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エクスペリエンス最終案内 ~乗り遅れないための4つのキーワード~No.3

UXマネジメント(前編)

2015/09/17

UXマネジメントは経営戦略に直結する課題

 

連載第3回のテーマは「UXマネジメント」。今回は、ユーザーエクスペリエンス(UX)の領域で世界的な第一人者であるソシオメディア代表取締役の篠原稔和氏を迎え、その知見に学びながら対談形式でお届けしたい。篠原さんは2001年に同社を設立され、情報デザインやユーザビリティなど、ユーザー行動と情報の設計に関わる研究およびコンサルティングを主に展開されている。専門書の監訳・翻訳や、自社主催のセミナー「UX戦略フォーラム」などを通して、UX領域の理解と普及にも努められている。私・朝岡とは、昨年に翻訳出版された『ユーザーエクスペリエンスの測定』(東京電機大学出版局)に関連したセミナーでご縁をいただき、以降は講演をご一緒したり、一部のクライアントワークに共同で取り組んだりもしている状況だ。
この対談では、「UXは経営戦略に直結する」こと、そのため「UXを正しく測定しマネジメントしていくことは不可欠」という考えから、実際にどのように取り組むべきか、篠原さんにじっくりお話を伺った。

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左から、篠原 稔和氏(ソシオメディア)、朝岡 崇史氏(電通)
 

体験を共有することでブランド価値を増すGoPro

 

朝岡:7月21日の日経新聞に、UXマネジメントを考える上で象徴的な記事が載っていました。ウエアラブルのビデオカメラで人気を博しているGoProの創業者、ニコラス・ウッドマン氏の記事です。彼はもともとサーファーで、ボードに既存のカメラを取り付けて自分がサーフィンをする姿を撮り、YouTubeにアップして楽しんでいた。もっと手軽にかっこよく撮りたいという思いから、小型ビデオカメラの開発に着手したそうです。

彼いわく、「自分たちはモノではなく体験を売っている」と。いまやGoProのサイトは動画コンテンツのプラットフォームになっていて、個人の体験をユーザー集団の体験にすることで、ブランド価値を増しています。GoProは昨年IPO(株式上場)しましたが、創業者であり経営トップであるその人が、この価値の創出にコミットメントしているところが画期的だなと感じたんです。

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篠原:面白いですね。今、GoProのビデオカメラは世界でかなり売れているんですよね。

朝岡:ええ、ビデオカメラ市場では、競合の世界的なメーカーを抜いて、マーケットシェア44.2%(2014年・IDC調査)だそうです。まさに、ユーザーエクスペリエンスの価値が売り上げにつながっている。今でこそ、UXの重要性に注目する企業が増えていますが、篠原さんはかなり早い段階から、UXのデザインとそのコンサルティングに取り組まれていました。

篠原:そうですね。当社はタグラインに「ユーザーエクスペリエンス・デザインコンサルティング」と掲げています。創業期から、今の言葉でいうUXのデザインと、そのコンサルティングを手掛けてきましたが、当時よりも確かに、多くの企業がUXに注目していると感じています。ユーザーや顧客を起点にしたものづくりや、UXを経営戦略に組み込もうとする流れが来ているのは、いずれそういう時代になるだろう、なってほしいと願っていた私にとっては、いよいよこれからが大事な時期になっていく、という想いです。

UXの測定とメトリクス(評価指標)

 
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朝岡:企業が経営戦略の一環としてUXに取り組むとなると、当然それを正しく測定・評価すること、またPDCAを回していける組織体制を整えること、つまり「UXをマネジメントする」発想が必要になってきます。そこで、今回は「UXマネジメント」をひもとくために、「UXの測定とメトリクス(評価指標)」と、「UXを中核に据えた組織づくり」という2つの論点を考えてきました。
まずはひとつ目の「UXの測定」について、その歴史から教えていただけますか?

篠原:UXを測定するという概念が生まれたのは、実はかなり昔なんです。今、交流のあるUX測定の専門家のジェフ・サウロ氏がUX測定に関する細かい年表をまとめられているのですが、それによると1911年が最初なんですね。生産効率を上げるためには人のモーションに注目し、改善する必要があるとして、その方法を記したフレデリック・テーラーによる『Principles of Scientific Management』(科学的管理法の原理)の出版にさかのぼります。生産性を考えるには、そもそも人の動作に注目すべきだという発想が、UXの出自とされています。

朝岡:生産性は売り上げに直結しますから、もともと事業戦略とUXは親和性が高かったんですよね。

篠原:ええ。近年あらためてUIやUXに注目が集まり始めたころは、なにか付加価値的なものとして捉えられていましたが、今それが事業戦略の中核に近づいているのは、ある意味で原点回帰ともいえると思います。
その後、いくつかの出来事を経て、1993年にヤコブ・ニールセン氏が『Usability Engineering』(ユーザビリティエンジニアリング原論)を著しました。製品やサービスの“使い勝手(ユーザビリティ)”は工学的に分析できるとして、使い勝手がいいとか悪いというのは具体的にどんな状態かを解明していきました。

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朝岡:日本語版が99年に発行されていますが、篠原さんはこの翻訳をされていますよね。

篠原:ええ。それが、私にとってはこの業界への象徴的なコミットだったと思います。
さらに踏み込んで、一人一人のユーザーが体験していることを測定するにはどうするか。それが次の課題となって、2008年のトム・タリス氏、ビル・アルバート氏による『Measuring the User Experience』(ユーザーエクスペリエンスの測定)の出版につながっていきます。本書も昨年に日本語版の発行にこぎ着けました。体験自体を計量化することの、いわば教科書のような位置付けですね。

