にユニークなアプローチです。一般の企業ではなかなか、こんな「その手があったか!」を競い合うトレーニングなどしないでしょうから。
余談ですが、磯島さんは大学のテニスサークル「スターダスト」の先輩です。ぼくが1年の時に4年生という関係。磯島さんが電通に入社後、すぐに新聞社主催の広告賞を受賞したというので、学生だったぼくがその作品を見た正直な感想は「あれ?こんな落語家みたいなことを考えるのが仕事なの??」でした。
それから十余年の後に、そういった柔らかな頭の使い方こそが広告会社の強みだと気がつくわけですが、それはまた次回。
どうぞ、召し上がれ!