PRがコミュニケーションを変える ~アメリカの最新トレンドから~No.1
Elise Mitchell × 平松 和剛 (前編):
アメリカPR業界の最新トレンドを
読み解くキーワード
2015/05/15
ソーシャルメディアはじめデジタルの飛躍的な進化により、消費者の意識と行動が、かつてとまったく違う様相を呈している。企業・ブランドと消費者をつなぐPR戦略のあり方にも、新たな時代が到来している。アメリカのPR業界をリードしているミッチェル・コミュニケーションズ・グループCEOのエリース・ミッチェル氏をお招きして、電通iPR局局長の平松和剛氏が、アメリカの最新PRトレンドについて意見を交わしました。前編と後編の2回に分けてお届けします。
グローバルPRで鍵を握る「インサイト」と「ストーリー」
平松:電通にiPRという局ができて3年。私がこの局に来て2年半になりますが、変化のスピードの速さに非常に驚いています。半年たつと、最先端だと思っていたことがもう古くなる。つまり、我々が提供するサービスは、常に最先端のソリューションでなければなりません。そのために私たちは、最先端のマーケティングメソッドを武器として常に備えておく必要があります。ミッチェル・コミュニケーションズ・グループとiPR局は日ごろから協業していますが、最近急激に案件が増えてきていますね。そんな中、今のアメリカでのPRトレンドについて、お伺いします。
ミッチェル:まず、「インサイト」という言葉ですね。ブランドに対して消費者は何を求め、どんな思いで向き合っているのか、消費者心理の的確な把握がとても重要になっています。最近は、コンシューマー・インサイトを探るためのさまざまな分析手法やツールが出てきて、以前は想像もできなかった情報が手に入るようになっています。市場や消費者のデータのほか、競合他社のデータも、オンラインで登録すれば、簡単に入手できます。その情報を駆使して、消費者に対する戦略を決めていけるわけです。
もちろんデータ入手だけで事足りるわけではありません。そのデータを基に、課題を突き詰めていかなければいけません。「So what?」「Now what?」と自問していく必要があります。So what? 自社のブランドにとって何が大切なのか。Now what? じゃあ次は何をどうすべきなのか、何が自社ブランドにとってクリエーティブなアイデアになるのか。そういった点を考え抜いていかなければなりなりません。
もう一つのトレンド・キーワードは、コンテンツのストーリーです 。クライアントは、今の消費者が何に興味を持ち、何を本当に面白いと思っているのかに高い関心があります。その情報は、コンテンツ戦略を構築していくうえで欠かせないものですが、それに基づき発信していくうえではストーリーが重要なポイントになります。ただストーリーといっても、作り物のストーリーではなくて、リアルライフ、本当の現実の世界を反映したストーリーです。私たちが、PR業界をリードできているのは、説得力のあるストーリーテラーとしての仕事をしてきたからだと自負しています。作り物ではなくて、現実生活を踏まえた、信頼に足る本物のストーリーが今求められているのです。
「インフルエンサー」を見極める
平松:コンテンツのストーリーを構築するうえで、ほかに重要なキーワードはありますか 。
ミッチェル:他の消費者に影響力のある「インフルエンサー」も重要な鍵を握ります。YouTubeに投稿する有名人が必要なのか、あるいはファッションリーダーのようなブロガーが必要なのか。そのようなインフルエンサーをセレクトする知見が私たちの強みにもなっています。
また、コンテンツ戦略とも密接に関わってきますが、「デジタル」「ソーシャル・コミュニケーション」の進化と成長は重要なトレンドとして再認識する必要があるでしょう。クライアント側も、そのための予算を増やす傾向が強まっています。デジタルには、ウェブの開発やデジタル・アセット・マネジメントなどさまざまなテーマがあります。ソーシャルメディアを通じてのキャンペーンが頻繁に行われたり、プラットフォームの構築も盛んです。PRに携わる私たちとしては、デジタルコミュニケーションへの知見をさらに深め、スキルも一層レベルアップさせていく必要性を強く感じています。
平松:ミッチェルさんのお話を聞いていると、日本のかなり先を行っているという印象ですね。日本では、コンシューマー・インサイトをPRのために深く調査することは少なく、広告の調査をそのまま使うケースも多く見られます。コンテンツに関しても、どう拡散させていくかという方法論はまだこれからのように思います。
