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【続】ろーかる・ぐるぐるNo.63

宮崎で出会った「山の幸」

2015/08/20

「限界集落」をご存じですか?

house

過疎化や高齢化によって共同体としての生活維持が難しくなり、その存続が危ぶまれている村落のことを指す言葉です。神話で有名な高千穂の市街地から、さらに車で30分山に分け入ったところにある秋元集落もそんな厳しい状況にある村のひとつです。

「こんな土地ですが、きちんと経済活動をすれば暮らしていけることを示したいんです」とニコニコ笑顔で話してくれたのが、みやざきフードアカデミーで出会った佐伯勝彦さんでした。宮崎の人に聞いても「秋元?知らないなぁ」か「秋元で2泊?やめといた方がいいよ(笑)」という反応だったのですが、何もすることがなければ延岡の焼酎「吉宝亮天」でも飲んでりゃいいや、と今年の夏休み前半は家族を連れてここまで来たのでした。

sake brewing
道すがら立ち寄った佐藤酒造

平家の落人や南朝の落武者が逃げ込んだとも言われるこの地域。昭和40年代まで本格的な貨幣経済が入ってくることはなく、長年にわたって自給自足の文化が根づいた山奥で佐伯さんたちがチャレンジしていることのひとつは「どぶろくづくり」です。山から湧いてくる軟水を生かし、ドロリ濃い目に醸造しています。さらにこのどぶろくから派生した商品が甘酒を乳酸発酵させた「ちほまろ」。甘酒とヨーグルトを足して二で割ったようなこの飲み物です。宮崎県内のスーパーでも結構見かけたので「すごいですね」と言ったら、「いえいえ、これからです。こんど関東エリアのナチュラルローソンで扱っていただけることになりました」だとか。

doburoku
ご自慢のどぶろく「千穂まいり

そして、もうひとつのチャレンジが民宿「まろうど」。ぼくが遊びに行った時も、水量豊かな川はもちろん、小さな畑の上をトンボやチョウチョが飛び交い、「この辺は家の数よりミツバチの巣箱のほうが多いんですよ」というのんびりとした自然がありました。と同時に、正直それほど特別な感じはしないというか、山梨なのか秩父なのか、どこかで見たことがある景色でもありました。

corn

でも「まろうど」が特別に素晴らしいのは、その食事でした。たとえば朝ごはんにはこの季節、川で採れる海苔を焼いて板にしたものが出てきます。醤油をつけてご飯と食べるもよし、味噌汁に溶かしてふわり香りを楽しむのもよし。とうもろこしは昔ながらの要領で軒先に干し、挽いたものをご飯に炊き込んで。近所の養鱒場からとどいたニジマスはいろいろな料理法で。旅館ごはんの定番ともいえる味のしない「マグロとイカのお造り」なんて登場せず、土地のものを伝統的な調理法で、時にはオシャレなレシピで楽しむことができるのでした。

「まろうんど」は、グリーンツーリズムが大好きなヨーロッパの人たちが見つけたら絶対放っておかないだろう魅力に満ちていました。そして佐伯さんたちご自身が、そういった海外のお客様をきちんと想定していることが驚きでした。

breakfast
ある日の朝食。右に見える黑いのが川海苔
miso soup
その川海苔は味噌汁にも

どぶろくにせよ、民宿にせよ、なんでそんなに視野の広いチャレンジができているのか、不思議に思って質問したら、答えは意外なものでした。

「ここで民宿を始めたのは5年ほど前ですが、それ以前から行商の人とか、修行僧とか、そういう人たちを積極的に泊める家だったんです。昔の人は賢いなぁと思うのは、そういう外部の人たちを積極的な情報収集に活用していたんですよね。だから昭和初期生まれの義理の祖母は村からほとんど出たことがないのに、小麦粉をバターで炒める本格的なシチューをつくるのが上手でした(笑)。きっと誰かお客さんから学んだんでしょうね。いまはインターネットがあるから、一度いらしたお客様とつながるのは簡単です。毎年学生のインターンにも来てもらっていますが、彼らが地球の裏側にいたってLINEで簡単に意見を集めることができます。両親は今でも世界中、旅しています。宮崎の方にも来ていただきたいですが、ここの魅力を喜んでくださるのはもっと遠くからのお客様が多いように思います。内にこもっていたってうまくいかないんだったら、外にアンテナを張るしかないですよね」

もちろん「限界集落」はそんなに簡単に解決できる問題ではないでしょう。でも、もしかすると5年後、「まろうど」はまったく予約が取れない宿になっているのではないか、海外からのお客様であふれているのではないか、という気がしました。そして秋元集落でうまくいくなら、日本全国の多くの村にも同様のチャンスがあるのだろうと思いました。

Maroud
ご両親とともに「まろうど」を支える佐伯夫妻

宮崎の山ですっかり感動して、夏休みの後半戦は日南の「海の幸」に続きます。ここにもまたすてきな出会いがありました。そのお話は、また次回。

どうぞ、召し上がれ!


この夏休み中、作家の阿川弘之さんが亡くなりました。圧倒的な教養とユーモアで書かれたエッセイは抱腹絶倒、そしてためになるものばかり。とくに食べ物のお話は最高でした。学生時代、当時はまだ図書館に「紳士録」があって、そこで見つけたご住所にお手紙を書いたところ、丁寧な返信を頂戴しました。心からお悔やみ申し上げます。合掌。