テレビの新しい価値を生み出す
HAROiD設立の想い(前編)
2015/11/12
電通も出資を通して、広告・マーケティングやコンテンツに関する知見を提供。テレビを起点にした新しいソリューションや広告商品の開発を支援していきます。
今回は、HAROiD 社長兼CEOの安藤聖泰さんとバスキュール代表兼HAROiD CCOの朴正義さん、電通で事業開発に携わる春田英明さんが、HAROiDの未来やテレビのこれからについて語り合いました。
テレビの新しい価値を生み出すHAROiD
春田:今日は安藤さんと朴さんからHAROiDにかける思いやHAROiDによってテレビ、あるいは視聴者に将来的にどのような変化をもたらしていきたいのかをお尋ねしていきます。
HAROiDは、ネットにつながったテレビデバイス、スマホなどを通じて、テレビ放送コンテンツに双方向性や参加性をもたらすための様々な仕組みやサービス、企画を提供することによってテレビがもともと持つ強みを極大化して、コミュニケーションやコンテンツの可能性を広げ、新しい価値を創造することを目指していく会社だと理解しています。
前身は日本テレビの「JoinTV」。テレビとSNSを組み合わせた新しいテレビ視聴スタイルを生み出しましたが、安藤さんと朴さんのお付き合いはこのときからですか。
安藤:朴さんと初めてコラボした企画は、金曜ロードSHOW!の「ヱヴァンゲリヲン新劇場版」。日本中から電力を集めて敵を倒す「ヤシマ作戦」のシーンに合わせて、スマートフォンやリモコンのボタンを連打して電力を集めてもらうといった企画でした。それによって映画の内容が変わることはないのですが、数十万人の人が参加して、3億タップくらい集まったんです。
テレビ的な発想だと、参加人数や視聴率にどう影響したかの話になりがちですが、注目したのは翌週から劇場で公開された新作映画に足を運んだ観客の行動でした。なんと、4人に1人が連打企画に参加していたんです。つまり4人に1人はお金を払ってまで映画館に足を運んでいる。これは、テレビのマスの力を使って、ロイヤルティーが高い層をネットに集め、現実世界へと誘導できたということです。HAROiDでは、このようなネットが持つ価値をより生かしていけるのではないかと考えています。
春田:実際に行動を起こすユーザーの体験価値をテレビ×デジタルで増幅させた側面も併せ持っている好事例ですね。朴さんはいかがですか?
朴:ネット上の企画では、数字が明確に出てしまうので、どれだけ多くのユーザーを誘導できたのか、そして、最終的なコンバージョン数はどうだったのかを求められます。例えば、数字として3ヵ月で数十万UU(ユニークユーザー)いきましたーというと、それはそれで褒められることなのですが、一方でスケールの限界も感じる。だからこそ、インタラクティブな世界で、どこまでデカいことができるのか、これまでに経験したことのないくらいの大勢の人々と一気にコミュニケーションしたら何が起こるのかにチャレンジしたいという思いを持っていました。
そんなときに、金曜ロードSHOW!でJoinTVとコラボさせていただいたのですが、1秒で十万単位の人が集まる事実を目の当たりにでき、そのトランザクションと向き合う経験ができたので、僕らにとってはものすごい収穫でした。
春田:HAROiDの設立は、JoinTVから次のステージへの進化だと理解しているのですが、設立に至った経緯を教えていただけますか。
安藤:構想自体は、随分前から朴さんと話をしていたんです。なぜこのタイミングかといえば、やはり、テレビとネットの関係が急激に変化したからです。
例えば、先ほどのヱヴァンゲリヲン新劇場版しかりですが、スマートフォンやSNSの普及で、ネットにつながりながらテレビを見ることが珍しくなくなった。
また、ネットによる番組視聴もきっかけのひとつです。日本テレビによる「Hulu」国内事業の買収や「Netflix」の上陸、民放各局の広告モデルの無料見逃し配信、NHKの地上波同時配信など、テレビの視聴環境自体も変化してきています。
番組のネット配信は、場所も時間も選ばず、ユーザーのニーズに合わせてコンテンツの面白さに接触してもらうことでマネタイズするモデルだと考えています。ここで重要なのは、リーチ力ではなくコンテンツ力の活用。一方で、ヱヴァンゲリヲン新劇場版企画のようなネットにつながった番組視聴は、テレビのリーチ力を活用したビジネスモデルです。
