「届く表現」の舞台裏No.1
吉田智誉樹社長に聞く
「劇団四季はなぜ、高い支持を得る作品を上演し続けられるのか」
2015/05/24
各界の「成功している表現活動の推進者」の方々にフォーカスしてお話を聞きます。
演劇とは何か。さまざまな議論がありますが、劇団四季は「文学の立体化」と考えています。台本の持つ文学的な魅力を、俳優の肉体や舞台美術、照明、音響などを通して、お客さまに届ける。ですからせりふの全てが正確に客席に届かねばなりません。これを実現するため、四季の創立者・浅利慶太は三つの方法論を考え出しました。
一つ目が、母音法。浅利が日本語の言語構造を考えて至ったのは、日本語の音は「あいうえお」という五つの母音のみ。子音は口の形にすぎないということでした。つまり、劇場空間で言葉を明瞭に発するには、母音を分離することが重要なのです。実際に四季の俳優は、台本のせりふをまず母音のみで稽古します。母音の状態で音の分離を確かめ、常に言葉の明瞭さをイメージします。二つ目はフレージング(折れ)法です。これは、台本に書かれたせりふに対する一種の解釈とお考えください。当然のことですが、台本は句読点を使って書かれた文章の集合体です。しかし、あるせりふを発する人物の意識の流れは、書かれた句読点とは別のところに存在しています。そして人は、一つの意識の流れをおおむね一息で話すのです。イメージが変わるところで切れ目ができて、そこでブレスをとって、次のせりふに向かっていく。この切れ目をわれわれは「折れ」と言っています。俳優たちは徹底的に台本を読み込み、自分の「折れ」を探していくわけです。三つめが呼吸法です。舞台のコミュニケーションというのは通常の発声法とは違って、腹筋と背筋を使って全身を共鳴させる声の出し方をしなければなりません。
四季の俳優は、これらの三つの方法を習得すべく、日々訓練しています。四季の舞台が多くのお客さまにご支持をいただく一つの理由は、こうした俳優たちのたゆまぬ努力により、台本に書かれたせりふが、イメージ豊かに客席の隅々まで届くからでしょう。
また、四季には「作品主義」という考え方があります。知名度のある俳優の人気に頼って集客をするのではなく、作品そのものが持つ感動をストレートにお客さまに届けるということです。優れた作品は人の寿命より長いサイクルを生きていくもの。役や作品を俳優個人に結び付けるのではなく、そのとき最も優れた俳優たちが演じる舞台の方が、お客さまに楽しんでいただけると考えます。それゆえ上演作品の選定が非常に重要になります。四季では、その作品が「人生を肯定するメッセージを持っているか」ということを大切にします。ご観劇の後、「人生は素晴らしい」「明日も前向きに生きていこう」と感じられる作品が、一番お客さまの心に強い印象を与えると思うのです。
そうして選択した海外の作品でも、日本のお客さまに楽しんでもらうためには、オリジナルの台本を逐語的に翻訳するのではなく、文化の相違に配慮した工夫が必要です。5月24日からスタートする「アラジン」でも、日米で感情表現が異なる場面では、日本のお客さまが共感できるようなせりふに変更しています。特にディズニーとは1995年の「美女と野獣」以来深い信頼関係で結ばれていて、われわれのやり方を尊重してもらっています。
今、私が申し上げたことは、全て浅利慶太が考え出したものです。こうした考え方は、劇団の中を「血液」のように貫いています。私の役割は潤滑油のようなもので、この考え方を守り、組織の隅々に行き渡るよう努力していくことだと考えています。
最後に大切なことを一つ。「劇団四季にスターはいない」と言われることがありますが、決してそうではありません。四季の舞台に立つ俳優たちは、訓練を重ね、舞台俳優として必要なスキルを十分に身に付けている。劇場に満ちる真の感動に、社会的な知名度の有無など関係ありません。私は、彼らこそが本当のスターだと思っています。