なぜデザインは人を動かすのか?
〜「広告」を通じて、デザインの力を考える(後編)
2015/07/02
言葉を超えて広がり得るデザインの可能性
——今回アドフェストの最高賞を受賞されたコーポレートブランディング「Honda. Beautiful Engines.」の場合は、それをどんなふうに発想されましたか。
八木:「Honda. Beautiful Engines.」は第28回のサンパウロモーターショーから始まり、全世界で行われるモーターショーを活用した企業ブランディングです。モーターショーというのは世界のジャーナリストが参加して、そこでの情報を自国に持ち帰って記事にしたりします。それって実はすごく大きなチャンスじゃないかって思ったんですよ。ホンダって日本だと、元気がよくって、やんちゃで、若いイメージもあると思いますが、それがグローバルにはなかなか伝わっていない。それをモーターショーで発信してみようというのがきっかけですね。
モーターバイクや自動車だけでなく、芝刈り機や船外機といったプロダクトや、最近ではジェット機にまでエンジンを供給しているホンダは、「世界最大のエンジンメーカー」であるという発見から、「エンジン」をモチーフに何かができるんじゃないか、と発想しました。エンジンが乗り物を動かし、その乗り物が社会や歴史を動かすという視点から、「Engines make the world go round.」というコピーをつくり、油くさいエンジンをカラフルでポップなモーショングラフィックスに変換することで、ホンダのエンジン開発に対する、他とは異なる視点を表現しました。
エンジンって、排気量とか、ギア比とか、何だか男性的で汗臭くて油まみれな感じがしますが、例えば、女の子が熊のぬいぐるみにエンジンを入れて、それが動き出したら楽しいだろうなって、いうような。そんな夢を見られる世界をつくることができれば、ホンダの世界はもっともっと広がるんじゃないだろうか、っていうところから出てきたアイデアです。そういうエンジンワールドができたら、みんなもびっくりするんじゃないかと思ったんですね。
——それが「Honda. Beautiful Engines.」という表現に結実したんですね。この映像には言葉は一切なく、映像と音楽だけで構成されています。そんなふうにデザインで表現することで、言葉以上に普遍性があって想像力が膨らんでいくような気がしました。
八木:僕は日本で仕事をしていますが、グローバルな仕事も多いですね。日本の商品だけど海外にも展開しているようなケースです。デザインは言葉を超えた普遍性を持っていますし、だから、デザインにできることは言葉以上にまだまだあるんじゃないか、という可能性を感じています。
——もう一つ、メニコンのMagicという商品についてご紹介いただけますか。
八木:メニコンのMagicというのは使い捨てのコンタクトレンズなんですね。これはパッケージが薄さ1mmくらいで、クライアントのオリエン時点では既にデザインは完成していたのですが、その提案から始めたんです。この場合、1mmのパッケージが特徴なので、それを第一義に表現しようとしがちになります。しかし、僕らとしては、今あるコンタクトレンズに特に不満があるわけではないし、薄いということが今、伝えるべき本来の価値ではないのではないかと思ったんですね。
このコンタクトレンズはパッケージの中で凸側が上になっています。普通の使い捨てコンタクトレンズはプール状の容器の中に保存液とともにレンズが入っているんですが、取り出して表裏を判別するのに手間がかかります。一方、これは薄いことでプール状の構造がなくなったので、凸側を上にすることが可能になる。だからレンズの内側に触る必要もなく、衛生的にもいいし、そのことでコンタクトレンズを着ける動作も変わりますよね。これだとすぐに装着ができる。そこが今までとは全く違うコンタクトレンズになれるポイントではと思いました。
そこからコンセプトを作り、パッケージデザインをはじめ全てのツールを一貫したコミュニケーションで展開しました。クライアントにとっても負担のかかる判断だったにもかかわらず、一丸となって実現できたことがすごくいい体験でした。
メーカーの方、特に技術者の方は商品について愛情を持って語られるんですけど、たくさんの難しい技術的な課題を超えてくる中で、本来あるべきはずのところから視線がそれてしまっていることがある。だから、改めて考えたときに「あれ」っていう場合も。そういう意味では僕の仕事は、デザインを通じて、戦略を本来あるべきところに戻してあげることじゃないか、と思ったりします。