UXメトリクスに採用されやすい「NPS」

 

朝岡:では、具体的にどんな評価指標でUXを測るのか、UXのメトリクスについて話を進めたいと思います。よく知られているものとして、1993年にフレデリック・ライクヘルド氏が提唱し、2003年にベイン・アンド・カンパニーとサトメトリックス・システムズが発表した「ネットプロモータースコア」(NPS)があります。「この企業・製品・サービスをどの程度、周囲の人に勧めたいか」を聞くもので、顧客ロイヤルティーを測定する指標として使われています。
日本では、NPSという単語は推奨意向とほぼ同意で使われており、実際に推奨意向が強いと経済効果に反映される場合が多いことが知られています。ところが、やはり物事はそう単純ではないだろうと個人的には思うところもあるんです。篠原さんは他の体験の指標なども含めて研究される中で、どうお考えですか?

篠原:そうですね、NPSは確かにいくつかある手法のうちのひとつなのですが、たった1問の質問で済み、データの運用がしやすい点から、ここまで広がったのだと思います。
先の書籍でまとめられたUXメトリクスは、5つのタイプがあります。簡単に紹介すると、①タスクにかかる時間や成功率をなどを見る「パフォーマンスメトリクス」。②製品やサービスにおける問題点の数、深刻度や改善度合いをとる「問題点に基づいたメトリクス」。③実際にユーザーに感想や印象を聞く「自己申告メトリクス」。NPSは、このタイプに位置付けられます。④発汗やアイトラッキングなど人間の行動や生理反応を測る「行動・生理メトリクス」。そして⑤は、ブランド調査をはじめ各社が出している客観的な調査と比較して捉える「統合・比較メトリクス」です。
朝岡さんの言われるように、NPSはブランドとの親和性が高く、よく使われています。確かにほかの指標との関連性を把握することが必要だと思いますが、実際に仕事でお預かりする事業計画書を確認していても、最初のページにNPSが掲げられる例が散見されるようになりました。マーケティング上の指標であるNPSが、経営計画上で気にすべき指標として位置付けられているわけです。

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朝岡:それを加速する要因としては、やはりソーシャルメディアの発達と普及があると捉えています。顧客の評価、推奨、例えばFacebookでは「いいね!」の数などが可視化され、定量化できるようになった。

篠原:一致しますよね。冒頭のGoProの話もそうですが、そもそもソーシャルメディアが登場したことで体験のシェアが広がっているので、その流れで「人に勧めたい度合いが強いほど優れたUXである」という考え方はマッチするともいえるわけです。

NPSと経済効果をプロットする「9セル分析」

 
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朝岡:ひとつここで考えるべきは、NPSが売り上げや解約率といったダイレクトな経済効果に対する中間指標のようなものだとすると、ではNPSはどんな要因によってできているか、ということですよね。たとえば満足度が高ければ人に勧めるのか、理解度が効いているのか。業種ごと、あるいは企業のビジネスモデルによっても違うでしょうが、次にはNPSと他の指標との関わりを出すのが重要かと。

篠原:同感です。また同時に、NPS以外の指標も含めて、時系列でどう管理するか、競合他社との比較にどう使うかも、もう少し研究と実践が必要だと思っています。

朝岡:その一環として、篠原さんとご一緒させていただいた6月の日本マーケティング協会のセミナーで「9セル分析」を発表しました。横軸にロイヤルティー、ここでは代表的な指標としてNPSを。縦軸には経済効果として顧客ひとり当たりの売り上げをプロットしました。縦軸の売り上げと横軸のNPSをそれぞれ3×3=9個のセルに分割するわけです。全体に100人の顧客がいたら、各セルに何%が入るのかを見ることで、企業あるいは製品・サービスの状態が分かる。売り上げとNPSの両方のレベル高い、一番右上のセルに収まる人が多いのが、最も好ましいわけです。

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篠原:こうした可視化ができると、UXを事業戦略の中でどう位置づけ、どう改善していくかの方針も立てやすくなります。重要課題を把握するにも、競合との差別化を考えるにも、有効だと思います。
この分析で私がもうひとつ、いいなと思っているのが、各セルで「ブランド親衛隊」「迷える子羊」とペルソナをキャッチコピー化しているところなんですね。人物像がよく分かる。さすがクリエーティブの会社ですね。

朝岡:ありがとうございます(笑)。NPSの要因を分析し、さらにNPSが何%上がればどのセルの人がどのくらい好転するか、そして経済効果につながるかといったところまで分析すれば、それをベースに経営目標や事業の数値目標の設定もできます。すると、事業戦略とマーケティング戦略の整合性が非常に高くなり、また透明性も高くなる。

篠原:そうですね。加えて、このセル内の人たちが悪い方へ転じるのを防ぐ視点も、分析から得られると思います。かつて、日本のユーザーは欧米のユーザーに比べて、良くない体験をしても文句を言わない性質がありました。でも、最近ではネットにおける匿名文化の影響か、その傾向も変わってきています。そのあたりも含め、9セルのパーセンテージの変化を時系列で見ることで、何が起きているのかを知ることができるでしょう。

後編に続く)


<UXマネジメントが事業戦略と密接になりつつある今、先進企業ではUXを正しく測定し、それを組織に定着させていく動きが始まっている。後編では、2つ目の論点「UXを中核に据えた組織づくり」について議論を進めていく。>