ともすると、テレビの本来的な強みであるリーチ力やコンテンツ力の話を置いて、ネット配信すること自体がゴールになったり、どちらか片方に偏った論が展開されるケースが散見されます。だからこそ我々は、エンターテインメントという意味でも、ビジネスという意味でも、リーチ力とコンテンツ力の両方を生かした新しい軸を提示することを目標としています。
春田:「コンテンツそのものの力」に加えてここでおっしゃっているリーチ力とは言わば「同時体験価値」やその結果の「共感価値」のようなものですね。
朴:これまで、お茶の間にいる人のエモーションがリアルタイムに表面化されることはありませんでした。もちろん、「天空の城ラピュタ」の放送で、劇中のせりふに合わせてTwitterで「バルス」とつぶやかれた数が世界記録達成など、話題としてはピックアップされていましたが、先ほどのヱヴァンゲリヲン新劇場版のように、テレビ局が率先してやると、新しいエンターテインメントな形を生み出すことができると思います。
スマートフォンの普及がテレビと視聴者の関係を変えた
春田:HAROiDは、「視聴スタイルに様々な変化が生じている最近の視聴者とテレビをつなぐ役割もあるように感じます。現状、テレビと視聴者の関係には、どのような変化が生まれていると考えていますか。
安藤:端的なのは、先ほども話したスマートフォンの普及によるコンテンツへの接し方の変化。一つは場所ですね。テレビは家で見るという常識から、スマートフォンによって視聴場所が自由になりました。そして時間。自分の都合に合わせて、コンテンツに接するのが当たり前になりつつあります。
しかし、テレビの視聴はスマートフォンばかりではありません。世代によって使うデバイスが異なり、多様化しているのもポイントです。パソコンをメインにコンテンツを視聴する人もいれば、テレビしかない人もいる。もはや、ひとつのデバイスで国民全体をカバーすることは難しい。これも、大きな変化でしょうね。
朴:そもそも私は、「テレビがいつまでも王様ではない」と思ってバスキュールを立ち上げました。そういう意味では、いよいよ、次の時代に突入してきたと感じますね。
しかし、ネットの進化はさらに速い。一足飛びにさらに先の時代に突入する可能性もあり、私たちネット側のつもりだった人間もすでに吹き飛ばされ始めています。
これまでのテレビの役割は、基本的には情報を集めて、取捨選択してパブリックなものとして視聴者に情報を与えること。しかし、今はネットにつながる人やモノが24時間情報を発信し続けており、テレビをはじめとする従来のメディアが、明らかにそれを受け止めることができなくなっている。これは誰も想像できなかったことです。しかし、一方で、誰も想像していなかったからこそ、それをチャンスと受け止めて、思い切ったチャレンジをする勢力が出てきた。
春田:お二人の共通の意見としては、「テレビは最強のメディアだけれど、そこには変化が生じてきている。その最大の要因がネット環境の進化で、トリガーとなったのがスマートフォンの普及である」という点だと思います。具体的に、スマートフォンはテレビという存在をどのように変えましたか。
安藤:以前は、テレビがもっと多彩な役割を果たしていました。例えば商品の価格。昔はテレビCMで価格まで言っていましたよね。今はオープンプライスなどの影響で、価格まで告知するCMは少なくなってきている。代わりに視聴者は何で価格を知るのか。きっと、スマートフォンで価格.comなどを見たりしているんでしょうね。価格を知るという役割を、もしかしたら視聴者自身が担うようになってきているのかもしれない。ここでだけ見ても、テレビの役割は明らかに狭まっていると感じます。
春田:朴さんはいかがですか。
朴:今は、情報の解像度がどんどん高くなっていると思うんです。例えば、スマートフォンはGPS機能で僕の位置情報を常に把握しているので、僕が電通に来た瞬間にチェックインすれば、SNSと連動して、友人にその情報が即座にシェアされて、「このあとちょっと時間ある?」とメッセージが入る。情報の最小単位が個人まで落とし込まれているんですよね。国民全員とはいいませんが、活発に活動するクラスターの人々にとって、日常といえる情報はそちらにシフトしてしまった。テレビはそれを拾う器ではない。
もちろん、拾う必要もないと思うのですがさらなる勢いでこのネットワーク化は進んでいくであろうことを考えると、テレビでなくてはできないことはなんだろうということを問われる時代になるんだろうなと思っています。必然的に、テレビもネットも一番得意なことへの集約が起こっていくのでしょうね。
安藤:テレビが流すコンテンツよりも、テレビというデバイスが適さなくなってきているんです。