日本は歴史的に、民族性においても言語や文化においても、アメリカのような多様性があるわけではありません。日本特有の均一性が、これまでインサイトをあまり重視してこなかった一因ではないかという気がします。もう一つは、マスメディアの影響力の強さですね。800万部、1000万部という新聞が発行され、テレビも1日6~7時間見るという人が多くいます。広告は、そのマスメディアの影響力を前提に展開されます。クライアントも、広告にマーケティングの予算を非常に多く投じてきました。対して、PR、広報は、マスメディアにどう取り上げてもらえるかといった、非常に狭い捉え方をされてきた感があります。もちろん、今ではデジタルやソーシャルの領域にも踏み出してはいますが、まだまだメディア露出がゴールになっているのが現実ではないでしょうか。
それぞれの地域に合わせた「ハイパーローカル」
平松:ミッチェル・コミュニケーションズが掲げる「ハイパーローカル」についても教えていただけますか。
ミッチェル:私たちはこれまで、アメリカ国内だけでも5000くらいの異なるマーケットで仕事をしてきました。そこで私たちが学んだことは「1つのサイズがすべてにフィットするわけではない」という、マーケティングの厳然たる定理です。消費者の気持ちを分析して、あるブランドの戦略を立てたとしても、それでアメリカ全土をカバーできるわけではりません。先ほどお話のあった、均一性のある日本とは違い、アメリカは、むしろ非常に多様性を持った国です。民族も様々、それこそ習慣ですとか、物の見方とか姿勢も本当に様々です。ですから、それを称して「リージョナリティー」という言葉をよく使うのですけれども、これを各ブランドは理解をしなければいけません。自分たちのメッセージを効果的に消費者の方にお伝えするのには、この州のこういう部分ではこういうふうに伝えなきゃということで、調整をしていく必要があります。
この「リージョナリティー」を理解せずしてブランド戦略は成り立ちません。メッセージの伝え方一つとっても、州ごとに調整をしていく必要があります。それが、私たちのいう「ハイパーローカル」です。
「ブランドジャーナリズム」の人材を確保せよ
平松:アメリカのPRトレンドとしては、最近「ブランドジャーナリズム」も注目されています。ミッチェル・コミュニケーションズで取り組んでいることを教えてください。
ミッチェル:先に定義のお話をすると、ブランドジャーナリズムはコンテンツマーケティングと似てはいますが、少し前には存在しなかった考え方です。ジャーナリズムは、あくまでも報道メディアの中で使用していた概念でした。一方のブランドは、ブランディングのためのメッセージを発信するのが目的でした。その二つが一体になったのは、ブランドメッセージを発信したいと思う一方で、ニュースの形でも多くの人たちに発信して、消費者の共感を得たいという思いが背景にあります 。業界の動きや、同じカテゴリーで異なるタイプの製品やサービスについてもファクトをベースに伝えようとすることで、ジャーナリズムの様相が強まる。それが消費者の支持を得る要因にもなるわけです 。
平松:ジャーナリズムに熟知した人材も必要になりそうですね。
ミッチェル:おっしゃる通りです。私たちも、元新聞記者やテレビレポーターといったジャーナリズムの人材を採用しています。彼らはニュースのネタを発見して、それをストーリーとして語れる専門家です。と同時に、企業の売り込み姿勢が強すぎたり、メッセージにコマーシャル色が強くなりすぎるのをチェックする役割も果たしてくれます。 宣伝くささが鼻につくと、消費者は腰が引けてしまいます。言うまでもなく、それはブランドにとって大きなマイナス要因。やはり消費者に対しては、その人の生活、興味・関心にどれだけ適切なストーリーを語れるかが大事です。私はカメラが好きなのですが、あるメーカーが、より良い撮影テクニックなど、撮影やカメラ全般に関わる話をしてくれたほうが、そのメーカーへのシンパシーが高まり、新たなレンズの購入動機にもなります。
平松: PR業界の新しい流れの中で、ミッチェル・コミュニケーションズが他にも取り組んでいることはありますか?
ミッチェル:今年のトピックとしては、シカゴ、ニューヨークに新たなオフィスを設け、PRのさまざまな進化に対応できる態勢を整えようとしています。その一つが、インサイト、デジタル、ソーシャルメディア、コンテンツといった多様な分野の人材確保です。クリエーティブの充実も重要なテーマです。昨年、私はカンヌPRライオンズの審査員に選ばれましたが、PRキャンペーンで、適切なクリエーティブがいかに大きなインパクトをもつかを改めて深く認識しました。その経験をもとに、私たちのクリエーティブのケーパビリティーをさらにレベルアップさせたいと考えています。
もう一点は、ツールへの投資を増やしていくことです。お客様の商品やサービスがどんなふうに動いているのかをモニターしたり、トラッキングしたりするさまざまなツールがある中で、我々に一番適切なツールを見極めたうえで積極的に投資をしてくつもりです。今、コンテンツとテクノロジーが交わる面白い時代が到来していますが、まさにコンテンツとテクノロジーのシナジー効果が生まれるように活用していければと思います。