AIがもたらす未来No.2
「シンギュラリティ」という壮大な仮説 真の脅威はその「検証力」にあり~WIRED「シンギュラリティ・サミット」レポート~(前)
2015/11/03
雑誌『WIRED』日本版(コンデナスト・ジャパン)は9月29日、東京・虎ノ門ヒルズで開催した、人工知能(AI)をテーマにした「WIRED A.I. 2015 ~TOKYOシンギュラリティ・サミット #1」を、経済産業省共催という公的な支援も得られる形で開催した。
昨今の「第3次AIブーム」を背景にチケットは早々に完売、急きょ設けられたサテライト会場も含め当日は600人強が熱意をもって詰め掛け、WIRED日本版主催のイベントでは過去最大の集客になったという。
イベント内容からいくつかピックアップして周辺内容も交えながらレポートする。
「シンギュラリティへといたる道」(神戸大学 松田卓也氏)
松田氏は、このイベントのアイデアの元になったという「シンギュラリティを語る会」(シンギュラリティ・サロン)を主催している。2012年出版の著作『2045年問題~コンピュータが人類を超える日』(廣済堂新書)は、一般書が本格的にシンギュラリティを扱った先駆けで、以後「2045年問題」という言葉が広く知られることになった。
カーツワイルのロードマップをベースとして、2029年に「汎用人工知能」(AGI=Artificial General Intelligence、チューリングテストをパスするような人間と同じレベルの知能を持つAI)が実現し、2045年に「超知能」(Superintelligence、全人類を足し上げた知能を超えるAI)によってシンギュラリティが起こるという考え方を紹介した上で、シンギュラリティを達成した国には巨大な力を得る一方で、乗り遅れた国は途上国に転落するが、日本は極めて危ない状況であることを強調。
なぜならば、「米:欧:日」の研究投資比は「100:10:1」と日本はアメリカのわずか100分の1にすぎず、「このままでは、日本の敗北は確定的」とした。
しかし日本が“ちゃぶ台返し”できる取り組みが始まっていて、「全脳アーキテクチャ勉強会」「ドワンゴ人工知能研究所」「産業技術総合研究所(産総研)人工知能研究センター」「PEZY Computing」が紹介された(本レポートでも順次紹介する)。
特に齊藤元章氏による「PEZY Computing」ではエクサスケール(単位として10の18乗=「京」の100倍)のスーパーコンピューターが実現可能として、「日本からシンギュラリティを起こそう」「ハードは齊藤さんが作ってくれるので、若い皆さんでソフト(マスターアルゴリズム)を作ってほしい」と訴えた。
「AI社会の未来図」(AI研究者 ベン・ゲーツェル氏)
ゲーツェル氏はAGIコミュニティの最重要人物で、Artificial General Intelligence SocietyおよびOpenCog Foundationを主催している。ブラジル生まれ(国籍はアメリカとブラジルの両方)で、現在は香港を拠点としてAIとロボットの開発などを行っている。
日本のAIコミュニティとも交流があり、翌日(9月30日)には、人工知能学会の研究会として本年立ち上がった「汎用人工知能研究会(SIG-AGI)創設記念シンポジウム」(会場:国立情報学研究所)でも基調講演を行った。
初めに、80~90年代に人間の知能を実現するAGIの話をすると少しおかしい人だと思われたが、今は大企業や政府もこの考え方を言っていて世界中で会議が行われていること、AIは60年の歴史で何もできていないと言われることがあるが、人類の歴史から見ると文化が生まれたのが1万年前、産業革命が200年前であることを考えると60年はとても短く、その短期間でAIはケータイ、金融、自動車など様々なところに実装されていて最重要課題になったことが述べられた。
また、ロードマップとして専門家が予測するAGIの実現時期の中央値が2040年、ASI(ASI=Artificial Super Intelligence、前述の「超知能」と同義と思われる)は2060年であり、「AGIの実現からASIの実現まではそれほどかからないと思うが、そのような細かい時間の違いはあまり重要ではなく、SF愛好家などではない専門家がみんなで議論していることが素晴らしい」とした。
このようなことから、専門家の間ではAGIやASIの実現が「来る/来ない」ではなく、来ることを前提として「いつ来るか」を議論するほどの共通認識になり始めていること感じさせた。