今のテレビは同じ情報を一斉に、正確に届ける役割なので、コンテンツにおいても誰もが知っているものを作ることが求められる。しかし、それが自分に最適な情報とは限らない。今後、HAROiDが考えていくべきことは、そのギャップをどうするべきかという部分。個人にまで落とし込み、パーソナライズしたコンテンツとテレビコンテンツの融合をどのように図っていくかという部分だと思います。そのギャップを埋めれば、テレビというデバイスを使っても、スマートフォンというデバイスを使っても、同じ価値があるコンテンツを提供できるかもしれない。
朴:人々にとって、テレビで「面白いコンテンツを見る」という行動には、それを見ることで共通の話題が生まれて、周囲の人とのコミュニケーションを円滑にできるという目的もあったんだと思います。でも、今は仲の良い友達とはスマートフォンで24時間コミュニケーションを取ることができる時代。今のテレビは、「今この瞬間」とは、あまりつながっていない感があり、その目的にかなわなくなってしまったのかもしれないですね。それを埋めるのがHAROiDの役割だと思います。
テレビと組めばもっと多くの人々を動かせる
春田:今の話は、テレビというメディアが抱える課題に近いことなのでしょうか。確かに、断片的な現象面ではネットの力がテレビに取って代わる瞬間もあります。一方で、SNSなどで盛り上がるものは、テレビの放送をきっかけにしたものが圧倒的に多い。
例えば、日常をツイートするような自然発生的なつながりと、スポーツのビッグイベントなどのように大勢の人がテレビで同時体験をすることで生まれる爆発的な力は、全く違うようにも感じます。
そういう部分で、テレビの力、あるいはネットの限界があると思うのですが、そのあたりはどう考えますか。
朴:役割分担はあると思います。ネットは情報をすぐに吐き出せる手軽さが強み。ただし、基本的にパーソナルなものなので、みんなが同時に喜ぶコンテンツを作るのが難しい。スケール感が大きいものを作れないのが、ネットの限界というか、特性なんです。
その点、テレビは全国の千万単位の人々に喜んでもらうために、コンテンツの内容を練りに練る。そのパワーがあるからこそ、面白いドラマやバラエティー、スポーツイベントなどが作れるのだと思います。逆に、ネットでそこまで広いターゲットを受け止める根性が育つかといえば、なかなか難しいでしょう。
最近、テレビはこれまでに担ってきたマスメディアの役割とパブリックなものを作っているという使命感によって、すごいカルチャーを手に入れたんだなと感じるんです。それは、コンテンツを作る意識の高さ。ネット業界と比べるととても真面目です。それこそバラエティー番組の影響で、テレビ業界の方がチャラチャラしているかなって思ってたんですが、大きな誤解でした(笑)。
安藤:みんなではないかもしれないけど、確かに想像よりは真面目かも(笑)。僕はネットとテレビを分けて考えるのはあまり好きではないのですが、あえて役割分担をするなら、分かりやすい事例は「バズる」でしょう。
よくネットで話題になることを「バズる」といいますが、比較的にマスに近い媒体が取り上げたことがきっかけになることが多い。爆発的に「バズる」のは、その後、マスコミが取り上げてから。たぶん、これがネットのスケールの限界で、ある程度話題になったら、テレビなどのマスにバトンタッチしていくんです。
要するに、テレビは細分化して情報を届けることには向いていないけど、同じ情報を一斉に届けられるので爆発的に「バズる」きっかけになりやすい。ネットは細かく色々なセグメントにリーチできるけど、それだけに全体に爆発的な「バズる」をもたらすのは難しい。このそれぞれの特色こそ、HAROiDが活用すべきところだと思っています。
春田:「テレビとネットを分けるのは好きじゃない」という意見は僕も全く同感です。両者は産業論的に対立軸で語られることが、繰り返されてきた気がしますが、そもそも電通をはじめとして広告会社のプランナーには、ネットとテレビのどちらが良い悪いという選択的な使い方をしている人はいないはずです。クライアントの課題を解決していく上で、どういう使い方と組み合わせをすれば最大の効果が得られるのかという発想が大前提なのですから。
テレビとネット、それぞれの才能が融合して生まれるものに期待
春田:では、HAROiDを設立するに当たって、お互いのどの部分に魅力を感じ、どのようなシナジーを期待しているかを教えてください。まずは、安藤さんが朴さんのバスキュールに期待していることは?