JRでいえば列車自体も本来持っている魅力だと思うし、ホンダのエンジンも同じですよね。そういう根本のところからコンセプトやデザインを考えていると、アウトプットも自然に魅力あるものになっていくと思うんです。
また、コンタクトレンズは医療機器なので売り場を変えることは難しいかもしれませんが、これが例えばお菓子だったら、今までコンビニやスーパーでしか扱ってもらえなかったものが、雑貨屋さんで扱われるとか、セレクトショップで扱われるとか。そんなふうにマーケットさえ変えるような可能性が、デザインにあるんじゃないかと思うんです。
本来”の魅力を、デザインによってカタチに置き換え、伝える
——八木さんにとっての「本来」とはどんなことなんでしょうか。
八木:企業や商品のあり方にはそれぞれ社会に対しての本質的な役割と、それを実現するための機能があると思うんです。だからフォーカスする機能を間違ってしまうと、必然性からはずれて人々に全く伝わらなくなってしまう。ただ美しいだけではなく、それが本来あるべき必然性に当てはまっているかどうか、が大事な気がします。だから、その本来あるべき役割や機能をイメージしてデザインするようにしています。理にかなっているかどうかを検算する、ということですね。
その企業は、そもそも社会に何を提供しているのか、その商品は、なぜ世の中に必要なのか、ということがメーカーの方の中では開発の過程で意外と抜け落ちてしまっていることが多い気がします。そのことを改めて発見し、共有できるとすごくスムーズにプロジェクトが進行します。それをデザインというカタチだけではなく、クライアントとのやり取りの中では言語化する必要がある。出来上がったデザインをどう説明すればいいのか、そこに一番時間をかけているかもしれません。
——ザインに関わる方々と話をさせていただくと、物事の本質的な部分や戦略の矛盾について、とても的確な、的を射たご指摘をいただくことが多いような気がします。そこにはデザイナー特有の視点のようなものがあるのでしょうか。
八木:一般論としてお答えするのは少し難しいですが、デザイナーが最終的に消費者との接点になる「カタチ」に目を向けていることが大きいかもしれませんね。「言葉」という抽象的なものを実際にカタチに変換していく「デザイン」という行為の中で、物事の本質が見えてきたり、あるいは矛盾に気づいたりするのかもしれません。
——最終的には「消費者に伝わる」「消費者のココロを動かす」ということが重要だと思いますが、そのためにはどんなことが必要でしょうか。
八木:世の中に出す前に、クライアントに見せる前に、自分がまず感動している、ということですね。自分が感動しているっていうことは、多分、世の中の人も感動する、ということですが、その分、自分の感覚が常にニュートラルに保たれていて、一般人として普通のことに感動できるコンディションが必要かもしれません。その上に自分の「ああだったらいいな、こうだったら格好いい」というイメージに筋を通して、無理なくつなげていくことかと。
人間には普遍的な感覚があると思うので、そういう根源的なものはずっと変わらないと思います。でもそれだけじゃ人はつまらないし、飽きてしまう。だから、「行くぜ、東北。」でも、ホンダやメニコンの場合でも、少し予想外な道筋やアウトプットになるようにしたい。そのためにいろいろな人の気持ちや意見、自分の個人的な記憶、妄想、そしてマーケティングのデータに自分が感動できるように心がけたいです。
——話をうかがって、戦略という必然にアイデアという偶然を当てはめていくこと。抽象的な言葉を、具体的なカタチに変換していくこと。そこにデザインの本質がある気がしました。八木さんの言葉でいうと「パズルを解くように」というのがとても印象的でした。そのイメージ自体がとても造形的であるようにも感じます。感性と論理といった単純な対立的な構図ではなく、「パズルを解く」という、ある種幾何学的なイメージと、方程式を解くようなマーケッターや研究者の思考をうまく融合させていけば、そこにクリエーティブやコンテンツの有効性を解明する上での新しい地平が開けてくるようにも思います。貴重なお話をありがとうございました。
〔 完 〕
※全文は吉田秀雄記念事業財団のサイトよりご覧いただけます。