講演内容に戻ると、Narrow AI(特化型)とAGI(汎用型)の違いについて、「特化型」は今までのAIが進展させてきたような特定の問題を解決するために人間のプログラミングを必要とするもので、現時点での自動車の自動運転もこれに当たる、とのことである。
一方で、「汎用型」は、特化型の寄せ集めとは全く異なるもので、意味を理解し、特定の問題ではなくプログラマーが知らない新しい問題を解決できるものだとした。例えば、自動車だけではなく、トラックやバイクを自分で学んで運転できるものを指す。
そして今は「特化型」が学界をリードしているが、「汎用型」は学術的なAI研究の中でも正式に認められる分野になってきており、AGI のカンファレンスを来年7月にニューヨークで開催することをアナウンスした。
また、ゲーツェル氏は、AGIを「OpenCog」というオープンソースのイニシアチブで作り上げたいと考えており、これはOSでいえばLinuxのようなもので、GoogleやFacebook、Baiduほかの大企業を超える潮流にしたい、と述べた。
そしていずれにしても、AGIの開発は加速しており、自分が生きているうちに実現すると思うので、私たちはとてもエキサイティングな時代を生きている、とした。
「汎用人工知能はオープン・コミュニティから生まれるか」(ドワンゴ人工知能研究所 山川宏氏)
山川氏は、松田氏から紹介のあった「全脳アーキテクチャ勉強会」「ドワンゴ人工知能研究所」の代表者である。「全脳アーキテクチャ勉強会」は、2013年に産総研の一杉裕志氏、東大の松尾豊氏と3人で立ち上げたものであり、両名は「ドワンゴ人工知能研究所」で客員研究員を務めている。
「全脳アーキテクチャ勉強会」はこの8月にNPO法人化され、「全脳アーキテクチャ・イニシアティブ」(以下WBAI)として企業などからの賛助会員を募りながら活動することになった。
なお、前述の「汎用人工知能研究会」(SIG-AGI)も、山川氏と国立情報学研究所の市瀬龍太郎氏が中心となって立ち上げたもので、日本で汎用人工知能を実現するために様々な取り組みを行っている。
山川氏が日本でAGIに関する活動を開始したきっかけは、2012年にゲーツェル氏が代表を務めてイギリスのオックスフォードで開催された第5回「AGIカンファレンス」(AGI-12)に参加したことだったそうだ。
現在世界中でAGI開発が始まっていて、最近ではチェコでGoodAI社、スイスでnnaisense社が設立されたり、Googleが買収したDeepMind社が本格的にAGIを作るという声明があったり、そして日本ではWBAIを設立したため、「2015年はAGIが世界的に動き出した年と認識している」と述べた。
現在、AGIが現実的になってきたのは深層学習(ディープラーニング=ネットワークを多層構造にすることでデータの特徴を自律的に抽出する技法)の存在が欠かせないと考えており、なぜならば深層学習はAIでは長らく難しかった「表現を獲得する(認知・認識する)」という課題に対して筋道を与えたことが大きい、とした。
人間の発達を考えると、子どもの頃はまず感覚や運動に対応するスキルが生まれ、それがだんだん物語や言語的スキルを経て、最終的に人間の全能力に達する。
しかし従来のAIは計算したり、記号的なものを扱うという「大人の領域」は得意だったが、感覚や運動などの表現に関わる「子どもの領域」は難しく、「モラベックのパラドックス」と言われているが、深層学習によって「子どもの領域」ができるようになってきたのが大きなインパクトである、とのこと(後述の松尾氏の講演レポートも参照ください)。
よって、これまでは「大人」から「子ども」に下がれず苦労してきたが、これからは人間の認知の発達に沿った方向で研究が進められる、と述べた。
WBAIでは、汎用人工知能を「機械学習(深層学習を組み合わせる技術が進展)と認知アーキテクチャ(知的エージェントを構成するコンポーネントの配置を描いた設計図)の組み合わせ」で実現しようと考えていて、脳をアーキテクチャとして参考にするアプローチ(全脳アーキテクチャ)を採用している。
この方法は、認知に関する脳の各部位に対応する人工知能の機械学習のパーツをモジュールとして組み合わせていくもので、アーキテクチャがあることによって分散共同開発が可能となる。
AIの社会的インパクトは大きく、またAIの専門家だけでは全てを考えることができないため、AGIはユーザー・ジェネレーテッド・コンテンツ(UGC)のように様々な専門家が共同開発するオープン・コミュニティで作っていくのがよいと考えていて、それがWBAIの目的であると語った。
次回も引き続き、「WIRED A.I. 2015 ~TOKYOシンギュラリティ・サミット #1」からレポートします。