安藤:僕らはテレビの世界からネットを見ている。自分では「俺はネットのことを理解しているぞ」なんて思っているつもりなんですが、やっぱり違うんですよね。テレビ局の人間がネットでの展開を考えると、どうしてもテレビありきの仕掛けになる。もっと言えば、テレビに甘えた展開が非常に多いんですよ。
だけど、朴さんたちは逆で、テレビという媒体がないにもかかわらず、ネットだけでクリエーティブやテクノロジーを使って面白いことをやってきた。
テレビ業界は、当然だけどテレビをやりに来た人材の集まり。だからこそ、ネットを攻めるには、そもそもテレビ業界とは関係がなかった朴さんのような人材がアイデアを考えていかなくてはいけないんです。もちろん、ネット業界にも様々な人材はいますが、テレビとネットが融合したときの可能性を一番真剣に考えているのがバスキュールだったんですね。
一瞬の爆発力やみんなが同時に楽しむエンターテインメントを得意とするテレビが、ネットで育ってきた朴さんたちのノウハウや人材、これまでの経験と出合う。全く異なるアプローチから生まれるものに期待しています。
春田:それでは朴さんはバスキュールがHAROiDに参画することで、どのような価値を生み出したいと考えていますか。
朴:例えば、スマートフォンを活用することで個人宅宿泊の「Airbnb(エアビーアンドビー)」やタクシー配車の「Uber(ウーバー)」が生まれましたよね。いずれも通信業界とは全く関係のない、小さなスタートアップが始めた事業が、今や数兆円の時価総額になっている。スマート化されたテレビを舞台にして、こうした大きなサービスが生まれる可能性がある。テレビ業界の外にいる会社にも、そうしたチャンスがあるということになれば、すごく新しい流れが生まれるのではないかと思っています。
「Airbnb」や「Uber」も基本的にはマッチングサービス。つまり、コミュニケーションサービスなんです。テレビの周辺には電通さんはじめ、コミュニケーションを企画することが得意な会社が多いので、色々なアイデアが生まれるような気がしていて、先にやらないと、きっと他の誰かにやられてしまいます。2020年以降を見据えると、そんな風景が見えるんですよね。なので、今は短期的な視点だけでなく、少し先を見据えたプロジェクトが立ち上がるとうれしいですね。そこを事業としてサポートしてくれるのが、電通の春田さんのチームなのかもしれませんね。
春田:HAROiDは、ネットとテレビの融合で新しい切り口を提示しながらクライアントが抱えるコミュニケーションの課題を解決していくだけではないんですね。2020年以降の社会にとって、新しい情報環境を社会全体で一緒に作り上げていくんだという心構えを感じます。
そこで、電通がお手伝いできることはたくさんあると思います。テレビの担当者はもちろんですが、雑誌やネットも含めて「俺はこんなことをやってみたい」という人が一声掛けてくれると非常に面白い。クリエーターやプランナーも含めて、アイデアがある人なら大歓迎ですね。
安藤:作り方としては、もしかしたらテレビはアウトプット、またはアレンジの道具かもしれません。〇〇×テレビで、〇〇はなんでもいいと思います。
朴:いい機会なので、直近で電通さんに期待することをお話しすると、例えば、スポーツなどのビッグイベントでネットやテクノロジーをうまく駆使して、やっている方も見ている方も面白くするコンテンツをつくりたいとなると、スマートフォンの活用が前提となるのですが、そうすると、スポンサー調整が問題になり、結果的に全員のOKが取れないと企画が実施できず、経験を積むことができないということがすごく多いんです。今後こうしたケースはもっと増えてくると思うので、あらかじめ座組みの段階からそうした展開を計画しておいていただくことで、これまでにない型破りなショーケースを重ねていく流れができるとうれしいです。
春田:チャレンジしがいがありそうですね(笑)。
安藤:我々がやろうとしているのは、新しいサービス、新しいビジネスモデル、文化も含めた発明だと思うんです。だから、テレビを見る人もインタラクティブに参加する人も、そしてクライアントも、三方どころか全員よしという状況を作っていかなくてはいけない。そういう意味で電通さんは様々な産業と接しているので、みんながハッピーになれる型破りなことを一緒にやっていけると期待しています。
朴:iTunesはまさに、音楽業界の型破り。Googleだって相当型破りなカタチで広告の仕組みを変えてきました。放っておいたら、誰かが型破りなことをやるんです。だったら、僕らがやっちゃおうよというのが本音です。
電通さんやテレビ業界の皆さんは、ネットの人間からすると思いやりがある、というか、事情への気遣いがすごい(笑)。広告会社、ネット、テレビ、一業界だけではできないことも、3つが一緒になって同時にやると、安藤さんが言う「新しい文化の発明」もできるはずです。
春田:電通が一番得意としているところを褒めていただき恐縮です(笑)。
(後編に続く)
HAROiDの最新の取り組み・リリースはこちら。
http://www.haroid.co.jp/
http://www.haroid.co.jp/img/20151109.pdf